やっと東京帰ってきました。
多くの人に出会い、ほぼ、現地の人の家で現地の生活をしてきました。
実を言うと、泊まったりお世話してくれた人の多くは、これまでの旅先のユースホステルで出会い、メールなどで軽く連絡しあっていただけの人。

その会ったときの印象と、メールを通して想像できる人柄を信じてこのヨーロッパ旅行が成立しました。これは、逃げ道が皆無に等しい海外で、危険な賭けであり、もちろん心配する人々には話せなかったものです。今はもう時効でしょう。
(そして、前回のアリゾナ旅行なんて、実は原宿で道案内しただけの人。。。)

実際彼らは私を凄く優しく迎えてくれ、ちょいと戸惑う程度の機微までも察知し、様々な手配を私の周りに隅々まで行き届かせつつ、仕事までも休みを取って構ってくれたのです。

この他に
ドイツで旅費を浮かせるために、それぞれの都市を回るたびに、彼女の友達を紹介して泊まらせてもらい、最後の発つ前日には学校の友達をたくさん呼んでさよならパーティを開いてくれたり

ロンドン中心部に居を構える予備校以来の友人には
ベッドを貸してもらい、のうのうと居座ったうえのに、向こうの美術大の展示会で忙しいなか、彼女の友達を紹介してもらうことで、多くの刺激的な作品に出会えたり

スペインでは、彼の紹介でスペイン大学生3人が住むフラットで共同生活をさせてもらうなか、ビッグパーティを開いてくれたり、FCバルセロナの試合を見に行かせてもらったり・・・
他に
飛行機内でルクセンブルグ出身の5ヶ国語しゃべれるデザイナーに会い、内科の医者に会い、グローバルなパッケージ展開のコンサルティングをするスペイン人に出会い、道端で困り果てた私を救うオーストリア人のおじいちゃんに出会い・・・
書いてもきりがない出会いの連続で、私の閉じきって、すれていた心の中は、一度全て洗浄され
彼らの見返りを求めない、その優しさを滝のように浴びた日々でした。
これらは学生というフリーで自由な立場だからできたことであり、その言葉・立場を抜きにした、心同士のつながりは、私に繊細な寛容さを与えたのです。

言葉の距離を無視した堅固な絆はボーダレスなのです。
別れるときって
別れるときは必然であり
出会いは偶然である
と寺山修司の本に書いてあった。
まさに必然の話ならば
別れ方の作法をそれぞれ確立する必要があり
残念ながら私はその方法がわからず、いつも戸惑う。
死に別れではないので、涙ぐむまではないと思うし
個人的には、ふっといなくなるように去りたいのだけれど

「いやぁ、いなくなると、さびしくなるなぁ」

熱燗2合、ワイン瓶空け、頬が赤くなり
ついに心のこもったお言葉をいただくとき
その瞬間、逃げ出したくなる。
だから今の季節
悲しいし、寂しいし、難儀しています。
ムサビ、大型テーマパークになっていて、凄く盛り上がっていました。
今日は1日、遠方から来てくれた友達と卒業制作展示を見ました。

5時になり、片付けようと持ち場に帰る途中、2年ぶりに元彼に遭遇・・・!

彼と立ち話するうちに、この人と付き合っていた過去が、プレスされて薄い思い出になっていたことに、とても不思議な感覚をおぼえました。

私と彼の距離は別れた当初よりも少しだけ友好的な場所に位置して
優しい時間の蓄積により、お互い、懐かしい気持ちに浸っていました。
「少し、スマートになったんじゃない?」
相変わらず無邪気な笑顔で、彼は褒めてくれました。

だから
なんか、ちょっと幸せな日でした。