豊洲で働くビジネスマンのアメブロ
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「大谷翔平は最初マイナー契約だった」って知ってる?日米ドラフトの決定的な格差

毎年ドラフト会議の時期になると、テレビでは「運命の赤い糸」「家族との絆」みたいな人間ドラマが大々的に流れますよね。


でも、あれを見るたびにいつも強い違和感を覚えるんです。


「これ、完全に昭和の新卒一括採用(しかも配属ガチャ付き)の公開オーディションじゃん」って。


他人が引くクジで就職先を決められ、初任給は上限1億円+出来高5000万円で一律キャップ。拒否すれば「わがまま」と叩かれる――。


個人のキャリア自律が叫ばれる令和の時代に、いつまでこの前時代的なシステムを続けるつもりなんだろう、と思ってしまいます。


資本主義ゲームとして設計されたMLBドラフト

「メジャーだってドラフト制じゃないか」と思うかもしれませんが、思想が根本から違います。


NPBが「クジ引きのエンタメ」なら、MLBは「緻密な資本主義のマネーゲーム」です。

  • 完全ウェーバー制(クジ引きなし):前年の下位球団から順に指名。戦力均衡を本気で狙うシステム。
  • ボーナスプール制(契約金の総枠制限):球団ごとに使えるドラフト予算の上限が決まっている。
  • 事前のシビアな駆け引き:「上位指名を安く契約(アンダースロット)して浮かせた予算で、大学進学を狙う超高校級選手に大金を積む(オーバースロット)」といったポートフォリオ運用が日常茶飯事。

何より、MLBでは指名前に選手(代理人)と球団が条件をすり合わせるのが当たり前です。条件が合わなければ選手側は大学進学を盾に交渉できるし、球団側も合意の確証がなければ指名しません。


選手は「選ばれるのを祈る客体」ではなく、「自分の市場価値を最大化する主体」として振る舞っています。


実は「マイナー契約」だった23歳の大谷翔平

MLBのしたたかさを象徴するのが、いわゆる「25歳ルール(国際アマチュア協定)」です。


「25歳未満または自国プロ実働6年未満」の外国人選手は、大型メジャー契約が結べずマイナー契約しか許されないという決まり。


2017年オフ、23歳で海を渡った大谷翔平選手も、例外ではありませんでした。開幕メジャー入りは既定路線だったものの、最初はマイナー契約(スプリングトレーニング招待選手)として入団しています。


25歳まで待てば200億〜300億円規模の大型契約を結べたはずなのに、当時の契約金は約231万ドル(約2.6億円)、初年度年俸は最低保証の約54万5000ドル(約6000万円)。


球団からすれば、「世界最高峰のスーパーカーを軽自動車の価格で買い叩けるチート級のバーゲンセール」だったわけです。


それでも大谷選手は「今すぐ世界一の舞台で勝負したい」という飢餓感から、その理不尽な契約を呑んで海を渡りました。


若き才能が日本を素通りする時代へ

かつてNPBは、海外挑戦した選手に2〜3年間のNPB復帰禁止を科す「田澤ルール」という露骨な私的制裁で才能を囲い込もうとしました。


しかしそれも独禁法違反の疑いで公取委が動き、撤廃に追い込まれました。



村社会の掟で壁を作っても、外の市場の魅力と合理性には勝てません。今では佐々木麟太郎選手のように、高校からアメリカの大学へ進み、NIL(肖像権収入)を得ながらMLBドラフトを直接目指すという「NPBを完全にバイパス(素通り)するルート」も確立されつつあります。


ポスティング容認権を球団に握られ、20代前半の大事な時間を拘束されるリスククジ引きでどこへ飛ばされるか分からない理不尽さ、初任給キャップという買い叩き。これらを冷静に天秤にかけたとき、本当に規格外の若者が「最初からアメリカの市場に行く」とドライに決断するのは、極めて合理的です。


サッカー界を見れば、有望な10代がJリーグを経由せずに欧州へ直接飛び立つのは、もう珍しい光景ではありません。サッカーはFIFAのルールのもと、移籍金や育成補償金が循環する市場原理を受け入れました。


一方で、いまだに「クジ引きのドラマ」という情緒に依存し、制度のアップデートを先送りし続けているプロ野球界。このまま囲い込みと配属ガチャを続けていれば、近い将来、「日本のドラフトには超一流の才能が誰も残っていない」という空洞化が現実になるのではないでしょうか。

タクティカルでコレクティブなフロンターレ

今日はミッドウィークで、川崎フロンターレ対ヴィッセル神戸の一戦があり、仕事帰りにdazn観戦。


結果は2-1で、川崎フロンターレの勝利となった。


これで、川崎フロンターレは勝点19(J1:7位)、ヴィッセル神戸は勝点22(J1:4位)となった。


このゲーム、川崎フロンターレは脇坂に代わり大関、伊藤に代わり山市、山本に代わり河原をスタメン起用する。山市は、これがJ1デビューである。フォーメーションはいつも通りの14231で、守備時は大関が前に出て、1442になる。ヴィッセル神戸は1433で、前節から右SBが酒井に代わり飯野が入っている。


首位争いを繰り広げるヴィッセル神戸と現在中位グループに位置する川崎フロンターレの一戦なので、どちらかと言えば、ヴィッセル神戸に分があるように見える上に、若い大関と山市をスタメンに並べてきた川崎フロンターレは、どう勝ちを取りにいくのかが、興味深い一戦となった。


ただ、ゲームが始まると川崎フロンターレのゾーンディフェンスがきっちりハマり、ボール奪取からヴィッセル神戸の背後へのロングボールが、結構効果的で、ゲームは川崎フロンターレの狙い通りと言う展開だった。そして、このゲーム展開になった大きな要因は、大関、山市がハマっていたからだと思っている。パスコースの限定やサイドで追い込むところなど、とにかく愚直にタスクをこなし、ヴィッセル神戸も結局サイドでハメられるか、前線にロングボールを送って回収されるか、のいずれかになるシーンが多く、逆に川崎フロンターレはマルシーニヨの裏抜けか、逆サイドでドフリーになる山市が持ち上がって、チャンスを演出すると言う展開で、守備とともに攻撃も狙い通りの展開だったように思う。


ちなみに、若手を投入してハマったゲームと言えば、昨年のACLE準決勝となるアルナスルとの一戦を思い出す。連戦で迎えたこのゲームで、川崎フロンターレは、神田、大関と言う2トップを選択する。当時試合前のスタメンを見て、えぇーと思った記憶があるが、この2人のファーストディフェンスが素晴らしく、大関は1得点を記録している。今となっては、遠い昔のようだが、とにかくこのシチュエーションのゲームで、2トップに若い2人を起用し、きっちり結果を出す長谷部監督にビビった記憶がある。


そして、今日のゲームにも同じような驚きを感じた。首位争いを繰り広げるヴィッセル神戸に、大関はさてとき、デビューとなる山市を起用して、しっかりと結果を出すのは並大抵のことではない。また、攻守においては狙いが明らかで、単純に個人の好不調で勝ったわけでもない(実際には2点目は若干ラッキーだったり、終盤は危ない場面もあったが)。


しっかりとしたスカウティングと、起用可能な選手を照らし合わせて、ゲームプラン が練られていたことは、一目瞭然のゲームである。


こんなゲームを見ていると、長谷部監督は有名無名問わず、きちんとタスクをこなせるメンバーでスタメンを組めば、結果は出す監督なのだと思わせる。むしろ、今日のゲームの方が、我々が思い描く長谷部監督像に近い、タクティカルでコレクティブなチームだった。


そう言う意味では、高い技術を持つ選手を、どう組み込んで行くのかに、いまだチャレンジを続けていて、まだまだ最適解に辿り着いていないのかな、とも思う。今日のゲームのように、タクティカルでコレクティブなメンバーで始めて、60分頃からギアを上げるのもひとつの戦い方だが、それでは主力とされるメンバーと折り合いがつかない、と言うピッチ外の事情もあるんだろうな、と思わせるゲームだった。




給与や賞与が決まるメカニズムを知る

上期が終わり、半期の業績評価の時期である。


チームメンバーと上期の出来栄えを振り返りながら、何ができて、何ができなかったか、などを振り返りつつ、上期の評価をまとめて、部内での評価会議に備える時期だ。


私のチームは、上期はまあまあな実績だったが、個人ベースに落とすと、でこぼこがある。なるべくでこぼこがないように、平準化、標準化するのもマネジメントではあるが、そんなことはなかなか難しい。


役割や担当市場をベースに目標を決めるのだが、役割に対して大きな市場で、それなりの成果が出ると、役割通りに担当する市場を持つメンバーよりも、達成率が跳ね上がることもある。それなら、誰もがそうすれば、と思われがちだが、役割に対して大きな市場を持つとそれなりに負担が大きいので、そもそもそれなりの成果を出すのが難しいのが普通だ。


とは言え、私のチームにもそう言うメンバーはいて、いろいろと努力をしながら、しっかりとした実績をあげたメンバーにはそれなりの評価をできるようにしなければ、といろいろ準備を進めている、今日この頃だ。


さて、そんな中で、不思議と言うか、気になることがあった。それは、自分の給与や賞与が、どうやって決まっているのかを、意外と知らないメンバーが多いと言うことだ。例えば、この上期の評価は何に繋がっていて、どの評価だと賞与はいくらくらいで、給与はどのくらい、と言うのを、あまり知らないのである。


会社として、こそこそしているかと言えば、全くそんなことはなくて、それなりにオープンにしてある。なので、それを見ると、自分の役割で、どのくらいの評価を得ると、何がどうなる、と言うのは分かるようになっている。


こう言うと、お金のために働いている訳ではない、と言う意見もあるが、働きに対する価値なので、それは本人に対する市場価値に等しい。そうすると、そのメカニズムが分かっていないと、本人の市場価値を落とすことになることので、私としては極力それは避けたいと思っている。なので、賞与は厳しくても給与で、とか、給与は厳しくても賞与で、などのバランスを個人的には結構気にしている。


かく言う私も、若い頃はやりたいことができれば、給与や賞与は、さほど気にならなかった。


ただ、これだけ人材流動性が高まると、ちょっとしたことで人材は流出していく。流出する理由が、働きに対する対価にならないよう、できる限りの評価をしていきたいと、この時期にはいつも思っている。





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