◎DOWN THE ROAD
▼ダウン・ザ・ロード
☆Van Morrison
★ヴァン・モリソン
released in 2002
CD-0274 2012/8/16
Van Morrion-03
ヴァン・モリソンの21世紀に入って最初のオリジナルスタジオアルバム。
もうひと月近くが経ちましたが、ピーター・バラカンさんの本をまた1冊読みました。
「ピーター・バラカンの音楽生活」(集英社インターナショナル)
月刊PLAYBOY誌が2008年に廃刊になるまでの足かけ7年間の連載コラムをまとめたもので、バラカンさんの趣味を反映し、ロック、ソウル、ブルーズ、ジャズ、カントリーから近年のこだわりであるアフリカの音楽にまで話が広がっています。
本人も断っていたように、雑誌の連載で紙幅に限りがあり、もっと読みたいという話が多いのが不満といえば不満ですが、逆にいえば軽く読みやすかった。
最も印象的だったのは、バラカンさんがその音楽を好きかどうかは、そのアーティストに「ブルーズ心があるかどうか」による、という話。
「ブルーズ心」については本人もうまく説明はできないということだけど、でも僕は、そうだよ自分もそうだと、共感を得ました。
「ブルーズ心」は、ブルーズが好きなことが基本にあるのは間違いないですが、その表現が「ブルージー」かどうかではなく、あくまでも好きかどうか、そして敬意を感じるかどうか、ということだと思います。
ただ、僕の場合は、「ブルーズ心」がなくても好きなものは好きですが、「ブルース心」があるかどうかは、僕も聴く際に意識し重要な要素だと感じてます。
そのバラカンさんが大好きで、「ブルース心」がある人の代表格がヴァン・モリソン。
このCDはそこで紹介されていたので買いました。
ヴァン・モリソンはすべてのオリジナルアルバムのCDを集めている途中ですが、現在廃盤のものが多く、道はだいぶ険しそう。
このアルバムは1990年代以降のもので、現在は廃盤ですが、CDがまだ売れていた時代だからブックオフでも出てくるんじゃないかとのんきに構え、Amazonのほしい物リストに入れて中古の状況を追いつつゆっくりと構えていました。
しかし、本で紹介されたのですぐに買うことに。
送料抜きで1100円強、当初目論見よりは少し高いけれど、欲しい時が買う時だから文句は言いません。
むしろ文句を言いたいのは、まだ10年しか経っていないアルバムが現在廃盤であること。
ヴァン・モリソンは好きな人は買うけどそうじゃない人にはあまり売れないのだろうなあ、特に最近のものは。
余談はともかく、「ヴァン・モリソンは基本的にどれを聴いてもヴァン・モリソン」とは、いつも僕が言っていること。
その時の精神状態が色濃く反映されはするけれど、音楽の基礎構造は40年経っても驚くほど変わらない、それがヴァン・モリソンという人。
でも、今回のアルバムは、何かちょっと違うと感じました。
もちろん大枠ではVMそのもので、あまりVMを聴かれない方には同じに聴こえる範疇だとは思うけれど。
僕もヴァン・モリソン歴が10年を越え、聴きどころも分かってきたので、僭越ながら、このアルバムは他とどう違うのかを説明させていただきます。
写真が小さくて見えにくいですが、今回のジャケットはレコード店の店頭の風景で、ショーケースの中にたくさんの古いレコードが並べられています。
見て分かるものを挙げると、レイ・チャールズ、ジェームス・ブラウン、ルイ・アームストロング、B.B.キング、ブラインド・レモン・ジェファーソン、ハンク・ウィリアムス、チェット・ベイカーそしてサム・クックと、彼のルーツとしてなるほど納得させられます。
ちなみに、CDでですが、その中で僕が持っているのは、JBのアポロのライヴ盤とサム・クックのベスト盤の2枚だけでした。
このアルバムは、ジャケットで宣言しているように、自らのルーツ音楽への思いを色濃く反映させたもので、VMの普通のアルバムに比べるとこなれていないというか、自分のものに成りきっていないと感じます。
おそらくそれは意図的にそうしているのでしょう。
或いは、ルーツ音楽を意識をすると自然とそうなってしまったというべきか。
生の感覚が強いですね、いつものアルバムに比べると。
リズムが跳ねた感じの曲が多くて、粘つきというよりは軽快感、スキッフルをはじめとした1950年代後半のロックに近い感覚があります。
曲自体も単純なブルーズ進行のものがあったり、骨格が見えやすい。
人生の断片を切り取った歌詞もいつもの通りだけど、今回は哲学にまで踏み込んではおらず、あまり深刻ではない。
全体的にあまり練って作ったという感じがしなくて、ヴァン・モリソン色よりは普通のポップス色が強い、その点ではむしろ聴きやすいアルバムだと思います。
もうひとつこれが聴きやすいのは、いつものヴァン・モリソンの癖があまり出ていないこと。
癖というのは、まるで酔ってろれつが回らないかのように同じ単語を必要に繰り返すこと。
VMが大好きな僕はCDを聴いていてそれが始めると「おおっ来た来た!」となるのですが、そうではない弟はいつもそれが始まると笑います。
わずかに4曲目Hey Mr. DJの最後のほうで酔っ払いのスキャットのような擬音ヴォーカルが入るけれど、まあそれくらい。
ちなみにバラカンさんの本ではこの曲への言及があり、バラカンさん自身もDJをしているので番組で紹介する曲と自分が好きな曲さらには人々が聴きたい曲が必ずしも一致しない葛藤のようなことを書いていました。
14曲あって曲ごとに触れると長くなるのでかいつまんで何曲か話します。
1曲目Down The Roadはこのアルバムがドラマであるかのようにさらっと始まるオープニングテーマ曲で、違うとはいいつつやっぱりヴァン・モリソンはヴァン・モリソンだなとほっとする歌。
7曲目What Makes The Irish Heart Beat、店頭のLPレコードで僕は分からなかったけれど、もちろんアイリッシュもルーツであるわけで、やっぱりVMが自然体にやるとこういう感じになるのかなという曲。
しかしなんといっても凄いのは、11曲目Georgia On My Mind。
そう、言うまでもなく、LPレコードを何枚も陳列するほど敬愛するレイ・チャールズのかの名曲。
これがもう怪演と言っていい、とにかく変。
普通であればそれだけ敬愛する人であるなら、真剣に演奏し重たくなるもの。
実際、スティーヴ・ウィンウッドが歌ったこの曲は、若い頃のSDG時代でも最近のライヴでも、真っ直ぐに曲を見つめて心の底から歌い上げていたのが印象的でした。
でも、ヴァン・モリソンは、おちゃらけぎりぎりに崩した雰囲気に、まるで笑いながら歌うかのような、リラックスもいいところ。
真面目な人が聴くと、ふざけるな、いい加減にしろと言いたくなるくらい。
多分、他のアーティストであればこんな歌い方はできないし、不敬罪で訴えられる危険性があるのでやらないだろうなあ。
正直言えば、僕自身もこの曲については真面目に歌い上げるほうがいいと思うし、これを聴いてそここそが魅力とも思い直しました。
でも、それを敢えてやってしまうヴァン・モリソンはやっぱり凄いのです。
出来には納得できなくても、プロのミュージシャンでも一般聴衆でも、ヴァン・モリソンなら許してしまう、もうそういう存在であることを自分でも分かってのことでしょう。
そういう姿はファンからすれば英雄的で心強くもあり、やっぱりこれからもヴァン・モリソンについてゆこう、という思いを新たに強くしたしだいです。
ついでといってはなんですが、13曲目Evening Shadowsは、レイ・チャールズのUnchain My Heartの焼き直しのような雰囲気で思わずにやりとさせられてしまう。
繰り返し、このアルバムは、ヴァン・モリソンの中では聴きやすい1枚です。
曲は当然のことながらいつものようにすべて素晴らしい。
ヴァン・モリソンという音楽家がどういう人か分かるとう点では、むしろ多く取り挙げられる昔の名盤群よりは分かりやすいかもしれません。
以上、「ヴァン・モリソン日本普及委員会」副委員長からの報告でした(笑)。