◎WILDFLOWERS
▼ワイルドフラワーズ
☆Tom Petty
★トム・ペティ
released in 1994
CD-0215 2012/3/11
Tom Petty-02
3月11日ですね。
僕なりに3月11日に思いをはせたアルバムを取り上げました。
トム・ペティの2枚目のソロアルバムです。
直接的にはアデルの記事で触れた、僕の中ではリック・ルービンのプロデュースといえばこれというのがあるのですぐに記事を上げました。
リック・ルービンは、ビースティー・ボーイズ、ランDMCをはじめとしたラップ系のアーティストのプロデュースで売れっ子となり、後にスレイヤー、ブラック・クロウズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどを次々と成功させ、1990年代を引っ張ってきました。
トム・ペティのソロ2枚目が出ると聞いたのは1994年後半。
僕は当時、クロウズは既に聴いていましたが、あのリック・ルービンが大好きなトム・ペティをプロデュースすると聞いて、正直、どうなっちゃうんだろうみたいな、何かとんでもない違和感のようなものを抱きました。
しかしいざ出たこのアルバム、店頭で見た最初の日に買いましたが、一聴してその世界のとりことなり、心配は杞憂に終わりました。
ルービンは以降、ディクシー・チックス、ジョニー・キャッシュそしてニール・ダイアモンドと、カントリーからアメリカン・ロック系にかけても手がけることになり、そういう点で見れば、トムのこのアルバムの成功が、彼の仕事をより広げたのかもしれません。
それにしても、ここに挙げたアーティストの名前を見ただけでもなんというか、節操がないですよね(笑)。
しかしこれはもちろんほめ言葉で、彼は、幅広い音楽について造形が深いだけではなく、本当に大好きなのでしょうね。
そうじゃなければ、アーティストにも聴き手にも、ここまで信頼されることはないと思います。
トム・ペティのこのアルバムにおけるリック・ルービンの音の特徴は、当たりは強いけどまろやかで柔らかい印象が残る音。
曲によって強調されている楽器が1つか2つあって、その楽器の音はとにかくメリハリがあってアタックが強い音を出していて、かつ、強調されていない楽器も含めてとってもクリアに聴こえてきます。
かといって全体のバランスが悪いわけではまったくなく、まとまっていて、耳に硬質な感触が残ったり、うるさいという印象もありません。
それどころか、曲を、アルバムを聴き通すと、むしろ柔らかい、まろやかな感触が後味として残っていることに気づきます。
エレクトリック・ギターの音が強調されている曲が多いですが、全体としてはむしろアコースティックな響きだと感じさせる音は、当時のUnpluggedのブームからのフィードバックでしょうか。
ここまで書いてこんなこと言うのもなんですが、しかし僕には、聴こえてくる音を「現象」として捉えて話すことはなんとかできても、それがどうしてなのかを説明することはできません。
今言えるのは、しかしこれは確かなことだと思いつつ話すと、そこがリック・ルービンの独特の感覚であるということ。
感覚というのは時として超人的なものを生み出すものなのでしょう。
いずれにせよ、物理的な音の良さという点で特筆すべきアルバムです。
僕は、このアルバム、ほんとに買ってすぐに大好きになりました。
当時は東京にいて、友だちと釣りやキャンプによく行っていましたが、その時にこのCDを車でかけたことがありました。
しかし、友だち2人に次々とこれを聴かせたところ、2人とも異口同音に「暗い」という印象を口にし、ひとりはまた「歌としてこれっというのがない」とも言いました。
「暗い」ことについては曲の中でまた触れますが、「歌としてこれっというのがない」というのは、ある意味、僕も分かる部分があります。
というのも、シングルとして「中ヒット」した曲はありますが、それ以上の、嫌でも耳について離れないような強く印象に残るポップソングは、確かに、ここにはないと言えるからです。
このアルバムを僕はこう思っています。
「平均85点、最高88点、最低82点の曲が集まったアルバム」
つまり、ばらつきがないけど突出した曲もない、ということです。
アルバムの評価は、98点の曲が1曲あって他は72点の「一芸タイプ」がいいか、80点台にほぼすべてが固まっている「平均タイプ」がいいか、人それぞれ好き好きでしょうけど、これは典型的な「平均タイプ」のアルバムだと昔から思っています。
でも、じっくりと聴けばみんなとっても素晴らしい曲ですけどね。
ちなみに僕はどちらのタイプも好きだけど、強いて言えば後者、つまりこのアルバムのような「平均タイプ」が好きです。
ソロアルバム名義ですが、ハートブレイカーズの朋友、マイク・キャンベル(Gtなど)は全曲に参加、ベンモント・テンチ(Keyなど)もほとんどの曲に参加してますし、この後に脱退するスティーヴ・フェローン(Dsなど)、そして数年後に亡くなってしまうハウイー・エプスタイン(Bsなど)も参加していて、ファミリー的バンドの温かさはそのままです。
1曲目Wildflowers、なんてきれいな曲なんだろう。
この曲には最初から引き込まれました。
♪ You belong among the wildflowers
歌い出しから舞い上がるような軽やかな響き。
繊細さと力強さを感じさせるきれいな旋律。
この曲については、もうとにかくきれいな曲としか書くことが思い浮かびません、困ったものです(笑)。
ほんと、言葉を失うくらいにきれいな曲です。
2曲目You Don't Know How It Feels、このアルバムの最初のシングルカット曲、ビルボード最高13位。
当時は僕のMTV全盛期、このPVは毎日のように観ていて、クリップはトムがひとりで演奏しているものでしたが、驚いたのは、トムが弾くギターがGibsonのFirebirdだったことです。
あまり使う人が多くないこのギターを選んだのは、渋いというか、人と違うことをしたいというトムの心意気と茶目っ気を感じて、クリップの中でそのギターが見える部分に来ると「待ってました」と思ったものです。
それ以来僕はファイアーバードが密かに欲しいギターなのですが、いつもの近くの中古屋さんに10万円を切って出ていたことがあって、3日くらい本気で悩んで諦め、折よくすぐに売れてなくなりました。
今思うと、買っておけばよかった・・・まあいつでもそう思いますが(笑)。
この曲ではドラムスの音が強調されていて、僕は最初は、明るくてのびやかで緩い曲にこの強いドラムスは違和感があったのですが、慣れてゆくとむしろこれじゃないといけないと思うようになりました。
ひとりで歌ってきてサビで多重録音の自分の声がコーラスで被さるのも、単純だけどはっとさせられて効果的ですね。
僕は、ひとりで演奏していたビデオクリップのイメージがあるのでしょう、この曲、ギターを抱え、バスドラムを背負って足でペダルを踏み鳴らし、ハーモニカを首にかけて演奏する大道芸人を想起します。
3曲目Time To Move On、小川を流れる葉のようなさらさらと流れる軽やかな曲。
どちらかというと歌メロに抑揚がないところが余計にそう感じます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ「春」みたいな雰囲気、かな。
4曲目You Wreck Me、静かだった前の曲を打ち破るように始まるギターの音の強さに、はっと目が覚め、心が壊されます。
アップテンポの曲をさらに勢いづけてゆくかのようにスコンスコンと鳴るスネアは、チャーリー・ワッツ風かな。
アルバムの中では元気一発の曲ですね。
この曲の歌詞の中に"Corduroy pants"と出てくるのですが、コーデュロイ・パンツ、僕は以前から名前は耳にしていたものの、それが何であるかは、27歳にして聴いたこの曲で初めて認識しました。
そして小さい頃に履かされて、変な肌触りのズボンと思っていたことも思い出しました(笑)。
5曲目It's Good To Be King、ほの暗い、しっとりとしたしかし虚しい響きの内省的な曲。
王様になるということは、そういうことなのか。
最後のピアノ、もちろんベンモント・テンチの演奏ですが、狂おしい思いを必死に抑え込みつつどうしたらよいか分からない、そんな情緒あふれる素晴らしい演奏です。
またこの曲の歌詞には"velvet"が出てきて、前の曲に続いて同じ繊維、肌の感覚に訴えるアルバムだなということも感じました。
この曲はとっても重たくて暗いのですが、僕は、最初に聴いた時に、3曲目以降では最も印象に残りました。
6曲目Only A Broken Heart、アコースティック・ギターを前面に出し、やはり少し暗くて内省的、メランコリックな響きで不安を抱えたまま歌うようなこの曲を聴いた人が、ジョン・レノンのような雰囲気と言っていました。
ヴォーカルはどうやらダブルトラックで録音しているらしく、声がふわっと膨らんだ不思議な響きで聴こえてきます。
ダブルトラックはビートルズが得意中の得意としていた録音技術だから、ダブルトラックであるのもジョンを想起させますね。
もしかしてトム自身も、この曲が出来た時に、ジョン・レノンみたいだと感じて意図的にそうしたのかもしれないですね、違うかもしれないけど、そう思うとうれしい曲です。
それに"I know your weakness, you see my dark side"という歌詞も、いかにもジョンが書きそうなくだりです。
このアルバムでいちばんしみてくる曲だな。
ギターを弾くと「キュッ」という音が鳴りますが、それすらまるでもどかしさを表現している重要な楽器のように聴こえてきます。
しかし、ずっと不安を募ったまま最後まで進んだところで割と急に終わるんだけど、その部分のコードが明るい響きで、不安の向こうにかすかに光明が見出せた、と感じます。
そうだよね、だってこの曲、歌詞をみると、励まして勇気づけている曲なのだから。
7曲目Honey Be、ぼろぼろと崩れ落ちるような暗くて重たいギターで始まる曲。
内容はどちらかといえば軽いもののように思うけど、この重たさは、どうしたらよいか分からないのかな。
8曲目Don't Fade On Me、初期のボブ・ディランを思い起こさせるフォークソング。
トムも、アメリカのフォークの、ひいてはアメリカ音楽の伝統をしっかりと受け継いでいる人なんだなと実感します。
この曲は歌い方がカッコいいですね。
サビの前の「タッタッターッ」というギターの3音が印象的。
9曲目Hard On Me、このアルバムは、全体の流れがあるようでないと思います。
何かひとつの終幕に向かって進んでいくというよりは、ただ歩んでゆく中で感じたことを断片的に歌って並べたという感じ。
この曲は、最初に聴いた時に、これでアルバムが終わりかと思いました。
しかし、このアルバムは少し長いので、逆にここで一度心の区切りがつくのはむしろいいと僕は思います。
またこのアルバムは、曲の中で一度しか出てこない部分が多く、この曲のその部分の歌メロとトム声を絞り出すような歌い方がしみてきます。
このアルバムは、トムの歌唱力、歌の説得力もそれまでにない境地に達していて引き込まれるところです。
10曲目Cabin Down Below、友だちが「暗い」と言ったのはTr5、6とこの辺りで重たくて暗い曲が続くところがそういうイメージになりやすいのでしょうね。
何かが壊れていく瞬間のような割れる重たいギターの音と、低音を強調したピアノの中、押し殺したような声で歌うトム。
でも、これ、歌詞を見ると、彼女を誘っているんだよね。
トムにはオカルトチックな趣味があるのかな。
そういえばMary Jane's Last DanceのPVもそうだったっけ・・・
そうか、そのPVの体験がヒントになった曲かも、と思ったり。
11曲目To Find A Friend、でもご安心ください、3曲目やこのようなフォークの軽い曲もあります。
フォークと言うか、これはカントリーっぽい曲ですね。
僕はこのアルバム、重たい曲と軽い曲のバランスが絶妙であって、どちらかだけでもつまらないし、重たい曲と軽い曲がこうして並んでも違和感なく最後まで自然に聴き通せるのが素晴らしいと思っています。
これも風を感じる曲ですね。
リンゴ・スターがドラムスで参加していますが、リンゴは、トムの前のソロアルバムのI Won't Back Downでは、録音には参加していないのになぜかビデオクリップに顔を出していました。
その曲にはジョージ・ハリスンが参加していてPVにも出ているのでその関係だとは思うのですが、トムはだから、今度はリンゴに演奏にもきちんと参加してもらいたかったのかな。
リンゴはカントリーが大好きだし。
曲名と絡めて考えるても、なかなかしゃれてますね。
ラグタイム風のピアノの間奏もしゃれた味わい。
12曲目A Higher Place、タイトルの通りとにかく心が気持ちよく高みに上ってゆく。
この曲を聴いているだけで、自分も飛べるかもしれないと錯覚する!
歌の旋律もトムの歌い方も、切れのよいギターも、ドラムスも、すべての楽器がふわっと舞い上がった感覚で聴こえてきますが、印象的なのは、4小節に1回出てくるベースのホップする3音のフレーズ。
すべての感覚が解放された、爽やかで気持ちよさこの上ない曲!
13曲目House In The Woods、高揚した気持ちを今度は地に足をつけて振り返ってみると、やっぱりまだまだ気持ちは高ぶったままだった。
比較的単純なブルーズ調の曲ですが、こういう曲でワルツはやはり、音の、心の広がりを感じさせます。
揺れながら力強く響くエレクトリック・ギターの音にはまるで樵のような力強さと切れも感じます。
そしてやはり自然を意識した単語がよく曲名に出てきますね。
14曲目Crawling Back To You、しかし、そんな高ぶった気持ちのままでいてはいけないと自分を諭すような内省的な響きの曲が始まります。
心のあやというか、日々の気持ちの流れを表しているようで、特に曲の中で一度しか出てこない部分で、それまでは押さえていた気持ちが切れてしまったかのように狂おしく歌うトムの姿には、気持ちが入ってゆきます。
15曲目Wake Up Time、最後の曲で想う、今までのことはすべて夢だったのか。
ゴスペルの影響が感じられる重たいピアノで曲が起こり、ワルツにのって語りかけるように歌うトム。
どちらかというと軽い曲の中に、重たい生へのメッセージが貫き、決して夢ではないことを感じ取れます。
壮大な、そして無限に続くようなオーケストラのアレンジはマイケル・ケイメンが担当しています。
その壮大なストリングスが盛り上げるだけ盛り上げるのかなと思いつつ聴いていると、トムが"shine"と語ったところで、まるで巨木が倒れ落ちるように唐突に終わるのが、逆に余韻残しまくり。
まさにアルバムの最後を飾るにふさわしい曲。
このアルバムは、僕なりの「自然賛歌」です。
先ほど、このアルバムには流れがないと書きましたが、このアルバムは、目的を定めずに自然観察で歩いている時の感興に似ています。
自然観察とは、生命の営みを感じることです。
歩きながら、さまざまな生物の生命の営みを感じますが、それらの生物は影響しあってはいても、目的が一緒というわけではありません。
しかし、歩き終ると、確かに「自然」を感じていたことに満足します。
このアルバムを聴き通すと、それぞれ独自のことが歌われている曲が積み重なることにより、ひとつの大きなものが確かに残る。そのように感じられます。
野に咲く小さな花だって美しい。
この1年は常に、普通に生活できることに感謝していました。