COME AWAY WITH ME ノラ・ジョーンズ | 自然と音楽の森

自然と音楽の森

洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。


自然と音楽の森-Nov26NorahJones1st


◎COME AWAY WITH ME

▼カム・アウェイ・ウィズ・ミー

☆Norah Jones

★ノラ・ジョーンズ

released in 2002

CD-0318 2012/11/26


 ノラ・ジョーンズの日本公演、今回はなんと、札幌にも来てくれたので、もちろん行ってきました。

 札幌でのコンサートの模様はこちらの記事 に詳しく記しています、ご興味がある方はぜひご覧ください。


 今回はデビューアルバムの話です。

 
 1990年代に入り、音楽の趣味が多様化する中で、歌に力を入れたヴォーカルものが注目されるようになりました。
 それまでは普通のロックと思われていた人ですら歌が注目されたり、「歌姫」という言葉が普通に使われるようになったのも90年代のこと。
 ただし当初は、ロックなりソウルなりカントリーなりジャズなりといった音楽ジャンルの中の歌を強化したひとつのカテゴリという感じでした。

 当時はまだジャンルで分けないと、メディアでは取り上げられにくかったのかもしれないけれど。


 しかし、今世紀に入ってデビューしたノラ・ジョーンズは、1作目のいきなりの大成功により、「歌もの」という新しい「ジャンル」を確立させました。


 ただし、それはなにも彼女が先駆者というわけではなく、1990年代は僕もMTVを見たりJ-WAVEを聴いていて、今のノラ・ジョーンズのような音楽があったことは分かっていましたが、扱いとしてはだいたいが「ジャズヴォーカル」の範囲内であったように思います。


 ナタリー・コールのUNFORGETTABLEもその例で、これは売れてグラミー賞も取りましたが、でも孤高の存在というか、キャリアが長くてほんとうに上手い彼女だからこそできた故の敷居の高さみたいなものは感じていました。
 これは「ジャズヴォーカル」ものには概ね当てはまっていて、通の人や愛好者の間ではもてはやされて話題はなっていましたが、敷居の高さゆえに大ヒットというほどにはならなかった。


 ノラ・ジョーンズはそこにポップなセンスを大量に注ぎ込んで、肩肘張らずに普通に聴ける「歌もの」を展開し始めました。


 ポピュラー音楽の歴史は「すき間」を狙い成長し拡大していった部分もありますが、ノラ・ジョーンズもこの点ではそれに当てはまるでしょう。

 でも、ノラ・ジョーンズの「すき間」は、業界人も一般人も誰もが思ってもみなかったほど大きかった。
 そのことは、次々と「歌もの」の新しい人が出てきて成功しジャンルとして定着したことから分かります。

 そうですよね、ポピュラー音楽はあくまでも歌が基本だから。


 「歌もの」が求められる中で出てきたノラ・ジョーンズは、いわば、時代の申し子であり、音楽と時代の奇妙な符号、その中で出てきた時代を象徴するスターといえます。

 また、90年代以降はジャズそのものも以前ほどは敷居が高くなくなったことも追い風になったのではないかと。


 僕の中では、ノラ・ジョーンズはキャロル・キングの後継者というか系譜のひとりという感じですが(もちろんいい意味で敬意を表して)、そのキャロルは1980年代以降は売れなくなりました。
 しかしCDの時代になりTAPESTRYを聴く人がまた増えて見直されリアルタイムではない若い世代にも支持されたのは、「歌もの」が注目された流れの中のひとつといっていいでしょう。
 ノラが売れたこととキャロルの復権はきっと無関係ではない、と、1990年代は一応MTVやラジオで時代の音の中にいた僕は考えています。


 ノラ・ジョーンズのこのアルバムは全米で1000万枚以上を売りました。
 先日、アデルの21が1000万枚を超えたそうですが、それはこのノラ・ジョーンズ以来のこと。
 昔はもっとありましたよね、やっぱり音楽ソフトは売れなくなっているんだな。
 それはともかく、この2枚で比べてみて思ったことは、10年前はテロや戦争などで世の中が殺伐とした中で、穏やかで優しい響きのものが求められていた。

 一方で今は先行きが不透明な世の中で人々も自信を失いつつある中で、強くてしっかりした音が求められているのかな、と。
 まあ、たった2つの事例でそこまでは言い切れないでしょうけど、アデルの成功も、音楽の形態は少し(かなり)違いますが、ノラ・ジョーンズが切り開いた先にあるものなのでしょう。

 どんな音楽が好きと聞かれて、「歌もの」と答える人もいるくらい、「歌もの」は今ではすっかり定着し認識されていますからね。


 ノラ・ジョーンズの音楽自体は、確かにジャズっぽい雰囲気で、タワーレコードでもジャズのコーナーにも棚があるくらい。
 ブルーノートから出ていることが直接の理由でしょうけど、でも、じゃあ、ジャズだといわれると、やっぱり微妙に違う。
 ピーター・バラカンさんの「魂(ソウル)のゆくえ」でも、ソウルを感じるアーティストとして取り上げられているように、やはりジャンルではくくれない魅力があります。
 まあ、ジャズだって曲はR&Bですからね。

 小さい頃からいろんな音楽を聴いて育った彼女のことだから、彼女の音楽には、頭で考えるというよりは、感覚が体を通して自然と表現された、きわめてナチュラルな響きを感じます。
 

 ノラ・ジョーンズは声も、声こそが大きな魅力、魔力といっていい。
 ハスキーヴォイスを通り越して「スモーキーヴォイス」などとも言われているそうですが、正直、僕は、今まで聴いてきた女性ヴォーカリストの中ではいちばん声が好きです。
 というか、彼女の声にもうメロメロ(笑)。
 その上彼女は歌もうまいし(うまいと思う、そういわれているようだし)、「歌もの」を切り開いたのは音楽や曲であるのはもちろん、それ以上に最も基本的で重要な歌、その声も大きな要素でしょう。
 演奏はある程度は作ることはできても、声を作ることはできないから、やっぱり音楽の世界は声が基本、ということも再認識させてくれます。

 そうそう、コンサートで喋る声も当然のことながら同じようにとってもとってもよかった(笑)。


 ところが僕は、このアルバム、グラミー賞で年間最優秀アルバムAlbum of The Yearを受賞し、限定盤が出たところで初めて買いました。
 知らなかったわけではないのですが、2002年頃は既にMTVを見なくなっていた上に、クラシックを熱心に聴いていた頃でもあり、ネットのニュースと「めざましテレビ」とタワレコやHMVの無料情報紙くらいしか情報がなかったのです。


 買うには買ったけれど、まともに聴き込むことなく時は過ぎ、実は、来日が決まり、再来月にコンサートに行くとなってから漸く真面目に聴き始めました。
 2枚目以降はリアルタイムで買って聴いてきていたのですが、なぜか1枚目に戻ることなく進んできたツケが回ってきました。


 あまりに売れたものだから構えていたのかな。
 でも実際に聴くと、それはまったくバカげたこと、純粋にとっても素晴らしく、僕はどうやら過剰に意識していただけのようです。


  

 さて、聴いてゆきますか。


 なお、札幌のコンサートで演奏された曲は、*以降に文章を添えて記しています。




 1曲目Don't Know Why

 21世紀最初の名曲。
 グラミー賞最優秀歌曲賞、最優秀レコード賞受賞。
 僕は最初から聴いていなかったと書きましたが、この曲を初めてラジオやMTVで聴いた時に、どんなことを思ったかな。
 その体験ができなかったのは今となっては残念ですね、せっかくリアルタイムで経験できたというのに。
 まあでも、後追いだから余計に気持ちが追いつきたいという思いもあって、今はこんなに好きなのかもしれないけれど(笑)。
 最初の♪ あ~ぃ と一言入るだけでもう彼女が他のヴォーカリストとは違うことがすぐに伝わってきます。
 新しいのにスタンダード、まさに名曲中の名曲。


*この曲はコンサートでは中盤に演奏されました。

 ノラひとりがステージに残り、アップライトピアノの弾き語りで、細いスポットライトを浴びて歌っていましたが、その姿、その歌に、ほんとうに涙が出てきました。

 音楽ってやっぱり人を動かす力があるんだな、と、再認識もしました。

 こんな素敵な曲が世の中にあるなんて、ほんとうに素晴らしい!



 2曲目Seven Years

 ノラ・ジョーンズの歌い方は、歌と喋りの中間的な感覚かな。
 旋律は確かにあるんだけど、歌を通り越して語りかけてくる。
 それは身近さにも通じていて親しみが持てるのでしょう。
 歌メロも意外と強弱があって目立つところは目立つのも曲としていい部分。



 3曲目Cold Cold Heart

 この曲はジャズといっていいのでしょうね。
 彼女にとってこの辺りがメインのフィールドだったのかな。
 彼女は1979年生まれ、この時まだ22、3歳。
 この落ち着きは何だ、と思うけど、そういう部分も持って生まれた天性のものなのでしょうね。
 どうでもいい余談ですが1979年生まれということは、僕のちょうど一回り下、同じ未年、でもアメリカには干支はないのか(笑)。


*この曲はコンサートの1曲目で演奏されました。

 1曲目は何かはコンサートでも大きな興味を持つ部分ですが、アップテンポでもないし盛り上がるという曲でもないこれが1曲目というのは、少なくとも僕が今まで行ったコンサートではなかった新たな「経験」でした。

 そういう点でもやはりノラは新たなスターなのでしょう。



 4曲目Feelin' The Same Way
 この曲にはカントリーっぽさを感じます。
 サビというかBメロの切々と流れていく歌メロ、特に"Singin' the same lines all over again"の旋律がふっと上がるところが、すごく胸にじんとしみてくる。
 静かなアルバムの中では動きがある曲です。
 ところで彼女は、同じ歌メロの部分が出てきたところで節を少し変えて歌うのが得意で、センスがよくて、いつ聴いても、その変わる部分がくる度にわくわくしてきます。



 5曲目Come Away With Me
 この表題曲こそが、ジャズともソウルともとれる、それでいて中途半端ではない、完全にひとつの世界を築き上げている、まさに彼女のナチュラルさが凝縮された曲。


*この曲はアンコール2曲目、コンサートの最後で演奏されていました。

 アンコールではノラはアコースティックギター、ベースはアップライト、ドラムスはマーチングドラム、キーボードはアコーディオンと5人が1本のマイクの前に立って歌っていました。

 アンコール1曲目はSunriseでしたが、ノラがギターを構えているせいか少しマイクから遠くて、それまでより音響から出てくる声が小さく感じられました。

 でも、会場のニトリ文化ホール(旧札幌厚生年金ホール)は会場がそれほど広くないので、マイクなしでも後ろまで聴こえるのではないか、ノラは意外と声が大きいんだ、とも思いました。

 この曲のさらに後ろに続く感覚が、コンサートの余韻を引っ張っていて、最後に演奏したのはとてもよかったです。



 6曲目Shoot The Moon
 彼女はピアノもうまいのだと思う。
 ピアノは弾けないので、ここがどうとは言えないんだけど、ギターでいうオブリガート、ピアノでもいうのか、の入れ方、フレーズとタイミングの良さは気持ちがひきつけられます。

 ピアノでいえばもうひとつ、グランドピアノよりアップライトピアノのほうが似合いそうな雰囲気も、身近に感じられるところです。

 曲は、夜空を見上げてさらっと歌う、どこまでも自然体でまたいい。



 7曲目Turn Me On

 今年行われたポール・マッカートニーのトリビュートコンサートにおいてノラ・ジョーンズはビートルズのOh! Darlingを歌いましたが、そうか、なるほど、R&Bっぽいこの曲はつながりますね。
 ポールみたいに暑苦しくない(笑)、スマートに歌う、でもこの中ではいちばん力が入った歌い方をしています。



 8曲目Lonestar

 彼女は星を歌った曲が好きなのかな。
 確かに彼女の声は、さぁーっと流れてぱっと輝いてすっと消えていく、流れ落ちる星のような響きがあります。

 なんて、擬音ばかりの稚拙な文章表現ですが(笑)、優しい曲ですね。


*この曲は本編の最後に演奏されました。

 コンサートの後半はノラもギターやエレピなど立って演奏していて、ロックバンド的な流れで進んでゆきました。

 この曲はそうした中で演奏すると意外と映えることが分かりました。

 つくづく、ノラのコンサートは今までの僕の経験では測れないことばかりで新鮮でした。



 9曲目I've Got To See You Again

 ほの暗くて切ない、これはいかにも夜の酒場というイメージ。
 スティングの「バーボン・ストリートの月」に通じる雰囲気、つまり、ニューオーリンズ的な響きを強く感じます。



 10曲目Painter Song

 途中のメロディが少し無理しているのが面白く、だから気持ちが伝わってくるし、ノラには合っている。
 アコーディオンの優しい流れのもの曲は、この中では最も強く芸術という言葉を意識させます。

 

*この曲はノラ一人の弾き語りの1曲目、Don't Know Whyの前に演奏されました。

 武道館のセットリストをネットで調べたところ、武道館ではこの曲ではなくThe Nearness Of Youが歌われていたようでしたが、僕はこちらのほうが好きなのでうれしかったです。

 "Won't you take me"と力を込めて歌うところがレコードよりもうんと気持ちが強く伝わってきて、ますますこの曲が大好きになりました。



 11曲目One Flight Down

 切なさ満点のこの曲はとってもとっても胸にしみてきます。

 僕は切ない曲が異様に大好きなのです(笑)。

 そもそも歌メロが素晴らしい。
 ”Now you know, now you know"という部分の歌い方、あまりにも切なくて、こちらの心までもが壊されてしまう。
 でも、歌メロの進み方が、どこかで聴いたことがあるような、懐かしさに通じるところもさらに気持ちが動かされます。
 個人的にはこの中でいちばん好きな曲でしたが、コンサートでは演奏されなかったのが残念。
 それにしても、何の曲に似ているのだろう、思い出せない・・・
 思い出したらBLOGのどこかで報告します(笑)。

 なおおことわり、僕が「似ている」という場合、批判的な意味は薄く、似ている元曲が大好きだからうれしいという意味合いが強いのです、念のため。



 12曲目Nightingale
 鳥好きにはたまらない曲(笑)。
 ビートルズのBackbirdもそうですが、小さな鳥の曲はなぜかアコースティックギターがよく似合う。

 途中からピアノが装飾的に入ってきて全体が盛り上がるのは、小さいながらも頑張っている渡り鳥の生き様を表しているかのよう。
 "Was your journey far too long?"と囁くように歌う部分には彼女の優しさ、自然への尊敬の念を感じずにはいられません。

 やっぱり自然がいちばん!



 13曲目The Long Day Is Over
 ゆらゆらと揺れるエレクトリックギターの音が印象的。
 いろいろあった1日も終わる、その人なりの1日がある。
 ワルツにのせて1日を振り返ってみる、そんな日があってもいい。



 14曲目The Nearness Of You
 最後はアメリカン・スタンダード。
 ピアノからこぼれ落ちる音にのって静かに切々と歌う。
 ここまで聴いてきて思う、このアルバムは秋にはとっても似合いますね。
 小春日和の昼間に森の中のテラスにいる感じかな。
 しかし札幌は雪が降り、もうそんな季節は終わってしまいました。

 でも、日本の南の方であれば、むしろこれからが合う季節かもしれないですね。



 14曲あるけれど、45分しかない、その流れがまたいい。
 この14曲というのは、ビートルズのアルバムの3枚目を除いた1枚目から7枚目までと同じだから、僕にとっては14曲というのは意味があり、うれしいことなのです。



 そもそもノラ・ジョーンズは父があのラヴィ・シャンカール。
 インド音楽の生ける伝説、ジョージ・ハリスンの師匠とも呼べる人。
 勝手な解釈を許していただけるのであれば、ノラ・ジョーンズも「ビートルズ人脈」と言える人であり、だから余計に僕も気持ちが入るところなのです。
 ただ、ノラ自身は、そのことは今はどう思っているのか、もしかしてあまり触れられたくないのかもしれないけれど。

 彼女の音楽はお母さんからの影響が大きいようですからね。


 

 このアルバムは、それまでの数多ある大ヒットしたアルバムのような、「すごい」と思わせる部分がありません。

 ほんとうに自然な感覚で、身近なことを分かりやすく歌っているだけ。

 ある意味、商業芸術としてのポピュラーソングに対する僕の古臭い固定概念を根底から覆してくれた、そんなアルバムです。


 実際に聴くと、小さな波を感じながら少しずつ前に進んでいくのもまたいい、との思いを新たにしました。
 各曲のクオリティは高いし、自然と流れていくのがいい。


 大仰ではなく身の丈の音楽を繰り広げているのも今の時代には合っているのかもしれません。


 すごくはないんだけど、自然に体や心の中に広がってゆく音楽。

 それがノラ・ジョーンズだと思います。


 このアルバムが世に出てまだ10年しか経っていないけれど、もっと前から普通にある音楽のように感じる、スタンダードともいえる響きが素晴らしいですね。