フロントのFAXに自分の予約を通知する紙が見えた。
声をかけて現れた女性は女将さんだろうか。
「どちらの会社ですか?」
と訊いてきた。
「それです」
と、FAXを指差す。
「あ、今の予約ですか」
「2時間くらい前ですけど」
「わかりました。部屋を用意しますから奥で待っていてください」
そんなやりとりを交わした。
ここが「奧」。
楽天トラベルでは風呂もトイレも付いていない部屋とのことだったが、洋式トイレと小さな洗面台は付いていた。
独り「笑点」ができるくらいの座布団が積まれていた。
中庭が眺められる。
部屋に入ってまもなく、浴室の場所をおしえると外から声がかかった。
さらに奥に建物があり、そこに浴室があった。
浴槽が2つ並んでいた。
「もう入れるのですか?」
「入れますよ。きょうは混んでるから、早く入れるなら入ったほうがいいですよ」
「混んでいるのですか?」
「何年ぶりかに満室です。どうなっちゃったんですかねー。困っちゃいますねー。困らないけど」
やはり、正直である。
自分で浴槽にお湯はりして入るようだが、シャワーだけ使った。
部屋に戻った後、パソコンをいじりたくなる。
Wi-Fiのパスワードを知りたく、部屋を出る。
厨房にいた女性は調理専門のパートさんなのだろうか、わからないらしく、
「○○さーん、いますかー?」
と、館内を走り回る。
「すみませんねー」
などと言いながら、自分はその後をついていく。
やがて宿の有力な関係者らしい男性が現れ、
「これですね」
と、ラミネート加工されたものを手渡してくれた。
アクセスポイントやパスワードがたくさん記載されている。
しかし、部屋に戻って試みるも、そもそもアクセスポイントがスマホに表示されない。
結局諦めた。
こんな日は、さっさと吞みに出よう。
部屋を出る。
途中で女将さん?とすれ違い、
「夕食に出ます」
と告げる。
「左行って左です。釜屋食堂」
と、呪文がごとく言われた。
ここまでくると、左行って左に行かないと罪のように思われてきた。
言われた通りに「左行って左」で着いた「釜屋支店」。
もつ煮。
地元の多古産だという大和芋。
ビールの後には純米酒に移行し、イカの塩辛。
カンパチのカマ焼き。
どんな焼魚があるか訊いたとき、「サバ、サンマ、時間があればカンパチのカマ」と言われて注文したものだ。
さらに、角ハイボール。
良い気分である。
あらためて、のんびりと外で独り吞みを愉しめることにありがたみを感じる。
店内には数組の客がいるのみだ。
笑顔を絶やさない店の大女将?が「お仕事ですか?」などと話しかけてくれる。
4,550円を支払って店を出る。
大女将が外まで出てきて見送ってくれた。
おつまみメニューも豊富だし、定食やうどん、そばなど、さまざまな物が味わえるのでぜひまた訪れたいものである。
宿に戻ると、ちょうど夕食会場では多くの客がひしめき合って食事をしているところだった。
外に出て正解だったと思った。
翌日は朝早くにシゴトに行かなければならないような要請が来たので、朝食は不要である旨、宿の女将に伝える。
「ああ、そうですか」
と、そっけない返事が来る。
言われる前に、
「お代は結構ですので」
とも付け加えておいた。
翌朝、6時半頃には宿を発った。
厨房では、女将が朝食の準備をしていた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
と声をかけておく。
「お気をつけて―」
という声を背中で聞いた。
外は雨だった。
自宅アパートまでクルマを走らせる。
部屋でとる朝食がとても美味しく感じられた。
今度は「釜屋支店」を目的に多古町を訪れてみようかと思っている。