TALKING BOOK スティーヴィー・ワンダー | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森-Aug22StevieWonderTB


◎TALKING BOOK

▼トーキング・ブック

☆Stevie Wonder

★スティーヴィー・ワンダー

released in 1972

CD-0273 2012/8/22


 今回はソウルの中のソウルともいうべきスティーヴィー・ワンダーを取り上げます。


 この名作は、スティーヴィー・ワンダーのスタジオ録音としては15枚目のアルバム、ただしそこにクリスマスアルバムを含む。

 通算何枚目というのは今まで意識したことがなくて、ずっと「2枚目」として接してきていました。


 これ、名盤ですね、超名盤ですね、誰もが知ってますよね(きっと)。
 だから今日は僕が特に言うことは何もないですかね、ではまた!

 

 なんて冗談、でもそういいたくなるくらいのアルバムであり、ロックやソウルを語る上では誰もが絶対に外さない名盤中の名盤。

 音楽好きの間でよく話題になることの一つ。

 「あるアーティストのAというアルバムとBというアルバムではどちらがいいと思うか、どちらが好きか」

 ビートルズの場合、RUBBER SOULとREVOLVERのどちらが、という話。

 モータウンから少年時代にデビューしたスティーヴィー・ワンダーは、成人してお金が自由に使えるようになると、キーボード等音楽機材をたくさん買い込んで自分で音楽を作り始めた、というのはもはやよく知られた逸話になっています。
 

 モータウンは、スモーキー・ロビンソンをほぼ唯一の例外として、作曲者と演奏者と歌手が完全分離の態勢で臨んでいました。

 しかし、ビートルズをはじめとした自作自演のロックが世の中を席巻すると、自分たちでも作りたいという歌手が現れました。
 最初は認められなかったものの、時代に敏感でなければやってゆけない業界であったがために、1970年代に入り、モータウンでも自作自演アーティストが出てきました。
 それがマーヴィン・ゲイとスティーヴィー・ワンダーであることも、もはやロックレジェンドのひとつになっています。

 スティーヴィー・ワンダーはこの前作MUSIC OF MY MINDにおいて、作詞作曲歌演奏からプロデュースまでをひとりでこなし、晴れてシンガーソングライターの仲間入りをしました。

 もちろんそのアルバムもいいのですが、そこで要領を得たスティーヴィーは、さらなる発展を遂げて音楽史に名を刻む名盤を作り上げた、それがこのアルバム。
 僕が、このアルバムを「ずっと2枚目だと思って接してきていた」というのは、そういう意味です。

 これに続く2枚のアルバム,INNERVISIONS、FULFILLINGNESS' FIRST FINALEの3枚は「三部作」とも呼ばれ、グラミーにおいて年間最優秀アルバムを連続で受賞するなど、ポピュラー音楽史、ロック史に大きな足跡を残しました。


 さて、アルバムAとアルバムBはどちらが好きかという話題。

 スティーヴィー・ワンダーの場合は、このTALKING BOOKと次のINNERVISIONSのどちらが好きか。

 僕は、INNERVISIONSのほうがアルバムとしては好きです。
 INNERVISIONSのほうがアルバムとしてより練られていると思うから。

 TALKING BOOKがよくないとはもちろん言わない、素晴らしいけど、こちらは「いい歌がたくさんできただけのアルバムの最高峰」という感じがします。
 「だけ」というのも語弊があるのは分かりつつ敢えて書いてますが、こちらのほうが曲ごとの魅力が際立っていると思う一方、INNERVISIONSは少し小粒な曲を活かすためによりアレンジや流れに凝って作られたと感じます。

 INNERVISIONSのほうが後に出た、しかもごく短い間に出たのは、スティーヴィー・ワンダー自身が当時まだまだどこまで伸びるか分からない発展段階にあったことを考えれば、作りや流れがよりこなれているのは当然かもしれません。

 なんて話は後の時代の人間だからできるのでしょうね。
 このアルバムが出た時の衝撃はきっと大きかったに違いない。
 リアルタイムの経験がない僕には分かりようがないけれど、当時の人は逆に、このアルバムのインパクトがあまりも大きくて、INNERVISIONSはその発展型にしか映らなかったかもしれない。


 これはあくまでも観点の違いの話で、このアルバムはそんな理屈抜きにとにかく素晴らしい。

 曲が素晴らしいからこそあまり考えて練り込むことなしに昇り調子の勢いでそのまま作れてしまい、だから余計に曲が生きるという好循環が生まれています。
 まあ、僕は10代の頃はちょっと偏屈的なアルバム至上主義者だったので、凝る、ということに弱くて、そういう考えになったのでしょう。

 ところで、僕は先ほどからこのアルバムの話をするに及んで「ロック史」という言葉を使いたくなるのを何度も我慢しつつ、ついに一度だけ使ってしまい、そこに違和感を覚えた方も或いはいらっしゃるかもしれない。
 
 スティーヴィー・ワンダーは、音楽としてはソウルの中のソウルという人だと思います。

 でも、自作自演を始めてからの作品はロックの精神を最大限に発揮していて、僕自身の中では、それらを「ロック」と呼ぶことに何のためらいもありません。
 この頃のスティーヴィー・ワンダーは、ソウルとロックを高い次元で結びつけ、ジャンルにとらわれない「スティーヴィー・ワンダー」という音楽を確立したのでしょう。
 まあ、音楽はジャンルなんてあまり関係ないのでしょうけど、そのことを最もよく証明するのがスティーヴィー・ワンダーという人ですね。


 1曲目You Are The Sunshine Of My Life

 この曲はまさに人類の宝物。
 名曲なんて言葉をいくら使っても物足りない。

 スティーヴィー・ワンダーの名曲は、人間が作ったというよりも天使の声をスティーヴィー・ワンダーという人が感じ取り、人間に聞こえるように翻訳しただけ、という感じがします。
 "You are the apple of my heart"、「貴方は僕の心の真ん中にいる」という表現は、まさにこの曲自身のことを表しているかのよう。
 ところで僕は、この曲自体は多分ラジオで聴くか何かで高校時代に知っていたのですが、それがこのアルバムの1曲目に入っていることは、初めてこのアルバムのCDを買って聴くまで知りませんでした。
 買う際にも曲目などを見ずに開封してすぐにかけたのですが、いきなりこの曲が出てきて、驚いたというか、意外な展開でした。
 でも、人類史に残る名曲が2曲も入っているなんて、このアルバムはもうそれだけで超名盤といえるでしょうね。
 並の名曲じゃないですから、人類史に残る名曲ですから。

 僕は、この曲を好きじゃないという人とは仲良くなれない絶対の自信があります(笑)。

 2曲目Maybe Your Baby

 せり上がってくるような壁が迫ってくるような重たくて厚いサウンドに、うねうねするような歌メロはスティーヴィー・ワンダーの特徴のひとつ。
 彼の中のファンク路線というか、エネルギーに満ちた曲で、ギターはレイ・パーカー・Jrが担当しています。

 最後かなり長く引っ張って疲れたように終わるのがなんだか面白い。
 でもこのタイトル、とりようによってはちょっと危ない男女の仲だなあ・・


 3曲目You And I (We Can Conquer The World)

ピアノ弾き語りバラードはまさにスティーヴィーの心のかけら。
シンセサイザーで薄く味付けしているけど、ストリングスを使わずにそれをやってみたかったのかもしれない。

 4曲目Tuesday Heartbreak

 ミドルテンポのポップソングで、だだをこねるような歌い方もまた持ち味。
 コーラスには後にソロデビューし映画『フットルース』のLet's Hear It For The BoysをNo.1に送り込んだデニース・ウィリアムス、アルトサックスにはデヴィッド・サンボーンが参加と、後に大活躍する人がこぞって参加しているのも彼の人間的な魅力を物語っています。

 それにしても楽器一つ一つの使い方がセンスの塊。

 5曲目You've Got It Bad Girl

 スティーヴィー・ワンダーがソウルであることがよく分かる曲。

 かなり洗練された都会的な洒落た曲ですが、そういう部分も70年代には受けたのかもしれない。
 もちろん土臭いのが悪いというのではないけれど、きらびやかさ、みたいなものも魅力だったのでしょう。
 

 6曲目Superstition

 「迷信」、もうこの曲についてもはやいうべきことはないですね。
 音楽を好きな人でこれを聴いたことがない人っているのかな。
 この曲は僕は歌同様にブラスも口ずさむのですが、それは歌も楽器も曲全体が一瞬にして思いついたというか浮かんできたということじゃないかな。
 少し前の「ベストヒットUSA」では、スティーヴィー・ワンダーがジェフ・ベックと共演した2009年のライヴ映像を流していて、これがまたよかった。

 アレンジがほとんどオリジナル通り、特にリズムが。

 他のことをしていたけどその瞬間は手を止めて画面に見入り、「ぱっぱっぱららぱ~ぱらら」とブラスを口ずさんでいました(笑)。

 今でもこの曲がかかると体中の血が湧きたつのを感じます、今この記事を書きながら聴いていてももちろん!

 この曲においては、「名曲」「傑作」という言葉すら陳腐なものに感じてしまいます。

 7曲目Big Brother

前の曲が終わりきらないうちに甲高いハーモニカで始まり、なんだなんだ、と思わせるこの流れもまたうまい。

 8曲目Blame It On The Sun

この曲はフィル・コリンズが一昨年出したモータウンのカバーアルバムの中で取り上げていて僕の見方が変わりました。
 もちろんそれまでも知っていたのですが、アルバムの中のかなりいい1曲くらいの認識しかなかったのが、フィルの歌がまた素晴らしく、同時に曲の良さに改めて気づき、爾来よく口ずさむようになりました。

 フィル・コリンズのそのアルバムもかなりよかったのですが、音楽がこうしてつながるのはまたうれしいですね。

 9曲目Lookin' For Another Pure Love

 ギターにジェフ・ベックが客演し素晴らしいソロを聴かせてくれます。
 ジェフ・ベックといえばSuperstitionは元々ジェフのために書いたのが、スティーヴィーが「無断で」先に出してしまったという話があるのだとか。
 それはともかく、この曲、彼の魅力はずばり優しさでしょうね。
 「ヒューマンな心」と言ったほうがいいのかな、たおやかなバラード。

 10曲目I Believe (When I Fall In Love It Will Be Forever) 

 いかにもアルバムの最後にふさわしい大団円的に盛り上がる、ヒューマンな心を凝縮した上で再拡大した曲。
 いかにも終わりらしいというのは、ロックの精神を持っていても、ショービジネス的な部分は決して忘れてはいけないという音楽のひとつの暗黙の掟のようなものでしょうね。
 事実、そうではない終わり方のアルバムはほとんど聴いたことがないですから。

 ほんとうに素晴らしい。



 スティーヴィー・ワンダーのアルバムを初めて聴きたい人には僕もこちらをおすすめしますね。
 まあ、そういう人は少ないのではないかと思うのですが(笑)。

 音楽が持っている力が素直に伝わってきます。

 このアルバム、特に1曲目6曲目という名曲を聴くと、この世の中にスティーヴィー・ワンダーという人がいてよかった、と心から思えますね、天使に感謝です。