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緑の錨

歴史家の山本尚志のブログです。日本で活躍したピアニストのレオ・シロタ、レオニード・クロイツァー、日本の歴史的ピアニスト、太平洋戦争時代の日本のユダヤ人政策を扱っています。

七月も終わり。

ホテル・オークラ東京本館の営業は、あと一ヶ月でおしまいになると予告されています。

本館ロビーのみが注目されておりますが、他にも随所に魅力的な部分があって、簡単に壊してしまうのは残念です。どうか再考を願いたいと思います。

レストランなども長い伝統があるもの。そして、多くの人達がずっと愛してきたもの。ぜひ、いまのありかたを引きついで欲しいと祈っております。






写真は本館1階にあるショッピング・アーケード側の出入り口(のひとつ)。あたりまえであって、しかも美しいと思うのです。

そろそろ勉強を始めなければいけません。

新しい企画の構成を考えております。文章も書きはじめたいと思っております。日本のピアノ演奏史と在日ユダヤ系音楽家問題について、 まだ、言いたいことがたくさんあります。日本のユダヤ人政策研究も続けていきます。

さらに、ホテル・オークラ東京本館の建て替え問題についても、これから一ヶ月あまり、思うところを書いていくつもりでおります。

写真はオークラのアップルパイ。



コンビニエンス・ストアで見かけて購入。

Brutus Casa には充実したweb頁がありますが、そのような頁をすでに読んでいたとしてもなお読みごたえがあり、とりわけホテル・オークラ東京本館建て替え問題に関心がある人には必読と思います。さらに、この本で表明されている意見には、本館の完全建て替えに関して説得力ある対案を示したものがあります。

オークラ東京本館の建て替え反対にあえて踏みこんでくれている出版社と識者を支援したく、今日はあからさまに応援させていただきます。

Casa BRUTUS特別編集 ニッポンが誇る「モダニズム建築」: 完全保存版トラベル・ガイド.../マガジンハウス
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 ホテル・オークラ東京に関して、世界各地の古いホテルについて調べています。

 大田黒元雄は昭和を代表する音楽評論家ですが、
音楽を離れた随筆でも傑出していて、私はかれの音楽評論集を調べるとき、こうした文章を読むのを楽しみにしておりました。大田黒には『はいから紳士譚』(朝日新聞社、昭和45年)という随筆を集めた書物があって、ホテルについての文章も収められています。

「ホテルにも盛衰がある。それはむかし有名だったホテルが、新しい、設備のいいものに負けるからである。たとえば、ロンドンのランガム・ホテルは、一八九〇年代には、この都会で、かなり有名なものであった。コナン・ドイルの推理小説には、ロンドンに出てきた田舎住まいの貴族がこのホテルの客になっていることが書いてある。しかし、一九二二年に私の泊まったころ、それはすっかり時代おくれになってしまっていた。なにしろ、呆れたことに私の泊ったやすい部屋には、ランニング・ウォーターの設備がなかったばかりか、電話機さえもなかったのである」(大田黒元雄「ホテル」、前掲『はいから紳士譚』所収、92頁-93頁)

 水道水の設備もなく電話もない部屋。これは両大戦間期にはすでに時代遅れになっていました。

 しかし、ランガム・ホテルはそのまますたれてしまったかというと、そうでもない。一時は軍やBBCの施設として使われて、ホテルとしては廃業する羽目になり、さらに取りこわされる危機に直面しますが、現在ではザ・ランガムが数度のリノヴェーションを経て豪華ホテルとして再生していることがわかります。

 旧態依然たるホテルが時を経てなぜ再生されたか。筆者は、ホテルに結びついた思い出が、ザ・ランガムを滅ぼすことを許さなかったように感じます。

 なお、プロムス発祥の地クイーンズ・ホールにほど近かったランガム・ホテルには、多くの音楽家も宿泊した由。大田黒元雄は晩年のフェルッチョ・ブゾーニを見かけたことを記しています。クイーンズ・ホールはドイツ空軍の空襲によって破壊されました。

 世界各地のホテルについて調べてみると、いずれの国でも、古いホテルがしばしば大切に保存されているようです。あらかじめ言っておけば、温暖湿潤地域でも、熱帯でも、地盤脆弱地域でも。オークラ東京に関しても、その顰みに倣うというのはよい発想だと考えます。



画像はホテル・オークラ東京本館ロビーを象徴するもののひとつ。世界時計です。

ホテル・オークラ東京のことを考えていて。

大田黒元雄のホテルと題したエッセイや、ホテルの作家たるヨーゼフ・ロートについて調べております。

ホテルと文学は相性がいい。

これには亡命という問題も関わるのでしょう。

いろいろ読んで、やはりホテルは滅多なことで建てかえるものではなく、せいぜいにおいて改装するに留めるべきという思いを強くいたします。



写真はいつかのオーキッドルームです。
オークラ東京六階エレベーター・ホールから、ロビー側六階回廊の向こう側を望む。


長く、それが当然と思ってすごしてきたのですが、あらためてみると、こういったところが本当によくできていると思うのです。
長い間、私には敷居が高かったオークラ本館五階のオーキッド・バー。老練な大人のバーという印象がして、自分にはまだまだ早いと感じていました。





私もそろそろ老練であってもいい年齢に達してきたのですが、まだオーキッド・バーに入るのには覚悟が必要です。入ってみれば、とても親切にしてくださって居心地よいのですが。

かつてのコンチネンタル・ルームを思わせる壁画も、美しいステンドグラスや照明も、無くしてしまうのにはあまりに惜しいと思います。

写真はロビーからオーキッド・バー入口を望んで。

いたく心を動かされたエッセイ。

女優洞口依子さんがエッセイに国立競技場でのラグビー観戦体験、名プロップ洞口孝治選手、ホテル・オークラ東京を取りあげています。

洞口選手とともに、長くジャパン、釜石ラグビーのスクラムを支えた石山次郎選手の記事を最近読んだばかりだったこともあり、とりわけ心に響きました。

洞口、石山といえば、私の世代にとってプロップの原像でした。

洞口依子さんのエッセイ

さらに洞口依子さんは美しい言葉でオークラ東京ロビーとオーキッド・バーの魅力を語っています。

ホテル・オークラ東京も国立競技場とともに、1964年の東京オリンピック開催をにらんで建造された建物のひとつでした。

国立競技場があまりにもあっけなく取りこわされてしまったいま、せめてホテル・オークラ東京本館の建物とありかたは残ってほしいと願っています。

ラグビー日本代表はアメリカでワールドカップにむけて練習中です。新国立競技場問題も冷静に受けとめて淡々とコメントしています。

読売新聞・新国立競技場問題とラグビー日本代表


新国立競技場デザイン白紙再検討が決まった直後、ラグビー日本代表はワールドカップ2大会連続で引き分けた宿敵カナダ代表に勝ちました。それも安定した試合運びで。

カナダ戦詳報(日本代表の頁)

とりわけ、五郎丸歩。ラグビー日本代表不動のフルバック。ディフェンスにおいてもアタックにおいても活躍して、PG、GK得点源ともなる。

風格のある選手になりました。

9月のワールドカップが本当に楽しみです。



朝ご飯はどのホテルでも工夫を凝らしています。各地のビジネス・ホテルにしてもそうです。

あわただしいホテル滞在の中で、朝の時間はわずかな憩いとなります。ビジネス・ホテルで仕事前に食べる地元名産をそろえた朝食などとても好きです。

オーキッドのメニューは朝食としては多彩なのですが、ビュッフェ形式ではなく、一度にいただくことができる料理はもちろん限られます。

そのかわり、テーブル同士の間が離れていて、歩きまわる人も大声ではしゃぐ人も少なく、ゆっくり朝食を楽しむことができます。

特に奇を衒ったものではなくても、しっかりした、きちんとした料理をいただけます。

戦前のまだ日本が戦争の影に染まる前、あるいは戦後に経済的にようやく立ちなおったころ、紳士淑女はホテルで、このような朝食を取っていたのだろうと想像するのです。

私が知っている数十年間、紆余曲折はあってもオーキッドルームのありかたはずっと保たれてきました。それぞれの立場で、このレストランに関わってきた人々が望んだことだからでしょう。

昨今の人気を追い風に、「オーキッドの朝食」が続いていくことを願っています。

写真はオーキッドルームで、朝食時の卓上に置かれた花です。