関西の食に関する個人的考察 | ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

ブログに熱意が無くなったわけではないが、更新が少なくなってしまっている。
人間がダメになったのか舌が肥えたのか、どうでもいいと感じるワインが多くなって、
わざわざ記録する気にならないのである。

勉強会のあとのホテルの立食パーティーのワインや、医師会などの晩餐会で出てくる
ホテルのディナーのワインなどは、ほとんど口にしなくなった。
周りではワイン好きで知られているので、ビールしか飲まないでいると不思議な顔をされる。
しかし、不味いワインは山ほどあるけれど、不味いメーカー製ビールなんて
基本的には存在しないのである。

最近になって京都の達人の方々と知り合いになり、仲間にしてもらって
心斎橋のもめんを数回訪問し、先週は京都四条近くの卒啄つか本も初訪問した。
いずれも予約がまったく取れない店なのでこれ以上言及しないが、
もう、これまでの食生活が嫌になるような次元の食である。

努力でここまで達するのかと自分に問うてみるが、答えがない。
料理はセンスである、と言われると納得するしかないが、
これは天才が努力した結末であると思うほうが気が楽である。

凡人がいくら努力してもマーラーのような音楽は創れない。
マーラーがいくら努力してもプロコフィエフの音楽は創れないのだが、それは当たり前だ。
天才に勝る努力なし。

食の話に戻るが、洋の世界ではアキュイールがポワンになってから和のテイストを増し、
より洗練された世界を描出するようになった。
その成長の過程を知っていると、木綿さんや塚本さんが最初からあんな次元のものを
提供していたはずはないと思う。

モーツアルトだって、交響曲第1番と41番とでは完成度がまったく違う。
(7歳で書いた作品と32歳で書いた作品を一緒にするな)
天才も仕事を積み重ねることでブレイクしていくのだろう。

そういう意味で、わたしがすごく今後を期待しているのが毎度お馴染み夙川の「直心」である。
緩やかだが確実に一歩一歩階段を登りつつある。

大西さんは愛想よく見えるし実際その通りなのだが、芯のある、ある意味頑固な料理人である。
生意気な言い方だけれど、今後次元の違う世界に入って行かれる可能性を感じる。
5年後、10年後がどうなっていくのか、体力があるかぎり付き合って行こうと思っている。

その京都の達人の1人のお勧めで、最近本町の「ラ・シーム」を3年ぶりに再訪問した。
前回は店の内装なども大造りで、料理の質の高さに感心はするものの、
どうしても再訪問したくなるだけのものは無かった。

しかし先日再訪するとガラリと世界が違っていた。
まだ世間にそれを知られていないのか、平日は席に空きもあるようで、予約が取りやすい。
高田シェフには失礼な表現で恐縮だが、これほどレベルが高くて予約が入りやすいフレンチは
他に知らない。

「ラ・シーム」は、フレンチでポワンに肉薄し、超える可能性がある店の筆頭に
挙げられるように思う。
そのうち予約難になるのは見えている。
予約が入りやすいうちに、ぜひ訪問されることをお勧めする。

そう言えば、前にアキュイールにおられたメートルの大林さんが、閉店とともに
別の店に移られ、そこからまた福島の「ブザンソン」というフレンチに移られた。
この人のことは大好きだったので、前の店にも行きたいと思っていたのだが、
「全面喫煙可」だったので行く機会がなかったのだが、今度のブザンソンは「全面禁煙」である。

今月に入って、息子を先発隊として偵察に行かせ、高評価だったので今日の昼に
家内が予約を入れ、UTAさん一派で訪問してきた(わたしは仕事で行っていない)。
久しぶりの邂逅であったため大いに盛り上がったそうだが、
ランチだと2000円くらいから気楽に楽しめるので、お勧めだそうと家内が言っている。
「ブザンソン」はシンフォニーホールのすぐ傍で、自分でも一度行ってみたい。

それから、お馴染みの「六覚燈」にも最近家族で訪問した。
東京の店に行っておられた大将の水野さんも戻ってきておられるらしく、
相変わらずの中山さんも大活躍で、とても賑やかだった。

職人である「勝男」(苗字)さんの目配りと記憶力のすざましさに改めて感心したが、
この人はただの串揚げ職人ではない。
脳と技量の両方を持ち合わせた達人だ。

店は人が支える。人があっての名店である。
六覚燈に行かれたら、あの重しが効いた曲者の?水野さん、
麻薬探知犬の並みの鼻を持つソムリエの中山さん、そして宮内さん、
職人魂にあふれた勝男さんの仕事ぶりは眺める価値がある。
そして、勝男さんの横には百谷さんという若い人が熱心に動いていた。

佳き店は一日にしてならず、ということを改めて実感した。
わたしも小さな診療所の経営者だが、数年前からスタッフを後輩の新人に誇れるようになった。
ここまで来るのに何年もかかったが、やっぱり人は宝である。
こうやって自分が経営者になると、店を見る目は変わるものだ。