こんにちは
risseです。
今日は休日、雨が降ってるので予定していた事はなくなりました。
6月中に断捨離を少しずつ進めたいと思ってるのに、やる気が出ない。
やりたくないの?
いや、やりたいよ。
やる気が出ない?
やる気って待っても出てこないよ。
5分と決めてやってみよう。
↑私とわたしの会話です。
そして押し入れから、荷物をごそごそ。
昔の給与明細を入れた箱を出しました。
わあ懐かしい。
こんな明細書だったんだ。
ちゃんとお金を管理して
自分の欲しいものも、食費も押さえて
貯金してたな。
新しい家が欲しかったんだ。
この頃の仕事は、月に5日間だけ。
でも、雨が降っても雪が降っても、
必ずその日に仕上げる、外の作業でした。
まだ若かったので、どんどん作業量が増やされて、もう限界
って感じても、辞めたいと言えなくて、頑張ってました。
明細書に書かれた作業数を見て、
ぼそっと「良く頑張ったね」と呟きました。
少し間をおいて、
込み上げてきました。
頑張ったよ、
しんどかった。
しんどいって言えなかった。
だってお給料もらえるし、
他の人も頑張ってるし、
辛いとかしんどいとか言っても、みんな頑張ろうと、そんな雰囲気で、
言えなかった。
休みたいとかそんなこと言えなかった
そうやった、しんどかった。
しんどかったのに、良く頑張ったね💕
えらかったね。
大号泣😭😭😭しました。
こんな風に自分を労うことが少なかったなと思いました。
自分の気持ちがおさまるまで泣いて、
辛かった気持ちを感じました。
ふっと、気持ちと、体が力が抜けました。✨✨✨
どうして、こんな働き方をしたんだろうと思ったら、
やっぱり母が出てきました。
自営業だったから。
1人で切盛りしてたから。
お母さんが疲れた顔してるのを見たくなくて、
しんどいなら休めば?と言えば、
「定休日じゃない日に休めばせっかくきてくれたお客さんか残念に思う。」
「休んでばかりいたら客足が遠退く。」
「だから休まない。」
そんな風に母から聞いて育った。
だから、しんどいくらいで休んじゃダメ。
私の中にしっかり入ってました。
頑張ることが当たり前だから、自分を労うこともない。
自分に出来ないことは、人にも出来ない。
「当たり前」だから
だから、旦那さんにお疲れさまと言ってても、どこか当たり前と思ってたんだなと今になって思います。
父母に対しても、そうだったかもしれません。
「お母さんみたいに、身体を壊すまで働きたくない。」
「お母さんみたいに、働くのはいや。」
こんな「ブレーキ」が私の中にあるのです。
だけど、
「働かなくちゃ、お金がなくなる。」
「働かなくちゃ、役に立てない。」
「働くのはしんどくて当たり前。」
「1番にならなきゃ意味がない」
不安を感じたくなくて、これを原動力にアクセルをグイグイ踏んで生きてきました。
働く事で「不安」からわたしを守ってきたのです。
だから、働かない息子をみて、
不安を感じる。
ザワザワ、ざわざわ、
いいの?
そんなことしてていいの?
生活どうするの?
将来どうするの?と。
楽しむ、ワクワクで働くって?
今まで、職種を自分で選んで来なかったんです。
母が決めた。
紹介された。
勧められた。
えー、やりたくない。
やりたくない。
そう心は感じていた。
だけど、「やります」
自分で決めて、そう答えたのです。
自分で選んだら、正解か分からないから。
自分で選んで責任を自分で感じたくなかったから。
自分で選ぶ自信がなかったから。
自分を信用出来てなかったから。
自分軸ではなく、他人軸で生きてきたから。
そうだね、そうだったね。

私とわたしが会話して、
私が楽しい!
私がやりたい!
優先していこう。
risse