◎GONE TROPPO
▼ゴーン・トロッポ
☆George Harrison
★ジョージ・ハリスン
released in 1982
CD-0207 2012/2/25
2月25日はジョージ・ハリスンの誕生日です。
今年で69歳、生きていれば。
今日はジョージ・ハリスンの8枚目のアルバムを。
僕がビートルズを聴き始めて最初に出たメンバーのアルバムは、中3の時のポール・マッカートニーのTUG OF WARでした。
でも当時はまだお小遣いが限られていて、ビートルズを一緒に熱心に聴いていた友だちがそれを買うことになったので僕はカセットテープに録音させてもらって聴きました。
次に出たのが同じ年のこのアルバムで、今度はお返しとばかりに僕が買ってその友だちにカセットテープに録音してあげました。
僕はポールのそれはとっても気に入ったのですが、逆に友だちはジョージのこれが気に入りませんでした。
買いに行ったのは11月、当時はまだ自転車に乗っていて(今は乗りません)、放課後に街中にあるタワーレコード札幌店にその友だちと行き、もう暗くて、店を出ると雪がちらついてきて、LPが濡れないようにビニールの上を追って自転車のかごに入れて帰りました。
友だちとは裏腹に僕は最初からこのアルバムを気に入り、寝る前によく聴いていました。
寝る前にカセットテープで聴くとB面の最後のほうは覚えていないことが多いんだけど、これはそんなことはなかったようでした。
というのも、大学時代にCDが出た際に買って聴くと最後の曲まで覚えていたからで、その時にこのアルバムはほんとうに好きなのだと分かりました。
爾来、ジョージのアルバムで何が好きと聞かれると、雲9とマストパスとこれだねと答えています。
当時のジョージは音楽業界に嫌気がさしていて、映画製作会社を設立して力を入れたり、オーストラリアで家族と過ごすなどして、音楽からは引退を考えていたとのこと。
レコード会社もろくなプロモーションをしなかったこのアルバムはたいして売れず、チャート的には最高位108位と大惨敗、初めて、そして唯一100位入りを逃したソロ以降のスタジオアルバムとなりました。
そのことでますますジョージの心が音楽から離れていったことは当時からもれ承っていたのですが、でも後に、思っていたよりも早く劇的に復活したのはうれしいことでした。
このアルバムは僕が初めて体験するジョージの新譜で、それはそれは楽しみにしていて、毎号買っていた「FMファン」のチャートに何位で入って来るかとわくわくしていました。
しかし、いつまでたってもチャートには現れませんでした。
「FMファン」は隔週刊で、雑誌が編集される段階での最新のチャートが載せられていましたが、きっとその狭間に1週だけ入って落ちたんだろうと、半ば気休めに思っていました。
当時はネットなんてないし、ビルボードは洋書を扱う書店で売ってはいたけど毎号買うほどお金もないし、それを確かめるすべもなくて、最高位108位だったことは大学生になってから知りました。
いつもいいます、音楽は売れるからいい、売れないからよくないというものでもないと思いますが、でも僕はチャートから入った人間でまだ若かったのでそれはショックでしたね、ポールは1位になっていたのに。
しかし、流行り廃り、売れる売れないとは切り離された今にこれを聴くと、かなりいいと思う人が、少なくとも当時よりは多いのではないかと僕は思います、思いたいです。
音楽の充実度はかなりのレベルに達していて、曲もいいしアレンジもいいしサウンドも素晴らしくて何よりスライドギターがもう至芸ともいえる領域に達していると言えます。
アートワークが示すように全体的にトロピカルな響きの温かくまろやかな音で包まれていて、人によっては癒しを得られるかもしれません。
ジョージはビートルズの喧噪から始まってよいこともよくないこともいろいろ経験してきて、この頃にはもう人生に達観していたのかもしれません。
若い割には引きすぎているといえるのかもしれないけど、少なくともジョージがこれを作った年を僕が超えた今はもう若すぎると感じることもないですしね。
あ、ジョージがこれを作った時はまだ39歳、僕はもちろんまだまだ達観なんてほど遠い人間ですけどね(笑)。
1曲目Wake Up My Loveはまるでトトのようなシンセサイザーのイントロで始まる、ジョージには珍しくまるで陰りがない陽気な曲。
悪くないんだけどね、でも、ジョージにこれは求めていないかな。
やっぱり陰りがある曲がジョージの魅力だから。
一応はレコード会社の要請に従って売れそうな曲を作ってみたというところでしょうかね。
ただし今聴くとまあいいとは思う、特にベースをはじめとした楽器の低音の使い方がいいですね。
2曲目That's The Way It Goesはジョージの名曲。
アルバムを聴いて最初に気に入ったのがこの曲で、後にダークホース時代のベスト盤にも収録されて、僕の耳は正しかったんだって妙にうれしくなりました。
暖かくてまろやかな雰囲気の優しい響きの中、ある男の人生を連作短編小説風にシニカルに読み込んでいますが、それはとりようによってはジョージ・ハリスン本人のようにも感じます。
いろいろな苦難を乗り越え、世の中なるようにしかならないという境地にたどり着き、すべてを許してしまったかのような包容力があるこの曲を聴くと、こちらまで穏やかな気持ちにさせられます。
ジョージのクセが不思議とこの音の雰囲気になじんでいて、ジョージの奥深さを感じますね。
3曲目I Really Love Youはビートルズの前の1960年代初頭のカバー曲で、ドウ・ワップ風の味付け、ベースを真似たスキャットや低音コーラスの懐かしい響きのひたすら楽しい曲。
4曲目Greeceは南国趣味満開のとろっとした半インストゥルメンタルの曲で、半というのはBメロでジョージが一応は少しだけ声を出して歌っているから。
ジョージのサウンドはもっと評価されてもいいのではないかなあと。
5曲目Gone Troppoは当時はHere Comes The Sunを彷彿とさせると言われていましたが、でもやっぱり南国だから氷が解けるとかそういう世界じゃないですね、肌に感じるのは南風。
そういえば昔日産オースターという車があって、そのCMが南の風をイメージさせるもので、この曲もそんな感じかもしれない。
と思ったけど、オーストラリアは南半球だから、北風のほうが暖かいんだな、失礼しました。
曲はいいですよ、陰りとかクセとかよりもジョージの明るい面が普通によく出た曲。
なお、"gone troppo"とは「いってしまった」という意味だそうで。
6曲目Mystical One、LPでいえばここからB面
この曲は陰りがあって歌メロをこねくりまわしたいかにもジョージらしいクセが出まくっていて、ジョージを聴く楽しみにひたることができる曲。
穏やかだけどひねりがあって、Bメロで急に暗くなるけどすぐに明るくなって元に戻る、トリッキーというほどじゃないけど曲で遊んでいる感じがする。
歌が終わった最後の入り方も強引なんだけどうまいというのもいかにもジョージで、これはなかなか真似ができない。
歌詞がまたいいんです、これ、特に最初のほうの
"I'm happier than a willow tree, shine or rain, sitting here by a stream"
なんとも情緒豊かなくだり。
僕は最初から気に入っていて、隠れた名曲だと思います。
7曲目Unknown Delight、このアルバムはB面になるとトロピカル一辺倒から少しずつ戻っていく感じがします。
ミディアムスロウのこの曲はじわっと歌うジョージ節だけど、間奏のギターソロでSomethingを彷彿とさせるフレーズが入っているのは、もうここまでくれば自らも茶化すしかないという心境だったのかな。
8曲目Baby Don't Run Awayはまた50年代から60年代初期にかけてのオールディーズ風の響きで、やはり低音コーラスが強調されて4曲目の裏返しのような感じかな。
この2曲は強烈な印象を残すというよりは後でじわっと思い出すタイプの曲でしょうね。
9曲目Dream Away は自らが制作に携わったテリー・ギリアム監督の映画「バンディットQ」(原題は"Time Bandits"のテーマ曲であり、日本では曲の中のおまじないの言葉をとって「オ・ラ・イ・ナ・エ」としてシングルカットされました。
映画のテーマ曲だけあって明るく楽しく分かりやすい曲だけど、でも1曲目のようにありきたりではなくてまさにジョージ・ハリスンの世界というのが聴きごたえがあるところでしょう。
「オ・ラ・イ・ナ・エ」と素っ頓狂な感じで歌う女性コーラスがいきなり出てきて印象的で、サビを最初に持っていくタイプの曲だけど、最後「オ・ラ・イ・ナ・エ」と言って微妙に暗いコードですっと終わってしまうエンディングも凝ってます。
しかし当時はそのジョージの世界がもはや世の中では受け入れられなかったのでしょうね。
映画にはボンドをやめて低迷していた頃のショーン・コネリーも出ていて、大ヒットはしなかったけどマニア的には評価が高い作品のようです。
この曲には朋友ビリー・プレストンが参加。
また、クイーンを陰で支えたマイク・モランとパーカッションのレイ・クーパーはこれをはじめ過半の曲で参加しています。
10曲目Circles、最後はどうしちゃったのというくらいに重く沈んだちょっと恐いともいえる曲でアルバムが終わります。
最初に聴いて、そこまで明るく楽しかったのに最後だけこれというのがどうにも解せなくて、アルバム至上主義人間としては最後がこれというので8ポイントくらい(100点満点で)マイナスになった気がしました。
でも大人になって聴いて、このアルバムはそれまでの明るさは夢か幻でやっぱり陰鬱で虚しくなる現実に直面しなければならないのか、というメッセージだと考えるようになって納得しました。
キーボードにはディープ・パープルのジョン・ロードが参加していますが、どこにつてがあったんだろう、ジョージは人脈が広いですね。
ジョージ・ハリスンは僕はビートルズを聴き始めた頃から好きでした。
もちろんジョンとポールがいてこそのジョージであり、ジョージも2人から学んで大きくなってソロで成功したのだとは思います。
でも、歴史のifですが、もしジョージがビートルズの一員ではなくても、デビューのきっかけさえつかめば、それなりに人気が出て評価を受けたのではないかと思います。
1970年代はちょうどシンガー・ソングライターの時代でしたし、少なくともそこに乗ることはできたのかなと。
うがった見方をすれば、元ビートルズというレッテルがマイナスに作用していて正当に聴いてもらえてないのかもしれないと思うことが僕はあって、それは、70年代シンガーソングライターのものを近年聴くようになってなおのことそう思うようになりました。
と書いて、やっぱり歴史のifでしかなくて、ジョンとポールと一緒にいなければ、ここで聴かれるような音楽まで自力でたどり着いたかどうかは分からないですね。
この分からないというのは、僕なりに譲歩した表現ですが。
人の人生そして才能とは、かくも面白くて興味深くかつ奇妙なものだなと、ジョージを見ると思いますね。