WRECKING BALL ブルース・スプリングスティーン | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森-March15BruceSpringsteen


◎WRECKING BALL

▼レッキング・ボール

☆Bruce Springsteen

★ブルース・スプリングスティーン

released in 2012

CD-0217 2012/3/15


 ブルース・スプリングスティーンの新譜が出ました。

 昔から大好きなアーティストの新譜が出るとわくわくしますね。


 前のアルバムWORKING ON A DREAMは僕は後期の大傑作だと思うほど大好きで、その前のMAGICは、...DREAMが出るまでは後期の大傑作だと思っていたくらいに、このところ2枚続けて充実したアルバムを届けてくれたボス。

 新譜リリースの情報に触れた時、...DREAMから早くも次の新譜が出るのかと思ったけど前作はもう3年も前のことで、自分でも信じられないほど年月が経つのが早いなあとしみじみ、特に昨年は早かった。


 今回のアルバムの全体の印象を先に話します。

 

 アイルランドの雰囲気が漂っています。


 ボスは元々カントリー的な要素は体の中に持っている人でしたが、そうではなく今回はアイリッシュ、アイルランドなのです。

 

 カントリー音楽についてWikipediaで見ると、「 ヨーロッパの伝統的な民謡やケルト音楽などが、スピリチュアルやゴスペルなど霊歌・讃美歌の影響を受けて1930年代に成立した」とあります。

 カントリーでフィドルが使われるのは、遠く離れたアメリカでバグパイプの音を忍びそれに似た音を出そうとしたからだということいです。

 だからカントリーとアイリッシュは不可分のものではなく、逆に密接な関係にある音楽といえるのでしょう。


 今回のボスは、カントリーを通り越してアイルランドにたどり着いてしまったわけです。

 

 どうしてかと考えると答えは、おそらくですが、割と簡単に見つかりました。

 

 ボスは2006年に、ピート・シーガーの曲を中心としたアルバムWE SHALL OVERCOME : THE SEEGER SESSIONSを出しています。

 アメリカのフォークソングを作り上げた立役者の一人、ピート・シーガーの思いに触れながら独自の解釈で歌いつけたこのアルバムもまた素晴らしくて、僕もそこから、ボブ・ディランより前のフォークソングに興味が出てきて何枚か買って聴きました。

 フォークソングとカントリーはどこが違うかというと、カントリーはカントリーというだけあって基本は田舎にあって緩い雰囲気の音楽で、一方フォークソングは地域は関係なく思いや訴えなどを鋭く歌っているという感じでしょうか。

 なんて、うまく説明できないですが、でも試しに自分で同じ歌をギターを弾きながら歌ってみると、カントリー風に弾いて歌ったりフォーク風にしたりというのは割と簡単に誰でも再現できるのではないかと思います。


 ボスはピート・シーガーの音楽に触れてフォークを突き詰め、そこでさらにカントリーについて新たな視点が得られ、さらにどんどんさかのぼって行ったのかもしれない。


 しかしボスは考えるだけでは飽き足らず、実際にアイルランドに行き、ダブリンで録音されたライヴ盤LIVE IN DUBLINを出しています。

 そのライヴ盤はピート・シーガーに特化したものではなく普通の往年の名曲が出てくるライヴですが、でも自らの音楽のルーツというか基礎となっているフォークとカントリーを見つめ直しながら演奏していたのかもしれない。


 今回の新譜を聴いて、僕はすぐにそのことを思いました。

 ただ、2006-07年にそのような動きがあってからすぐに音楽に反映されたのではなく、間に2枚のアルバムがあったのは、アイルランドへの思いがボスの体の中で自然と音楽にしみだしてくるまで時間がかかったのでしょう。

 若くはないですからね(笑)。


 しかしそう考えると、詳しい話はいつかそれぞれのアルバムで触れたいのですが、MAGICと...DREAMは、アイルランドにたどり着く前にやっておきたかったことだったのかな、とも思いました。


 1曲目We Take Care Of Our Ownこそいかにもボスという全体の雰囲気そしてピアノの音づかいの元気な曲で、まだアイルランドは隠し味程度。


 2曲目Easy MoneyはTHE RIVERの頃の雰囲気。


 3曲目Shackled And Drawnはミドルテンポの間が多い曲で、その間に流れるコーラスやキーボードなどがだんだんとアイルランドの色が出てきた感じ。


 4曲目Jack Of All Tradesはワルツのしんみりと歌ういわばネブラスカ系、タイトルは「器用貧乏」という意味。


 5曲目Death Tomy Hometownは出だしからもうアイルランドの空気に包まれて、これがいちばん雰囲気が強いかな、タイトルの割に妙に明るい曲。


 6曲目This Depression、ふさいた気持ちが重たく押し寄せてきてボスのヴォーカルは説得力があります。

 この曲はトム・モレロがギターで参加しています。


 7曲目Wrecking Ball、表題曲、出だしがエレクトリック・ギターの弾き語り風で1970年代のシンガーソングライター時代だった頃を彷彿とさせます。

 タイトルの曲を最初に歌う部分でバックに入るキーボードがやっぱりアイルランド的。

 テンポが速くなるところでボスがカウントを入れるのはライブ感あってカッコいい。

 タイトルの”Wrecking Ball"は建物を壊すときにクレーンなどに吊り下げられた大きな鉄の玉で、それは既成のイメージを壊したいという思いでしょうか、ニール・ヤングにも同じタイトルの曲を歌っていますね。


 8曲目You've Got Itもネブラスカ系でアイルランドまでさかのぼってない感じ。


 9曲目Rocky Groundは黒人霊歌的な厳かな響き、でもリズムが跳ねているしラップも入っている不思議な感覚の曲。


 10曲目Land Of Hope And Dreams、やはりボスは「現実の中の夢」を今でも大切にしている人なんだな。

 アルバムのクライマックスともいえる曲で、最初は不思議な声でアカペラで歌い出してからいつものボスらしい音づかいの曲となって盛り上がります。

 歌詞の中で"this train"と出てきたところで、最後のリフレインの前に、かのPeople Get Readyの歌詞を引用しているのはボスの思いが伝わってきます。

 これは魂の巡礼の歌であり、仲間になろうと呼びかける歌、最初に聴いてすごい曲だと感銘を受けました。


 11曲目We Are Alive、アルバム本編最後、前の曲であれだけ感動的なことをやってしまった反動で、最後は妙に軽い雰囲気の「ロックの照れ隠し」的な曲。

 音づかいが軽いしこれは学校のフォークソングで使われそうな感じ。


 さらに限定盤には2曲のボーナストラックが入っています。


 12曲目Swallowed Up (In The Belly Of The Whale)、日本人はどうしても「鯨」と出てくると敏感になってしまいますね・・・

 曲は重たくのしかかるような曲で、自分は死んだような気分だったと歌っていて、鯨は単に比喩であり、さらには歌詞の中には直接"whale"は出てこないです。


 13曲目American Landが実はいちばんアイリッシュな曲、ケルティック・ウーマンを想起させる明るく楽しく華やかな曲です。

 「アメリカの土地」がこの曲というのは、なるほどと思わされる部分ですね。

 この曲を本編に入れなかったのは、つまり通常盤で聴くことができないのは、これはちょっと直截すぎると感じたのかもしれません。

 もしかして今年はアメリカ大統領選挙があるので、余計なことは言いたくない・・・なんてことはないか(笑)。

 最初に聴いていちばん印象に残ったのが10曲目とこれで、後からこれはボーナスだと気づきました。 

 


 このアルバムについてもうひとつ触れておかなければならないのは、クラレンス・クレモンズの死でしょう。

 7曲目Wrecking Ballと10曲目Land Of Hope And Dreamsに、「ビッグマン」ことC.C.の最後の録音のサックスが収録されています。

 その2曲はいわばアルバムの白眉ともいえる2曲であるだけに、ボスの、そしてバンドのメンバーのC.C.への思いが伝わってきます。

 ただしアルバム全体としてはC.C.追悼一色になっていることはなく、それは逆に仲間意識が強いからであって、天国にいるC.C.を安心させたいのだと僕は思いました。

 あらためて、クラレンス・クレモンズのご冥福をお祈りします。

 

 アルバム全体としては、前2作ほどの緊張感や達成感がなくて作りが緩いと感じます。

 僕はその2枚の後だからどうなってしまうんだろうとあらぬ想像をしていましたが、実際に買って聴いてみると、ああこれでいいんだと納得しました。


 アイリッシュ・フレイヴァーがまぶされている分、なじみやすいし聴きやすくはあります。

 逆にいえば、前の2枚はボスが好きかどうかが大きなポイントだったけど、今回はアイルランドの香りがいろいろな思惑を包み込んでいて、音楽自体としてみれば、ボスが特に好きではない人にはむしろ聴きやすくなっていると思いました。


 それにしても不思議なのがボスのテレキャスターの色ですね。


 楽器屋さんの人やボスが好きな人と話すと、あれはナチュラルだとか、あれはバタースコッチブロンドだとか言われますが、でも僕は、実際に店で売られているテレキャスターで、JapanでもU.S.A.でも、ボスのテレとまったく同じに見えるものは一度も見たことがないのです。

 今回のジャケットでは光の反射のせいか赤みが強く見えて、あれギター違うのと思ったけど、ギターの傷の感じは同じだから同じもののはず。

 僕は数年前に近所の中古ギター屋さんでJapanの1980年代のテレキャスターを買ったのですが、それはナチュラルで、とてもじゃないけどこんなに赤くは見えません。

 何か特殊なラッカーを使っているのかな。

 それとも単に赤い照明の光が反射しているのか。

 今回、ボスのテレキャスターの色がますます分からなくなりました、困ったものです(笑)。