引越しに...。
たった6畳弱の畳の空間にある生活に必要なものたちが、ただ、その体積の組み合わせだけでダンボール箱というスケールに詰められていく様子を見て
これほど簡単にコンパクトになるものなのか、としきりに感心した。

その中には、毎日のように履いていたお気に入りのジーンズがあった。それが、おおよそ拳四つ分の大きさに縮み、電子レンジの横にすっぽりと納まっているのだ。ジーンズに染み付いた膨大な記憶は、引越しという区切りに差し掛かると、途端に圧縮されるというわけだ。
大人しくレンジに挟まれているくたくたなそいつを見ていると、4年間という期間のあっけなさに悔しさを覚えるのだった。

卒業式も特に惜別の会というよりは、賑やかなイベントのようだった。

今のご時勢、携帯電話やインターネットが主流になったので、友達同士どこかで繋がっているし、その気になれば連絡し合える、という意識がある所為か特に別れを惜しむ雰囲気はなかった。

むしろこれから、クリエイティブな世界の中で共に戦っていこうという野望が、離れ感を薄くさせている気がする。
世の中にあふれる様々なレベルの常識を違う角度で捉え、問題を抽出し、あるべき姿の答えを提案すること、それがクリエイティブの醍醐味であり、皆が共通している使命な気がする。

誰もがその使命で繋がっているのだ。
当日、晴れ着に身を包む友達は皆輝いていた。
私、大人になるんだよ、という自信と、照れが着こなしに艶やかに表われていた。彼らは、現実的で、独立心にあふれ、何よりも無邪気な人たちだった。

今回の大学の卒業式は
私にとって1つの区切りであり
出発であり、独立の日なのだ。

だから私は笑顔になった。

別れるときって
別れるときは必然であり
出会いは偶然である
と寺山修司の本に書いてあった。
まさに必然の話ならば
別れ方の作法をそれぞれ確立する必要があり
残念ながら私はその方法がわからず、いつも戸惑う。
死に別れではないので、涙ぐむまではないと思うし
個人的には、ふっといなくなるように去りたいのだけれど。。。


「いやぁ、いなくなると、さびしくなるなぁ」
熱燗2合、ワイン瓶空け、頬が赤くなり
ついに心のこもったお言葉をいただくとき
その瞬間、逃げ出したくなる。

だから今の季節
悲しいし、寂しいし、難儀しています。