THERE GOES RHYMIN' SIMON ポール・サイモン | 自然と音楽の森

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◎THERE GOES RHYMIN' SIMON

▼ひとりごと

☆Paul Simon

★ポール・サイモン

released in 1973

CD-0349 2013/1/18


 ポール・サイモン3枚目のソロアルバム。


 ポール・サイモンの声が、実は、あまり好きではなかった。

 苦手、のほうが近いかな。
 特に彼の高音、なにか無理やり搾り出しているみたいで。
 ましてや、一緒にいたアート・ガーファンクルが「天使の歌声」と呼ばれたハイトーンヴォイスの持ち主だけに、比べるのは意味がないかもですが、余計に耳につきました。
 

 ポール・サイモンは、「劣等感の塊」みたいな人。
 背が低いことからきているのかな・・・
 またまた比較になってしまうけれど、背が高くスマートで映画にも出ていたアーティと一緒だっただけに、余計に目立ちます。
 ついにはアーティへのアテツケの曲を作ってしまったし。


 彼の「劣等感」は、基本的には「俺はカッコいいんだぜ」というロックの価値観とは微妙に相容れない部分があるような気もします。
 僕の悪友、いつも話に出すヘヴィメタルに走ったTもS&Gが大嫌いで、「そんな女々しいのは聴かないほうがいい」とまで言いました(今思い出しても腹が立つ・・・)


 余談ですが、だから、強くてカッコいいロックの象徴的存在だったジョン・レノンが、「ジョンの魂」で、あんなにも弱々しい本音を吐いたことが、当時は相当な衝撃だったのでしょう。


 しかしポール・サイモンの偉いところは、その「劣等感」を逆手にとり、ある意味開き直り、きちんと自分の言葉で、音で表現して、素晴らしい作品にしていることでしょうね。

 嫌いな人はそこが嫌いなんだろうけど、同情できる人にはそこが逆に強みにもなります。


 その劣等感は皮肉と結びつきやすく、そういう視点の曲も多いですね。


 しかし一方で、ここ大切、試験に出ますよ(笑)、なんて、その劣等感が「人としての優しさ」と結びつくと、えもいわれぬ温かみがある曲になるのも、彼の魅力でしょう。


 このアルバムのタイトル、「ぶつぶつ言いのサイモンがゆく!」
 なんか、ちょっと、そんな人、来てほしくないですよね(笑)。
 自分の劣等感を認めなければ、こんなアルバムタイトルつけられません。
 ゆえにこのタイトル、ユーモアとウィットに富み、味わいがあって、全ロック界でも傑出したタイトルだと思いますね。


 さらにいえば、「ひとりごと」という邦題も秀逸。

 僕は、曲ではシカゴの「素直に慣れなくて」、アルバムではこの「ひとりごと」が、個人的には最も優れた邦題だと思っています。


 そしてその通り、彼のぶつぶつ言うような、しかし聴いていて楽しくなるぶつぶつが次々と繰り出されます。
 こうなると、彼の声質が魅力とさえ映るのが不思議でもあります。

 このアルバムは、彼の中でもとりわけいい曲が揃ったいいアルバムです。


 なお、このアルバムのジャケットは、各曲をイメージした写真やイラストが表と裏に連なって載っているので、今回の写真はジャケットを開いて裏表が見えるように撮影しました。

 といって、この大きさではよく見えないのが申し訳ないですが・・・



 1曲目Kodachrome

 商品名につき、NHKでは放送できないでしょう(笑)。
 Rマークがブックレットでもちゃんとついているし、ジャケットでもコダック社の登録商標である旨が記されています。

 「コダクローム」は、フィルム時代から写真を撮っている人であればご存知でしょうけど、プロが使うようなリヴァーサルフィルム。

 リヴァーサルフィルムとは、ポジとも呼ばれ、要するに現像するとスライドになるフィルムで、それに対して、かつて多くの人が使っていた写真のプリント用のものはネガフィルム。

 大学時代、写真好きの友達と、「コダクロームで撮ったところでnice bright color(という歌詞がある)になるか?」、「俺なら好きな人はベルビアで撮るなぁ」などと、冗談交じりによく話していました。
 ちなみに、今回は余談ばかりですが、「ベルビア」とは、フジフィルムで出していた色が鮮やかすぎるくらいに鮮やかな高級リヴァーサルフィルム。

 ついでにいえば、僕はフジのプロヴィアをよく使っていました。

 なんて、今はデジカメ中心だから、この曲は余計に時代を感じますね。
 また、歌詞の中で主人公は"Nikon"のカメラを使っているのですが、アメリカでは「ナイコン」と発音することをこの曲で知りました。

 なぜ"Nikon"かといえば、前述の歌詞の"Nice"と韻を踏んでのことですが、"Canon"派の僕としてはそこがちょっと残念(笑)。

 まあなんであれ、写真好きにはうれしい曲。

 でも、サビで「母ちゃん僕のコダクロームを取り上げないで」とお願いするように歌っていて、やっぱり劣等感を感じてしまう。

 今日は明るいフォーク調のロックンロールで、彼の中でも特にノリがいい曲。
 ポール・サイモンは、「フォーク」という枠で語られてしまうとともすれば見過ごされがちですが、こういう曲を聴くと、彼もロックンロールが大好きなんだなぁと気づかされます。
 そしてこの曲は、伝説の1981年のセントラルパークのS&G再結成コンサートでもチャック・ベリーのMaybelleneとのメドレーで演奏され、そのライヴ盤にも収められています。


 2曲目Tenderness

 ソフトなR&B風の曲。
 こういうのを「まったりとした」というのかな・・・
 いい曲だけど、アルバムの中ではさらっと過ぎてしまう感じ。


 3曲目Take Me To The Mardi Gras
 フォーク調、だけど微妙にラテン風味、少しジャズっぽい。
 それもそのはず、「マルディグラに連れて行って」。
 マルディグラはニュー・オーリンズで有名な謝肉祭であり、ニューオーリンズはジャズ発祥の地、そして音楽の都。

 最後はいかにもお祭り風に管楽器が盛り上げる、いい雰囲気の曲。


 4曲目Something So Right

 ユーリズミックスのアニー・レノックスが、全曲カバーで固めたアルバムMEDUSAにおいてこの曲を取り上げていましたが、それがまた素晴らしい出来。
 僕はオリジナルよりカバーを先に聴いてしまったがために、この曲は今でもアニーのほうが好きです。
 ポール・サイモンは、曲作りの才能が素晴らしいだけに、自分の声には合わない曲も出来てしまう、そういう曲は、より声が合う人が歌うと映える、というのはS&G時代から証明されていること。
 前半と後半でまるでメドレーのように曲の感じが違いますが、特に後半のメロディの美しさは絶品。名曲。


 5曲目One Man's Ceiling Is Another Man's Floor
 「誰かの天井は他の人の床」とは、皮肉屋ポールの面目躍如。
 とぼけた感じのヴォーカルと遊ぶように跳ねるベース。
 イントロをはじめ途中の随所で聴かれる、まるで乱入してきたようなピアノ。
 ニューヨークらしい、サウンドクリエイターとしてのポール・サイモンの魅力も実感できる曲。

 でも、この曲の中間部は特に、搾り出すような高い声が、気になるといえばとっても気になる・・・


 6曲目American Tune

 この曲はハートのアン・ウィルソンがカヴァー曲中心のアルバムで歌っていましたが、それがやっぱり素晴らしい。

 僕が勝手にそう呼ぶ「オルゴール系」の優しいメロディ、音のひとつひとつが粒だっていてまろやかに流れてゆきぼろぼろとこぼれ落ちてきそうな旋律の曲に僕はめっぽう弱くて、これもじわっとしみてきて涙腺が刺激される。

 "And I dreamed I was dying"というサビの歌詞、何か悲しく、やるせなくもなる曲。
 この曲の美しさは、ポールの才能以上に天から与えられたものに違いない。
 このアルバムの白眉ともいえる1曲でもあり、ポール・サイモンの中でも最も美しい旋律を持った曲のひとつでしょう。


 7曲目Was A Sunny Day

 過去形になっているのが、やはり彼らしいところ。
 昨日は晴れていて、今日も晴れていたけど・・・という感じで、軽快なボサノヴァにのっているんだからもっと楽しくやれよ、とでも言いたくもなるようなちょっとふさいだ曲。

 だけど、それがポール・サイモンという人なんだから、しょうがないじゃん(笑)。

 この曲が受け入れられるかどうかが、ポール・サイモンを聴けるかどうかの分かれ道ですかね。


 8曲目Learn How To Fall

 またまたネガティブなタイトル・・・
 曲自体はむしろ軽快なシャッフルなんだけど・・・まあ、明るくさらりと皮肉めいたことを言えるのが彼の得意技ではあるんだけど(笑)。


 9曲目St. Judy's Commet
 打って変わってイントロから明るく和やかな曲。
 彗星が見えるよろこびを小さな息子と分かち合いたい、そんな心温まるテーマの曲で、こうした優しさが、彼の劣等感の先にあるもの。

 まろやかなフォークソングにエレピの音がうまく絡んでいる。

 ところで今年は彗星が見られる可能性があるそうですね、見られるといいなあ。


 10曲目Love Me Like A Rock

 S&GのI Am A Rockのその続編かな?

 ロックとフォークとソウルとゴスペルが融合したこの曲は、がちがちのロック人間だった20代の僕は、最初に聴いた時、なんだか不思議な響きだなと。
 でも、ポール・サイモンは、というよりもアメリカの少年は、そういう音楽を身近に聞いて感じながら生活していたということがよく分かる曲。

 その点でいえばビーチ・ボーイズとの共通点が見出せる曲であり、そんな響きの曲。
 アルバムの最後にとびっきり明るい曲を持ってきて、やっぱりただの皮肉屋ではない、温かさを感じる。

 最後にあるからなおのこと素晴らしい曲であり、ほっとひと息ついた幸福感のうちにアルバムは終わります。


 なお現行のリマスター盤には、アルバム収録の4曲のデモバージョンが入っています。




 名曲が4曲も入っているアルバムというのもそうざらにはないし、その意味でも充実したアルバムですね。

 僕は、ポール・サイモンでは、リアルタイムで聴いたGRACELANDがいちばん好きだけど、リアルタイム以前のアルバムではこれがいちばん好きです。

 なんといっても口ずさんで気持ちいい歌がありますから。

 

 ポール・サイモンは、アート・ガーファンクルという、自分が出せない声の持ち主と巡り会い、自分の作曲の才能を開花させ、昇華させ、ひとつの世界ともいえる独自の音楽世界を築き上げることが出来たのだと考えます。


 一方で、彼が自分の声で歌うソロ時代の曲には、私小説を読むかのような近しさ感じます。

 ただしそれはS&Gが持つ普遍性とは少し違いますが、その辺のバランスが、ポピュラー音楽では難しいしところであり、同時に面白いところでもありますね。



 ところで最後に強調しておきたい。

 僕は、ポール・サイモンの声が苦手だったと書きましたが、今では彼の声にも慣れ、ああいいなぁ、とすら思うようになっていますよ(笑)。