青瓷飛辰砂片口 豊増一雄 | ぐい呑み考 by 篤丸

ぐい呑み考 by 篤丸

茶道の世界では、茶碗が茶会全体を象徴するマイクロコスモスとされます。だとすれば、ぐい呑みはナノコスモス。このような視線に耐える酒器と作家を紹介します。


 昨年、利休企画を終えて脱力しているとほどなく、本業のほうがにわかに忙しくなった。コロナ騒動の鎮静化とともに、昼の仕事ももちろんだが、何より夜のつきあいが格段に増えた。それまで、コロナが落ち着いたらぜひ、と交わしていた約束を実現しようとすれば、当然、次々と日程が埋まっていく。多忙な年末をじわじわと肝臓の数値を上げながら過ごしているうちに、あっという間に正月を迎えて、やれやれ。ところが、二日目に嫁さんが熱を出してダウン。とうとうコロナに罹ったかと検査したら陰性。ともあれ熱でしんどいのは変わらないので、生活は病人中心に。そうこうしているうちに、今度は双子のチビたちがそろって「喉が痛い!」といいだした。案の定熱も出はじめたので、嫁さんのがうつったかと。同じくコロナの検査キットで調べたらこちらも陰性。念のために嫁さんにももう一度試したらやはり陰性。症状は明らかにコロナに似ているのにおかしいなといいながら、昨年似たような症状でやはり陰性だった経験のある父親はひとり元気だった。他の3人に比べてはるかにリスキーな環境を過ごした父親がぴんぴんしているのは何だか申し訳ない心持ちで。

 

 今年チビたちは高校受験で、試験のときにコロナになったらたいへんだと、今のうちに罹って免疫をつくっておいたほうがいいから、もし友だちがなったら積極的に遊んでうつしてもらえと、これまでしきりに勧めていた。当人たちはもちろん、嫁さんも「バカなことをいうな」と取り合わなかったが、結局、今回で一定程度の耐性は備えられただろうと受験生の親としてはひとつ安心材料になった。検査キットでは陰性だったが、喉が焼けるように痛んで熱が三日程出るという共通の症状からすると、どう考えてもあれはコロナだった。我が身の経験から推してもそう確信している。第8波の感染者が何万人と発表されているが、こうしたステルス感染者は他にも数え切れないほどいるにちがいない。

 

 結局、親族とともに予定していた行事はすべてキャンセルして、皆の症状が引いていくのを静かに待っているうちに、仕事始めを迎えた。毎年、正月休み明けの仕事はいつも超過密で、仕事始めから2週間程は身動きがとれない。奈良のたちばなさんや伏見のとよださんで恒例の酒器展をされていたが、そんな事情で、そろそろ行けるかなと思った頃には会期は終了していた。利休企画からこの方、意に反して、やきものにはまったく縁のない日々を過ごすこととなった。仕方なくインスタで遠目に拝見するしかなかったわけだが、とよださんが会期終了の写真をアップしているなかに、豊増さんの飛青磁が映っている。えっ、これ売れ残ったんか!。とよださんが会期中インスタに順次作品を紹介するなかで、とくに目を引かれていたのがこの片口だった。こんな面白い試みだからきっとどなたか手にしているにちがいない。そう思っていたので、そこにこの作品が映っていること自体不思議で、だからこそよけいに嬉しかった。そのインスタには「これから片付けです。」と記されていたので、早速、勝手をいって恐縮ですが拝見できませんか、と無理をお願いした。ちょうどスケジュールも伏見に行って帰ってくるくらいの余裕もあった。「午前中はおりますのでどうぞ。」と暖かいお返事を頂いたので、喜び勇んで馳せ参じることに。


    どうやら、とよださんは、運良く売れなかったこの作品を御自身で引き取るつもりだったよう。「試してみたら切れもいいので。」とおっしゃる。確かに、見た感じではいかにもすっきりと上手い酒を注げそうだ。それはそれでありがたいが、こちらはこの作品の意匠に引かれている。青磁に斑点といえば「飛青磁」で、これをやる作家はなかなかいない。だいたい青磁をやるひとは釉調ばかりで、なぜか、こうしたところまでは気が回らないようだ。やたら不自然な透明度や貫入にこだわるわりに、土見せの作品の何と多いことか。豊増さんは、殊青磁に限らず、やきものの力点をきちんとわきまえておられて、いずれの作品においてもその形式にのっとった魅力のあり方を追求されている。その証ともいえるのがこの作品で、この斑点は、飛青磁の黒く発色する鉄ではなく、赤っぽい辰砂である。辰砂は銅で、酸化で焼けば緑の織部になる。同じく、青磁釉は、酸化で焼成すると黄色っぽくなるなる。その希少種が黄瀬戸。つまり、この作品は、青磁釉と銅緑釉を還元で焼いて生まれた。このやり方は、遠く古えの中国の鈞窯にあった。作家は明らかにそこも狙っている。鈞窯ほど派手目でなく、高麗青磁のような渋さで青磁と辰砂をものにしたのは、やはり、この方の真骨頂というべき。いつもながらその知性にほれぼれとする。その才能に感謝。そして、それを快く分けて頂いたとよださんに感謝。おかげさまで、切れのすこぶるいいこの片口と、同じ作家の染付のチョー渋いぐい呑みで酒が進んで、さらに肝臓の数値が上がっている模様である。