AN INNOCENT MAN ビリー・ジョエル | 自然と音楽の森

自然と音楽の森

洋楽の楽しさ、素晴らしさを綴ってゆきます。


自然と音楽の森-Sept07BillyJoel


◎AN INNOCENT MAN

▼イノセント・マン

☆Billy Joel

★ビリー・ジョエル

released in 1983

CD-0280 2012/9/7


 ビリー・ジョエル9枚目のスタジオアルバム。

 

 僕がリアルタイムで初めて買ったビリーのアルバムだけに、思入れが特に深い1枚です。

 前作から10か月という異例の短い間隔でリリースされましたが、その僅かの期間に僕は、ビリーの70年代の名盤を買って聴いて大好きなアーティストの筆頭格になっていました。


 これは、僕が最初に「ソウル」というものを意識したアルバムで、いわば「ソウル原初体験」の1枚といえるでしょう。

 もっとも、ビートルズがそうだったといえばそうですが。


 高校1年の僕はLPを予約して発売日前日に買い、友だち3人に次々と貸しましたが、そのひとりに「これはビートルズに似ているね」と言われました。

 僕は最初は反発したのですが、よく考えると、ビートルズだって50-60年代の黒人音楽を、真似た、というよりは、白人なりの黒っぽいフィーリングで再現しようとした人たちだったから、土台は同じであると納得しました。

 当時の僕は(今もですが)頭でっかちで、先入観なしに聴いた友だちに言われて気づきました。


 このLPの国内盤には、ビリー自身によるライナーノーツがあって興味深いのですが、今回は、そこに書かれていることにも触れながら書き進めます。


 先ずはアルバム全体について、ビリーの説明を。


「僕はどのアルバムも、各々違った性格のものにしている。

 今回は「優しい人」といったところ。

 彼は今恋をしていて、ゴキゲンなのだ。

 全曲、僕が少年時代に愛した懐かしいレコードに基づいている。

 それからまた、これは一人の歌手としてのアルバムでもある。

 僕はいつも歌いたいと思ってきた高音を、みんなうまく出している」


 「ゴキゲン」というのはソウルのひとつのキーワードでもありますね。

 当たり前だけど、アーティストは「あんな感じ」と考えて曲を作り、楽しみながらアルバムを作っていることがあらためてよく分かります。


 

 1曲目Easy Money

 ジェームス・ブラウンの「ソウル・レヴュー」を思い浮かべながら書いたということだけど、確かに当時からJB風と言われていて、僕がJBという人を初めて意識したのはここだったかもしれない。

 シャープで切れがよくて一発で大好きになり、このアルバムが素晴らしいことを、聴き始めてすぐに、瞬時に感じ取りました。


 2曲目An Innocent Man

 正直、若い頃は「確かにいい曲だな」くらいにしか思っていませんでした。

 それが一変したのは、2006年札幌ドーム公演でこの曲を聴いた時。

 ビリーは、楽器から離れて歌手としてステージに立ち、少し照れながらフィンガーティップスを交えつつ、イントロの何回目で歌い始めていいのか迷っているといった演技をしていたのが面白かった。

 声もよく出ていて、こういってはなんだけどそこに驚いて感動が増幅し、生で聴いて初めて「名曲だなあ」と。

 それだけに、2008年の東京ドームでは演奏しなかったのが残念でした。


 3曲目The Longest Time

 この曲でビリーはSo Much In Loveに言及していますが、その曲はたまたま当時ティモシー・B・シュミットが映画の挿入歌としてカヴァーしていたのを僕は聴いて知ったばかりで、確かに似ていると思いました。

 その曲は後にアート・ガーファンクルもカヴァーしていたけれど、アメリカ人の心に寄り添う曲なのでしょうね。

 ビリーはここでは多重録音で声を変えて歌っているのも楽しい。

 しかしなんといってもこれは歌メロがよくて、曲の覚えが悪い僕も3回目にはもう口ずさんでいたくらい。

 ほんとうに歌っていると気持ちがよくて、僕が好きなビリーの10曲に入るくらい大好きな曲。


 4曲目This Night

 サビがベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」からとられているのは当時も話題になっていましたが、実際にベートーヴェンのその曲をCDを買って聴いたのはその10年以上後のこと。

 僕は、映画『ミュージク・オブ・ハート』を観て、この曲のことを思い浮かべました。

 メリル・ストリープが演じる先生が、ニューヨークの下町の荒廃した小学校に招かれ、音楽の力によって学校を再生させてゆくという物語。

 学校にはいろいろな児童が通い、子どもたちが聞く音楽もロックからヒップホップからクラシックまでさまざまだけど、先生はそれを認めつつもまとめてゆく。

 ベートーヴェンの曲からポップソングが生まれるというのは、そうした音楽環境で育った人には当然のことなのだろうなと分かりました。

 しかもこれ、ベートーヴェンが作った旋律にビリーがつけた歌詞が最高に合っていて、歌っていてすごく気持ちがいい。

 音楽自体は正調R&Bバラード、素敵ですね。


 5曲目Tell Her About It

 ビリー2曲目のNo.1ヒットシングル。

 面白いもので、「バラードシンガー」というイメージがあるビリーだけど、1位になった3曲はどれもアップテンポの曲なのです。

 あと2曲は「ロックンロールが最高さ」と「ハートにファイア」(なんという邦題だ・・・)

 ビデオクリップはビートルズを意識したのか「エド・サリヴァン・ショー」を彷彿とさせるもので、懐かしさにくすぐられまくり。

 あ、僕はもちろんそれはリアルタイムじゃないですが(笑)。

 ビリーはこの曲について、シュープリームスやマーサ&ザ・ヴァンデラスを思い浮かべ、それを男性向きに書いてみたとのこと。

 なお、この曲は、出た当時は大好きでしたが、今は普通に好きというかアルバムで聴くといいなあくらいで、なんというのか、ビリーの曲では珍しいですが、正直そんな感じです。


 6曲目Uptown Girl 

 人気ではこれがいちばんかな。

 話の下地には「ロミオ&ジュリエット」があることは当時から思っていました。

 ビリーはここではフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズをイメージしたとのこと。

 フランキー・ヴァリ、あのファルセットヴォイスは聴くとついつい歌いたくなってしまう(笑)。

 ビリーはファルセットでは歌っていないけれど。

 この曲が特にビートルズに似ていると言われましたが、フォー・シーズンズは白人R&Bグループだからと考えると納得ですね。

 ただ、この曲、今はコンサートで演奏されないのが残念。

 この曲のビデオクリップで知り合った女性と結婚したものの、後に離婚しましたからね。

 「素顔のままで」であればあれだけの名曲だし、ビリーも割り切って「最初の離婚した奥さん」に捧げた曲と紹介して演奏していましたが、こちらについてはまだそうするには年月が足りないのかもしれない。

 でも、それがビリー・ジョエルという人だから、仕方ない。

 

 7曲目Careless Talk

 ビリー曰く、サム・クックのChain Gangのようなワークソングのフィーリングを持った曲とのこと。

 この曲は地味な方だと思っていましたが、サム・クックを引き合いに出されたからには、サム・クックとなると冷静さを失う僕、見方ががらりと変わりました(笑)。

 あ、でもここはビリーの話、この曲はコーラスワークが面白いですね。


 8曲目Christee Lee

 ビリーは、キーボードのロックンロールを作りたかった、しかも普通とコード進行が違うやつが、と語っていますが、確かに最初から変わった響きだなと感じていました。

 恋煩いのサックス吹きの男の話だけど、アップテンポで突っ走るのに、聴き終ってから何かすかっとしないものが残る、切ないというか。

 かなり不思議な響きの曲ですね。


 9曲目Leave A Tender Moment Alone

 この中でいちばん好きな曲はこれ!

 少年のナイーヴさが描かれていて、僕も当時はまさにそんな年代だったので、共感、共鳴、なんとも心に響いてきました。

 照れくささというものをこれほどまでに見事に表現したロックの楽曲を、僕は他には思いつきません。

 好きな人とのちょっとした言葉のやり取り、うまくいくかな、下手なこと言って嫌われてしまわないか、楽しいけど不安、でもやっぱり何か言いたい。

 それらをすべてビリーが優しく包み込んで、夜空に解き放ってくれる。

 僕もそんなロマンティックな人間であればいいのになあ(笑)。

 この曲の価値を高めているのが、トゥーツ・シーレマンスのあまりにも素晴らしいハーモニカ。

 シングルカットされた際に作られたビデオクリップは音もライヴ・フッテージでしたが、彼自身も一緒に演奏していました。

 穏やかなバラードだけど、元気が出る曲でもあります。

 その元気は、「やってやるぞ!」という力強い意気込みではなく、「ああ、きっとうまくいける」と自然と思えるような元気さです。

 これはビリーで5指に入るくらい好きな曲。


 10曲目Keeping The Faith

 最後のこの曲は、ビリーの言葉を。

「この歌は、アルバム全体のムードを包んでいる。

 人によっては僕が過去のノスタルジアにのめり込んでいるかのように聴こえる音楽かもしれないが、そうではない。

 この歌で、僕が過去に生きているのではなく、現在も祝福しているんだと言いたい。

 僕はただロックンロールし続ける。

 誓い(信念)を守り続けるだけだ」

 ビリーのこの言葉を聴くと、No.1ヒットがすべてアップテンポな曲であるのは納得できます。

 でも一方、当時の「FMファン」に、このアルバムに対するアメリカ人の評が載っていて、「ローリングストーン」誌のものだったかもしれない、そこには、せっかく9曲目までで甘美なノスタルジーの世界を築き上げてきたのに、この曲がそれをぶち壊している、と書いてありました。

 実際、"Say good-bye to the oldies but goldies"という歌詞もあるくらいだし。

 ビリー・ジョエルというアーティストは、結局、自分の思いと周りの人の捉え方の狭間で悩み続けていたのかもしれない、或いは今でもまだ。

 かくなる僕自身も、2008年の東京ドーム公演でこの曲を演奏したのは、この曲は好きだけどこのアルバムからの曲がそれだけだったというのが、なんだか納得できないし残念でもありました。

 まあ、僕はビリーは基本は大好きだから、けなすようなことは言わないけれど。

 ともあれ、最後の最後がハードな手触りの曲でアルバムは終わります。



 それまで「多国籍かつ無国籍の音楽」を展開していたビリー・ジョエルが、アメリカ音楽にしっかりと足をつけた音楽を展開してゆくきっかけになったのがこのアルバム。

 それはもちろん後で分かったことであり、この次のアルバムTHE BRIDGEでは中途半端に元に戻そうとして失敗した、ということはあるにしても。 

 

 しかし、この次の次のSTORM FRONTでは、アメリカ音楽に根付きつつも70年代のビリーらしいセンスをまぶして大成功。

 さらに現時点で最後のアルバムRIVER OF DREAMSは白人R&Bだし。

 ビリーの「本来の姿」がここにあったことから、このアルバムは、ビリーにとって重要な1枚ではないかと思います。

 

 でも、今となっては、どうなんだろう。

 もうすべてが過去のものになってしまった以上、やっぱり、ビリー・ジョエルといえば70年代の「多国籍かつ無国籍の音楽」を意味するのかな。

 なんとも微妙なアルバムかもしれない。


 しかし僕は大好き、やっぱり今聴いても素晴らしい。

 歌詞のメッセージ性が社会ではなく個人の感情に向いていることもあって、聴きやすいのは間違いないでしょう。


 まだ10代で若くて頭が柔らかい頃にたくさん聴き込んだアルバムだから、今でも歌が自然と口をついて出てきます。

 文章を入力していても、料理をしていても、テレビで野球を見ていても(笑)。

 

 さて、このところすっかり「名盤」BLOGになってきていますが、へそ曲がりの僕だから、そればかりでもつまらない、そろそろ次辺りから元に戻したいと思っています(笑)。