久々に「心」についての投稿になります。
実は、ずっと心の在り方が見えなくなっていたというか・・・分からなくなっていて、
そうすると自然とあふれ出していた言葉が浮かばなくなって、書くのを控えていました。
きっかけは、主人との言い合い(不和)でした。
センサリーアウェアネスを始め、心理に関する本を読んでいくうち、「人間の本来性」や「自分軸」についての意識が高まり、
今まで抑えていた自分の意見や「本当はこうしたい、ああしたい」という主張をし始め、子育てに関する方針も変わりました。
主人からしたら、結婚した時とは別人のように感じてしまったかも知れません。
そうすると、おのずと意見のぶつかり合いが増えて、喧嘩が多くなってしまい・・・
(アドラー心理学によると)人が相手に怒りをぶつけるときは、「相手を屈服させよう」とする時ですので、
自由に主張し、色々な面で変わりつつある私を「怒り」という手段で抑えようとしていたのではないかと思います。
そうして不和が続いているうちに、徐々に精神的にも疲労し、「変わりつつある私がいけないのではないか?」とか「人間の本来性や欲求に素直に従っていては、家庭生活はうまくいかないのでは?」と思い始め、
高まっていた意識が閉ざされていった感じです。
それから数カ月経ち、喧嘩から感じたり得ることも多く、衝突しないようにお互いが一歩ずつ譲り合うようになりました。
そしてつい最近、ある方とのご縁があり、色々なお話を伺っている中で、ようやく一つのヒントを得ました。
「人間の本来性」や「本当はああしたい・こうしたいという想い」を重要視したり、子育ての合間に仕事のことに打ち込み過ぎて、大切な事を忘れていたのではないか…と気づいたのです。
一人身の時はまだそれでも良かったのかもしれません。
だけど家庭を持ち、子育てをしていく中で、これでは家庭愛和は生まれないし、自分の想いや考えに対するパートナーの理解も得られないのではないかと。
その大切な事とは、「主人を尊重し、感謝し、立てる」ということ、「古き良き女性としての役割を全うすること」。
この根幹が、私には欠けていたのだと思います。
一人身の時はまだそれでも良かったのかもしれません。
だけど家庭を持ち、子育てをしていく中で、これでは家庭愛和は生まれないし、自分の想いや考えに対するパートナーの理解も得られないのではないかと。
その大切な事とは、「主人を尊重し、感謝し、立てる」ということ、「古き良き女性としての役割を全うすること」。
この根幹が、私には欠けていたのだと思います。
子供が生まれ、子供中心の生活になるにつれて、薄れてきていたのかもしれません。
何事もバランスが大切といますが、やはり「本来性」だけに偏ってしまうと家庭はバラバラになってしまいます。
だけど、この根幹をしっかりと確立した上で、「本来性に基づいた主張」をしていくなら、「家庭愛和」と「本来性」を両立していけるのではないかと思ったのです。
「いやいや、そんなとこ当たり前!」って笑われるかもしれませんが(笑)
未熟な私には、そこが見えていなかったな・・・と。
何事もバランスが大切といますが、やはり「本来性」だけに偏ってしまうと家庭はバラバラになってしまいます。
だけど、この根幹をしっかりと確立した上で、「本来性に基づいた主張」をしていくなら、「家庭愛和」と「本来性」を両立していけるのではないかと思ったのです。
「いやいや、そんなとこ当たり前!」って笑われるかもしれませんが(笑)
未熟な私には、そこが見えていなかったな・・・と。
ちなみに、夫婦愛和は夫婦がお互いに「尊重し、感謝し合って」初めて成り立つようですが、やはり鏡の法則ですので、まずは自分発で心がけていく事が大切かと思っています。
私の場合、まずは基本の「キ」である、
「主人が仕事に行くときの玄関先へのお見送り(できれば軽いスキンシップ)」
「帰ってきたときの笑顔でのお出迎え(用事をしていても手をとめて)」
