ある女性誌に「部屋をキレイにする1番有効な方法は、クローゼットの中身をすっきりさせること」とあったし
9月に入る前に、服を捨てようと決意し、今日ちょっと実行した。
ヒット商品とすぐに消える商品の割合が2:8のであるように、普段着る洋服とそうでないものも2:8らしく
その8割の抹殺すべく、あらゆる服を1秒以内で捨てるかどうか決め
どんどん詰め込んでいったら、大人一人かがんで入りそうな大きさの袋が2個になった。
一つ一つ、誰が買ってくれたとか、あの夕暮れどきにこの服を着ていたとか、
服に付随する思い出や主観的愛着が、捨てる行為を妨げたけど
なんとか、潔くポイといけた。

人間関係もなんとなくゴチャゴチャになっている気がする。
そこに執念だとか憎悪だとかネガティブなつながりは無いと信じているのだけど
それぞれの相手にとるべき距離感、というのをもう少し丁寧に考えるべきだ。
そうしないと


自分が捨てられる。
パスタをフォークで巻いているところとか
窓の外の虚空を眺める仕草とか
見合った瞬間に慌てて逸らす
私の
そのぎこちなさを笑っているのでしょう

背伸びではないけれど
どうしてもあなたに
追いついているフリをしたいの
それが例え
届かない距離にあってもそこに
ロケが夕方に終わり、その後に
「笑っていいとも!」の制作スタッフ暑気払いがアルタで行われたので、昔いいともで働いていた先輩についていった。

「こういう業界っていうのは、麻薬なんだよ。俺に子供がいたら、絶対に勧めない。だけど、毎日が刺激的だし、多くの人々に会える。普通の生活を捨てる勇気があるなら、ここでやってけれるよ」
30年ほどカメラマンをやっていた人が焼酎片手に饒舌に話してくれた。
NHKでアルバイトを始めてから、NHKだけではなく、出版や新聞、ほかのテレビの関係者に会うことが多くなり、業界の異質さを体験しはじめた。

この業界はすごく狭い。
ひとつの会社ではなく、横断的に仕事が入ってくる人が多いので
プロジェクトごとに集められた人々が知り合い同士である場合も少なくない。
そして多くの職人達がひとつのものを作り上げるので、強い結びつきになることが多い。
常識に捕らわれない感覚の人々が、思い思いにはしゃいでいる姿を見て、なんとなく美大と似ていると思った。
(しかし、なんでこういう人たちって、呼び名を「ちゃん付け」するのだろう)