卒業制作提出まであと2週間を切り
ほんま目の前の膨大な作業量に頭がパンクしそうなこの師走。
(頭よりむしろ体を動かせ、とよく言われる・・・)
こんなときに、素敵な出会いが多いです。
でも、たとえば出会って自己紹介するときに
友人「この子がムサビのヨウコちゃん(仮)よ」
ヨウコ「ヨウコでーす」
的なカジュアルな会話になるので、フルネームを使わない場合が多い。
その後2、3回食事をしたあたりで
「そういえば下の名前しか知らなかったけど苗字なに?」
と聞かれる。
確かにほんと、キャバ嬢みたいね。
相手のほんの一部分しか知らないまま、
お酒を飲み、冗談を言い合い、仕事の愚痴を聞いたりしてると
そういうのって、あんまり地に足がついてなくて、
自分が虚構に生きている気がするの。
どうかしら?
この現実はいつか醒めるであろう夢で、まさに私は蝶になり空を飛んでいるような。
こういうのって3月までは続くのかもね。
学生の夢の世界ってことで
叔母(母側)の家に訪問した。
そこで中学三年生のいとこに会った。バレー部の彼女。

彼女は成績がクラスの中でトップで
重ねて、可愛いらしい顔立ちだけれども
どうやら、それなりに悩みがあるらしい。

彼女は
眉毛剃ったり、フリフリのスカート履いたり
パンプスとレギンスの流行を真似たりしない。
眉毛は生えたまんま、髪は自分でショートカットに切る。
いつも男の子みたいなジーパンを履き、携帯もまったく使わない。
写真はいつも変な顔で写る。
色気づいたクラスの女の子に、色々な指南をされるが、興味はないみたい。
けれど、自分は浮いていると感じる敏感な部分もあり
家でその話になると自分が間違っているのかもしれない、と気難しい顔をする。

話を聞くうちに
その無頓着な性格や空気を無駄に読んでしまう不器用さが
自分の昔に似ていることに気づいた。
まぁ、親同士はもともと姉妹だったのだから
教育方針が似通った結果と思えば納得するのだけど。
私と彼女は「女」を前に見せる教育を受けず
野生的に育ってしまった。
しかし、それは何割か母の生き様も関係していると思う。

数日前、実家で大食い後に胃がムカムカして熱を出したとき、母は
「ムカムカ続けても意味ないけん、トイレで指突っ込んで吐いてきなさい!楽になれるよ!」
と言い放った。

その瞬間、この母をいつまでたっても越えられないと焦燥と絶望が混じった感情がドカンと心に響いた。
恐らく「与えないことの愛情」の深さに打ちのめされたのだ。

複雑な思いと苦しさで涙目になる。
だけどもう少し優しくしてくれないのか、と思いながらトイレに走る。

おええぇ

ようやく精神的・経済的な自立の段階に入ろうとしているのに
この母という大きな壁は常に私の手前で立ちはだかる。

これは、見事に悔しい。
単身で東京に来て、どう生活しようと、なんらかの成功を収めたとしても
私の母は常に「母」なのだから。
叔母(母側)の家に訪問した。
そこで中学三年生のいとこに会った。バレー部の彼女。

彼女は成績がクラスの中でトップで
重ねて、可愛いらしい顔立ちだけれども
どうやら、それなりに悩みがあるらしい。

彼女は
眉毛剃ったり、フリフリのスカート履いたり
パンプスとレギンスの流行を真似たりしない。
眉毛は生えたまんま、髪は自分でショートカットに切る。
いつも男の子みたいなジーパンを履き、携帯もまったく使わない。
写真はいつも変な顔で写る。
色気づいたクラスの女の子に、色々な指南をされるが、興味はないみたい。
けれど、自分は浮いていると感じる敏感な部分もあり
家でその話になると自分が間違っているのかもしれない、と気難しい顔をする。

話を聞くうちに
その無頓着な性格や空気を無駄に読んでしまう不器用さが
自分の昔に似ていることに気づいた。
まぁ、親同士はもともと姉妹だったのだから
教育方針が似通った結果と思えば納得するのだけど。
私と彼女は「女」を前に見せる教育を受けず
野生的に育ってしまった。
しかし、それは何割か母の生き様も関係していると思う。

数日前、実家で大食い後に胃がムカムカして熱を出したとき、母は
「ムカムカ続けても意味ないけん、トイレで指突っ込んで吐いてきなさい!楽になれるよ!」
と言い放った。

その瞬間、この母をいつまでたっても越えられないと焦燥と絶望が混じった感情がドカンと心に響いた。
恐らく「与えないことの愛情」の深さに打ちのめされたのだ。

複雑な思いと苦しさで涙目になる。
だけどもう少し優しくしてくれないのか、と思いながらトイレに走る。

おええぇ

ようやく精神的・経済的な自立の段階に入ろうとしているのに
この母という大きな壁は常に私の手前で立ちはだかる。

これは、見事に悔しい。
単身で東京に来て、どう生活しようと、なんらかの成功を収めたとしても
私の母は常に「母」なのだから。