グリム童話に『六羽の白鳥』と『七羽のからす』という民話を編纂した物語がある。『六羽の白鳥』は、継母の魔女により白鳥に姿を変えられた兄たちを、末娘の妹アンナが、自分を犠牲にしてまでも取り戻そうとするお話。
『七羽のからす』は小さな女の子が、七人の兄たちが、魔女の呪文で烏に変身されて、姿を消した兄を探す旅に出ることで、多くの試練うけるお話である。
白鳥や烏にされた兄たちの呪いを解くためには、妹の王女は「シュテルン・ブルーメ(星の花)」という花でシャツを編んで、これを着せてあげることにより、呪いを解く筋書きが物語に共通している。
この「シュテルン・ブルーメ」とは、水仙(スイセン)の別名だったり、キク科の友禅菊(ユウゼンギク)だったりするのだが、アンデルセンはこの童話に出てくる、「シュテルン・ブルーメ」をイラクサ科の植物にしている。それはつまりセイヨウイラクサなのである。
アンデルセンの童話で、『野の白鳥(De vilde Svaner)』に出てくる11人の兄たちが、継母の魔女に魔法で白鳥にされ、末娘のエリサが兄たちを助ける旅に出る物語があるが、これはグリム兄弟のお話と同じ“下敷き”の伝承民話でありまして、グリム兄弟は民話や伝承を、口承の語りべのお話を忠実に編纂をしたのに対して、アンデルセンの童話集は原話を元に、アンデルセン流に創作し編集されているのでした。
蝦夷地には「エゾイラクサ」がございまして、アイヌはこの繊維を生活に用いていた。東北では「アイコ」といって、「ミヤマイラクサ」があるが、春は山菜として食べ、この繊維で「からむし織り」という布を作っていたことでも知られている。
イラクサは、「苛草」とか、「刺草」、「棘草」と漢字で表記するが、漢名は「蕁麻」である。ですが、「蕁麻」は中国ではイラクサではなくて、他の植物のようであるが、エリサちゃんが布にしたイラクサには、眼で見えないほどの棘が無数にあり、これに触れると痒くて微妙な痛みさえ感じるのであった。
この触れると蕁麻疹がでるようなイラクサをもって、『野の白鳥』の王女エリサは、白鳥にされた兄たちの為に魔法を解くシャツを編むのでございました。昔の日本でも「からむし」というイラクサ科の植物を栽培して、これを苧麻(ちょま)とか青苧(あおそ)とよんで繊維にして着物としていた歴史がある。
アンデルセンは民話として伝わる「シュテルン・ブルーメ(星の花)」を、セイヨウイラクサとして現実的な植物を物語りに登場させている。それはメルヘンの編纂者の感覚よりはファンタージーの作家のようだし、民俗学的にも正しい知識である。
イラクサの小さな棘に秘められた成分は、これに触れるとチリチリと執拗な痛みが、緩慢に長くヒリヒリ絶えずつづく、これは蟻酸とか、ヒスタミンの一種だとか、酸性毒とも言われるが、非常に辛い思いをいたします。
なんと、『野の白鳥』の悲劇のヒロインであるエリサちゃんは、このイラクサの毒に6年間も耐えながら、声も出さずに穴倉でモクモクと、兄たちの為に肌着を編み続けるのでした。・・・・・・あぁ~可哀想なエリサちゃん!
そんな悲劇的なエリサちゃんなのに、物語の最後には、なんと無実の罪をきせられて魔女裁判の判決で、火あぶりの刑にされるんですよネ。このラストシーンの結末はアンデルセン童話集の『野の白鳥』とか『白鳥の王子』を読んで下さいネ!
さて、このエリサちゃんに辛い思いをさせたイラクサは、西欧ではハーブとしても有効に有用に利用もされているのでした。セイヨウイラクサは英名を「ネトル」といってお茶のように飲んだり、コーディアルとして飲料水にして用いられてもおりまする。鉄分が豊富で安眠効果やアレルギー改善に役立ちます。花粉症にも有効かと思わしいのであります。
イラクサの棘は熱を加えたり乾燥させることで、イライラしつこい毒成分を消せるのでありまして、可哀想なエリサちゃんはコノ方法を知らずに、素足で生のイラクサをシゴキ、手で揉んで糸にして、これをシャツにして編んだのでありますヨ。さぞや辛かったろうにネ、このセイヨウイラクサは学名が「ウルチカ」、花言葉が「意地悪な君」でありまして、ボクはアンデルセンが一番の意地悪だと思んだよネ。
ですから、グリム童話は美しくも残酷なメルヘンですが、アンデルセン童話は被虐的メルヘンであります。童話には残酷な面が案外、目にしますけれども、アンデルセンは少女エリサに対して、執拗に苦難と試練を物語りの中で与えつづける。その極地はコノ呪いを解く為のシャツを織るイラクサの試練である。
一度だけ誤ってイラクサの棘に触れたことがあるボクだが、譬えるとすれば、微細な硝子の破片を微温湯に片栗粉と解いて、そのトロっとした粘液を肌へ擦り込む感じでしょうかネ。それを毎日、それも6年間も、麗しい少女の肌へ擦り付ける陰湿なサディズムをアンデルセンにボクは感じるのである。
さて、皆さんはメルヘン的な「シュテルン・ブルーメ(星の花)」の肌着を選ぶか、エリサちゃんの苦悩と被虐性で編まれたイラクサの肌着を求めるか、さてさてどちらでしょうか・・・・・・。