SONGS FOR BEGINNERS グレアム・ナッシュ | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森-March26GrahamNash1st


◎SONGS FOR BEGINNERS

▼ソングス・フォー・ビギナーズ

☆Graham Nash

★グレアム(グラハム)・ナッシュ

released in 1971

CD-0222 2012/3/26



 グレアム・ナッシュのソロとしてのデビューアルバム。


 まあでもそれまでにホリーズやクロスビー・スティルス&ナッシュなどで大成功を収めてきた人だから、デビューというと何かこう、違和感というか、くすぐったいものがありますね。 

 当の本人もそれを意識してわざと自嘲気味に「初心者のための音楽」なんてタイトルをつけたのでしょうね(笑)。


 僕はこのアルバムを数年前に一度買ったのですが、先月にまた買い直しました。

 少し前にデヴィッド・クロスビーの最初のソロアルバムを紹介しましたが、それはDVDオーディオディスク付き2枚組のものを買い、調べるとグレアム・ナッシュのこのアルバムも同じ形態で出ているのを知って買い直したのでした。

 どちらもRhinoから出ています。

 

 グレアム・ナッシュは、CSN時代にデヴィッド・クロスビーとスティーヴン・スティルスという我の強すぎる2人の間をとりもっていたところ、さらに後からもっと大きなニール・ヤングが入ってきて大変なことになりそうなところをうまくまとめた、そんな人じゃないかと思います。

 僕はグレアム・ナッシュを先生みたいとよく言うんだけど、それはとりもなおさずCSNY時代に彼がTeach Your Childrenを書いて歌っている、そのイメージに引っ張られてのことです、ええ、単純ですから(笑)。


 しかし、おとなしいというイメージを持ってこのアルバムを聴くと、結構力強く切実に歌っていることを感じ、イメージが少し変わります。


 グレアム・ナッシュはメッセージ色を強く押し出して歌っていくことになるのですが、彼の声は訴求力があって英雄的な、しかも弱い側の英雄然とした響きがどこかしら感じられて、そんな彼がそうした道を歩んだのは必然だったように感じます。

 グレアム・ナッシュ自身も自分のそんな声の特徴をうまく引き出す手立てがメッセージソングだったのかなと思います。

 

 グレアム・ナッシュは英国人ですが、ここで繰り広げられる音楽は、ユーモアやウィットに富んだセンスは英国的なものだけど、アメリカ的なおおらかさも兼ね備えていて、それは彼の性格がうまくはまっているのかもしれません。


 デヴィッド・クロスビーは思いついたままに音で表してゆく天才肌と書きましたが、一方グレアム・ナッシュの曲はオーソドックスで、音楽学校のテストでは優等生になれるような、まとまりがあって流れがしっかりしていて一本筋が通って起承転結がある、そんな印象を受けます。

 しかしそれは反面、つまらなくて印象に残りにくいということと表裏一体ではあるのでしょう。

 でもこのアルバムの曲はすべてがとっても素晴らしいので、その表の部分だけがよく出ているといえます。


 もうひとつ、グレアム・ナッシュの曲はブルーズっぽい、カントリーっぽいといった「何々っぽさ」が希薄で、あくまでもフォークソングという感じがします。

 それをほめ言葉で表せば、「ただの歌でしかない」というところでしょうけど、その辺の消化吸収の良さはアメリカと物理的に離れた土地で生まれ育った人にしか表し得ない感覚だと思います。

 

 1曲目Military Madness、初心者のための歌でいきなり「軍の狂乱」は初心者には荷が重くないか。

 しかしそう思って聴くとその後で"solitary sadness"と歌っていて、離ればなれでいるのは戦時下の兵隊と地元に残った恋人のようだと言いたい、一種の比喩なのかなと納得します。

 がしかし比喩であるにしてもそうした言葉を入れてしまえばメッセージソングとして成り立つのでしょうね。

 ギターにはデイヴ・メイスンを迎えており、エンディングの歌うギターソロはいかにもというプレイでうれしくなります。

 後半の盛り上がるコーラスにはリタ・クーリッジが参加、他も印象的な女声コーラスの声は主に彼女のものです。


 2曲目Better Daysはこぼれ落ちるようなピアノにのってしんみりと歌い始め、やがてアコースティックギターを中心としたバンド演奏に移ってゆく感傷的な曲。

 グレアムの声は、絞り出すというほどではないけど鋭いハイトーンヴォイス、うまくゆかない日常の中のすれすれの狂気を感じさせます。


 3曲目Wounded Birdは独白調のフォーク弾き語り、コーラスは入るけど。

 鳥好きとしては気になる歌詞ですが、鳥の場合は傷ついてしまうと多くは回復が不可能なだけに、余計に心にしみてきます。

 なお、Warner系のリイシューレーベルのひとつにWOUNDED BIRD RECORDSがありますが、それはこの曲からとったのかな、違うだろうなあ(笑)。


 4曲目I Used To Be A Kingにはジェリー・ガルシアがギターとスティール・ギター、そしてデヴィッド・クロスビーもエレクトリック・ギターで参加。

 そのせいか崩れ落ちるような大仰なギターのイントロで始まり、スティール・ギターが心をかき乱します。

 この曲はサビというか歌メロの最後の最後の部分にとても印象的な部分が出てきて盛り上がりますが、そこまでの流れがほんとうにきれいな曲を書く人だなと思います。


 5曲目Be Yourself、ワルツでコーラスがアンセム的に盛り上がる曲で、デモや集会の会場でアコースティックギター1本でみんなで歌うとぴったりのいかにもメッセージソングというフォークソング。

 

 6曲目Simple Manはピアノをバックにしんみりと歌い始め、ストリングスがバックに入り、きれいというよりは美しいコーラスがかぶさり、間奏はフィドルというクラシカルな雰囲気。

 そのフィドルはデヴィッド・リンドリー、やっぱり名手が演奏すると印象に残りますね。

 

 7曲目前半の歌メロがNHKみんなの歌に出てきそうな童謡的な響きの、ちょっと感傷的な響きのワルツ。

 そのピアノはニール・ヤング、ギターではないのが味噌だけど、ニールがいるせいかイントロはカントリー風なのが興味深い。

 だけど、そうかやっぱり、スティーヴン・スティルスだけ参加してないんだなあ・・・

 曲はAメロとBメロで大きく展開してダイナミックな印象を受けますが、この辺もやはり曲作りが上手いですね。
 そして歌詞に"on the end of a tight rope"と出てくるのも、直接的なものではなくても何かこう危機が迫っていることを漠然と感じてほしいのでしょうね。


 8曲目There's Only Oneはイントロのピアノが音色も流れもどことなく海を感じさせる広々とした響き。

 そして讃美歌的な雰囲気。

 サックスはボビー・キーズ。


 9曲目Sleep Songは再び弾き語りにチェロだけが入る静かな曲。

 この辺りは静かだけど何かが起こりそうな雰囲気をたたえた余情的な曲が続きます。 

 そしてこの辺りの曲が僕が元々持っていた「仲を取り持つ人」としてのナッシュのイメージです。


 10曲目Chicago、静かな流れはここにパワーを集中させたかったのでしょう。

 強いドラムスにのって強く歌うこの曲は人々の何かをしなければならないという気持ちを煽るまさにアジテーションソング。

 サビの"We can change the world"という言葉は当時は切実な意味を持っていたのでしょうけど、今でもやっぱり変わっていない、この現状を見てグレアム・ナッシュはどう思うでしょうね。

 世の中、何も変わらないんだって。

 それでも変えていくことが何かにつながると信じたいですね。

 「シカゴにただ歌いに来なよ」ということだけど、この辺の時代背景が分からないのが残念といえば残念。

 

 11曲目We Can Change The WorldはChicagoのサビを抜き出してアンセム風に作り上げた曲で、リプライズ的なまとまりをもってアルバムが終わります。

 わざわざこれを作ったのはやっぱり、「平和を我等に」のように、人々が集まった場所でみんなで歌う曲を作りたかったのだろうなと思います。


 メッセージソングというと、鼻につくとか、小難しいことを考えるな楽しければいいじゃないか、などと考えてしまう部分はありますね。

 だけど一方で、歌として素晴らしければ歌詞の意味はひとまず関係なく好きになることもあります。
 でもそれは歌い手としては、うれしいようで、メッセージが伝わっていないようで複雑なものがあるかもしれないですね。

 でも、音楽だからやっぱり、歌詞云々以前に歌として伝わるものがあって多くの人に聴いてもらいたいというほうが先なのかなと思います。


 などとこちらまで屁理屈のようなことを書きましたが(笑)、このアルバムはほんとうにいい歌ばかりが入っています。

 初心者の心にも玄人にも訴える歌がここにはあります。