◎KISSES ON THE BOTTOM
▼キス・オン・ザ・ボトム
☆Paul McCartney
★ポール・マッカートニー
released in 2012
CD-0199 2012/2/7
Paul McCartney-05
ポール・マッカートニーの新譜が出ました!
より正確にいえばこの記事が上がる時点では国内盤はまだ出ていなくて、2月8日が正式な発売日です。
まあでも、普通は前日に売ってますよね。
ポール・マッカートニーは今年で70歳、そしてビートルズがレコードデビューして50年。
このアルバムは、そんな音楽人生を振り返るかのように、2曲の自作を除き、いわゆるアメリカン・スタンダードを歌ったカバー曲集となっています。
音楽はやっぱり、年相応というものがあるのかなって。
日本では年をとると演歌を好きになると昔から言われるけど、そうした考えは国は関係なく人としてむしろ当たり前なのかな、と。
もちろん若い頃からジャズやクラシックを聴く人もたくさんいるけど、僕自身も20代の頃よりはハード・ロック/ヘヴィ・メタル系を聴く頻度がうんと減り、一方でソウルが増えてきたことだし、傾向としてはおそらく逆の例の人は珍しいのではないかな。
(若い頃からヘヴィメタルが嫌いな人は多そうだけど・・・)
ポールだって人間だからやはり、古い時代の落ち着いた音楽に戻るというか進みたかったのかもしれません。
ポールはしかし、曲単体ではほとんど初めからアメリカン・スタンダード的なものをやってきていました。
ビートルズの1stでA Taste Of Honeyを歌っていますが、ミュージカルの曲であるそのような曲をロックの人間が取り上げたというのは当時は驚きと興味を持って迎えられたのだとか。
2ndのTil There Was Youはもはやこれぞポールという味わいだし、64歳や銀のハンマーなどディキシーランド・スタイルの曲が得意、My Little Princessのように本格的にアメリカン・スタンダード風の曲だって既に作ったことがあります。
だから、ポールのアメリカン・スタンダードというのは、意外ではまったくなくって、むしろ漸くという感じがしますね。
ただし、カバー曲集を出したことで、不安があります。
曲を作れなくなったのではないか、あるいは意欲がなくなったのでは。
ボブ・ディランが60歳を超えて才能が枯れたと自ら告白したように、長くやって来ている人であれば大なり小なりそれは感じるのかな、といいつつ凡人の僕には彼ら天才の頭の中は分からないけど、一般論としてはそういうことはあるかもしれない。
でも僕はこのアルバムを聴いて、もっと前向きにとらえました。
ポールはこの先、こういうスタイルのオリジナルをやりたいのではないか、今回は肩慣らし的に一度古い曲をやってみて感触をつかみ、次のアルバムでオリジナルで勝負しよう、というのであればいいなあ。
なんて根拠も何もないただの願望だけど、そう思いました。
もうひとつ、ファンの人には申し訳ないけど、といいつつ僕こそがファンだから現実から目をそむけずに受け入れるとして言えば、ポールも60歳を過ぎてからとみに、力強く歌おうとしても声の衰えが隠せず、ちょっと悲しい思いをしていました。
でも、このアルバムのようにあまり力を入れずにさらっと歌うのもなかなかいいし、この歌い方なら声の衰えは気にならないし、もちろんまだまだ魅力的な声だなと思ってほっとしました。
というか逆に、だからアメリカン・スタンダードなのかもしれない、とも。
なんせ100人の歌手の11位の人ですからね(笑)、歌で伝えることがそもそも好きな人なのだと納得できるし、こちらとしても身を委ねて聴くことができます。
ダイアナ・クラールのバンドを迎えているのは、90年代後半からジャズ的な要素の強い音楽が増えてきて
すっかり定着したという時流に乗りたいのでしょうかね。
ポールは昔から周りで行われていることをひとまずは自分もやってみないと気が済まない人だったので(笑)、その点では気持ちはまだまだ若くてほっとするものがあります。
またそれがダイアナ・クラールであるのは、彼女の夫君であるエルヴィス・コステロとまだつながりがあるのかなと、それもうれしくなる部分ですね。
ただし僕はいまだにコステロは苦手ですが・・・(笑)・・・
それはともかく、ダイアナ・クラールのピアノがいいですね。
僕は彼女は聴いたことがないのでこれが初めてだけど、ダイアナ・クラールも聴いてみたいと思いました。
音楽的なことをみると、アメリカン・スタンダードについていまさら斬新な解釈の演奏というのもないと思う、イメージ通り。
それがその人に合っているかどうかという問題だけで、ポールの場合は、やっぱりこういうことも自然にできるんだと何かほっとする、そんな全体像ですね。
録音はニューヨークとロサンゼルスで行われていますが、曲によってはストリングスのアレンジが施されていて、そのストリングスはロンドン交響楽団が担当しています。
もちろんというかストリングスのみ英国で録音されているわけですが、かのアビィ・ロード・スタジオで録音されていると明記されているのはやっぱり無条件でうれしくなりますね。
僕は今日、国内盤SHM-CD盤と海外盤限定盤を買いましたが、後者には2曲のボーナストラックが収録されて16曲入りです。
ひとまず通常の14曲で話すと、僕が知っていた曲はたった1曲しかありませんでした。
そうですね、アメリカン・スタンダードはロッドなどで時々聴くけど、親しんできたというわけではないので当たり前でしょうけど、それにしても超有名な曲は敢えて外している感じがします。
このアルバムのタイトルを最初に聞いて僕は、なんてタイトルをつけたんだろうと・・・
ポールは時々下ネタ系のことを平気でいいますね。
このタイトルはアルバム冒頭1曲目のI'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letterの歌詞から取られていることが聴いてみて分かったのですが、国内盤のライナーでは、そこが以下のように訳されています。
「下の方にはキッスを」
あまり直接的に書かないものですからね、日本人は。
「お尻」ですよね、多分、足の裏ではなく・・・
いや、心の底という意味でしょうね(笑)。
それはともかく、僕くらいの世代なら、手紙を書くというタイトルは想像よりは経験で思うことが多いのだろうけど、今の若い人にはもはやあまり実感がないのかな、どうだろう。
3曲目It's Only A Paper Moonはその唯一僕が知っていた曲。
僕にとって最初のアメリカン・スタンダードを歌ったアルバムがナタリー・コールのUNFORGETTABLEでしたが、
その中でもこの曲は特に好きでしたね。
この曲はそれ以前から知っていて、ナタリー・コールのそれで初めてその曲のCDを買って聴けたのがうれしかったのでした。
余談ですがUNFORGETTABLEではポールがカバーしていたDon't Get Around Much Any Moreが入っていたのもうれしくて、そうか久しぶりにナタリー・コールも聴いてみたくなりました。
8曲目My Valentineは2曲のオリジナルの1曲ですが、エリック・クラプトンがギターで参加しています。
そのせいかイントロのギターでLaylaを彷彿とさせる旋律が入って、これは偶然かな、いやきっと違う、ポールの発案かな、エリックかな、とにかく昔からのファンには思わず笑みが漏れてしまう。
AメロがメランコリックでBメロで少し明るくなるこの曲は、どう聴いてもアメリカン・スタンダードの世界という曲。
エリックのギターはやっぱりいいですね。
昔はポールとエリックは仲が良くなかったのかなと思っていたけど、ジョージ・ハリスンの追悼コンサートで一緒に演奏してから共演するようになったのはうれしいし、ジョージ絡みでいえば感慨深いものがありますね。
エリック・クラプトンはもう1曲、12曲目のGet Around Another Foolにもギターで参加しています。
こちらはエレクトリック・ギターで、ブックレットを見る前からギターの音でエリックだと一発で分かりました。
この曲で面白いのは、歌い出しのポールの声がエリックに似ていて、それもポールが茶目っ気を出してわざとそうしたのかなって。
いや、歌い出しだけではなく全体的にエリックの声に似ているかな。
この曲名は、エリックと一緒にこれからこういう音楽をやって楽しんでいこうという意思表明、というのはうがち過ぎかな(笑)、
でもポールとエリックがやるにはいい曲だと思いました。
ポールは今回、ほとんどヴォーカルだけに専念していますが、エリックとの12曲目と次の13曲目The Inch Wormの2曲のみアコースティック・ギターも弾いています。
12でエリックにミュージシャン魂を刺激されたのかな。
この曲はミミズの歌でしょうかね、曲はそんな感じはしないけど、ミミズを研究していたチャールズ・ダーウィンを思い出しました。
子どものコーラスが入っているのがいいアクセント。
面白いのは11曲目Bye Bye Blackbird。
先ほど知っていたのは1曲と書いたけど、これも曲は知っていました。
ジョー・コッカーが1stで歌っていますが、でもジョーのそれとはあまりにも違うので気づきませんでした。
もちろんビートルズ時代の自身の曲Blackbirdを想起させ、ポールの茶目っ気もかなりのものでそれは幾つになっても変わらない、そこが思わずほほえんでほっとする部分ですね。
もう1曲、知らない曲だけど興味深いと思ったのは6曲目We Three (My Echo, My Shadow And Me)。
歌詞の中に"moonlight"を繰り返す部分があるんだけど、それはビートルズとしては未発表曲だったけどBBCで世の中に出た曲でポールが作ったI'll Be On My Wayを想起させられ、歌詞の作り方などをポールは古い曲から学んだんだろうなって。
知らなかった中では9曲目Alwaysは、かのWhite Christmasを書いたアーヴィン・バーリンの作曲で、もっといい曲をたくさん書いた人なのでしょうね。
ポール自作のもう1曲は本編最後のOnly Our Hearts。
こちらはスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで客演。
もちろんこれも一発で分かりましたが、自作曲に豪華なゲストをわざわざ迎えるのもポールらしいはったりがあっていいなあ。
あ、もちろんほめてますからね。
スティーヴィー・ワンダーのハーモニカは音色が艶やかで、人間性を深く感じる深い響きが特徴ですね。
曲も最後らしくまたポールらしくじわっと盛り上がって暖かく家庭的な雰囲気でアルバムが終わります。
輸入盤限定盤のボーナストラックにも触れますが、僕は実は、それこそがめあてだったので。
15曲目Baby's Requestはポールのペンになる曲で、ウィングス時代のBACK TO THE EGGの最後の曲として収録されていた曲で、セルフカバーということになります。
僕はこの曲がずっと大好きでもっと聴かれてほしかったのでこの曲を再演したのはもうほんとうにうれしい。
だけどそれがボーナストラックというのがちょっと残念だな。
ポールならスタンダードの中にねじ込むくらいはしそうだけど、でもやっぱりそこは最初ということで遠慮したのでしょうね。
なにもそこで遠慮しなくても、と僕は思うのですが(笑)。
それはともかくノスタルジックで家庭的なこの曲は、オリジナルより少し速いテンポで演奏されていますが、
おおよそオリジナルのイメージ通りなのは、ポールの作曲家としての自信のほどを感じます。
ただし最後はジャズ的なパッセージで終わっていますが。
16曲目My One And Only Loveを見てやっぱりポールらしいと。
だって、最初と最後の単語だけをみるとMy Loveですからね、いたずら心と自信はいつまでも忘れない。
この曲を選んだのは再婚したことと関係あるのかな、今はそういう気持ち、これからもそうであってほしい、ファンとしても。
正直言えば、僕でも知っているような超有名な曲があと2曲くらいあるといいなというのが買って何度か聴いて思ったことです。
ただ、ポールとしては、そんな身勝手なファンなぞどうでもよくて音楽が好きなすべての人に、もっといい音楽、自分が好きな音楽を知ってもらいたいという思いを込めて作ったのでしょうね。
僕もそこに気づいて反省しているところです。
僕の親戚が寿司屋さんをやっていて時々食べに行きますが、そこは有線でアメリカン・スタンダードやそれっぽい曲を流していて、だからポールのこれを聴くとなんだかおいしそうと思いました(笑)。
もちろん、ゆっくりと音楽と向き合って聴き込むのもいいんだけど、空気のようにそこに流れていると気持ちいい、そんな音楽でもあります。
ただ、これもまたただ、ですが、ポールはそもそもはもっと真剣に音楽を聴いてもらいたいという思いを持って、
ビートルズの数々の傑作をものにしてきた人だから、そんなポールがこうした音楽をやるようになったのは、つくづく、音楽と年齢の関係を感じざるを得ないですね。
まあでも、無理して若くする必要もないし、逆にいえば、これからはむしろ若い人がこういう音楽に夢中になるかもしれない。
あ、そうか、ポールはそれをもくろんでいるのかな(笑)。
ともあれ、ポールが新作を届けてくれたのはうれしいですね。
暫く聴くことができる、かけることができる、そんなCDです。
音楽はタテにも横にもつながって広がっていく、そんなことも聴きながら思いました。