リキュール四方山話 その3『ベネディクティンとシャルトリューズ』 | 空閨残夢録

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 酒というものを大別すると二つに分けることができるが、一つは「醸造酒」、二つ目は「蒸留酒」である。
醸造酒は日本の米による清酒や、西欧の葡萄からのワインが代表的な酒である。これらを蒸留器でアルコール濃度を高めた酒が蒸留酒である。


 蒸留の理論は紀元前にアリストテレスが著していて、その後に大都市アレキサンドリアを中心に、理論と技術が錬金術師に託されて、イスラム教とキリスト教の融合の歴史のなかで、蒸留器のアイテムと技術が生み出された。



 アリストテレスが蒸留理論を著述する以前に、紀元前三千五百年頃に、メソポタミアのテペ・ガウラで蒸留器が発掘されている。



 それはアル・アンビックと呼ばれる蒸留器で、発明されたエジプトやアラビヤ文明の遥か以前に蒸留技術は存在していたと思わしい歴史的な発掘なのである。



 蒸留した酒が造られる以前に、蒸留の技術をもって香水が造られるていた記録文献がたくさん存在しているが、香水(Parfum)の原語は、ラテン語の「薫する=焚きつける」からきていて、最初は香炉のようなもので焚かれていた香りが、古代ギリシャの文明がローマの時代へ移る頃に、製油成分を薔薇水や薔薇オイルなどに加工していたようだ。



 やがてアルコールの蒸留技術と、現在つかわれている香水を製造する技術が、9世紀頃には確立されていたであろうと推測される。その頃にリキュールの産声が聞こえてくる。


 北海道は富良野にラベンダーが咲き誇る富田ファームで、欧州の香水蒸留器の釜の写真をかつて見たことがあるが、この蒸留器はなんと英国のウィスキーの単式蒸留器と同じ形をしているので驚いた次第である。



 用途(目的)が別でも、リキュールと香水は母体は同じで、パーフュム(香水)とスピリッツ(蒸留酒)は製造工程は全く同じなのである。



 スピリッツとは本来は「精神」のことだが、酒に関して使われる場合は、蒸留酒の意味になる。蒸留酒が造られる前提には醸造酒が存在しなければならない。



 醸造酒とは、日本の酒(米が原料)、ワイン(葡萄の酒)、ミード(蜂蜜の酒)、りんごのシードル、ビール(麦芽)等がある。これを簡略に説明すれば、醸造酒の原料を蒸留すると以下となる。





 ●日本の酒→球磨焼酎や泡盛
 ●ワイン→ブランデー
 ●シードル→カルバドス
 ●ビール→ウィスキー
 ●紹興酒→白酒(パイチュウ)





 原料(醸造酒)を蒸留して純度の高いアルコールにしたものがスピリッツなのであるが、蒸留酒はラテン語でアクア・ヴィテ(生命の水)と名付けられた。この生命の水に各種の薬草を溶かしこんでリキュールが誕生する。



 リキュールはラテン語のリケファケレ(Liquefacere=溶解する、溶かし込む)が語源とする説が有力である。



 こうしたリキュール製法は錬金術師たちから、やがて修道院の僧侶たちに伝えられて、中世の修道院はそれぞれ独特のリキュールをを創りあげることになる。



 リキュールの創案者とされるブランデーの生みの親アーノル・ド・ヴィルヌーブは医者であり錬金術師であった。



 1300年頃に「ロー・クレレット」という薬酒を作り、病人に与えたのもヴィルヌーブである。蒸留したワインに薔薇、檸檬、オレンジの花、各種スパイスの成分を溶かし込んだと伝わる。



 現存する最古のリキュールは、原形が1510年にできた「ベネディクティン」であり、これはフランスのベネディクト会の修道院で生まれた薬草酒。このような薬草系リキュールは錬金術師から修道士たちに技法は手渡され、ヨーロッパ各地で発展されていく。



 14世紀のペストの流行で欧州においては、薬草のリキュールが薬として重宝され、これにより開発の広がりを持たせた理由の一つでもあろう。



 1791年にフランス革命でベネディクト修道会は閉鎖される。300年続いた薬酒は製造を中断することを余儀なくされたが、幸いに1863年に復元される。



 ワイン商アレクサンドル・ル・グランが古文書からベネディクティンの製法記録を見つけ出して復活させ、今ではこのリキュールは世界各国のバーの棚に必ず置いてある。またお菓子工房にも見かけるであろう。








 ベネディクト会の修道院で生まれたリキュールとともに、フランスを代表する薬草系のリキュールとしてその名を二分する、カルトジオ会修道院で生まれた「シャルトリューズ」も古くから伝わる薬草酒である。



 これはフランスのグルノーブル山中にカルトジオ会が11世紀に誕生して、後のシャルトリューズ大修道院に秘伝のリキュールは伝えられた。この薬草酒は約130種類のハーブを配合した門外不出の秘伝のレシピが秘匿された酒で、今でも3人の修道士にしか伝えられていない製法のシャルトリューズは、ヴェール(緑色のリキュール)とジョーヌ(黄色のリキュール)の二つが存在する。



 ヴェールはアルコール度数55%、ジョーヌは40%でありまして、有名なカクテルでドライジンをベースにジョーヌとシェイクする「アラスカ」があり、ジンはアルコール40%もあるから、かなり強烈なカクテルである。柔らかくシャルトリューズ・ヴェールを飲むには、これを「フラッペ」で、もしくわ、「ミスト」や「オン・ザ・ロック」で飲むほうが飲みやすくお薦めでしょう。



 またシャルトリューズの緑色のヴェールを「アラスカ」風に仕立てたカクテルを“グリーン・アイズ”と呼ぶ。つまり、ドライ・ジンをベースに黄色いジョーヌを添加したカクテルが「アラスカ」なのだが、ジョーヌの代わりにヴェールにしたカクテルが「グリーン・アイズ」で、「グリーン・アラスカ」とも通称呼ばれる食後のカクテル。これは「アラスカ」よりもアルコール度数が強烈なので、柔らかく飲むにはオン・ザ・ロックやフラッペのスタイルで楽しむと親しみやすいだろう。


 ベネディクティンを用いたカクテルで有名なのは“B&B”である。これはリキュールグラスにまずベネディクティンを半分注ぎ、その上にフロートするようにブンランデーを半分注ぎ供するスタイル。このカクテルはアルコール度数が日本人には強すぎるから、氷を入れてオンザロックで、さらに穏やかに飲むにはジンジャーエールを加えてロングドリンクにするといいだろう。


 ジンジャーエールはブランデーと相性がよく、ウィスキーはソーダやセブンアップ、ドライジンはトニックウォーターで割る組み合わせが間違いない味わいだが、バーボンをトニックで割っても、ジンジャーエールで割っても個人の嗜好でお好みで割って楽しめるのがカクテルの魅力であろう。



 つまり、カクテルとは決まったルールのない自由で気ままな思想性を抱えていて、誰もがお好みで楽しめるリベルタンな感性の飲料である。歴史的にブランド化されているシャルトリューズやベネディクンなどもカクテルの材料として、お気軽なソフト・ドリンクなどでカジュアルに割って飲むスタイルを楽しめる魅力がカクテルの本領である。