◎PLANET WAVES
▼プラネット・ウェイヴス
☆Bob Dylan
★ボブ・ディラン
relaesed in 1974
CD-0327 2012/12/11
ボブ・ディラン14枚目のスタジオアルバム、ということになるのかな、サントラとちょっとした問題がある作品も一応含めて。
クリスマスアルバムの季節ですが、ディランのクリスマスアルバムも大好きで、今年もかけて聴いて、その続きでディランを何枚か聴きたくなったうちの1枚がこれ。
じゃあなんでこれを選んだかというと、ただ単に棚を見て目に留まっただけで、でもそれもきっと縁でしょう(笑)。
このアルバムは、「ひとりの男が一人の女を愛したその顛末」というきわめて単純かつ分かりやすいコンセプトアルバムになっています。
曲を追って聴いてゆくと、ひとつのドラマを感じさせますが、だから、コンセプトアルバムというよりはドラマといったほうがいいかもしれません。
このアルバムには表題曲がないのですが、それもまた、全体でひとつのドラマであることの表れだと思います。
このタイトルを、缶コーヒーのCMのトミー・リー・ジョーンズ風にいえば、「この惑星の住人の「営み」は今も昔も同じく起こり続けている」、という感じになるのかな(笑)。
このアルバムの音楽的な特徴をいえば、なんといってもザ・バンドと共演していることでしょう。
CDにもそのことが明記されていますが、単なるバックではなく、共演というべきもので、ディランが歌うバンドのアルバムと考えれば、このアルバムのありがたみが増してきますね(笑)。
贅沢なアルバムです。
このアルバムはまた、ディランが、レコード会社を長年在籍していたコロンビアからアサイラムへと移籍してリリースされたものです。
アサイラムは、かのデヴィッド・ゲフィンなどが設立し、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシシュタット、J.D.サウザー、ジョニ・ミッチェル、トム・ウェイツ、イーグルスなど、今となってはそうそうたるメンバーと次々と契約を交わし、当時は上昇気流の勢いがあり活気あふれた若いレーベルでした。
当時は彼らに比べれば少し年をとったと感じたディランは、自分を見つめ直し、そうした若い力を浴びたかったのかもしれないですね。
ただしディランは、この後、ザ・バンドと連名のライヴ盤BEFORE THE FLOODをリリースした後、元のコロンビアに戻っており、現在はこれとその2枚はまるで何事もなかったかのようにコロンビアからリリースされています。
CDを買う身としては、リマスターなどで同じ仕様で出されるので、これはありがたいことですが、でも、ディランの当時の思いが、今のCDからはほとんど組みとれないのはちょっと残念でもあります。
そしてもうひとつ、このアルバムは、ボブ・ディランにとってもザ・バンドにとっても初めての、ビルボードのアルバムチャートでNo.1を獲得した作品となりました。
ディランがそれまでNo.1を獲得したことがなかったというのは、意外というよりは、ロック史の七不思議のひとつかもしれません。
しかし、冷静に考えてみれば、特に60年代のディランは、誰もが聴いて気持ちいい音楽とは少し違っていたのかもしれません。
1曲目On A Night Like This
イントロなしにいきなり歌い始める、なんだか急いた曲。
そんなに慌てて、どんな夜を迎えるのか。
レゲェのリズム、気持ちを煽るアコーディオン、激しいハーモニカ。
もはや気持ちを抑えられないのでしょうね、でもその気持ちはよく分かります(笑)。
ディランも若々しい声で歌っています。
2曲目Going, Going, Gone
すぐに落ち着き、決意を淡々と語り始めるような曲。
ロビー・ロバートソンのつっかかるようなちょっと変わったギターソロが楽しくて、しかしよく聴くとすぐに落ち着いたわけでもなさそう(笑)。
3曲目Tough Mama
家族の様子を観察して、人間について考えているのかな。
切れがいいサウンドにぶっきらぼうな歌い方でたたみかけてきて、気持ちが軽くなったのかな。
最後のガース・ハドソンのオルガンのソロが、或いは歌以上に歌っていて素晴らしい。
4曲目Hazel
ほほう、これが好きな人の名前か。
ヘイゼルナッツのヘイゼルでしょうけど、僕の家の近くの山にあるツノハシバミの実がいわゆるヘイゼルナッツだそうで、毎年探しているんだけど、なかなか見つからないのが残念。
それはともかく、Bメロのちょっと不安に陥ったかのような歌メロが印象的で、こういう歌メロを編み出せるのはディランの天性でしょうね。
ドラマとしては、そうですね、恋とは、こうと思ってもその通りにはいかないものなのでしょう・・・
5曲目Something There Is About You
あなたには何かがある。
僕がイメージするところのいかにもディランらしい曲のスタイル。
癖のある歌い方で次々と言葉を繰り出してゆきます。
すべての楽器がいいバランスで鳴っていて気持ちがいい響き。
6曲目Forever Young
ディラン70年代の名曲中の超名曲。
ここでアルバムは、物語は、ひとつの頂点に達します。
この曲はほんとに素晴らしく、あまりにも素晴らしくて、僕が何かを言わなくてもいいでしょうというもの。
ラヴソングを超越した大きな人間愛の歌。
ディランの名曲にはほんとうに心を洗われます。
ただ、ひとつだけずっと思っていること。
ディランってほんとに声が大きいんだなって(笑)。
この曲を耳元で歌われると、鼓膜が耐えられるかどうか。
まあそれ以前に、そんな経験ができれば卒倒するでしょうけど(笑)、それもまた歌手として、語り部としての素晴らしさですね。
プリテンダーズのカヴァーも素晴らしかった。
7曲目Forever Young
面白いのは、同じ曲の別バージョンが入っていること。
正式な表記では"Part2"とも"reprise"とも書いておらず、ほんとうに同じタイトルの別バージョンですが、僕は、こういう例は他には思い当たりません。
ディランは同じ曲でもコンサートにより演奏をがらりと変えることはよく知られていますが、この曲はよっぽど言いたいことが大きいのか、自分としてもよっぽど気に入ったのか、ディランはここで同じアルバムで2回も歌うという「暴挙」に出てしまいました(笑)。
先に出てきた「正編」ともいうべきヴァージョンはバラードともいえる朗々たる響きの広がりがある曲だけど、こちらはすっくと立ち上がったロックンロール。
LPでいえばここからB面ということですが、LPをひっくり返すと同じ曲がまた出てきたなんて、ディランの茶目っ気もまた楽しい。
ただ、あまりにも曲調が違うので、気づかない人もいるかもしれない(笑)。
8曲目Dirge
前の曲でひとつの絶頂期を迎えたかと思ったところで、この曲の歌い出しはこうです。
"I hate myself for loving you"なんて、いきなりそんなことを暗く重たく引きずるように歌われたって・・・
でも、お互いこのままでいいのかと思う時は、確かにあるのでしょうね(あったと思います、僕にも・・・)
絶望とまではいかないけど、悲観的になっている。
続いた2曲でこれだけ表情に違いがあるというのも、ディランの表現力のものすごさを感じずにはいられません。
ところで、ジョーン・ジェットの曲にそのものI Hate Myself For Loving Youというのがありましたね。
9曲You Angel You
だけどやっぱりあなたは天使。
エレクトリックギターとオルガンが浮かんでいるような雰囲気、特にガースのオルガンの間奏は、まるで天使が語りかけてくるかのよう。
だだをこねたみたいに"more"を連発するのが印象的。
10曲目Never Say Goodbye
だからやっぱり別れられない、別れたくない。
これまた軽やかな優しい響きの曲。
ただこの曲、最後は、まるで急に思いついたみたいに強引にフェイドアウトして終わるのは、何か意味深なものを感じます。
そうして始まる次の曲が・・・
11曲目Wedding Song
そしてついに結婚するのです、おめでとう!
きちんと結末があるアルバムもなかなか珍しいですね。
しかし、いざ結婚する曲が、アルバムの中でいちばん重たくて、或いは暗い影を引きずっているのは、なぜだろう。
事実の重たさを受け止めるということなのかな、人生の重荷というべきか。
歌詞を読むと3人の子宝にも恵まれたようですが、歌が進むにつれて、話の深刻さが増してゆきます。
曲としてはマイナー調のフォークバラッドの流れ。
ずしっと重たい響きの曲で、あまり楽しくない雰囲気の中でアルバムが終わります。
余韻残しまくり、後に引きずりまくりです。
音楽は楽しければそれでいいというかもしれないけれど、僕は、聴いた後自分の心に大きな何かが残る音楽が好きです。
このアルバムのNo.1をきっかけに、ディランの70年代の快進撃が始まります。
1970年代前半のディランは、時代の勢いを一身に受けていた60年代のように出すアルバムすべてが即ロックのマスターピースという頃ではなかったかもしれないけれど、1枚のアルバムに1曲はロック史に残る名曲を生み出し続けていました。
時代の勢いの中心から少し離れて落ち着いて、ちょうどいい感じで音楽とつきあえるようになっていた、そんな頃かもしれません
聴き応えがある作品、楽曲を残したという点で、音楽制作者として脂がのっていたのは70年代でしょう。
そういう点でも、アサイラムに移籍した効果はあったといえるのでしょうね。
このまま終わらせようと思ったのですが、ちょっと気になったので、最後にひとつ。
先ほど僕は、「音楽は楽しければそれでいい以上のものを求めたい」という主旨のことを書きましたが、半分だけ翻意(笑)。
このアルバムはやはり、極上のサウンドが聴いていて気持ちよいです、思いのほか気持ちいいというべきか。
歌詞というか内容だけが充実していても音楽としては評価が分かれるところですからね。
これは、楽しさと深刻さが高度なバランスの上に成り立っている、そんなアルバムです。
いつも歌詞を意識して聴くわけでもないし、ザ・バンドとともに生み出す極上のロックサウンドに身を委ねたいという選択肢は大ありだと思います。
そこはどうかご安心ください。