上海の夜景に心を奪われたのだけど
あれは日常ではなく、どこか胡散臭い部分もある。
表面をやすりでこするとあっけなく全てがくずれそうな虚構を感じるのだけど
そういった空気と映画の世界は相性がいいんだと思う。

今回は「旅先での恋」。
言葉も通じない現地の人と、だけど共通しているのは「好き」という気持ち。
それだけでそのストーリーは出来上がってしまう。
この「旅恋」というのは一人旅で起こりやすいもので
右も左もわからない場所で出会う。
ノープランで行く私は、そういった出会いで生活を形作っていくので、必然的に旅恋はついて回る。
言葉も何も通じないところで、自分の立場とか虚栄を捨てきった裸の自分を許容してくれる人間がいたら
間違いなく恋になりますって。
ただ日常ではないので、最後は、帰りの航空券を捨てたくなるのを我慢して
旅で落ちた恋に終止符をうつ必要があります。
終わりが恋の舞台から去ることで、決定されている時点で、燃え上がるでしょ?
たらたらする時間はもうありません。
卒業に向けて、これからの2ヶ月は粘り強く生きていかなければなりません。
中国へ行ったことだし、(適当な)4文字熟語で4つの目標を掲げました。

笑顔無料・・・気に入らない相手にも笑顔だけは絶やさずに。
非売身体・・・自分の商品価値を下げない。
先手必勝・・・制作、将来に関しての投資や行動は早めに手を打つこと。
色恋自粛・・・発情期は過ぎました。これからは自らを磨く月に入ったのです。

しかし色恋は、「先手必勝」と言いつつのめり込んだりして、自滅しそうだなぁ・・・
それはゴキちゃんです。きれいに部屋を掃除しているのに(半分うそ)部屋のスミをこそこそ堪能していました。
今回のゴキちゃんは、誰というわけではないけれど、人間ぽかった。人間がそこに居る気がしたの。
そいつは、とてつもなく心が狭くて、自嘲的で、卑屈になってる人間の権化のように、暗がりの間を移動していたの。たまにこっちを伺っては走り、たまに触覚で用心深くあたりをまさぐったりしていたの。

そう、私はゴキブリが人間の狡猾な、卑屈な、自虐的な部分を吸いあげてできたモノだと確信したの。だから、みんなに容赦なく嫌われるし、しかし外観の似たこおろぎは秋の風物詩として存在を認められているのよね。
だから、みんな、叩き潰す前に考え直して
ゴキブリだって、人間なの。
同族嫌悪よ。
自分にある汚い部分・・・まるで排泄物を見ているようだもの。それは嫌がるわよね。
私はゴキブリを殺さなかったわ。私は私の一部に彼がいることを確信したのだもの。否定はできない。
だけど、今夜中はクローゼットでじっとしてて。
私のマントルに続く母性も、この手の類の人間を愛することは苦労するだろう。しかし誰かが愛してあげなければならない・・・何度か生まれ変わったらそのような人間になってもいいわね。