アリスとヘンテコな住人たち (その2/ マッド・ハッター) | 空閨残夢録

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デカダンよりデラシネの戯言



 ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』に登上するマッド・ハッターのモデルが実在していたようだ。実際にはオックスフォード近郊の家具屋のカーターが “The Mad Hatter” のモデルだとも伝わる 。

 カーターは帽子屋ではないのだが、いつもシルクハットをかぶっていて、奇抜な発明家でもあったようである。たとへば「目覚ましベット」を考案し発明するが、それは目覚める時間にあわせて床の上に寝ている人を放り出すようなシロモノで、なんとこれは1851年のロンドン万国博に陳列されたとも伝わる。

 おかしなティーパーティーでは時間を擬人化したアリスとの論争や、眠るヤマネを起こそうとしたり、肘掛け椅子や文机の詳細な拘りには、マッド・ハッターこと家具屋のカーターである楽屋オチともいえるエピソードのようである。

 いずれにしてもヘンテコなキャラクターが登場しては、イカレタ問答をアリスはオカシナ連中と繰り返すのだが、ボクがお気に入りのミョウチクリン な 会話は『鏡の国』でのトゥイードルダムとトゥイードルディーの夢問答と、ハンプティー・ダンプティーとの存在論的な哲学問答のヒトモンチャクである。

 チェスの4目でダムとディーに出逢ったアリスは、眠るキングの夢に存在するのが、今ここにある現実のアリスで、それは幻にすぎないアリスと断定される。斬って返す刀でアリスはダムとディーに向って同じ土俵の二人とて夢と幻の存在ではないかと応戦する。

 しかしダムとディー自体が鏡像関係なので、アリスの質問には二人とも全く動じない。鏡の国では夢すら鏡像のパラレルワールドなので、アリスの夢のなかのアリスは夢像アリスであり、キングの夢のなかのアリスは夢像アリスの夢像という2重構造となっているのだ。
 
 夢の 中の夢についての問答でアリスは思わず不安になり泣いてしまったが、6目では更に押しの強いハンプティー・ダンプティーの登場である。それに、この、H・Dは、今まで、かつて登場したイカレポンチよりも、誰よりも哲学的に道理のあるペダントリーを満載した饒舌家だった。



 H・Dはアリスにこんな意地悪な質問をする場面もあったネ・・・・・・



H・D:「お前は、何歳だといったかネ?(How old did you say you were?)」

アリス:「7歳と6ヶ月よ」

H・D:「はずれ! お前は、そんなこと、一言だって言ってなかったさ!」

アリス:「『何歳だ?』と聞かれたと思ったのよ」

H・D:「そういうつもりなら、そう言ったさ」



 強気のアリスもこのハンプティー・ダンプティーにかかっては敵わないのだが、高慢ちきの卵野郎ではあるが、あの難解な「ジャバウォッキー」の詩を解読してくれた恩人でもある。

 意地悪といえば、さらに白の女王と赤の女王が、8目で戴冠したクィーンのアリスに資格テストを行うのだが、先ずはじめの、その足し算の問題はタチが悪かったネ。

 「What's 1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=?」と、立て続けざまにあびせる問題の詰問にアリスは、「I lost count (数え切れないは)」と正直に答えるも、赤の女王は即座に、この子は足し算もできない子だと決めつけられる。

 おまけに割り算の問題では「Divide a loaf by a knife (パンの塊をナイフで割ると?)」ときたもんで、計算が言葉あそびにすりかえられる始末だ。アリス苛めは『鏡の国』では、かなりイカレタ論理学で徹底的であるのだが、ボクはそんなアリスに思わず同情してしまう。





 さて、アリスとヘンテコな住人たちでも、このマッド・ハッターが、2010年に公開されたティム・バートン監督による『アリス・イン・ワンダーランド』(Alice in Wonderland)の米国映画では、この帽子屋をジョニー・ディップが演じていたが、この物語の主要人物として描かれている。

 ジョン・テニエルによる挿絵では、小柄な体に水玉模様の蝶ネクタイをつけ、頭に異様に大きなシルクハットをつけた姿で描かれている。シルクハットには「この型10シリング 6ペンス 」(In this Style 10/6) と書かれた札がついているから、これは売り物なのであろう。

 余談だが、アメリカのヒーローコミックシリーズ『バットマン』では、主人公バットマンに敵対する人物として「マッドハッター」が登場する。彼は『不思議の国のアリス』にのめりこみ帽子屋の扮装をするようになった怪人で、大きなシルクハットを被り、背が低く歯の突き出た姿で描かれるが、それはテニエルの描いた姿にそっくりである。

 『不思議の国のアリス』の第7章の「おかしなティーパーティー」は、マッド・ハッターに3月ウサギと眠りヤマネが6時で時間が止まったままのお茶会を過ごしているが、それはハートの女王の前で以下の歌を調子はずれで唄ったための刑罰だった。


 

Twinkle, Twinkle, Little Bat,
How I wonder what you're at:
Up above the world you fly
Like a tea tray in the sky,
Up above the world you fly
Like at tea tray in the sky.

Twinkle, Twinkle, Little Bat,
How I wonder what you're at:
Up above the world you fly
Like a tea tray in the sky.




 つまり、この歌は『きらきら星』の替え歌で、『キラキラ蝙蝠』という唄であり、アリスに途中まで披露する場面がある。「キラキラ蝙蝠ちゃん、あんたは何処ゆくの、お皿のようにお空を飛んで、キラキラキラキラキラキラキラ♪」・・・・・・という具合で、さらに帽子屋の不作法によりアリスを怒らせたのは、何といっても答えのない“なぞなぞ”の件である。

 それは、「鴉と文机は何処が似ているか?」というアリスへの質問だった。しかし、なぞなぞをしておきながら、これには答えはないと帽子屋は言って、アリスはその無責任さに怒ってしまう。

 答えについては、後にいろいろと世間では話題を呼び、文中では帽子屋は答えは出さないし、当時ルイス・キャロル自身も答えを示さなかったが、しかし、キャロルは1896年版の『不思議の国のアリス』の序文でこの答えを述べている。

 それは・・・・・・「何故ならば、どちらも少しばかりの“note”(鳥の鳴き声、調子、音色、覚え書、記録)が出せますが、非常に “flat”(平板、単調、退屈、気の抜けた音程)なものです。そして、どちらも前と後を間違えることは決して(nevar)ありません!」

 ※nevar はraven(カラス)の単語のつづりを後ろから読んだものだが、never と誤植されてその後にいろいろと誤解と誤読が生じているようだ。しかし現実には never が正しい綴りである。nevar という単語に何か秘密があるのかは謎は解けないが、何か意味があるのかも知れない。(了)