ふと隣にいる男の存在について考えてしまった。
特に意識して逢瀬を重ねたわけでもない。好きとか嫌いとか特別な感情無しに付き合ってきた。多分これ以上近づいたり離れたりしない方がいいのだろう。たまに、一緒にカフェでしゃべって、散歩するくらいで。

私と彼は、西日が差す吉祥寺から三鷹までの線路沿いの通りを歩いていた。
五月になったばっかりの風は色々なものを運んでくる。
福岡で、物思いに耽りながらたどり着いた漁船での風と
中国のにぎやかな湖沿いにある夜店でビールを飲んだ際に頬を掠めた風
を同時に思い出した。この種類の風は時間も移動できるのかもしれない。

しかし簡単に言えば、どうにでも利用できそうな、無害でニュートラルな風だったのである。

歩きながら、彼は投資の話を再開した。
「シドニーの知り合いが新しい顧客を紹介してくれそうなんだよね。彼も儲かってて、年収3000万なんだよ、信じられる?」
彼は自分の未来を見て強気に笑った。

「3000万円って、あなた貰ったら何に使うの?」と私は聞いた。
「僕は多分マネーゲームとしてしか使わないよ。あまり日常のことに興味がなくてね。」

こういう人は金欲があるというのか、と考えるうちに、彼の話していることの内容の1ミリも興味を覚えないことに気づく。

「あのね、どうしたら女性にモテると思う?」
「ううん、わからないね。」
「多分、そういう仕事以外の話を多く話せた方がいいのよ。」


三鷹駅にたどりついたときには既に空が暗くなっていた。
中央線の電車のライトがまぶしく線路に沿って動いた。
心臓破りの坂を越えた直後のこと。彼女はひた走りする途中、足がもつれる。大きく左右によろけた時に、近くで走っていた走者とぶつかった。2人は転んで尻餅をつく。彼女はいてて、とお尻をさすりながら、同じように手前に転がっている男性の背中を見た。
彼の背中には三つのたすきが掲げてあった。そこには、大企業の名前がそれぞれ書かれてあった。名も知れた大企業の内定を取ったせいなのか、彼の背中は自信に満ち溢れていた。それでもゴールを目指して走り続けている彼を、彼女は尻餅をついたまま劣等感と共に見つめていた。
彼はあまりダメージを受けていなかったのか、手を突かずに立ち上がり、後ろを振り返った。ゆっくり近づいてくる彼と目が合いそうになったので、彼女は醜態を見せまいとあわてて立ち上がろうとする。しかし疲れた両足に力が入らない。
「すいませんでしたっ」
恥ずかしくて下を向いたまま言った。少し間があった後「大丈夫?」と彼は手を差し伸べた。
まっすぐに伸びた手を伝って彼女は彼を見た。
そのとき初めて目が合った。真っ直ぐで強い意志を持った瞳を持った人だと彼女は瞬時に感じた。
「ぶつかったお礼にどうですか、コーヒーでも」
よろけてぶつかったのはこちらの方だと思いながら、彼女は突然の出会いに胸が躍った。振り返ると数人しか走っていなかった。
今まで何度もリタイアせざるを得ない関門がたくさんあったから人数も減っている。

「もう、これは一目ぼれなのよ、何万人のランナーが3次面接までに数十人までに減り、そこで彼に出遭ったの、運命!」
面接で会った男に関して、ダラダラと説明する彼女は突然強く言い切った。一目ぼれならそうなのだろう。あきれる私に彼女は続けて格言(暴言?)を吐く。
「まさに三次目の男は最強よ。」
彼女は会社ではなく、ライバルでもある男性ランナーに恋をしてしまったのだ。
そういう私は視界が狭く、思い込みが激しい友達が大好きだ。
いつのまにか4年生になってしまった。
3年生のときは「あと1年分あるから」とどこか余裕を持たせていられたが、4年となるともう年長さんである。学校の中では古株で、古株としての態度をどことなく示さないといけないのは、なんとなく窮屈なものだ。えらそうにするのはあまり得意じゃない。

学生のタイムリミットはもう1年を切ってしまった。
大学卒業というのは、高校から大学へのステップよりずっと大きなものだと思う。社会人として行動するのには多くの責任が伴う。責任やら制約の中で最大限に自由に振舞えることを模索するのが、自分の課題である。好奇心の幅を広げ、できるだけ地平線の向こうまで行き届いた心が欲しい。
そして
うまく卒業できるころには、社会人として学ぶ準備が整っていればいいと思う。
学校が始まったものの、就職活動と二束のわらじを履くような友達が多い。私もその中の1人だが、なにかその制度に釈然としない部分も多い。早め早めに企業も生徒も将来の見える契約を結びたがるのだ。面倒だ、とどちらかを捨てても未来は機能しない。(卒業できない・就職できない)
まさに今宙ぶらりんである。
なので、新学期のオリエンテーションが始まっても今までの華やかさが無かった。みんなの言葉が重い。
今年は五月病の発病も早いのかもしれない