映画のキャストは、主人公の少女・加納まい役に高橋真悠、まいのおばあちゃん役にサチ・パーカー、まいのママ役にりょう、パパは大森南朋、ゲンジさんに木村祐一、原作には登場しない郵便配達のおじさん役は高橋克実、女優のサチ・パーカーはシャーリー・マクレーンの娘で、6歳から12歳まで在日の経験があり日本語が話せて適役。
この“西の魔女”とは『オズの魔法使い』と何か因果があるような気がするが、しかし、『オズの魔法使い』のようなファンタージーとは無縁の物語であり、小説は優しく柔らかい女性ならではの文体で、博物学的な好奇心を強く沸かせる描写、シンプルな修辞法、明快な語彙、感じやすい年頃である少女のビルドゥングスロマンでもあり、少女と祖母による心温まる交流を描いた中編小説。
世間ではこの作家を児童文学の作家として、また、この小説を児童文学の範疇に収めているが、そんなカテゴリーを超えた文学的な作風としても大きく評価できる物語であり、大人も充分に小説として楽しめることができる。
この物語の主人公は、13歳の少女でスクレロフォビーであるのだが、つまり登校拒否になった少女まいが、英国出身のお祖母ちゃんが暮らす西の或る田舎町で、都会から疎開して体験する日々の日常を描いたものである。
嫌悪し忌避すべき学級生活から逃れたまいは、祖母の田舎で心洗われる生活をしていくのだが、向かいに住み暮らすゲンジさんという小父さんの下品で、粗野で、卑しい男の品性により心乱され混濁し、楽園の災いと感じる。
英国の祖母の家系は巫女的なオカルティックな家系で、まいの祖母もそんな血を継いでいるが、まいの祖母は、魔女修行という精神修養を孫に与えるお話が、この物語の中心的なテーマ。
その魔女修行もゲンジさんによる存在が、心の動揺となり、まいのパパによる過去の言葉が心の凝りとなって、この少女は存在の不安や世界への嫌悪感で葛藤するが、やがて、祖母の愛情と導きがまいの魂に響いていく事になる。
『西の魔女が死んだ』は、新潮文庫で今は読めるけれども、この物語の続編である「渡りの一日」も所収されていて、この短編もかなり技法的に面白い16歳になった少女まいの物語である。この作品の舞台は小説では“T"市となってるが、映画では“喜田"市とされている。
つまりタイトルの“西の魔女"とは、まいがパパとママと暮らしていた場所が東京だと仮定すれば、おばあちゃんが暮らす場所は東京から西の山梨県と推察できる。それでママはおばあちゃんを西の“魔女"と呼ぶ。
物語は最後にゲンジさんの事で、まいはおばあちゃんと凝りを残して、パパの転勤先である“喜田"市へまいの家族が行って終わるのだが、喜田市は多分富山市で、富山は山梨の北に位置する県だ。
喜田市に引っ越してから二年後、西の“魔女"が倒れたという知らせで、二年ぶりにまいはママの運転する車に乗っておばあちゃんの家に向かうが、この時、まいとママは南に向けておばあちゃんの家を目指すから、死んだおばあちゃんは“南の魔女"になっているのがタイトルの暗示とされている由縁。
つまり、『オズの魔法使い』では、西と東の魔女は悪い魔女だが、北の魔女と南の魔女グリンダは良い魔女で、ドロシーをお家に帰してくれた。
そして、まいは東の悪い魔女には成らずに、喜田(北)の良い魔女に成長したのだと映画を見て悟った次第。
東京で登校拒否になったまいは、北の地方都市では学校で友達も出来て幸せに暮らすが、それは、おばあちゃんの魔女修業の成果でもあった。
さて、南に向かっておばあちゃんの家に向かう喜田の魔女は、二年前の一月ほどのおばあちゃんとの暮らしを回想する。おばあちゃんの家に着いてサンドイッチをおばあちゃんとママは作るが、まいは材料のレタスとキンレンカ(金蓮花)を畑に採りに行く。キンレンカは南米原産のナスタチウムと呼ばれる一年草で、別名をノウゼンハレン(凌霄葉蓮)ともいうが、まいはこれが嫌いみたいでサンドイッチから外して食べた。
翌日、まいは裏山でおばあちゃんと野苺を摘んでジャムを作る。死んだおじいちゃんは中学校の理科の教師だったが、それまで野苺があまり実らなかった裏山は、おじいちゃんが亡くなった年の、おばあちゃんの誕生日に野苺はたわわに実った。おばあちゃんはそれをおじいちゃんのプレゼントだとまいに語る。また、おじいちゃんはこの野苺のジャムを胡瓜にのせて食べたが、いただけない味だったともエピソードとして述べる。
このワイルド・ストロベリーのジャムは、喜田市に行くまいとのお別れになる、おばあちゃんからのプレゼントにもなる。
映画の最終章は、おばあちゃんは既に亡くなっていた。まいはママとおばあちゃんを二人きりにして、魔女修業をした思い出のキッチンに行く。そこには、まいが二年前に忘れて置いてきた黄色い四つ葉のクローバーのマグカップに、一輪の花が活けてあり、勝手口に繋がるテラスには、まいが、名付けた“ヒメワスレナグサ"が生き生きと繁茂している。
この野草の本当の名前を勝手口から現れたゲンジさんが教えてくれた。それは胡瓜草という名前だった。テラスにはおじいちゃんの石と写真があり、その横におばあちゃんから北の魔女へのメッセージがあった。(了)