英国映画の『さらば青春の光』は、如何にも間の抜けたセンスのないタイトルの邦題になっているが、これは1979年に公開されたフランク・ロダム監督の映画で、ロジャー・ダルトリー、ピート・タウンゼントらによるザ・フーのメンバーがプロデュサーとして参加している作品。原題が『Quadrophenia』で、ザ・フーの1973年のアルバム「四重人格」のタイトルと同じなのである。
邦題が悪いので、公開当時は見る気力が沸かなかくて、《青春》、《光》、のタイトルの言葉で躓き長くこの映画は観ていなかった。映画の内容は、そんな言葉の輝くような概念などとは無縁で、ロック、ドラック、セックス、ファッション、行き場のない怒り、暴力、孤独、絶望感、スピードと疾走・・・・・・・が映像の前面にあり、青春や光の陰影である鬱屈した魂が主題なのである。
映画では、皮ジャンに上下のパンツ・スタイルで、オートバイを乗り回すロッカーたち暴走族が出てくる。時代は1965年であり、登場人物の中心は、ロンドン近郊の労働者階級の青年たち。そして、若者のファッションである新興勢力として、モッズ・スタイルが登場してくる。このモッズ・ムーブメントの若者たちが主役の面々である。
ザ・ ビートルズは、プロとして1962年にデビューするが、その前は、リヴァープルでロッカーだったし、皮ジャン・スタイルのロックンロール・バンドをやっていたが、デビューのファッションはモッズのイメージで登場する。三つ釦のピチピチ細身のスーツ、リーゼントから髪は下ろしたヘアー・スタイルが、所謂モッズのスタイルの典型。
さらに、M - 51というミリタリー・パーカーに、ランブレッタやベスパのカスタム・スクーターを乗り回すのがモッズ・スタイルである。ロッカーたちの乗るオートバイでは、スーツが汚れるので、モッズの若者はスクーターで街を乗り回すスタイルが主流である。
さて、このモッズ青年の品行不良であるジミーが主役で物語りはすすむ。モッズのカリスマ的なグループ・リーダーには、あのザ・ポリスのスティングがあたっている。さすがスティングは図抜けてカッコイイよくて、これだけで見応えはある。
映画の終盤に、ジミーたちは週末にドラックを盗み出し、ランブレッタやベスパを飛ばして、ロンドンから西端のブライトンの港街に走る。ブライトンの近郊からは週末にロッカーもモッズもダンスと音楽の享楽を求めて集結してくる。そこでロッカーとモッズの大喧嘩が、やがて街中を騒がす大暴動となってしまう大事件に展開する。
この暴動事件が、後に、スタンリー・キューブリックが映画にする。それが、つまり『時計仕掛けのオレンジ』というSF映画の構想にもなった訳であるが、大暴動の最中にジミーは意中の彼女と性的に結ばれる。しかし、その後に警察に連行されてしまう。勤めていた会社もクビになり、仲間ともケンカして仲間割れして、彼女は他の男とネンゴロになり、家ではママもパパもカンカンで実家を追い出されてしまい、スクータも消防車と激突して破損してあしまう。どん底のジミーはブライトンへ汽車に乗って、あてのない旅に出る。そして、そこで、出逢ったのは?・・・・・・意外な人物であった。(了)