童話のフォークロア その3「ルンペンシュティルツヒェンの魔法」 | 空閨残夢録

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 昭和初期の世相は、不景気にともない失業者や浮浪者に対して、当時の日本では「ルンペン」と呼んでいた。ルンペンの語源は、カール・マルクスが労働者階級から脱落した極貧層や、労働意欲を失った浮浪的無産者を、「Lumpen proletriat (ルンペン・プロレタリアート)」と称して、反革命の温床と既定した言葉なのである。



 ドイツ語で浮浪者を“ Penner” 若しくは “Pennbrunder” と表すが、マルクスは「ごろつき」を意味する “Lumpenhund ”から、このルンペン・プロレタリアートなる言葉を発案したのである。



 ルンペンの本来の意味には、「布切れ」、「ぼろ服」の意味がある。北海道にはボクが幼い頃に、ルンペン・ストーブという安価なストーブがあって、これは二台一組で使用する薪や石炭の固形燃料用のストーブである。



 ルンペン・ストーブの燃料が燃え尽きると、ストーブ内部には燃え滓の灰が残る。おまけにストーブは余熱で熱いから、次の燃料を補給するのに手間取り、この間にロスタイムとなり折角に温まった部屋は寒くなってしまい、次のストーブが温度を上げるのに無駄な時間を要するから、二台一組にすると暖かさは連続されて効率が良くなる仕組みとして利用されていた。



 しかし、この二台一組式ルンペン・ストーブには煙突が二本必要となり、後に煙突共用式一体型燃焼部二層構造のルンペン・ストーブが普及することになる。更に板金から鋳鉄製のダルマ・ストーブに発展して耐久性がよくなる。



 ルンペン・ストーブは安価な板金の暖房機材だから、耐熱性が脆弱にして、錆びつきやすく、耐久力が弱いから、使い捨てに近い暖房機材なのである。そこがルンペンと呼ばれる由来になった。マルクスに言わせれば、反革命的ストーブといえる今では懐かしいレトロなストーブなのである。






 




 さて、話は変わるが、グリム童話のお話である。・・・・・・マルクスにより貶められた名前を持つルンペンを冠する小人の話なのだが、「ルンペンシュティルツヒェン」の民話を紹介させていただく。この小人は反革命分子なんかではなくて、小人の魔法使いである。




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 昔々、ある処に、一人の粉ひき屋さんがおりまして、粉ひき屋さんは貧乏でしたが、とても美しい娘が一人おりました。或る日、粉ひき屋さんは王様に謁見する機会が訪れて、何故か訳の判らない法螺のような大見栄をはってしまいました。

 「私には世にも麗しゅう娘がおりますが、この世にも美しい娘が藁を紡ぎますと、藁が黄金になるのでございます」

 粉ひき屋は王様と逢えた機会を利用して、貧乏で惨めな娘を、王様の気を惹かせるために、とんでもない法螺話をしてしまい、王様も粉ひき屋の話にのって娘を城へ連れてくるように命じました。

 そこで娘は、お城に行くこととなり、藁の積まれた部屋へ閉じ込められて、糸車と糸巻きを渡されて、王様に言われました。

 「明日の朝までに、この藁を紡いで金にするのだ。さもなくば、お前に死を命じる」

 娘は悲嘆のあまり途方に暮れて座り込み、やがて泣き出してしまいました。すると何処からともなく小人が現れて声をかけてきたのです。

 「粉ひき屋のお嬢さん!・・・何で泣いてるの?」

 娘は答えて事のあらましを小人に聞かせました。すると小人が言うことに・・・

 「もしもボクが藁で金を紡いだら、このボクに何をくれる?」

 娘は首飾りをあげる約束をすると、小人はコトコトコトコトと糸車を手繰りはじめて、朝までに糸巻きは黄金の糸であふれたのです。

 朝に王様がやって来ると、はじめは驚愕し、やがて狂喜に変わり、欲ばりな心で満ち溢れた王様は、娘に再度命じて言いました。

 「娘よ・・・今宵までにこの倍の金を藁から紡ぐのだ!」

 娘は再び途方に暮れて、泣きじゃくるしか術が無く床へ伏せてしまいました。そこへ小人が再び登場して言うには・・・・・・

 「もしもこの藁から金を紡いだら、今度は何をくれる?」

 娘は指輪をあげる約束をすると、小人は藁を紡いで金にしてくれました。

 やがて王様は現れて大喜びして娘に言いました。

 「夜更けまでにこの倍の藁を黄金に紡いだら、私の花嫁にむかえようぞ!」

 娘がひとりになると小人はすぐに現れて言いました。

 「今度も藁を紡いであげたなら、次はボクに何をくれるかネ?」

 娘は小人にあげる物はもうありませんでした。すると小人は、もしも王妃となったなら、生まれた王子をさしだして欲しいと望むのでした。

 娘は小人と約束をして、やがて目出度く婚儀をあげて、世にも麗しゅう王妃さまとなりました。・・・・・・そして、やがて王子を出産した娘は、小人との約束など忘れておりました。

 そんな幸せな日々に或る日突然に小人が現れて王妃に言いました。

 「約束通り、王子をいただきに来たヨ!」

 王妃は慌てふためき、国じゅうの金銀宝石を全て与えるから、王子だけは連れていかないでと懇願しました。

 小人は王妃を不憫に思って言いました。

 「それでは三日だけ猶予を与えるから、ボクの名前を当ててごらん!」

 王妃は使者を遣わして、小人の素性を探し調べましたが、次の日に小人が王妃の前に現れたのです。そこで王妃はある手がかりから名前を三つあげました。

 「あなたの名前はカスパールでしょう?」

 「ビー!・・・ハズレ!」

 「では、メルキオールね!」

 「ビー!・・・ハズレ!」

 「それでは・・・バルタザールよ!?」

 「・・・残念無念・・・ハズレだよ!」

 二日目にも小人は王妃の前に現れたが、王妃は小人の名前を当てることが出来ずに、やがて約束の三日目を迎えました。

 しかし、王妃の使者のうちに有能な魔法使いがいて、小人の隠れ家を見つけたのです。この使者は小人が酒を飲んで踊り歌う姿を目撃して聞いたことによると・・・・・・。

 「パンを焼き 明日は酒を造る♪・・・あさっては王妃から珠のような王子をいただく♪・・・ボクの名前がルンペンシュティルツヒェンってことは誰も知らない♪・・・誰も知らない・・・あぁ~嬉しや嬉しや♪」

 使者の報告を聞いた王妃は三日目に小人の名前を言い当てて、小人は床を踏みつけて地団駄を踏み続けて、斯く語りき・・・・・・

 「悪魔と通じたな王妃よ!・・・悪魔の声を聞いたのだな!・・・おのれ!」

 小人はくやしがって右足を地面に踏みつけると地に埋まり、残った左足を両手でつかむと、自分自身の体を真っ二つに裂いてしまいました。




 この物語は伝説的な説話のなかでも、「悪魔(鬼)の名前当て」というモチーフの範疇に属する民話であり、日本の『大工と鬼六』、英国の『トム・ティット・トット』等にも見られる昔話に通じたカテゴリーの説話である。