銀座で働いていた頃、最初に勤めたバーは銀座八丁目の外堀通りで、向かいにはリクルートのビルがあり、土橋の近くで新橋駅に近い場所だった。次に務めた店が六丁目で、やはり外堀通りに面したビルの2階だった。
自宅は阿佐ヶ谷方面だったので、地下鉄丸の内線の南阿佐ヶ谷駅から30分乗車して銀座で降りて職場に通っていた。雨の日は銀座から新橋まで地下駐車場が延々とあるので、地下を利用したり、或いは旧国鉄有楽町駅から新橋駅へつづく高架下、つまりガード下を利用すれば夕立にみまわれることもなく、雨を避けるのには便利であった。
地下駐車場は殺風景で陰気であったが、鉄道ガード下は大衆酒場や飲食店が軒を並べて風情があった。その頃は都庁が新宿に移る前だったし、なんとなく高架下飲食店には活気があった時代でもあったのである。銀座界隈には鉄道だけでなく、首都高速も交差しているので、銀座コリドー街とか、新橋(銀座ナイン)にも首都高のガード下飲食店がひしめいていた。
新橋駅前には夕暮れになると、おでんの屋台がいくつも出てきて、ニュー新橋ビル内では朝から飲める立飲み屋さんもたくさんあり、高級飲食店の多い銀座エリアも、鉄道や首都高のガード下へ行けば、なんとも庶民的なお店が軒をたくさん並べていて安心できる界隈である。
多分、今も変わらないだろうと思うがユートピアとはボクには有楽町から新橋の鉄道高架下や、高速道路の下にある商店街なのである。通りに面した古い商店街やビル街は、或る日、突然と建てかえられてしまうのが都会の因果ならば、都会の鉄道や高速道路はそう簡単に消えたりしないものである。そんな大樹により守られてレトロで庶民的な小さなお店は必然的に細々とながらも営業を継続できよう。
斯様な場所で、レバ刺しやセンマイ刺し、豚耳や豚足、子袋やシロのもつ焼きや、もつ煮込みで、ホッピーやチューハイで一杯やるのが、ボクには如何なる高級店で贅沢な食事をするよりも心から落ち着ける場所なのである。