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ツゲにツツジを接いだそれ

感想と解釈のブログ

ごきげんよう、柘榴です。

現在、5月12日よりアイドルステージ第5弾『プライムーン&GS382─2022年に愛を込めて─』に日々足を運んでいます。
人生初の全通で誇張抜きに毎日のように通う経験を積んでいる真っ只中です。このブログを書いてる今日は休演日なだけなので公演あったら行ってました。
そんなわけで、今の内に今作の感想も書き残しておきたいと思います。





表題通り『GS382─暁の章─』から地続きの視点での感想のため、GS382(SVAアカデミー男子五人)にのみ焦点を当てた内容です。
上記の『暁の章』の感想記事を先に見たほうがわかりやすいかもしれませんが、読まなくてもきっと大丈夫ですので何卒。



※あくまで深読みこじつけなんでも有りの個人的解釈に終始します。もし大きく感想が異なっても、色々な解釈ができる楽しい作品なんだなと割り切ってください。

※三人体制時のGS382を「元祖GS382」、五人体制のGS382を「現GS382」として区別化します。特に区別を要しない場合はそのまま「GS382」と表記しています。














■加賀深友の真意と衝動:短所の好転化からの更なる発展

GS382は、前作『暁の章』より個々人の欠落した部分を性質はそのままに好転させる=一人では駄目でも仲間と一緒なら輝けるグループとして描かれています。
リーダーの加賀深友の衝動的言動は前作に引き続きしばしば見られ、前作では自身を着飾るために「嘘」が衝動的に口をついていましたが、今作『愛を込めて』の加賀深友の衝動は「他者を信じられない」部分にフィーチャーさせてきました。

プライムーンが未来人で未来に帰ると打ち明けた際、最後まで「信じられるか」と強く反発を示したのは深友です。これは、『暁の章』劇中で言及のあった他者を信頼せず独りでいる深友の内面と地続きなのを感じさせます。
そんな中、侑弥や仁といった仲間達に支えられることで、深友の他人を信じられない衝動は、信じたくない動機たる素直な信頼を叫べる衝動へ好転していきました。

 

深友「待ってるから!
   来月の合同ライブ、オレ達待ってるから!
   だから……戻ってこいよ!」

(『プライムーン&GS382─2022年に愛を込めて─』第1部より)


これによって、深友は最後までプライムーンと別れたくない・プライムーンとの再会を信じているという心情を一貫して、かつ誰よりも先に叫びます。
仲間と一緒だから短所も長所に変わるGS382において、「他者を信じられない短所」が「信じようと思いたい他者へ気持ちをぶつけられる長所」まで転覆したのは、好転化の最たる例と言えるでしょう。

また、深友の衝動を演出するにあたって、前作とは違い深友が能動的に衝動をコントロールしようとする様子が見受けられました。
行き当たりばったりの言動が多い前作『暁の章』で深友が珍しく衝動の手綱を引こうとした、否、引かざるを得なかったシーンは、当時敵対していた一橋キリコから身を潜めるシーンです。要は、やむを得ない場面以外は、当初の深友はほとんど衝動のままに動いていました。
ですが、あの頃とは違い、『愛を込めて』の深友は仲間の言葉に耳を傾けるために衝動的に口走ることを押さえつけます。侑弥や仁がプライムーンの帰還を受け容れようと優しく諭す時や赤河望らプライムーンが帰還の意思を真っ直ぐに話す時の、肩の震え・呼吸音・眉根を寄せ内なるものを押さえ込む表情、どれをとってもその姿は、前作での消極的なフラストレーションの溜め込みと違いは明白でしょう。

ちなみに、該当シーンでは円形ステージならではか、身体動作・声遣い・表情どれかひとつだけでも深友が衝動を抑える様が受け取れるような芝居が光っていました。
客席全体で顔の見やすい方向にプライムーンが向いている演出が多い都合、向かい合って立つGS382は客席からまったく表情が映らないということが少なからずあり、上記引用の深友における見せ場のシークエンスも然りです。


GS382は、加賀深友の衝動を絶対悪とは見做しません。今作ではプライムーン達をギリギリまで引き留め再会の約束を取りつけるまで至ったように、時に突破口を切り拓く力として機能します。
グループの一番槍を務める深友だからこその言動は、やがてライブパフォーマンスにも昇華されていきました。

『まほろば』を始め、最初に台詞や歌詞を放つパートが多い深友ですが、今回のライブはそのどれもがサイコーでGS382のライブの期待度が一気に跳ね上がります。
特に今回は歌声の高音がパワーアップしていて、対照的な関係性を持つ一橋キリコの低音ボイスとも噛み合ってて楽しい。現GS382でも会場の空気を一気に自分達のものに染めていく強みは、衝動を仲間への力に好転させた深友にはより大きなものになったように感じます。

『暁の章』では嘘とハッタリの衝動をまだ見ぬ景色へ進むための指標に転じた加賀深友の衝動は、今作でも無碍にされず、他者に想いをぶつけるための武器として発展していきました。


■『愛を込めて』は焼田侑弥の物語:非明示的キーパーソンがもたらす効果

リーダーかつ主人公の一人である加賀深友が大々的に感情をぶつける役割を担ったのなら、では、プライムーンへ寄り添い諭すようなポジションには誰が抜擢されたのでしょうか。
そう、焼田侑弥です。
プライムーンサイドの物語としては侑弥の役割は非常においしい、未来への帰還に揺れる青羽朔や浅黄宵に道を示すポジションを担いました。まさか本当に未来人だとは思っていない侑弥は、未来に帰るか迷う朔達へ、躊躇いなく自らの考えを口にします。

 

侑弥「人生というのは前に進むものだ! 過去にしがみついてどうする?
   たとえ今より苦しくても、未来に向かうのが人間の正しい在り方だろ」

(『プライムーン&GS382─2022年に愛を込めて─』第1部より)


もとより前作『暁の章』から嘘や強がりが不得手で、それが好転し誰よりも嘘のない言葉を紡げる侑弥らしい素直な発言。侑弥の言葉を受け、朔と宵は未来へ帰る決心を固めることとなります。
後にそれを自覚した際の、侑弥の表情が絶妙で素晴らしい。
前述の深友の衝動を押さえつけている時の素振りとはまた違う、懊悩とも後悔ともとれない絶妙な顔つきを、朔が迷いない瞳で帰還の旨を語る最中に侑弥はします。メインアイドルが多い分自分に台詞が回ってこない時間も相応にある中、深友と侑弥の無言の表情の機微は郡抜きで良い。

そうして、複雑な内心を抱えていることが読み取れる侑弥だからこそ、終盤のプライムーンとの再会シーンが一層響いてきます。
まず、再会シーンのGS382センターが侑弥なのが本当に粋すぎる。
直前のシーンでは深友が動いていたためリーダーの深友センターにすることも芝居の演出として可能なはずで、むしろ別れのシーンで深友がセンターだったのだからそのほうが無難なはずなのに、あえて侑弥が朔達の帰りを迎える最高のポジションについたのは、意図された並び順であると自分は考えています。
更に、その後侑弥は、朔へ二度も全身で包み込むようなハグをします。今にも涙が溢れそうな表情で、マイクにも拾われない小さな声で「朔……!」と絞り出しながらの抱擁は、侑弥の仲間への気持ちの大きさを物語るには十分すぎました。同時に、未来への帰還の後押しをした張本人ゆえに皆とは異なる心持ちで朔達の帰還を待っていたのではという想像も掻き立てられます。

 


前作『暁の章』および前々作『プライムーン』本編内でこそ語られないとはいえ、侑弥と朔がとりわけ仲が良いという描写は番外イベント等で着実に積み上がっていきました。
それが今弾最終公演でこのような帰結を迎えたのは、焼田侑弥の物語としてあまりに美しくはないでしょうか。

蛇足ですが、今作では侑弥と朔の私服時の眼鏡が二人でZoffへ買いに行った公式動画に登場した眼鏡へ変わっており、朔とはマジで仲が良いということを暗にビシバシ伝えてきていました。すごくない???

そんな勇姿を見届けてから目の当たりにする、初日初演の侑弥センター『禊』は最高でした。
後に全てのセットリストを確認した後では、各曲に元祖GS382の長めのメインパートが設けられていてそれがたまたま侑弥は『禊』担当だった、とわかるのですが、それを知る由もない当時は、朔達プライムーンへの強い想いを募らせ続けた末に"禊"と題打たれた世界観を堂々歌ってみせる侑弥の姿に痺れるしかありません。
何回行っても最高のライブには変わりませんが、あの時の侑弥の眩しさは、完全初見の初日初演の場でしか味わえない感動だったと思います。

『愛を込めて』の主人公は加賀深友と赤河望、キーパーソンは白金明だと位置付けるのが自然で、侑弥は決してわかりやすく重要ポジションとして配置されているわけではありません。
しかしながら、この非明示的なキーパーソンとして動く侑弥の活躍は、元祖GS382とプライムーンの一年間築き上げた絆を見事に体現していきました。


■一橋キリコという偶像舞台の男:ライブパートで完成するコンテクスト

上記までで元祖GS382サイド、プライムーンサイドの物語に触れましたが、『愛を込めて』が展開するストーリーはこれだけに留まりません。第三の軸として、一橋キリコの物語が存在します。
『暁の章』ではヒールを担ったキリコですが、『愛を込めて』ではその部分が軟化し親しみやすく演出され、得てしてキリコの変化と決意が、プライムーンと元祖GS382の絆の裏でサブテーマ的に描かれていきました。

前作『暁の章』で深友らに突っかかっていたのは憧れの裏返し、本当は自分もGS382になりたいが今のいがみ合う関係性から脱しようにも悉く空回りする、というのが今作のキリコの主な行動パターンです。
本心とは裏腹にいつも通り嫌味が出てしまう際のキリコは、いじらしい表情→一瞬キッとなる→嫌味を放つ時のいつもの笑顔が出てしまうという、コロコロ表情を変えた上で最終的には笑顔で毒を吐いていました。換言して、自分でもどうしようもない部分に笑顔で振り回されていると言えます。

一橋キリコと加賀深友は敵対関係かつ対照関係として描かれてきましたが、その実二人は似た者同士です。まるで前作の深友が衝動のまま行動し自らの首を絞めてきたように、キリコも、口を開けば本心とは異なる嫌味ばかりが飛び出るアンコントーラブルな享楽性に自分自身が振り回されている点が顕著でしょう。
『暁の章』では行き過ぎた享楽性に退っ引きがならずあわや大惨事まで呼び起こしたキリコの為人は、今作ではコメディ描写になっているだけで根本で改善された様子はありません。何より、そのようなマイナス面においてキリコは、一貫して笑顔を浮かべながら振り回されています。
つまるところ、伝統工芸の継承と共に"笑顔を届けること"をモットーとしているGS382に鑑みれば、自らの笑顔に否定的な文脈を有しているキリコは、ある意味でどんなアイドルよりもGS382の加入に不適切な状態であったとさえ呼べるのです。

しかし、一人では欠点ばかりで何もできない、けれど仲間がいれば欠点も覆るのが、GS382の真骨頂です。それは、無事GS382への加入を果たしたキリコにも該当します。
これまでの楽曲に比して、GS382ではグループ特有の激しいナンバーにキリコは挑みます。一橋キリコの『威風堂々』は、猛然かつ苛烈なナンバーにもかかわらず、常に笑顔を浮かべながらパフォーマンスするものとなっているのです。

勇ましい眼光を放つ深友の表情とはもちろん、同じ笑顔でも仁による挑発的な笑みとも違う、飄々とした笑顔をキリコは客席へ放ちます。それは深友が踊る『威風堂々』に見慣れていた視界では、際限なく新鮮に映りました。

このスタイルが、ファンサービスを隙間を縫うように誰よりも盛り込む彼独自のアイドルパフォーマンスとも噛み合ったことで、一橋キリコの笑顔は肯定的なアイドルスマイルとして印象を変えていきます。裏事情であるところの芝居パートの文脈を加味してもアイドルとしての武器を真に手に入れたキリコの姿には、それまで自己選択が困難だった彼に拓かれた活路を感じました。
『暁の章』ではキリコの短所として描かれた"自己コントロールできない享楽性"の象徴たる笑顔が、唯一無二のパフォーマンスとして転じていく様にも、今作の彼は「GS382に加入した一橋キリコ」になったのだと実感を覚えずにはいられません。

 

キリコ「撫子の皆! 今日も皆、キラキラ輝いてました!
    ……まあ、僕達も負けないけどね!」

(『プライムーン&GS382─2022年に愛を込めて─』5月18日公演カーテンコールより)


アイドル・一橋キリコのテーマは「キラキラ輝くこと」だと、自分は考えます。
芝居パートのみ、あるいはライブパートのみでも十分面白いアイドルステージシリーズですが、従来の「芝居パートを見るとライブの深みが増す」ともまた違う、「芝居パートを経た上でライブパートでコンテクストを完成させる」という、オンリーワンの輝きを持てたキリコはアイドルとしてひとつの勝利を掴んだのだとひしひし感じます。
勝たんしかキリコ様!


■全てを包む富蛇野仁:重要シーンのための土台作りの巧妙さ

比較的おとなしめの性格ゆえ前述の三人よりは長時間の見せ場を得ていないものの、富蛇野仁も要所では他に代えられない役割を果たしています。
先に述べた加賀深友の衝動の好転について、そのきっかけを作ったのは他でもない仁なのです。

 

深友「未来とか帰るとかあるわけねえ! こんなの嘘に決まって──」
仁「嘘じゃない!」

(『プライムーン&GS382─2022年に愛を込めて─』第1部より)


アイドル時に包容を旨とする仁は、日常の状態でも(ギャグ描写を除き)荒唐無稽な言い分だろうと仲間が放ったものなら疑いの言葉を一切口にしない、包容の姿勢を垣間見せました。
『暁の章』で「我々は一人では何もできない」と他ならぬ仁が言い放ったように、仲間のアプローチがない状態では、加賀深友の衝動は悪癖でしかありません。それを深友の心情の根底にあった「ずっと一緒にライブがしたい」という真意を出力できるよう好転させたのが、富蛇野仁の仲間の言葉から目を反らさない包容力なのでした。
もしもあの時、仁がはたらきかけずに深友の衝動が欠点のままでいたら、真実を突っぱねてプライムーンと会わなかったことに後悔したことでしょう。前作で衝動に対する後悔を見せてきた深友だけに、ゆうに想像できます。それを防ぎ、繋ぎ止めたのが仁なのです。

そのように、包み込む・繋ぎ止めるといったフレーズが似合う活躍をみせた仁は、ライブパートでも共通するポジションを想起させていきます。
今回のライブではメンバー増加に伴いパート分けが改められ、『純情レクイエム』では、二組のデュオパートの直後に仁がソロパートを他のメンバーより多く担います。
単に仁に見せ場を多く持たせたナンバーだったから、高い歌唱力が評価されて抜擢されたから、と捉えるのが一般的で事実そうだと思います。そういった事実の上で、芝居パートで仁が仲間を繋ぐハブとしての役割を全うした後だと、また見え方が変わってくるものです。

仁の包容力は、それを謳うアイドル時のみならず、芝居パートでも存分に発揮されました。決して単独での長時間の見せ場を持たずとも、これによって後の重要シーンへの感動を大きくする土台作りに貢献していきました。
これも『暁の章』よりもおどおどした態度が改まってアイドル時に似た可愛らしい仕草が増えた『愛を込めて』の仁ならではのようで、彼の正統派な成長を窺えたのも嬉しかったです。


■武部南波はROCKに生きる:相反文脈の共存と融合

今作のライブパートのダークホースは間違いなく武部南波です。
前回『暁の章』の感想記事でSVA男子五人の内、唯一彼についての感想を書きませんでした。理由は単純に、ただでさえ『暁の章』のマクガフィンだった一橋キリコの更なるマクガフィンの面が強すぎて、彼個人がなぜアイドルの道を選んだのかが咀嚼しきれなかったからです。
『愛を込めて』でも自然と自身のアイドル活動を受け入れている姿勢であり、他のアイドルに比べて劇的な演出はなされません。なぜアイドルの環境に身を置くのか理由のわからない南波でしたが、今作では、環境の選択に理由を持たないことが彼のスタンスであると示唆されました。

 

そこはかとなく風に揺れる
柳の木のように
ただそこにいて行き交う言葉に
耳をすまそう

(GS382『暁─2022年に愛を込めて─』より)


上記は、いわゆる自己紹介ソングであるGS382『暁』の南波ソロパートの歌詞です。上記のように、南波パートでは時代や環境の移り変わりに身を任せながら自己を示すといったコンテクストの詞が歌われます。劇中での南波も、相棒のキリコが一歩踏み出せるよう数多のサポートを行う環境に自己を置いていました。
しかし、一度ステージに上がった南波は、キリコの一歩後ろに下がるどころかキリコを食う勢いの力強いパフォーマンスを見せるのです。



GS382が五人体制となる芝居パートの結末を受け、元々ダンスユニット的側面の強い元祖GS382、派手なビジュアルを持つキリコと並びアイドルとしてどう釣り合ってみせるかがアイドル・武部南波の命題になるのでは……とライブパートを迎えるまでの当初は思っていました。
ところが蓋を開けたら、「周囲には穏やかに合わせるけどそれはそれとしてパフォーマンスは主張強く激しくいく」という方針を現GS382のライブ開始数十秒で見せつけられて度肝を抜かれました。

いやマジでこんなことある……?ライバルユニットがロックバンドの意志を継ぐ物語やってる時に、自分が一番ROCKに振る舞うの……??

この相反文脈の共存が実に鮮やかで、南波のこのような為人が、彼が現GS382の加入に至れた所以であると考えています。

GS382は「●●なのに✕✕」といった相反する概念を多く抱えています。伝統工芸とプレゼント◆5の継承者なのに元祖を謳う、ポップでキュートなプレゼント◆5の直接的後輩ユニットなのに尖った世界観を持つ、リーダーの深友は伝統を継承するのに自らの伝説を築こうとする。これはキリコが入学式に見た、「眩しいくらい堂々としていたのに中身はポンコツ」の三人にも言えるでしょう。
このような歪な相反文脈を、仲間がいるからこそ持ち味への変換できるのが、GS382の魅力だと自分は感じます。

「SVA男子で南波だけパンチが弱い」というウィークポイントにこのような決着をつけたのも、今弾最終公演としての絶妙な落としどころではないでしょうか。
あくまで自己選択でキリコの進みたい道に身を委ね、いざ同じステージに上がれば一橋キリコのマクガフィンをぶち破る。何より、フルムーンというロックバンドが鍵となる物語で一番ROCKなのがフルムーンの継承者ではない南波という意外性が面白すぎる。
「フルムーンの部外者なのに誰よりもROCKに生きる」武部南波という存在が好きです。






こんな感じです。

明日からも『愛を込めて』を観に行きます。配信アーカイブ含めればもう両手でも数えきれない観劇回数に到達していますが、もしかしたら明日以降にブログに書かなかった新たな気付きを得るかもしれません。それくらい濃い舞台なので。
千秋楽日には再び配信を行うので、ドルステの集大成公演とGS382の行く末を限界まで観まくりましょう!!!(ネ●ケの回し者ではない)




『暁の章』の頃から作ってあったけど特に撮ってなかった加賀深友4連うちわと、『愛を込めて』のグッズを経て完全体になった加賀深友痛バの写真です。

それでは。

 

ごきげんよう、柘榴です。

現在、12月9日より絶賛公演中のアイドルステージシリーズ第5弾『GS382─暁の章─』に日々足を運んでいます。
たぶんこの調子だと18回観に行く予定です。十中八九今までの人生で一番通ってる作品かもしれない。

そんなわけで、現時点で憶えた感想を今の内に書き残しておこうと思います。
例によってライブパートのことは後々別記事で書くかもしれないので、今回は芝居パートにおけるGS382メインの記事となりました。自担の関係で項目ごとに文章量に滅茶苦茶な差がつきましたがそこは何卒。



※あくまで深読みこじつけなんでも有りの個人的解釈に終始します。もし大きく感想が異なっても、色々な解釈ができる楽しい作品なんだなと割り切ってください。













■加賀深友の嘘と衝動:グループ結成による短所の好転
 

小さな光が集まれば
僕たち5人はキラキラの
未来を照らすダイヤモンドさ
伝説が今はじまるよ Everybody!!

(プレゼント◆5『プレゼント◆5』より)


上記引用は、本タイトル主役グループ・GS382の直接的な先輩グループにあたるプレゼント◆5の代表曲「プレゼント◆5」の歌詞です。
『GS382─暁の章─』芝居パートでは、同グループのメンバーにしてGS382のプロデューサーである茅嶋暁が上記歌詞を強く連想させる台詞を放ったことからも、先人継承を掲げるGS382が何を先輩グループから継承していく作劇なのかが読み取れます。
今弾の主人公の一人である加賀深友は、もう一人の同弾主人公の青羽朔と似たような主人公像となるのか、あるいはプレゼント◆5所属の第2弾主人公大和京介と通ずるものが描かれるのか、はたまた学内の問題児主人公といえば第3弾主人公の天宮王成を踏襲するのか、どのような主人公像を描いていったのでしょうか。


シリーズ第5弾の主人公の一人・加賀深友は「嘘と意地と見栄で己を着飾るような主人公」として描かれました。


着物の染色を専攻している人間に自らは嘘で着飾らせるの、ヤバくない???


真っ直ぐなパフォーマンスが売りのアイドル時の彼から得られる予想を裏切るほど、深友は劇中で嘘をつきます。
後先考えず後のグループメンバーを巻き込んだハッタリをかます、作品を失望されそうになった際に咄嗟にまだブラッシュアップできるといった弁を並べる、理解したくない高説から逃れるために見栄を張った捨て台詞ばかりが口をつく、果てはライブMCですら自身を誇示するために咄嗟にホラを吹く。しかも深友自身この性質になまじ自覚的で、直後に自らを省みて激しく後悔をする始末です。
この大和京介のように一本筋が通っている性格とも、天宮王成や青羽朔のように外的要因に圧され自らを偽ったとも言えない基軸は、従来シリーズにはないズラしが入った人物像で面白く、同時に、どのような結末を迎えるのかわからない緊張感を与えてきました。

蛇足ですが、素直そうな印象を与える容貌の加賀深友が頻繁に嘘や見栄を見せ、理知的に見える焼田侑弥が嘘も強がりも下手というのも面白いズラし方だと思ってます。

閑話休題。『暁の章』が更に面白いのが、加賀深友にとって嘘はあくまで手段であるという点です。
深友は己の見栄と意地のためなら後先考えない嘘を並べますが、紐解くとそれはどれも自らをより良く着飾ろうとして咄嗟に出てしまうようなもので、すなわち加賀深友のファクターは嘘よりも「咄嗟に嘘が出るような自制の効かない衝動的言動」だと読み取れます。
これは、「自分自身の伝説をつくりたい」深友の自らの存在をより大きく示そうとする傾向ともつながるものがあるのではないでしょうか。


彼の衝動的言動は、結局のところ『暁の章』においては改善はされませんでした。
改善するまでもなく、GS382を結成したことで長所に変換されていったからです。


先に挙げた衝動的な嘘の数々だって、深友がハッタリをかまさなければGS382の三人が結託してアイドルを始めるきっかけは生まれなかったし、己の体裁を取り繕う発言を並べなければアキラは本当に大切なことを三人へ教えてくれなかったし、一度逃げ出さなければGS382は仲間になる第一歩を踏み出す準備ができなかったし、衝動的に突っ走らなければGS382が求める景色の先陣は拓かれない。
深友一人のままでは孤立を促す致命的な短所であった嘘と衝動が、GS382の三人でいるときならば、グループを前へ前へ進めていく指標とリーダー気質として好転していきました。

このグループ結成によって短所が好転していく「小さな光が集まれば」輝く展開は深友に限らず、メンバーの富蛇野仁、焼田侑弥にも該当します。
たとえば、仁は深友がピンチの際、自作の和傘を武器に戦います。劇中メインキャラクターはほぼ全員もの作りの分野を修めているだけに特段の悪意がない限りは作品へ物理的に酷い扱いはしない(裏を返せば、悪意を持ったぞんざいな作品への扱いが今回ヒール要素として採用されていました)ため、先述の仁の行動はかなり特質的で、そして前例を覆してまで仲間に尽くす混じりけのない精神性を強く感じます。
自分一人で作った作品を賭して三人で築き上げていく途中の衣装を守ろうとする施しの人として昇華していく様は、劇中でそれまで友人がいないことを示唆されてきた仁の人間関係への気持ちが、初めてできた仲間に全力を尽くせる隣人愛へ好転していったと言えるでしょう。

もう一人のメンバーである焼田侑弥ですが、彼は深友とは反対に己を取り繕うのが恐ろしく下手です。具体的には、物語開始数分でショックな出来事に耐えきれず号泣と嘔吐をかまします。嘔吐シーンが公式にあるアイドル、無神コウか焼田侑弥くらい説。
そんな着飾る嘘が苦手な彼ですが、劇中でGS382三人の関係性を「仲間だ」と一番に定義するのも必ず侑弥なのです。
一人では知的なイメージに傷をつけかねない着飾りの弱さが、三人なら飾らず想いをぶつける武器に転換された侑弥。『暁の章』開始前から何かと深友との対比関係が強調されてきた彼が、重要なシークエンスでも深友との対比傾向をフックに輝くのは何度でも目を離せません。

加賀深友に話を戻しましょう。
加賀深友の衝動的言動の好転の極地と呼べるのは、彼のライブパートにあります。

アイドル時の深友は、いつも笑顔を絶やさない仁やクールなアイドル像を持つ侑弥よりも笑顔と凛々しい表情の選択がもっともフレキシブルに行える立場です。換言して、ふとした瞬間に出る笑顔にも、深友自身が己を着飾った自己プロデュースの側面が他者より色濃くなってきます。
個人的嗜好の話になると、加賀深友の眼光が大好きなのですが、芝居パートで衝動のまま変わり行く視線を見た後に放たれていく、ライブ中の真っ直ぐな目とかアウトロの一瞬や指差しの一瞬でふと見せる笑顔とかが、本当に刺さる刺さる。
自己意思により自分を着飾るときでさえ、三人でのステージならそれは大きな光として観客に届いていく。この性質の昇華の仕方もまた大好きです。

つまるところ、加賀深友の衝動的言動の根元は「恰好よくあろうとすること」ではないかと自分は思っています。
だからこそ、自己の意思で自己を着飾り、サイコーに恰好いい加賀深友を見せてくれるアイドルという存在に彼自身が出会ってくれて嬉しいです。




「嘘で着飾り衝動的に一人で突っ走る孤独の男」が仲間と一緒になった途端「自己プロデュースをもってソロダンスパートをバチバチにキメる唯一無二のアイドル」に転じていった時の眼光、ヤバすぎる(動画の1:43~)


■『暁の章』は焼田侑弥の物語:象徴のコンテクスト化

主役グループのメンバーそれぞれにバランス良く人物描写のあった印象の『暁の章』ですが、一作品としての完成度の高さであれば、個人的には焼田侑弥の描写がひとつ頭抜けていると感じます。
なぜ個人的にそう思ったかといえば、ひとつの作品の中で広げられた人物描写の風呂敷がもっともきちんとまとめられているからです。

前述した衝動的な行動から、深友はアイドル活動に揺らぎを覚え、その上作品もメンバーもその関係性も否定され、抗えずに心身共に打ち砕かれ、劇中一番の窮地に陥ります。
心的なトドメを刺される直前、真っ先に声を出して復活の一手を打ったのが、他でもない焼田侑弥でした。
言うなれば、深友のひび割れたアイドルへの意思や粉々に破壊された尊厳を仲間への想いで甦らせた侑弥の勇姿たるや、まさに彼の象徴である壺が持つ「割れた状態から美しく再生させることができる」文脈を彼の作劇まで落とし込んだ瞬間でもありました。

これだけでもかなりスマートなまとまり方をしていますが、芝居パートとライブパートの二部構成かつ一体となったシリーズのアイドルステージシリーズの特色を活かし、侑弥は芝居パートで得たカタルシスをライブパートで更なる高揚感まで導いていきました。
 

たとえひび割れても
粉々に砕かれても
俺の愛に抱かれて
凛として生まれ変われ

(GS382『暁』より)


新曲『暁』の侑弥ソロパート、四行でわかる『暁の章』じゃない……???

自分の色に染めようとする加賀深友が衝動で自己を着飾り好転化した自己プロデュースを行い、誰かに傘を差す包容の富蛇野仁が自らの作品を賭してまで仲間と大切なものを守るのもコンテクスト化された象徴の奥行きを感じて楽しいですが、中でも焼田侑弥が一番色濃くストレートに出ていたと、自分は思います。
「衝突し合っていた正反対な二人の一方のピンチにもう一方が駆けつける」「泣き虫で臆病な人物が勇気を出して活路を拓く」といった王道の展開へ更にひと味加えた、『暁の章』の焼田侑弥像から本当に目が離せない。今度の配信買ったら何度でも観ます。


ところで嘘や強がりが滅茶苦茶下手な男からライブ中にあんなにも自然体で愛の言葉が出てくるの、つまりそういうことじゃないですか……。


■無敵に化ける富蛇野仁:キラキラ系ナンバーを歌わずに輝く選択

GS382のシリーズ内での特徴として、いわゆるザ・アイドルなキラキラ系ナンバーを持たない点が挙げられます。
第2弾以降、どのアイドルも主役公演で「いつもサンキュー」「Prime of the moon」のような爽やかさのある楽曲を獲得しており、比較的ダーク寄りなコンセプトの第4弾主役グループ・アンプラネットも初主役タイトルで「with you」を発表しました。
第2弾以降の先輩グループでは三日月が唯一後発的にこの手のナンバーを持ちましたが、当時よりもうんとハイペースで楽曲発表をする今のシリーズでキラキラ系ナンバーをひとつも出さなかったGS382は非常に意外に映りました。

GS382のナンバーはどれも生命力溢れパワフル、初期衣装の黒がきわめて映える、まさに強力なライバルグループという表現が似合うものばかりです。
この一縷の隙もない構成は、もうひとつの主役グループ・プライムーンがキラキラ系を得意とするゆえの対比表現なのかもしれませんが、だからといってGS382の魅力を損ねているかと言えばそうではありません。

特に、キャラクター的に一番キラキラ系が似合いそうな富蛇野仁がGS382特有の歌の世界に入って"化ける"瞬間が凄まじい。
個人的に、仁の声質は「強いライバルグループにこういう歌声があると説得力が高いよね」と思えるややハスキーな力強さがあり、その歌声と高い歌唱力で新曲『威風堂々』のCメロソロパートや落ちサビでセンターポジションから歌い上げる姿は、下手に他人の真似へ飛びつくよりも三人だけの世界観で勝負したほうが絶対的になれるGS382の底力を訴えかけてきます。
 

突破するんだ 唯一無二のこの時代を
制御不能火花散らせ 俺たちに幸あれ
ぶっ飛んだ感動を 威風堂々見せてやろう
全力全開前のめり 俺たちに幸あれ

(GS382『威風堂々』より)


GS382は先人継承のグループですが、額面だけ受け取ってすぐに正統派ナンバーを歌う手段はとりませんでした。
三人ならではの構成により、深友のダンスや侑弥のビジュアル、そして仁のボーカルが一番輝く三人の世界観の中で伝説をつくっていくのだというグループのスタンスを感じます。


■一橋キリコは偶像舞台の夢を見るか:汚さと美しさの混沌

ここまで色々な感想を書いてきましたが、『暁の章』を簡潔に表すと、物理的に汚さを晒せたほうが強い舞台です。

前述通り、同タイトルで最高の活躍をした侑弥は、まず開始数分で嘔吐と号泣をかまします。仁もめそめそ涙と泣き言を頻繁に見せ、深友は衝動の後悔で一人恰好悪い狼狽をして、挙げ句三人は極限までボロボロになります。
『暁の章』で掴みとった三人の心根の美しい絆は、それら物理的な汚さを経て得た泥だらけの友情です。

では、一橋キリコはどうでしょう。

一橋キリコは、深友達の同級生にして成績優秀、少し嫌味で享楽的な側面があり、それをしばしば相棒の武部南波に咎められるような人物です。
深友とは意地っ張りという共通項があるものの、こちらは素でもライブパートでも文字通り綺麗にまとまっている姿がよく目につきます。

そのためキリコは、綺麗すぎるがゆえに己の享楽性のストッパーたる南波がいない場面において、自分の撒いた種を摘むこともできずあわや大事件に発展する状況でも呆然と立ち尽くしていました。
該当シークエンスでもし善悪問わず何らかの自発的アクションをして汚さを晒せていたら、多少なりとも展開が変わっていたかもしれません。ですが、実際は南波にSOSを飛ばすことで精一杯、キリコが根本的原因の事件であろうと彼は汚さを晒さずに終わりました。
一橋キリコは、最後まで綺麗な姿を保てた反面、自己の感情を出しきらずに終わった印象が非常に強い人物です。

そんなキリコですが、終盤ではアイドルへ何か思い入れがあることを示唆する描写が入りました。
ライブパートでは実際に南波とペアアイドルとして登場し、アイドル衣装の似合う華やかな容貌やそつなくファンサービスをする姿はまさに見目麗しい王子のようです。一方で、キリコのライブパート参加は、角度を変えれば単なる飛び入りゲストの場としては終わりません。
キリコにとってアイドルステージは、綺麗にまとまりすぎている伝統工芸王子・一橋キリコの汚さを晒せる場所になり得ます。

キリコはアイドルとして舞台に立った際でさえ、深友と目が合いかければ目を逸らしてそれまでの笑顔を曇らせ、カーテンコールでそれまでにこやかにしていた拍手がGS382登場で暫く止まるという徹底ぶりを見せてくれました。
アイドルモードではむしろ笑顔や膨れっ面等の愛らしさをより強調していた分、口を真一文字に閉ざした瞬間には驚きましたし、ある意味では、小綺麗さで終わった芝居パートよりもずっと剥き出しの感情を観衆へ与えてきたのです。

キリコの今後について、あくまでアイドルは一度きりでマクガフィンの外を出ないのか、それともアイドルを続けていくのか。それは『暁の章』のみでは予想しきれません。
一橋キリコ、汚くてもいいからアイドルの場で全力で感情をぶちまけてほしい。キリコの本気を見せてくれ。






こんな感じです。

いや自分の文章に納得がいかなすぎてGS382からもらったぶっ飛んだ感動を三割も書き残せてない!そんなに自分の記事が気に入らないならもの作りで勝負しな!(脳内介入南波)
実際の『暁の章』を観るのが一番手っ取り早いので、公演は当日引き換え券および当日券、更には配信チケットまで販売中ですしお時間あればガンガン行きましょう!!!(ネ●ケの回し者ではない)




特にあげる写真がなかったので、サムネイル用にコラボカフェで加賀深友コラボメニューを頼んだ形跡を張っておきます。

それでは。

ごきげんよう、柘榴です。


表題通り、5年振りにブログのヘッダー(PC表示のみ)を変えたというお知らせです。
アメブロだとヘッダーを編集するためのCSSにヘッダー画像を取り込んだ日時が実質残っているのですが、久々に見たら2016とか書いていてたまげました。約5年……。
なんだかんだ当ブログは2011年からの開設なので、およそ半分の年月を同じヘッダーで放置していたことになりますね。

そんなわけで、当ブログ11年目のヘッダーはディアヴォのルミエです。ここ最近で一番上手く描けたので気に入ってます。



アメブロどころかpixivもTwitterも同じのにしたらマジで滅茶苦茶気に入ってる人間みたいになった。たぶんどのアカウントもルミエよりヨシュア関連でのアクセスが一番多いはずなのに。

ルミエやヨシュアといえば、先日のFes.でシリーズも第七期に突入して、新情報も予告されましたね。
Fes.は参戦したのでその内またブログでも書こうかと思います。


それでは。