ロマンドの日本人 | 緑の錨

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歴史家の山本尚志のブログです。日本で活躍したピアニストのレオ・シロタ、レオニード・クロイツァー、日本の歴史的ピアニスト、太平洋戦争時代の日本のユダヤ人政策を扱っています。

その日本人の写真と出会ったのは、スイス・ロマンドのことでした。
ある故人となった音楽家の書斎を訪れると、
書棚には何人もの音楽家や音楽関係者の写真が飾られておりました。

そして案内してくださった奥様が、一枚の写真を取って私に示されました。
日本人のようでした。

「この人物がわかりますか」
「はい」

私は幸運でした。

彼の業績や成果は知っていても、
顔を覚えているというのは偶然といっていいことでしたから。

ただ、その写真は一目見れば忘れないほど特色のあるものです。
まったく顔を覚えない私が、彼の顔を思い出せたのには、
肖像がきわめて特徴的であったと言うこともあるでしょう。

このとき、それが誰か気づいてよかったとも、
気づかなかったらどのように恥ずかしいことであったろうとも、
また、もし、その写真に写された日本人について、
故国の人が肖像を一目見てわからないような境遇であると、
異国の人に思われればとても切ないことであっただろうとも、
今でも思い、自分の幸運に感謝するのです。

丸めがねをかけて、おかっぱ頭にした日本人男性の写真でした。
なによりも明白な特徴として、猫を抱いていました。

すると奥様が言いました。

「この人はパリで、私の父の親友だったのよ」と。

私はかなりびっくりしました。

狂乱の二十年代に、パリの華麗を代表した一人である日本人と、
演奏史上、もっとも厳格で、深刻で、
本質をつきつめて表現したといわれる演奏家の友情に、
強い印象を受けたものでした。

それ以来、ふたりの芸術的成果を、かなり注意して追うことになりました。

ロマンドで写真に出会った日本人の作品から厳格や深淵をも読みとるようになり、
その親友であった演奏家の演奏には、歌や感傷も聴くようにもなりました。
むしろ、それが二人の芸術的本質の一部であるとも考えるようになったのです。