周囲のお姉さんたちを見ていて、こんな人になりたくないなぁ、という10項目。
1: ジムで若いインストラクターにお熱を上げる
2: スーパーで見切り品を漁って喜ぶ
3: 顔を洗わず近所のコンビニへ行く
4: 意中の男の子にしつこくメールをする
5: 下ネタを下ネタで返す
6: 高級料理屋でガツガツする
7: 万年床
8: 近頃の若い人は、と言う
9: 数字に関して四捨五入
10: 可愛い子に対して必死に自分の優位性を探す

このうち
5番は私も直すべきところ。
慣れすぎるのが良くない。
卒業制作も終わり、ようやく学校から離れた生活を送るようになった。
(制作展前はずっと汚い格好で学校にいたのだけど、まぁそれなりに楽しかった。)
しかし、変わらず鳴り響く
教授からの電話。

9月末の上海ゼミ旅行の幹事を務めていた頃
頻度はピーク(1日5回のときも…)に達し

その後、いったん鎮静化するが、制作展前1ヶ月間は、また増えた。
電話の会話を文字化すると、95%は教授が喋っているに違いない。
その姿を近くの人が見ると、明らかに
「恋人と喧嘩して、弁解をする相手に対してだんまりを続けている女」
くらい、私はまったく喋らない。

そして、話が途切れた瞬間の最低限の相槌。我ながらうまぁく打っていると思う。

卒制中もみんなより30%くらい余裕があった私は
教授のコールを真っ当に受け、
他のゼミ学生の進捗状況などを聞き続けた。

そう、内容はあくまでも「教授と生徒」の関係であり
「視覚伝達」的な講釈しかないのだ。

あと教授が40歳若ければ、愛人にでもなっていたのかなぁ
とぼんやり思う。

お水の女性には、ハテナマークの話ばかりだし。
卒業展示を終えた頃の電話では
「君が、いつも言われた通りに作ってくるから、気味が悪かったよ」
と言われた。

虚脱感をむき出しにしながら、しかし着々と制作物を見せていたゼミで
私が虎視眈々と教授の肉を狙っていたとでも感じたのだろうか。
卒業制作展示がおわった。
みんなの凄い作品を見て、改めてムサビでよかったな、と思った。

私は晴れ晴れしているのだけど、数人と会話すると
卒業制作だったけど、最後までやりきれなかった、と洩らす人や
ここ1年間の自分の方向性が間違っていたかもしれない、と塞いでいる人がいた。

先日は、優秀者に選ばれなかったことで、落ち込んでいる人を見た。

そのとき視デは
私が生きてきた中で一番
真面目で、純粋で、優秀になりたい人の集団だと思った。


そんな優秀者でない私は
落ち込んでる人に、「グライダー人間」を紹介する。

外山滋比古氏の『思考の整理学』ちくま新書
以下引用
『グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。優等生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る。』

飛行機の「エンジン」を作るのは、絶対学校の授業で教えることではない。
自分の立ち位置を、様々な人と触れ合うことで理解し、これからの目標・モチベーション・存在意義は自ら考え、勝ち取るものなのだと思う。

私はこの4年間で、社会に出る準備のようなものをしてきた。
それが、デザインのディテールより面白かっただけ。