ロート「聖なる酔っぱらいの伝説」   | 緑の錨

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歴史家の山本尚志のブログです。日本で活躍したピアニストのレオ・シロタ、レオニード・クロイツァー、日本の歴史的ピアニスト、太平洋戦争時代の日本のユダヤ人政策を扱っています。

 写真はホテル・オークラ東京レストラン・オーキッドルームのパリ・ソワール。シャンパンはルイナールのブラン・ド・ブラン。




 ヨーゼフ・ロートの「聖なる酔っぱらいの伝説」を読みました(ヨーゼフ・ロート「聖なる酔っぱらいの伝説」『聖なる酔っぱらいの伝説他四編』所収、池内紀訳、岩波文庫、2013年)。

 訳文は見事に美しい。ロートは翻訳者に恵まれる作家のようです。

 
ナチスはドイツを手中に収めて、やがてはオーストリアも併合。ユダヤ系のロートに帰るべき祖国はなく、パリで亡命の日々を送っていました。

 定宿のホテル・フォワイヨが解体されたあと、ロートはむかいの安宿ホテル・デ・ラ・ポストに移って階下のカフェ・トゥルノンで浴びるようにペルノーを飲みながら、寿命を縮めながら書きつづけました。

 にもかかわらず筆は荒れないで、遺作となる『聖なる酔っぱらいの伝説』を創りあげたのです。

 宿無しの酔漢に、最後の最後に訪れた奇跡と死。

 文無しの酔っぱらいでありながら、名誉を失わない主人公のアンドレアスに、ロートを自然に重ねあわせてしまいます。

 そのパリの描写の簡潔な美しさ。いくつか例をあげてみます。

「いっぽう、橋の上や川沿いには銀色の街頭があかるくともり、あでやかなパリの夜のはじまりを告げていた」(前掲、ロート「聖なる酔っぱらいの伝説」、329頁)

「夜は彼らの前に、明るすぎる砂漠のようにひろがっている」(同前、368頁)

 この物語でも、ホテルはやはり舞台のひとつとなっています。

 酒瓶の彼方にヨーロッパの破局と減っていく寿命を見つめながら、それでもホテルとカフェに背水の陣を敷いて、人を愛して、人生を愛しつづけた作家が最後に贈った物語です。

 オーキッドルームのパリ・ソワールはレストランの名品のひとつ。コンソメがしっかりしていて全体の輪郭がくっきりします。

 ルイナールは周知のごとくあでやか。

 夏に華麗な冷製のスープと美しい泡とともに、パリに死んだロートを思うのです。そういったことにふさわしい料理、シャンパン、レストランは貴重です。

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