テヘランからバクーへ 走り書きログ | ぷぷぷ日記

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更新は思いついたとき。

Tehran からBaku へ 2020年1月 

夜、テヘランバザール近くのアパートからイマムホメイニ空港へ向かう。地下鉄で南下し、shahedで下車。

タクシーにつかまり、遅い時間なのでミニバスはないと言われる。18トマンという。サラームターミナルと聞いてひるんだドライバーだがOKした。

降りる際18でなく、80だったと判明。高いとごねたが結局払う。

あとでマスウドにそんなもんだと言われた。じゃタクシー乗ってる間に言ってほしかったわ。18ってメッセージで言ったのに。。。


バクーでイランの学生ビザを取る。

50euro 両替
レート1.8manatで 90マナトになる。
1マナト65円くらい

イラン領事館は調べたのと別の場所だった。運よくバスに乗れた。

ビザ代53euro。手持ちがないので50euroと4ドル払う。マナトかと思ったら、、、高いな。
しかし1ドル紙幣を持ってきて良かった。
でないと高額なお釣りを貰えないところだった。


高いけど、これは即日交付の特急料金なのだ。
写真もいらんかったし、ありがたい。



Baku ホテル

予約したつもりが1か月先の日付にしてた。どこまで間抜けなんだろう自分。予約は22マナトの部屋。15ドルくらいだった。

今日 空いてる部屋は35マナトだと。
見せてもらって泊まることにした。
昨夜ほとんど寝てなくて、新しいブーツが痛いという状況で他を当たる気はしない。

部屋はこじんまりして良い感じだった。古い建物だが水回りは改装してるらしく、窓のスクリーンがかっこいい。


シャーの城

外人料金15マナト。地味である。石造りの感じは中世ヨーロッパ的、中の展示はイランと一緒のような。当たり前か。

オスマンやロシアと関係したり敵対したり?頑張ったが結局サザビー朝にやられて終わった城でした。


昼食は バーラウンジ 食事もという店。
観光中心地なのでボッタクリかもとビビったが、地元らしきオジサンが出てきたので入ってみた。

遅めの時間でシーシャをやりに来た客が多かったみたい。奥の部屋に子連れもいた。手前はシーシャの女性、女性二人組、男性二人組。

私のテーブルは柱脇の狭い席。もちょっといい席にしてくれと言いたいとこだが、私って見た目貧乏臭いのかもと遠慮した。
勘定は15マナト。14.7で20出したら、おつりは当然のように5だけだった。

ドルマ一皿、前菜にいろいろ細かく切って和えてケーキのような円柱型のサラダ。飲み物はなし。パンも注文。

おすすめで自信ありな感じだったけど普通以上ではないな。

ドルマは食べ切れなかった。二人でほかの料理も合わせるとかだったらいいかも。しかしまた食べたいとはさほどおもわない。

パンが温められてたらよかったかも。パンが美味しくないのはがっかり。

1/29  2日め。イランへ発つ

ホテルの朝食を持ってきてくれるのをパティオで待ってたが、中に食べるところがあり、食べたいと言わないといけなかったのだった。
これで15分くらい無駄にした。

地下鉄でバスターミナルへ行き、11:30のアスタラ行きを買う。ほんの少し早く出れば10:30発に乗れたかも。

今日国境を越えられるか、アルダビールへ行けるか? このバスは国内線なのでアスタラでの移動も必要。

しかし、バス狭い。日本のバスより狭いぞ。ドイツ規格のイランの広々バスに比べると自分スペースが半分くらいしかない。

バクー アスタラ7.6マナト。小銭を使いきったがトイレで30ゲピク払ってまた小銭がでた。

バス隣になった若いヒジャブ女子、ジャンパーのせにキラキラのVLの文字、裏にピンクのファー、手首にカムリンという謎のカタカナ入れ墨。餅のように大きく柔らかそうな胸、お尻。こっちのひとは確かに隠す服を着てくれてないと眼のやり場に困るほど。。あるいはチラ見えするからギョッとするのか。

Astaraバスの運転手に3マナト請求され
ボーダーまで乗せてもらえた。

中国人の新型肺炎警戒の中、入国不可かと心配になった。若い係官に上の人のところへ連れて行かれ、長くテヘランにいる学生だと主張。書き込みいっぱいの教科書を見せアピールした。
OKもらってなんとか入国。

アルダビールまでタクシー160t。シェアタクシーで安くあげたかったが、人が群がりすぎて確認できず。しまった。

通訳を買って出た学生という男に気を許しマナト両替でだまされた。80tになるはずが8tしかもらえなかった。
逆にボッタクリを警戒したタクシーは良い人で、アルダビールのホテルを紹介してくれた。

痛恨である。