◎TOO LOW FOR ZERO
▼トゥー・ロウ・フォー・ゼロ
☆Elton John
★エルトン・ジョン
released in 1983
CD-0131 2011/09/16
Elton John-03
エルトン・ジョン17枚目のアルバム、1983年リリース。
先日、高校時代からの音楽友達と久しぶりに会って食事をしながら話しました。
その友達は今はさいたまに住んでいますが元々は札幌(江別)の人で僕の高校1年の時のクラスメイトでした。
苗字が僕と同じ頭文字で始まるので高校で同じクラスになって初めて朝礼か何かで隣に立って並んでいる時に僕が「音楽聴きますか?」と話しかけたのがはじまり。
1年の時は放課後によくうちに寄ったり休みの日にレコード店巡りをしたり、2年以降でクラスが別になっても時々放課後に会っていました。
高校を卒業してからは一度も会っていなかったのですが、確か7年前に突然連絡があって会うことになりました。
東京に出ていた友達は転職して生命保険の営業を始めたということで、札幌に里帰りした際に勧誘の意味も込めて連絡してきたのでした。
僕はその友達には音楽でいい思い出がたくさんあったし久しぶりに会いたかったので会うと、もうとたんに音楽の話で盛り上がりました。
ついでに当時はそれ以前に入っていた生命保険では少し不安だったので友達が営業する会社に切り替えました。
爾来、友達が札幌に来る度に1時間ほど会うようになり、僕が東京に行った時にはハードロックカフェ上野で会ったりもしました。
友達はソウル系が大好きなので僕はソウル系を聴き始めてからは特に会って話すのが楽しみになりました。
「今は何を聴いてるんだ?」
会うとまず友達はそう聞いてきます。
今回僕はこう答えました。
「レオン・ラッセルとエルトン・ジョンとバディ・ガイとアリシア・キーズだね」
そこで友達が食いついてきたのが意外にもエルトン・ジョンでした。
今回はその時に友達と話したことをまとめて「エルトン・ジョン論」みたいなものを書いてみました。
まず友達が言ったのは「エルトン・ジョンって普通日本人は聴かないよな」
僕も今までエルトン・ジョンという人自体が大好きという人は実生活でもネットでも会ったことがありません。
もちろんあの曲が好きというのはあって、逆にそれは人気がない割には多いような気もします。
日本ではあまり聴く人がいないのにアメリカではすごく売れたんだよな不思議だよなって友達も言いましたが、実感として僕もまったくそう感じます。
僕が洋楽を聴き始めた頃はエルトン・ジョンはひとつの時代が終わってやや落ち目だったので余計にそれは強く感じました。
もうひとつ友達が言ったのは「節操がないよな」
友達もいい曲はすごくいいけど一方でなんでこんな曲を歌うんだという曲も結構あって何をやりたいか分からないと言い、それも僕も感じるところです。
この「無節操」というのはエルトン・ジョンの重要なキーワードだと思えてきました。
たくさんのヒット曲を出したくさんのいい曲を書いている、そこは素直にすごい人だなと感心するし、むしろその点では過小評価されているんじゃないかなとすら歌メロ人間の僕は思います。
つまりエルトン・ジョンはいい曲とそうではない曲の差が激しすぎるのではないか。
差が激しいというのは、下のレベルが低すぎるのではなく上のレベルが異様に高いという感じで、いわゆるヒット曲ではない曲も聴いていると心に余計な引っかかりなく普通に心に流れてきます。
アメリカであんなにも売れたのはその無節操さがアミューズメント的な楽しいという感覚となっていて、自然に湧き上がるあざとさもそれを助長し、しかもいい曲はほんとうによくてレコード会社も売りやすかったのでしょう。
それは彼の個性であり、そういう人は他を探しても見当たらない、だから唯一無二の人でもあるのも大きい。
一方で日本人は何についてもだけど何かこうひとつびしっと筋が通ったものを好むように思うので、エルトン・ジョンのような節操のなさは美徳にはなり得なかったのかもしれない。
僕自身はちょっと前までエルトン・ジョンが苦手だったので真面目に考えたことはなかったけど、友達と話したことで長年なんとなく感じていたことが分かってすっとした気分でした。
保険がきっかけだったとはいえ、昔の気心知れた音楽友達とたびたび会って音楽の話を続けてゆけるのはうれしいなと思い直しました。
さて総論としてまとまったところでこの記事のサウンドトラックとして選んだアルバムや曲について。
この中のI'm Still Standingは僕が初めて自分の意志で聴いたエルトン・ジョンの曲でいわば思い出の1曲です。
ビートルズ以外の洋楽を聴き始めた頃に新曲として出たのをNHK-FMでエアチェックして聴いていました。
ジョン・レノンと一緒にやるような人だからどれだけすごい人なんだろうという興味から録音したのですが、この曲は全体的に音が強くてロック的でカッコよくて素直にとってもいいと思いました。
その後でMTV番組でこの曲のビデオクリップが流れていて張り切るエルトン・ジョンの姿も見ました。
そしてこの曲「僕はまだ立っている」というのは、エルトンはその少し前は落ち目だったけどまだまだ落ちぶれていないしこれからまた復活するという意思表示だと解釈しそこはロック的なものがあるなと感じました。
さらにもう1曲I Guess That's Why They Call It The Bluesを少し後にエアチェックしてこちらはもっと気に入りました。
当時はまだブルーズは聴いていなかったけど、この「どうして人々はそれをブルーズと呼ぶのだろう」という長いタイトルが何か音楽の奥深さを感じさせてくれました。
おまけに洋楽を聴き始めて長いタイトルの曲をすらすらと言えるようになったのがまた楽しかったし(笑)。
よくあったんですよね、僕も嫌味な若造だったから、「ほれあの長いタイトルの曲でしょ」と誰かが言うと僕が即座に淀みなくむしろ早口で長いタイトルをすらすらと言い返す、なんてことが・・・(笑)・・・
ハーモニカがスティーヴィー・ワンダーなんですよね、もうそれだけでこの曲の良さが伝わるのではないかと。
それにしても80年代はスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで客演した曲が多いこと(笑)。
この曲のサビの歌詞もまた好きなんですね。
♪ Laughing like children, living like lovers, rolling like thunder, under the covers
I guess that's why they call it the blues
若い頃はどうしてこの文脈でいきなり雷が出てくるんだろうって不思議でした、今はなんとなく分かるけど(笑)。
先日の2ndのTake Me To The Pilotがエルトンでいちばん好きな曲だと書きましたが、ここに入っているこの2曲が2番目と3番目、順番としては3番目と2番目に好きな曲かな、きっとそうです。
だけど当時はアルバムを買おうとは思いませんでした。
もちろんお小遣いの制約があったのと、後者をエアチェックして気に入ったのはアルバムが出てだいぶ経っていた頃だったしそもそもアルバムが大ヒットしたわけでもなかった、これが直接的な理由。
でも、やっぱり僕もなんとなく漠然とエルトン・ジョンをアルバムで聴くのは恐いというか不安を感じていた、そんな気はします。
音楽は分からなくても感じることが大切ですからね、分からないからといって聴いてはいけないというものでは決してないと思うし。
それでも今回エルトン・ジョンをアルバムとして聴き進めるに当たり最初にこのCDを買い求めたのは、やっぱり自分にとってはこの2曲がエルトン・ジョンのスタート地点だからです。
アルバムとして聴いてみると、うん、やっぱり無節操な音楽というのは感じました。
フュージョンっぽい曲もカントリーっぽい曲もあるしブルーズと名乗っている曲だってある。
だけどこのアルバムはそれに違和感のようなものは覚えませんでした。
なぜかなと考えてみると、1980年代は音楽全体がいい意味で無節操になっていた時代だったからじゃないかと思いました。
もしそうであるなら、エルトン・ジョンはある意味時代の先を行っていたというか10年後の音楽シーンを一人で体現していたということになり、それはそれで、先見の明とまでは言わないけど偉い人なのかなと思い直しました。
もうひとつ、ロックとして受け入れられない理由に気づきました。
エルトン・ジョンはきっとアルバムを作る際に追い詰めていいものをつくろうという気がなくてただ単に楽しくていい曲があればいいと思っているのかもしれない。
僕は20代前半まで主にロックジャーナリズムの影響でアルバム至上主義だったので余計にエルトン・ジョンに近づけなかったのかもしれない。
などなど気がつくとほとんど総論みたいになってしまったので、さて、次からエルトン・ジョンのアルバムを紹介する際には何を書いたらいいのだろう・・・(笑)・・・
でもひとまず現時点で思っていることをまとめてみました。
いい歌はほんとうによくて大好きだけど、それ以外は目をつむって聴く、いや目を開けて他のことをしながら聴くというのが僕のエルトン・ジョンの聴き方です。
僕は好きになったアーティストは基本的にはすべてのアルバムを買って聴かないと気が済まないので今後も買い続けるけど、エルトンの場合は軽い気持ちで臨めるのは、ある意味、よかったですよ(笑)。