もう一つの万葉集
(和書) 1991
文芸春秋
李 寧煕
この本は、万葉集を漢字の羅列である原文にたちかえって、韓国語を用いて読んでみようというもの。すると隠された意味や理解不能とされた語がすらすらとわかるというのだ。
今、私たちが目にしている万葉集は後世の解釈で万葉仮名(漢字の音を日本語にあててカナとして使ったもの)を漢字かな混じりに書き下したものだ。
枕詞などは一般に「特に意味はない」「調子をととのえるもの」などと片付けられている。なんか納得がいかないと思っていたが「もとは韓国語」というハナシに、なるほどそうかも!!!!と踊ってしまった。
いわれてみれば大和朝廷というのは朝鮮渡りの人々とその子孫で多くが構成されていたわけで、一部に韓国語を使ったり、隠れた掛詞として洒落たりというのはおおいにありそうなことだ・・・・この点は今までちっとも考えたことがなかったので感動した。
ただしこの本は、読み進んでいくと解釈の調子が良すぎる点が気になる。
・古代日本語の音韻は現代語と違う(現h音はf音だったり、今では音不明の母音があったことなど)のだが、そこを考慮せず、そのまま韓国語の音に置き換えている。
・韓国語の音についてはハングル表記が始まる15世紀以前の資料が少なすぎるため、置き換えそのものの妥当性が疑われる。(漢字による韓国語表記法ととして参考になる歌は20首程度らしい。)
このように問題点はいろいろあるが、私の知識では評価しようもない。ネット検索すると、さんざん韓国語を研究した大野晋などに否定されているという事実から「ガセ」フラグが立ってしまった。
ただ、いろいろと日本語について再考する機会を与えてくれたことに感謝。