夜襲をかけた翌日、正午をもって、敵の砦に向けて進攻する、と知らせが流れた。
 イライブは我関せずという気持ちで杖の手入れをしていた。繊維のささくれだったところや塗装のはげたところを手直しする。
「穴ひとつ、汚れひとつにも意味がある」
 シャルの視線を感じてイライブは呟いた。
「みんな、あんたを、褒めてる。騎馬の基地を、燃やしたから攻め込める、って」
 イライブは手を止めた。ため息をついて、杖を背中に納める。
「8人を死なせたことには、誰も何にも言わないのか」
 吐き捨てるように言う。
 シャルが困ったような顔をする。
「誰も何にも、言ってない」
「そりゃ、軍隊は何千何万って数で動くんだろうさ。でもたった8人でも、命は命だろう……」
 シャルに言っても仕様のないことだ。分かっていても口にしてしまう。
「よく、分かんない」
 ただ困惑するだけなのが、良かった。余計なことを言われれば当たり散らしてしまうかもしれない。イライブにもそれくらいの自覚はあった。
「どんな術式を遣うのか想像もつかんからな。どんな男だった」
 ダン・バルダンは背中に5本の杖を背負った姿を思い出した。
「針ネズミのような格好でしたな。背中にこう」
 ダン・バルダンは身を屈めて背中の辺りを指で示した。
「杖を何本か背負っておりました」
「杖使いか」
 レイモンドは腕組みをしたままだ。
「間合いの遠い男です。弓矢の届かぬ山の上から火を放たれました」
「杖を遣うなら接近戦でも手強いだろう」
「それに手練れの剣士がついておりました」
「若かったか」
「20にも満たないかと」
 ひとしきりやりとりをし、ダン・バルダンはレイモンドの前を辞した。生き残りが点々と城に帰っているという。
 自分が出迎えてやるべきだ。ダン・バルダンはそう考えていた。
 イライブたちが自陣に着いたのとちょうどほぼ同刻に、ダン・バルダンはレイモンドのいる城に着いていた。
 馬を馬回りの兵士に任せ、自らはレイモンドのもとへ向かう。
「ひどいことになったな」
 深刻な顔をして、レイモンドが第一声を放った。責めているというのとも違う。ただ事態を深刻に受け止めている、というようだった。
「やられました。敵にあれほどの者がいようとは」
 ダン・バルダンは答えた。鎧と兜はここへ入る前に脱いでいる。戦場での姿からは想像もつかない姿だろうと自分でも思う。レイモンドの前では、冷静な姿を見せることにしていた。
「こういうことにならぬよう、魔術師の隊は殲滅したつもりだったがな」
 苦い顔のまま、レイモンドは続ける。
「おそらく、一人でした、たった一人にやられました」
 さらにレイモンドの顔つきが険しくなる。
「フェンには名のある魔将はいないということでしたが……」
「現れたのだ」
 レイモンドが断言した。
「この戦で初めて現れた。考えようにやっては名のある将より厄介だ」