童話のフォークロア その2「サンドリアン或いは小さな硝子の上靴」 | 空閨残夢録

空閨残夢録

上層より下層へ 
中心より辺境へ 
表面より深淵ヘ 
デカダンよりデラシネの戯言




 1697年初版の、シャルルペローの民話で、『サンドリアン或いは小さな硝子の上靴』は、皆様ご存知の、「シンデレラ姫」のお話であり、民話であり、童話として今に伝わる。シンデレラをフランス語で発音すると、「サンドリアン」となるのだが、グリム童話のシンデレラ物語は、邦訳を「灰かぶり姫」と当初は訳されている。「灰かぶり」とは、英語で「cendre」であり、つまり翻訳すれば“灰”のことで、フランス語では、「cendrillon」となる訳である。



 ディズニーの映画では、シャルル・ペロー版を原作にしており、「シンデレラ姫」のタイトルになって日本では知られている。このディズニー版「シンデレラ姫」は、継母と、その連れ子の姉ふたりに、「灰だらけのお尻さん!」とか、「灰だらけさん!」と呼ばれて、意地悪をされておりました。そんな継母や姉たちに遠慮して、暖炉の隅で灰の上でしか休む場所がなくて、灰にまみれていたからのが理由であった。



 そんなシンデレラをペロー版の物語では、フェアリー、仙女、グリム版では、魔女が、魔法で、舞踏会に行くために、かぼちゃを馬車に、鼠を馬に、太った鼠を御者に、6匹の蜥蜴を従者にして、金銀ピカピカの宝石が鏤められたドレスを、灰だらけの洋服から変える。そして、ガラスの靴は妖精の懐からプレゼントされるのでした。ですから、午前零時を過ぎて魔法が解けて、馬車はかぼちゃに、宝石のドレスは灰だらけの服に変わったのだけれども、魔女のプレゼントの「ガラスの靴」だけは、そのまま変わることがなかった。



 つまり、それは、靴だけは魔法の力ではなくて、魔女の懐から出された真心のプレゼントであったからなんですネ。シンデレラ説話において、「靴」は重要な部分であるのだが、この靴という要素が物語の大きなポイントでもある。シンデレラの靴は、シャルル・ペローの作品だけが、素材がガラスなんですネ。ディズニー映画ではペロー版を原作にしているようなので、こちらもガラスの靴であります。


 グリム版では「金の靴」でありまして、もう少し正確にいうならば、「金の刺繍」の入った靴だったと思われる。それは中国にもシンデレラ説話が昔からありまして、中国版のシンデレラ(葉限)も「金の靴」であり、それは髪の毛一本ほどの軽やかな金の靴でしたから、金の羽毛のような感じかなぁ~と、想像される靴である。



 文豪バルザックやあらゆる学者が、「シンデレラの靴は硝子か、それとも毛皮か」などと、200年くらいにわたって論争を繰り返してもいて、古代の王侯貴族や高貴な身分の者は、「毛皮の靴」を履いていて、それは「栗鼠の毛皮」らしいという説が有力であり、硝子や宝石の素材説は学者さんたちはメルヘンであり合理主義者や科学者はお嫌いのようです。


 それはさておき、シンデレラの靴はガラスでなきゃ物語としては面白くないよねぇ~。「シンデレラの靴はガラスではない!」と否定する学者や、石頭のバルザックおじさんは、ペローが字を書き間違えたと主張してもおります。ガラスの靴を「Panntoufeles de Verre」とペローは表現しているんですが、靴は「Panntoufeles 」、ガラスは「Verre 」なんですね。英訳すれば「Glass slipper 」となる。



 この「Verre 」が、「Vair 」の表記違いだと学者さん達はイチャモンをつけている訳なんですが、「Vair 」とは、栗鼠の毛皮で、銀リスとかシベリア栗鼠の毛皮らしいのですネ。ボクはたまたま先日、あるドイツ文学者の評論を読んでいると、シンデレラの靴は緑色だと書かれており、それで、あれこれアレコレと想像をめぐらせました。



 ガラスの靴はなんとなく透明であるという先入観が壊れて、緑色のガラスとか・・・緑色の宝石などをイメージして、とりあえず酒を飲んで考えるともなしに考えあぐねて、或るリキュールを思い浮かべたんですネ。それはフランスの薬草酒で、「シャルトリューズ」のことで、この酒は黄色のジョーヌと、緑色のベールがございますが、緑のベールをフランス語で表すと、「Vert 」なんですネ・・・・・・



 つまり、「Vert 」=(緑)、「Vair 」=(銀栗鼠)、「Verre 」=(ガラス⇒グラス⇒コップ)のいずれも同音異義語で、これをベールと発音するのであります。ついでに辞書をひきますと、「Vers 」=(詩句)も同様の発音です。



 然るに、シンデレラ説話では高貴なる印としての(銀栗鼠の毛皮)が、リアリティとしての靴であり、これを吟遊詩人のシャルル・ペローは(ガラス)の象徴としての靴に変えて、更なる深い神話的または心理学的なレベルで、灰にまみれ、埋もれた存在が、緑の輝きで蘇る隠喩を物語に秘めていると推測されるのであります。



 灰色は、死と眠りの象徴であり、緑色は、再生と生命の躍動のシンボルとすれば、シンデレラ姫の靴はポエジー(靴=詩)であり、フェティシズムの神話が秘められた魔法の靴なのである。(了)