◎"LOVE AND THEFT"
▼ラヴ・アンド・セフト
☆Bob Dylan
★ボブ・ディラン
released in 2001
CD-0282 2012/9/11
ボブ・ディランの21世紀に入って最初のアルバム。
ザ・バンドの後にボブ・ディラン、一見チェインリアクションのように思えるけれど、これもまた偶然です。
今日は9月11日ですね。
アメリカでは、本日、ボブ・ディランの新譜TEMPESTが発売になります。
新譜はまだ手にしていないので、代わりにというか、ひとまず新譜が出たことをお知らせする意味でも、今日はこのアルバムを取り上げました。
このアルバムは、2001年9月11日にリリースされています。
そう、まさにあの日。
時差の関係で、午後9時過ぎに、衝撃的なテロの映像をテレビで目にしました。
その日は寝るまでずっとテレビを見ていました。
正確にいえば、その日は寝ませんでした。
9月12日朝4時くらいまで、眠くなるのも忘れて、テレビばかり見ていました。
朝はいつも通り6時には起きてまたテレビを見ました。
輸入盤のCDは、札幌のタワーレコードなどでも、現地の発売日の夜にはだいたい店頭に並びます。
最近はAmazonなどで予約注文すると、前日に出荷されることもありますね。
ただ、発売日当日にはないこともあるので、アイアン・メイデンやポール・マッカートニーなど、可能な限り一瞬でも早く買って聴きたいというアーティスト以外は、発売日翌日に買いに行くことにしています。
2001年当時はもうインターネットをやっていたので、このアルバムの発売日が9月11日であることは事前に分かっていて、翌12日に買いに行くことにしました。
まさか、そんなことが起こるなんて思うはずもなく。
買いに行ったのは、今はもうなくなった「玉光堂PALS21」という大型CD店。
元々地場の(小樽ですが)レコードチェーン店「玉光堂」の旗艦店舗で、ビルの1フロアにロックやソウルはもちろん、ジャズもクラシックも品揃えが豊富で、ロック系はあまり大きくないタワーレコード札幌PIVOT店よりも在庫があるくらいで、しかもだいたい新譜も旧譜もタワーより安かった。
だからその店があった頃は、タワーで買うことが今より少なかった。
2004年、CDが売れなくなったこと以外の(以上の)、諸般の理由で閉店しました。
今でもその店がなくなったのは残念です。
2001年9月12日、夜7時過ぎ、弟と車で「玉光堂PALS21」に行きました。
あんなことが起こって、ボブ・ディランの新譜は入荷しているか不安でしたが、でも、9月11日に店頭に並ぶものであれば、当然アメリカを既に出荷されているはずだと。
電話で確認すればよかったのでしょうけど、その日はきっと街にも人が少ないだろうから、なければないで構わないし、そういう日の街の様子も見ておきたかった。
用事はそれだけだったので、駐車場に入れずに、僕が車で待っていて、弟が買いに行くことにしました。
その店は、札幌駅からすすきのまでをつなぐ目抜き通りである札幌駅前通に面していて、店が入ったビルの前に車を停めるのは難しいので、弟が買いに行く間、僕は車で周りをぐるぐる回って、弟が来たところで拾って帰るつもりでした。
その日はしかし、人が少なかった、いない、といってもいいくらい。
札幌は地下街が便利なので地上を歩く人が少なく、地下には人はいたでしょうけど、ほんとうに地上は、ちらほらと人がいるだけ。
車も異様に少なく、空車のタクシーが目立ちました。
だからその日は、店のビルの真ん前に車を停めて待っていることができました。
街の灯りが意味もなくきれいに見えました。
CDはあった、買いました。
聴きながらまず思ったのは、ボブ・ディラン自身は、自分のアルバムの発売日にあんなことが起こってしまったことをどう思っているのかな、でした。
もちろん、まったく関係ない、偶然にすぎないのですが、ディランのことだから、少なくとも、なんということだ、とは思ったに違いない。
責任を感じるというと言い過ぎだけど、少なくとも関係ないことではない、どこかでつながっているのかもしれないといった、割り切れない思いもあったかもしれない。
ディランのことだから、何かを背負ってしまったような感覚が。
11年が経って出る今年の新譜TEMPESTが、9月11日に発売されることが分かって、僕は、やっぱりディランはずっと心のどこかにそんな思いを抱えていたのかなと思いました。
しかも、今年の9月11日は、あの日と同じ火曜日。
むしろ偶然と考えるほうが不自然ですよね。
ディランは、漸く、複雑な思いを認めて言葉に出すことができるようになったのかもしれない。
自分なりの気持ちを表したかったのかもしれないし、自分自身に対して、心を解き放ちたかったのかもしれない。
こうなったら、早く新譜も聴きたい。
◇
その前に、あの日に発売されたこのアルバムの話を。
今思うと、まだテロの翌日で世の中が騒然としている中、買ってしまった以上は割と冷静に聴いていたような気もしてきました。
ほぼ1日ニュースを見続けていた後、むしろ音楽に救いを求めていたのかもしれない。
このアルバムは、といいつつディランはいつもそうですが、アメリカ音楽の見本市のような感じ。
ただ、ルーツに根差したというよりは、そういう音楽が下地にあった上でのアメリカのポピュラー音楽、という感じが強くて、これはよい表現として使っていますが、ディランにしては妙にうわついた感じがします。
とどのつまりはポップで聴きやすい。
ところどころロカビリー色が濃い曲があるのですが、それもそのはず、チャーリー・セクストンがギターで参加しています。
懐かしいですね、チャーリー・セクストン。
僕の高校時代に出てきて、湯川れいこが異様に押してたっけ。
90年頃に一度ちょっと話題になったような記憶もあるけれど、以降はぱたっと音沙汰がなくなりました(少なくともファンでもなんでもない僕には)。
3曲目Summer Daysなんてロカビリーど真ん中で、ボブ・ディランもこんな趣味があったんだって当時はちょっと驚きました。
まあ、ロカビリーとはいっても歌い方はいつものディランですが。
僕にとっての最大の楽しみだったのが、2曲目Mississippi。
シェリル・クロウが、3枚目のアルバムTHE GLOBE SESSIONSにおいて、ディランから提供された曲として歌って世に出た曲をいわばセルフカヴァーしています。
実際はその前年のディランのグラミー受賞アルバムTIME OUT OF MINDのために録音されてお蔵入りになったものをシェリルに提供したとのことですね。
ともあれ、シェリルはまだ3枚目であのボブ・ディランの書き下ろしの曲を歌ったということで当時はかなり注目されましたね。
シェリルはなんだかせかしたように歌っていますが、ディランはとろっとしたいつものディラン節(笑)。
他を今回は簡単に。
1曲目Tweedle Dee & Tweedle Dumはサウンドがダニエル・ラノワの名残りの人物伝。
4曲目Bye And Byeはハワイアン風で、クリスマスアルバムにもハワイアンがあったけど、実は得意なのかな。
5曲目Lonesome Day Bluesはその通りブルーズ、というよりもディランのデフォルトはブルーズ、4小節ごとに入るギターリフが印象的。
6曲目Floater (Too Much To Ask)、この世のものではないようなフィドルの音色がまさに浮かんでいるよう。
7曲目High Water (For Charley Patton)、バンジョーも入った正調カントリー風、西部劇の語り部のような雰囲気はお手のもの。
8曲目Moonlight、こちらもちょっとハワイアン風、おとなしくてディランなりのロマンティックな曲。
9曲目Honest With Me、アップテンポで力強いハードな手応えの曲、カッコいい。
10曲目Po' Boy、フォークというよりカントリー調の曲で、ディラン独特のもわっと広がる温かみがあるなんとも味わい深い曲で、2曲目以外ではこれがいちばん好きかな。
11曲目Cry A Whileはリズムが途中で変わる少し重たい曲。
12曲目Sugar Baby、やっぱりディランはバックのギターのフレーズが印象的な曲を書くのがうまい。
このアルバムは割と元気にやってきていて、この曲も声は張りと艶があるのですが、でも最後の最後がしんみりとしていて、歌に引き込まれる。
歌手として、語り部としてのディランを堪能できる1曲ですね。
このアルバムの2つの不思議。
ひとつ、アルバムタイトルが「""」=ダブルクォーテイションで囲われていること。
「愛と窃盗」、愛とは人に何かを与え、何かをもらうこと、以上の何かがあるということでしょうか。
もうひとつ、プロデューサーのJack Frost、聴いたことがない名前だけど、実はボブ・ディランの変名。
ジャック・フロストといえばクリスマスソング。
◇
実は、僕もこれを聴くのは、当時買ったすぐ後に聴き込んで以来、10年10か月振りくらいでした。
出た直後はさすがに大好きなアーティストの新譜だからほぼ毎日聴いていたのですが、その時期が過ぎると、やはり、棚にあるこのCDを見る度に、あの日のことを思い出していました。
そしていつしか手が伸びなくなる。
でも、当のディランがその日にアルバムを出したのだから、僕もやっと聴いてみようと思うようになりました。
僕も僕なりに、聴き手として何かを背負っていたのかもしれない。
そしてこのアルバムを聴くと、やはり、あの日のことを思い出しました。
大事件や大災害は、忘れないことが、経験しなかった者の務めだと思います。
さて、ディランの新譜はもう出荷されたので、今週中には聴くことができる。
特に大好きなアーティストの新譜は、いつもいつもほんとうに楽しみで、音楽を聴き続けていて、その人を追い続けてきてよかったと心底思うひとときですね。