お土産を買った後、

京成成田駅近くのドトールでコーヒーを飲んで時間調整。

 

 

 

先週の火曜日、4月21日。

 

母と姉が住む湯河原へ向かった。

 

毎度ほとんど変わらぬ湯河原行きだったので、

以下、簡潔に。

 

 

 

湯河原へ行くときの毎度のパターンで、

京成ではなく、

使ったのはJR。

 

空港第2ビル10時48分発の特急「成田エクスプレス14号」で東京へ。

 

 

 

 

 

東京12時発の特急「踊り子9号」で湯河原へ。

 

 

 

いつものことながら、

伊豆急下田行きの車両と比べると、

修善寺行きの車両は空いている印象がある。

 

そして、静かだ。

 

客層も異なるような気がする。

 

熱海駅で別れる編成なのでどちらでもよいのだが、

いつも修善寺行きの車両を選ぶ。

 

 

 

小田原を過ぎ、

雨上がりの海を眺め、

 

湯河原には13時13分に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

二人が住むマンションに到着後、

すぐに昼呑みを始めた。

 

カマボコと銀杏さえ用意しておけば、

とりあえず自分はご機嫌だと思われているようだ。

 

悔しいが、否定できない。

 

 

 

湯河原を訪れるのは、2月以来。

 

前回は、1カ月遅れの正月名目で呑んだ。

 

今回は、腎臓ガンの手術を終えた姉の快気祝いということになっていた。

 

手術から約2カ月。

 

見た目は以前と変わらないほど元気そうだった。

 

酒も煙草も最近、再開したらしい。

 

本人がそれでよいなら、それでよい。

 

 

 

久しぶりに口にするバナナチップの甘さが、

この日はとても美味しく感じられた。

 

 

 

メインは奮発して焼肉だという。

 

この肉のカンジは、すき焼きでは?

 

85歳の母も、

病み上がりの58歳の姉も、

肉をガツガツと食す。

 

美味しく食べられるのは健康の証しか。

 

 

 

姉のリクエストとかで、

母が作った天ぷらも食した。

 

肉に油に、

自分以上に食欲旺盛な二人のようで、

ある意味、安心もした。

 

 

 

その夜はよく眠れた。

 

翌水曜日、4月22日。

 

起床後に身支度を終えれば、朝食の準備が整っていた。

 

9時前だが、ビールで乾杯。

 

手作り水餃子。

 

用意されていた紹興酒をロックで呑む。

 

今回用意されていたのは、

ビール、角ハイボール、赤白ワイン、日本酒、紹興酒。

 

食事が進むたびに、

「何呑む?」

と聞かれる。

 

我が家は、

いまだにそんな居酒屋環境である。

 

 

 

朝呑みの後、

流れから買い物に行かされる。

 

こちらとしても、

酔い覚ましや腹ごなしも兼ねての散策は嬉しい。

 

 

 

湯河原駅近くのスーパーへ。

 

命を受けた品を買う。

 

 

 

帰宅後は、昼食。

 

いや、昼呑み。

 

 

 

長距離国際線の(エコノミークラス)機内食がごとく、

否応なしに出てくる。

 

手作りの玉子サンドや、

既製品にトッピングを加えたピザなど。

 

お腹は相当に充たされた。

 

 

 

ベランダで咲く君子蘭。

 

短大に53歳で社会人入試で入学した母が卒業する際、

母の趣味であるフォークダンスのサークルの盟友が贈ってくれたものである。

 

その友はすでに他界。

 

毎年、この時期に花が咲き、

さまざまな思い出がよみがえるのだという。

 

 

 

今回もまた、

呑んで食べて話を交わしただけの湯河原。

 

そんなありふれた日常が、

今の自分には心地良くもあった。

 

 

 

14時35分発の特急「踊り子6号」で湯河原を発った。

 

 

 

 

 

東京16時03分発の特急「成田エクスプレス39号」に乗車。

 

 

 

東京を離れ、

 

成田へと帰った。

 

 

 

桜の季節ではなかったけれど、

2026年の今年の春も湯河原を訪れ、

母、姉と会食することができた。

 

それだけでも、

自分にとっては貴重な時間に思えた。