▼パール
☆Janis Joplin
★ジャニス・ジョプリン
released in 1971
CD-0198 2012/2/5
ジャニス・ジョプリンのスタジオアルバムとして通しでは4枚目、最後のアルバム。
1980年代、僕の世代では、ロックの伝説化が始まっていました。
ロックがただの一時的な流行を超えて存在し始めた頃でしたが、1970年から1971年にかけて相次いで亡くなった「3人のJ」、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンは、その中でもとりわけ光り輝く神話といえるほどの人たちでした。
当時はそろそろロックが過去を振り返る頃になっていて、ノスタルジーとともに伝説化が進行していた、今にしてそう思います。
そんな伝説化が進行する状況の中で洋楽好きの僕は育ちました。
ジャニス・ジョプリンの遺作であるこのアルバムはだから、僕には、初めから伝説として存在していました。
僕はしかし、伝説化していた人やアルバムを聴いてもし良くないと感じてもそう言ってはいけないのかなと、構えていた部分がありました。
でもこれ、僕が買ったCD最初の50枚に入るくらい早くに買ったのですが、聴くと素直に素晴らしいと感じました。
当たり前のことで、素晴らしいから伝説になったのであって、伝説は決して作り上げられたものでもないということでしょう。
その後に聴いた70年代の名盤はおしなべて素直に気に入ったものばかりでした。
伝説だからといって押しつけられるものではなく、あくまでも自分の耳で聴いて感じればそれでいいのだと、ロックの伝説に対して僕は以降は構えずに楽しく聴けるようになりました。
僕がこれを聴いて驚いたのは、ジャニス・ジョプリンという伝説のヴォーカリストが、意外にも、とっても親しみやすい人だったことです。
無防備なほどに感情を露わにして歌う姿をテレビで見ていた僕は、彼女を恐い人なのかなと勝手に思っていたのですが、いざ聴くと、ユーモアもあって人間味あふれ、他のアーティストよりもむしろ身近に感じました。
彼女にはかわいらしい面も多々感じられて、子どもの心を持ち続けていた人なのだろうなと。
でもやっぱりヴォーカルは凄いですね、上手いというより凄い。
唯一無二という言葉はまさに彼女のためにあるのでしょう。
これがよかったのはもひとつ、ブルーズを基調としたロックであり、最初に予想していたよりはずっとハードな音だったことで、この系の音は僕のデフォルトなのかもしれません。
さらにはこれ、演奏がとにかく上手いと思いました。
このアルバムは当時新たに結成されたバンドフル・ティルト・ブギーが演奏していますが、音がしっかりと出ていて、節目節目をびしっと決めて曲が進み、こういうのを「タイトな演奏」というのだろうなと思いました。
ビートルズやローリング・ストーンズが下手とはいわないけれど、この演奏は、僕がそれまで経験したことがないものだと感じました。
ギターのジョン・ティルはセミアコ系のギターを使っていて、ブックレットにもギブソンのセミアコを持った写真がありますが、厚みよりは広がり系の太いギターの音も当時の僕には新鮮でした。
このアルバムの録音中にジャニスは命を落としてしまったため、一部の曲は必ずしも望んだ姿ではないようですが、それでも当時の意欲とバンドのまとまり、時代の息吹が伝わってきます。
そして今や、時代を超えたアルバムの1枚となりました。
1曲目Move Over、ジャニス自身のペンによるパワフルな彼女の代名詞的1曲。
曲自体はひねりがなくストレートなだけに募る思いは最高潮にまっすぐに伝わってきます。
ヴォーカルラインをなぞるギターもカッコいい。
時々鼻歌で歌うのですが、もちろん叫ぶ部分はそれなりに(笑)、この曲は「歌詞と歌い手の性の同一問題」で悩みますね。
だって、"You know that I need a man"と、男性である僕が歌うと意味が違ってくる恐れがあるじゃないですか(笑)。
でも、鼻歌で歌う時に"man"を"woman"に変えたところ、それもなんだか妙にリアルでこっ恥ずかしいんです。
まあ、鼻歌は誰に向けて歌うものでもないのだから、僕はオリジナル通りに"man"で歌っています。
"woman"にすると音節がひとつ増えるのは、意味以上に音楽的に違和感があるし。
2曲目Cry Baby、「ジャッジャッジャッ」と音を切る印象的なイントロの音が止まり、ジャニスが声を絞り出して叫ぶ、この切り替えが絶妙で、この音を最初に聴いただけでこのアルバムが名盤だと分かりました。
ゆったりとしたワルツにジャニスが吠えまくります。
ところで、「クライベイビー」というギターのエフェクターでワウペダルの一種がありますが、僕がそれを知ったのはこの曲より後だったので、てっきり、その名前はこの曲のイメージからつけられたのだと思い込んでいました。
それくらいジャニスのこの声はイメージぴったり、「ナチュラル・クライベイビー・ヴォイス」ですね(笑)。
3曲目A Woman Left Lonely、ダン・ペンとスプーナー・オールダムのバラード、ずっと気持ちを張り詰め続けるのは大変なのかな、アルバムでいちばん落ち着いた大人しい曲。
しっとりと歌おうとはしつつも、ジャニスはやはり感情的に歌っていきますが、この曲はソウルだといわれればそうかもしれません。
4曲目Half Moon、軽快にホップしスウィングするカントリー調の曲。
アルバムでいちばんのりがよくて体が自然と動く曲で、アルバムの流れに変化をつける点でも効果的な曲。
これは歌人間の僕には珍しく(笑)、ギターやベースなど演奏部分により強く反応しました。
5曲目Buried Alive In The Blues、ジャニスが後にヴォーカルを入れる予定だったインストゥルメンタル曲。
彼女ならどんな歌メロを入れて叫んだのだろう。
「生きながらブルースに葬られて」という曲をこの時期に録音していたと聞くだけでも悲しいですが、曲はむしろ底抜けに明るく楽しい曲、そうですよね、ユーモアだったんだから。
歌がないことでバンドメンバーのジャニスへの愛情をより強く感じます。
6曲目My Baby、「一発芸」の典型というか、Aメロで大人しくしていて、サビで大爆発、そのサビがとても素晴らしいという曲。
彼女にはワルツの朗々とした曲が似合いますね。
7曲目Me And Bobby McGee、ジャニス唯一のNo.1ヒット曲で元はクリス・クリストファソンの曲。
この曲のサビではこう歌っています。
「自由ってつまりは何も失うものがないってことなのよ」
60年代後半から「自由」を謳歌する曲が増えましたが、でも、僕は、この曲を聴いて、「自由」って結局は誰にも分からなかったじゃないかな、と思ったりもしました。
アメリカ音楽のよいエッセンスを凝縮してポップに楽しく聴かせてくれる曲。
最後にリズムがジャズっぽくなって全体が弾けるところを天真爛漫に歌うジャニスには音楽的な勘の良さを感じます。
最後の最後、まるで弦を擦るようなギターの音が起こって、半ば強制終了的に曲が終わるエンディングも見事。
この曲は車で聴くとまた感動的、旅情を誘います。
僕には特に大切な70年代の曲のひとつです。
8曲目Mercedes Benz、デモだと思うのですが、ジャニスがアカペラで歌ってこんな曲をやりたいよってバンドに聴かせたんじゃないかな。
和やかで明るく楽しいその場の雰囲気が伝わってきて、この曲はこのまま出たのがよかったと思い、演奏を加えなかった判断に拍手を送りたいです。
歌っていくとテンポが速くなってずれていくのがまた楽しい。
友達はポルシェに乗ってるから私はベンツが欲しいというまことに他愛のない曲だけど、ジャニスが歌うと許せてしまう。
しかしブックレットを見ると、この曲は彼女の死のわずか3日前に録音されていることが分かって、あらためて、それはあまりにも突然訪れたことに驚かざるを得ません。
9曲目Trust Me、ボビー・ウーマックの曲で彼自身もアコースティック・ギターで客演していますが、だからか、ギターの音が強調されていてきれいに響いてきます。
愛した後に潮が引いてゆくような虚しさを感じる曲。
前の曲とはあまりにも世界観が違うけど、それらすべてがジャニスという人となりだったのでしょうね。
10曲目Get It While You Can、いよいよ最後ですね。
このアルバムの曲名はみな人生訓のようですね。
まあ歌というのはそういうものかもしれないけど、とりわけこのアルバムはそう感じます。
「愛は生きているうちに」という邦題がつけられましたが、それは、当時のレコード会社の担当者の気持ちでしょうか。
アルバムの最後は、彼女の明るいキャラクターからすると、気持ちしんみりしすぎかな、寂しくなってしまう曲。
でもそれも、彼女の周りで携わってきた人たちの素直な思いなのかもしれません。
このアルバムはほんとうに大好きで、時々思い出したようにむしょうに聴きたくなります。
今日がそれでした、今朝のこと。
山でエゾリスを見て写真を撮った後でなぜかMove Overが浮かんできました。
歌詞を考えてもまったく何の関連もないのだけど、でも思い出してしまったのだからしょうがない(笑)。
そのまま2曲目Cry Babyを口ずさみ、勢いで記事にしました。
僕にはほんとうに大切な1枚です。
僕は6月生まれで誕生石がパールだし、地元にある大好きな洋菓子店の名前がパール・モンドールだし(笑)。