釘彫伊羅保 内村慎太郎(前編) | ぐい呑み考 by 篤丸

ぐい呑み考 by 篤丸

茶道の世界では、茶碗が茶会全体を象徴するマイクロコスモスとされます。だとすれば、ぐい呑みはナノコスモス。このような視線に耐える酒器と作家を紹介します。

 去年のクリスマスの時期に、当時中3だった双子のチビのひとりが、「これきっとパパ好みやで。」といって、羊文学の「1999」の動画をラインで送ってくれた。若者はたぶんそんなふうにして自分の気に入った音楽を親しい相手と共有するのだろう。父が高校生の頃は、買ったレコードをカセットテープに録音して互いに分けあった。それを思えばずいぶん便利になったが、感動を誰かと分かち合いたいとの思いは、今も昔も変わらない。娘は、日頃父が聴いている音楽に傍らで接していて、羊文学のその曲を父好みと判断したのだろう。慣れないyoutubeで聴く動画はそれでもドンピシャで、一聴してたちまちその曲を気に入った父は、それ以外の曲もと、レンタルCD屋に走った。残念ながら、田舎のショップにはフルアルバム一枚しか置いていなかったので、あとの二枚はバナナレコードで買った。それほど羊文学の音楽は父の感性を刺激した。女子ふたりと長髪で顔を隠す男子からなるスリーピースバンドで、音楽のつくりとしてはかつてのダイナソーJrやペイブメント、 ラッシュなどの系統を想わせるオルタナティブ系のくくりになるのか、何でも今女子高生に最も人気のバンドのひとつらしい。
 
 老化現象のひとつと思われるが、最近、 この手の新しい音楽を聴いてもちっとも新鮮味を感じない。旋律はもちろん、音のつくりや演出でさえどこか聴いたこと観たことのある音楽ばかりで刺激がない。ポップソングというのは所詮そういうものだと自分に言い聞かせてもなお、若かりし頃にビートルズやレッドツェッペリンを通じて体験したあの感動を今一度と求めてしまう自分がいつのまにかもういっぽうにいる。この手の音楽はたいてい運転中におっきな音で聴くのを常としているが、最近はその青春時代に好んだ昔の音楽をかけるばかりで、新しいものといっても、もうずいぶん前になるが、パフュームや印象派、マンウィズアミッション、エメ、ゲスの極みくらいにとどまっている。それとて、アルバムを重ねる毎にマンネリ化してきて、結局初めの2、3作くらいでそれ以上聴く気にならない。過去のヒットを念頭に、似たような音楽を求める消費者の志向に合わせて音をつくれば、そうなるのもまた仕方ないことかとも思う。そんな貧しい音楽環境のなかで、娘のお薦めの羊文学は久しぶりのヒットだった。車のなかはもちろん、youtubeでライブ映像など観るなどして、このバンドとの接点を最大化するのが楽しくなった。とくにyoutubeなどは流していたら同じ趣味範疇の音楽がかかるので、キノコ帝国とかバウンディとか、チリビーンズとか思わぬ副産物にも巡り会えた。おかげで、今、筆者のポップシーンはけっこう充実している。
 
 この春先にその羊文学が全国ツアーをやるという情報をキャッチして、改めて行ってみたいと思った。ただ、女子高生人気のバンドに独りで行く勇気はもちろんない。そこで、一緒に行かへんか、と晴れて高校生になった娘を誘ったら「行く」というので、早速チケットを購入した。コンサートなんて独身の頃嫁さんと行ったのが最後だから、30年近く前になる。場所はZepp Namba、開催は9月半ばでまだ半年先だ。待ち遠しくはあるが、その間しっかりアルバムを聴いて、かれらの曲の魅力をあますところなく把握する楽しみもある。期待半分、予習半分の半年間をワクワクしながら過ごした。ときおり娘と、「1999」はやるかな、あれはクリスマスの歌だからやらんかもな、などと話ながら、かりにそれが演奏されなくても大丈夫なほど他に好きな曲もたくさんできた。そして、つい先日コンサートに行ってきた。2階の隅っこのほうの席からは本人たちははっきりみえなかったが、主役は音なので十分に堪能した。年甲斐もなくはしゃいでいたのだろう、娘から「パパ、ノリノリやったな。」といわれるくらい初めから終わりまで楽しかった。念願の「1999」はやってくれたし、最後の「あいまいでいいよ」ではモエカ(vo.guitar)と一緒に歌ったし、最高の2時間だった。さらに、娘とその時間を共有できたのが何よりの幸せだった。
 
 今回バンドは4つの新曲を披露した。オープニングから中盤にかけてけっこう続けて演奏したが、知らない曲はいいと思うまでに時間がかかるから会場が少し戸惑っているような感じだった。スタートの「hopi」がゆっくりめのバラードで、しかもステージには幕が垂れていて、そこにあまり完成度のよくない映像が流れて本人たちがみえないまま終わり、そこから幕が上がりアップテンポな2曲目が始まる。通常ならバンドがお目見えするインパクトとノリのいい曲で会場がわぁっと盛り上がるところだ。ところが、その2曲目が新曲だったものだから、確かに盛り上がらないではないが、どこか不完全燃焼的なところが残った。あれを「ooparts」や「光るとき」くらいでやっておけば会場は一気に沸いたことだろう。そこからもうひとつの新曲も含めて何曲か演奏した後、モエカが「今レコーディングしてて、あと2曲新しい曲をやります。でもみんな古い曲が聴きたいんだよね。」みたいなことを話した。そして「大丈夫、これ終わったらもう知ってる曲ばかりだから。」と続けた。彼女の言葉どおり、ステージ後半はおなじみの曲が中心で大いに盛り上がったが、ノリノリのオッサンは、はめをはずしてはしゃぎまくりながら、それでも、どこかモエカのその言葉が気になっていた。(続く)