『イン パール』高橋俊朗 文春文庫 1975
1944年日本の敗色濃厚になってきた頃。起死回生を期する東條首相と、ビルマ方面第15軍司令官・牟田口が、強硬にすすめたインパール作戦。その全貌を描いた作品です。
軸として描かれるのは、ある連隊長です。理不尽で過酷な命令、満足な武器も食料補給もなく、兵の逃亡、増援部隊のふがいなさ、他の将校の怠慢などに翻弄されます。なんとか前向きに気力を振り絞り続けるが、いっそ早く終わりたいと思うまでに憔悴していきます。
また、前線の凄惨さが描かれます。兵隊は半病人ばかりで、マラリアやアメーバ赤痢で糞便と泥にまみれつつ、ゴロゴロと屍骸となる様子など。また増援の元気な兵隊が病人に食べ物を売りつける、しかも友軍の死体から肉を切り取り食肉といつわることなど・・・。このような惨状は戦記を読むと毎度のことですが、これでもかという理不尽に、またか・・・とかなり憂鬱になります。
この本は、いわゆる記録文学です。著者は元陸軍報道班員。もとは昭和24年刊行、さらに取材して昭和43年改訂の際、「日時、人物、場所、その他、できるだけ事実に近づけた。」としています。
本書によるとビルマ方面軍上層部では、インパール作戦の無謀と見通しの暗さに気づき、中止を意見した人物が少なからずいた。作戦計画時、すでにシンガポールの守り、インドービルマ間の要衝ミッチナ防衛も難しい状況だった。英軍が空挺部隊を有効に使うようになり、従来の陸軍の闘い方はもはや通用しないと予想できる敗けもあった。
こういった作戦計画の経過ははじめて知ったけれど、とても疑問に思う。そこまでわかっている人間が多数いながら、なぜ作戦は中止されなかったのか?
著者の解説では、牟田口司令官と東條首相がなんとしても実行しようとしている以上、強硬に反対できなかった。聞く耳を持たない上官に執拗に反対すれば、後方の将ならば死に直面する前線へ飛ばされる恐れがあった。戦況の悪さを報告すると臆病者とそしられるので、事実が正確に報告されず、東條はもとより牟田口司令官も正しい情報を得ていなかった可能性がある・・・などとされている。
連隊長あたりが理不尽な命令に異議を申し立てても「その場で死ね!」と罵倒されるのがオチというのはよくわかった。インパールでは師団長3名が解任されるという異常な事態もあった。
ひとりは臆病ゆえに作戦を台無しにした責任で、もうひとりは補給もない理不尽に怒って抗命撤退した罪で、もうひとりは負傷により・・・。師団長レベルでもどうしようもない。
それ以上の上層部の人々はどうだったのでしょう? 最後のほうにこんなくだりがあります。
---インパールの敗戦部隊が、敗走をつづけている時、(中略)ビルマ方面司令部では、牟田口中将の労をねぎらうために、ラングーンの偕行社で、盛大な宴会を開いた。---
無茶苦茶な作戦で大損害を招いた司令官をねぎらうとは、驚きですね。
---話が、インパール作戦の結果にふれると、(中略)「自分は、インパール作戦は、失敗したとは思っていない。(中略)自分がもし、むりをしてもやらなかったら、今ごろは大変なことになっておった」
将軍は胸を張り、悠々と白い扇を動かした。さすがの方面司令部も気をのまれて言葉をつぐ者がなく、一座は、にわかに、白け返ってしまった。---
実際は、英軍のインドー中国補給ルートが開通してしまったのはインパールに戦力を割いたせいであり、日本の敗けを促進したのだ。出席していた多数の幕僚、幹部、誰ひとりとして、面と向かって「それは違う」という者はいなかった。こんなことの連続が強硬派の暴走を許し続けたのだとしたら、それは皆の怠慢ではないのでしょうか? 組織の中で身動きが取りにくかったとしても、もっと勇気を出して異議を唱えないのは、人の上に立つものとして無責任ではないでしょうか?
戦後も牟田口は自らの正当性を訴えるべく、あちこちで弁をふるっていたそうです。また、インパールの敗けは「臆病な師団長の責任」という説が通例となるよう活動していた元第15軍とおぼしき人々がいるらしい。
----天皇陛下は宇宙絶対の神におわしますこと、今さら申すまでもなく、しかして天照大神より云々・・・(東條のあとをついだ小磯首相の演説)
精神論のみで勝とうとした人々は、このような言葉づかいの演説を催眠術でも聞くように陶酔して聞いたのでしょうか。そして今もって「自分たちは正しかった」と主張しているのでしょうね。
正直、気持ち悪いです。カルトではありませんか。しかし、いくら軍事教育が徹底されていたからといって、本気で信じている大人がどれほど多くいたのか、そこが本当に疑問です。
そしてさらに不気味なのは、今になって、当時を知らない人々がまた「日本は全面的に正しかった」というようなことを声を大にして言っていることです。
日本人て極端じゃないですか。「軍国主義大賛成派」と「いかなる軍備も大反対派」のふたつしか存在しないかのようです。この本も「いかなる軍備も反対派」に属するのかもしれません。
戦記といえば「勇ましい美化戦記」と日本人の戦争体験の悲惨さばかりを描いた「被害者意識の反戦記」のように思います。
もっと事実とプロセスを淡々と記述した本が読みたい。勇ましかった事実も悲惨だった事実もフラットに知りたい。これが私の切なる願いです。どっかにそんな本はないでしょうか。この本には日本と交渉していたインドのチャンドラ・ボーズとインド人部隊が少しばかり出てきますが、詳しいところはわかりません。アジア諸国諸地域の人たちがどうしていたのか、連合軍側からすると、状況はどう見えていたのか・・・などなど、日本人中心の感情的な、あるいは感傷的な戦記からは得るところが少ない。
当事者がほとんど他界した今こそ、そのような本が出てもよい時期だと思うのです。