ごきげんよう、柘榴です。
令和5年5月現在、今年のゴールデンウィークは脳内クラッシュ演劇『DRAMAtical Murderフラッシュバック』の観劇を繰り返しています。
というのも、自分は比較的最近になって初めてドラマダというコンテンツを知り、ついに再演の機会が訪れたということで、この令和時代に原作ゲームを初見プレイしたのち舞台のチケットを取りに取りました。
原作ゲームを遊んだパッション冷めやらぬまま、今回の再演で紅雀ルート・クリアルートの2ルートの全公演に足を運べる喜びと衝撃、初めてドマステを生観劇できた感想と時々解釈を記念としてここに残しておきます。
なお、あくまでも個人的解釈に終始するため、大きく見解が異なる部分があっても色々な解釈ができる楽しい作品なんだなと割り切ってください。
※本記事で取り上げている脳内クラッシュ演劇『DRAMAtical Murderフラッシュバック』の原作にあたるPCゲーム『DRAMAtical Murder』は成人向け作品です。本記事では具体的・直接的表現を避けた上で成人向けシーンの存在にも触れますので、閲覧の際は十分にご留意ください。
※PCゲーム『DRAMAtical Murder』のスクリーンショットについて、2023年5月1日閲覧現在の著作物転載ガイドラインに基づき、ニトロプラスの許可の上でニトロプラスの著作物を引用しております。これらは他への転載を禁じます。
■原作ゲーム後だからこそ味わえる追体験:複数メディアから受ける感情の連続性
まず、本記事の感想は個人的なドラマダシリーズの体験が多分に関わってくるので、簡単に自分がシリーズに触れた流れを話させてください。
冒頭でも微かに述べた通り、自分は元々好きだったコンテンツに舞台版クリア役・山縣悠己さんの出演が決まったことを機にドマステの存在も知った経緯を持ちます。
ドマステ初演は公式配信で少しだけ観ていたためざっくりとしたストーリーは知っていたものの、常々原作ゲームもやりたいと思っていたので、再演の報を聞いたこの機に思い切ってPC版で原作ゲームも初プレイしました。
もちろん一番最初に攻略するのは、シリーズを知ったきっかけのクリア!
完全初見で攻略も見ずにやるけどきっといけるだろ!
クリアと行くぞ!!プラチナ・ジェイルに!!!
【©NITRO ORIGIN/PCゲーム『DRAMAtical Murder』共通ルートより】
??????????
なんで幼馴染みと行くことになってんだ???
そんなわけで初見プレイで当たり前のように紅雀ルートに入りました。なぜ?
(真面目に推察すると、恐らく共通ルート時に好感度の内部パラメータを紅雀に振るかクリアに振るかの2択の選択肢の際に無意識で全部紅雀を選んでいたのだと思われます)
結論から申し上げると、全うに滅茶苦茶楽しんでエンディング迎えました。自分がやたらと幼馴染み属性のペアと縁があるのはなぜでしょうね。
というように、自分の初めてのドラマダ原作プレイは、紅雀ルートに進んでからクリアルートに向かう道筋を描く結果となりました。大抵のコンテンツで好きになりやすい属性が幼馴染み・銀髪・人型の人外辺りなのでなるべくしてなったとも言えます。
この当初の想定からは若干ずれたゲーム体験を経たことで、ドマステ再演で見た景色には、自分にとってゲームプレイ前に初演の映像を観た時とはまったく異なる感情を抱くものとなりました。
【情報解禁】
— 脳内クラッシュ演劇「DRAMAtical Murder」フラッシュバック (@DMMd_engeki) February 14, 2023
脳内クラッシュ演劇「DRAMAtical Murder」フラッシュバック
メインビジュアル・チケット情報解禁!
チケット料金:9,800円(前売・当日共/全席指定/税込)
一般発売日:3月26日(日)10:00
公演スケジュールは画像をご確認ください!
🔗https://t.co/Zu7qvTj2yt#ドマステ #ドマステ再演 pic.twitter.com/Y1yE8k8EBP
第一に、今回の公演スケジュールから自然と最初に紅雀ルートを観劇→次にクリアルートを観劇という日程になり、自分の原作ゲームの攻略順と同じ順番になるのが、自分にとっては原作ゲームで感じた胸の高鳴りの追体験のように思えました。
初めてゲームを遊んだ時と同じく、共通ルートで行動を共にする機会が多い紅雀の姿に、蒼葉の恋愛劇の嚆矢となる彼への期待が膨らむ。蒼葉を通じた描写はもちろん、攻略対象キャラクターが四人横並びになる際に紅雀とクリアが隣同士になる立ち位置が多かったのも、どことなく共通ルートで紅雀かクリアかの2択に迫った選択肢が頭に浮かびます。
そんなクリアに対してですが、紅雀ルートでは当然紅雀に注目しつつ、初見プレイならではの「なんとなく別のキャラも気になってくる」気持ちも観劇中にリフレインされました。
気っ風も器量も良く腕っぷしも強い、人好きのする為人の紅雀を主軸とした共通~紅雀ルートの描写では、クリアは正体不明でなんだか怪しい雰囲気です。当然、初めは蒼葉もクリアを警戒し、反対に幼馴染みの紅雀へは全幅の信頼を寄せます。
ですが、狼狽する蒼葉のことを紅雀と一緒に心配するクリアを受け、蒼葉もしっかりクリアの方向を見て紅雀に対してと変わりなく感謝を伝えているなど、プレイヤー視点=蒼葉の視点を通して少しずつクリアの心根の優しさに触れていきます。
たとえ媒体が変わろうと、誰にも物怖じしないノイズや徐々に心が壊れていくミズキ……語れば枚挙に暇がないほど、紅雀と碧島を探索して他のキャラクターの魅力に触れていく体験の面白みは、ゲーム初見プレイ時のそれと遜色ありません。
紅雀ルートで幼馴染みの恋愛模様を楽しむ傍ら、まさしくクリアのことももっと知りたいと思わせる土台も、自分の中で着実に築き上げられていったと感じています。
■メディアミックスだからこそ生まれた差異:各ルートのストーリー再編成への所感
毎公演日替わりで6つの個別ルートに分岐するのがドマステ再演の面白さのひとつで、毎日様々な蒼葉の顔を見られるのは実際に半端なく面白いです。
そんな中、自分は紅雀とクリア両名のルートを観劇して、面白さの中にも別のベクトルが潜んでいると強く感じました。
それは、舞台版単体で見た際の物語がわかりやすいかわかりにくいかです。
紅雀の個別ルートは、原作ゲーム・舞台版共に彼が束ねるチームのメンバーが登場したり、深い因縁を持つ竜峰も新登場したり、刺青で人心を操る奇異な計画が判明したり、実は竜峰も蒼葉達の本来の目的たる東江と繋がっていたり……等々、様々な人物・能力・事件が複雑に絡み合うストーリーです。
紅雀の多様な人間関係や彼の秘密が描かれたことで「幼馴染みの蒼葉も知らない紅雀」という側面が強調されるのは、蒼葉と紅雀の一筋縄ではいかない幼馴染み関係への良いエッセンスとなり、原作ゲームではより二人の関係の進展に目が離せなくなったのをよく覚えています。
一方、限られた時間内で収めるためか適度に原作のストーリーが再編成された舞台版では、次から次へと新しい人物や能力が飛び込んでくるため、舞台版単体で見るとやや忙しない感もあります。
とはいえ、劇中の紅雀による激しい怒気や大剣を振るう疾走感とは相性が良く、終盤の告白描写のもどかしさとも場面のスピード感に緩急が出て「あの色男で頼もしい紅雀が蒼葉への恋路にだけはへどもどしている」というギャップがより魅力的に映るのもまたひとつの感想であり、必ずしも情報過多のわかりにくさ=つまらなさには帰結しません。
つまり、舞台版紅雀ルートはその複雑さが物語の深みにもなれば心地良い煩雑さにもなる、総じて忙しなさが幼馴染みの知らない面を次々知る紅雀ルートとマッチしていたと言えます。
【©NITRO ORIGIN/PCゲーム『DRAMAtical Murder』紅雀ルートより】
対して、舞台版クリアルートは、舞台版紅雀ルートと比較すると全体的にスッキリとまとまっていた印象を覚えます。
こう感じる理由を自分なりに考えたところ、「専門用語が多くなく」「劇中で開示された特異な事象が1種類のみに絞ってあるから」ではないのかと思いました。
たとえば、リブやライムといった作中独自の固有名詞がついた概念にクリアは関わることが然程なく、個別ルート後の新たな専門用語においてもダイ・ミュージック以外は特に出てきません。
そのダイ・ミュージックについても、舞台版の作中でその言葉が出てきたのは数度きり、その後の歌や声にまつわる能力は「僕たち兄弟の歌」「マスターの特殊な力」など独自の固有名詞を持たない表現が採用されていきます。共通ルートで明かされたスクラップという語すら好んで用いられません。
歌や声にまつわる言葉に極力特別な表現を使わないのは、クリアが自らの歌を愛する人を喜ばせるための優しく素朴な手段として大切にしているようで、なんとなく嬉しいものがあります。
そんなクリアの歌声は、実は人の心にはたらきかける力、すなわち共通ルートで明かされた蒼葉の声が持つ能力と同種の力を有すると作中中盤で明らかになります。これは劇中でも「蒼葉の声とほぼ同質のもの」と明言されています。
新たな特異現象の判明という点では紅雀ルートの刺青と似た要素であるものの、こちらは共通ルートの時点が明かされていた蒼葉の能力と地続きであり、情報の種類としては増えていないためすんなりと頭に入ってきました。
クリアが特殊能力を宿した所以である、彼が機械生命体だという点に関しても、既にオールメイトという生物型の機械が身近な世界観が提示されてきたためシームレスに馴染む部分でしょう。
このような自分が感じた両ルートの違いは、一概にどちらが優れているかという話ではありません。
そも、プレイヤー視点=幼馴染みの蒼葉も知らない紅雀の側面があることを描写する紅雀ルートで忙しないと感じるほどの知らない新情報が飛び交い、「プレイヤー視点=蒼葉から様々なことを学んでいった」とクリアが謳うクリアルートでは着実な積み重ねを主軸とし急展開と呼べる箇所が抑えられているというのは、ある種それぞれのストーリー展開に対して理にかなっている気さえします。
原作ゲームとは印象が変わる可能性を帯びるストーリーの再編成で、原作から続く関係描写の肝をより体感できるバランスにそれぞれ設定されていたのは、マルチシナリオ形式の本作品へ「ただ蒼葉の恋愛の相手が違う」以上の楽しさを受け取れる幅を広げてくれました。
■舞台版だからこそ描ける心情表現:名キャスティングと名演出のハイブリット
前項ではストーリーの再編成の話を少ししましたが、ドマステ再演においては、再編成以前に舞台版では原作そのままの表現が流用できない制約も存在します。
クリアルートで代表的なのは「メカバレ」「成人向けシーン」「歌」の3点でしょうか。
まず挙げたいわゆるメカバレについてですが、前述通りクリアの出自は東江が製造した機械生命体です。
そのため、外傷を受ける窮地の場面になるや、クリアの外装は次々に崩壊していきます。原作ゲームでは本人から見て顔の右半面・右手首・左手から腕の損傷が特に酷く、それらのメカ部分が終盤はずっと丸出しの状態でした。ニトロキラルってここまで大胆にキャラの皮膚持ってかれるんですね。
【©NITRO ORIGIN/PCゲーム『DRAMAtical Murder』クリアルートより】
もちろん、この世に顕現した人間である以上、舞台上での完全再現は物理的に不可能です。
この「クリアのメカバレ表現が困難」という制約に対して、制約がむしろ見応えのある演出へ転換されたステージは実に鮮やかでした。
まず、山縣さん演じる舞台版クリア、通称“山縣クリア”の苦しむお芝居が本当に素晴らしい。
これまでのコミカルな振る舞いから一転、肉体の崩壊も省みず、命を懸けて蒼葉への信愛を貫けば貫くほど苦しく痛々しい様相を呈する山縣クリアは、あたかも目の前でクリアの外装が剥げていく場景を想起させていきます。
クリアルートは日常パートでは愉快な、恋愛パートでは切ない空気が多い分、ここぞという時の苦しげな場面は目を引くものがあり、見ている人間へ激烈なインパクトをぶつけてきました。
その上で、原作で一番メカ皮膚が顕著だった顔半分を映さない立ち回りをされたら最早メカバレクリアにしか見えません。
というのも、既にメカ皮膚が露になった時系列でクリアが蒼葉と対話する終盤シーンでは、客席正面からみてクリアの顔の右半面が一切見えないような方向にされていることが多いという、シンプルながら一度でも原作ゲームをプレイしていれば効果抜群の演出が施されていました。
真に迫る山縣クリアのお芝居をぶつけられ「舞台上のクリアは相当のダメージを負っている」という世界観に入りやすい地盤を固められた後だと、顔や腕が見えないというだけで十二分にこちらの想像力を掻き立ててきます。
山縣クリアによる鬼気迫る演技とクレバーな演出の融合には、舞台に立つクリアがメカバレしているかに思わせる力が確かにありました。
ドマステのキャラクタービジュアルも公開されました!☂
— 山縣 悠己 (@yuki_y_1012) 2023年2月27日
クリアちゃんのガスマスクver!!
公式では全身でしたが
僕の方ではバストアップバージョンを公開(૭ ᐕ)૭
皆様お楽しみに(≧▽≦)
久々にドマステメンバーにも逢えるの楽しみヾ(。・∀・)oダナ!!#ドラマダ #ドマステ再演 pic.twitter.com/IFvIAnJkVE
(クリアが劇中中盤までガスマスクで過ごす点も、素顔開示後の表情演技が強調されるギミックになっていて面白い)
その後、クリアと蒼葉は原作通り愛を確かめ合うのですが、成人向けシーンの代替演出の巧妙さもまた良い。
大前提として、舞台版はあくまで全年齢向けの催し物のため、該当のシーンは全てダンスによる比喩表現に留まります。翻って、該当のシーンで存在した台詞は9割方排除されていきました。
クリアの物語だと、原作ゲームでは蒼葉がスキンシップの最中でクリアのメカボディの感触にも言及し、それが容姿の開示に怯えるクリアへ「どんな見た目でもクリアはクリア」と受容を示した蒼葉の気持ちとの一貫性につながる演出がありますが、そのような心情表現の裏付けも舞台版では全てカットされてしまうというわけです。
にもかかわらず、その制約を逆手にとってきたのが舞台版クリアルートでした。
舞台版クリアルートの特徴として、クリアの容姿の開示後、蒼葉がクリアを見つめている場面が多い点が挙げられます。これは、アフタートークで公式サイドからも同様の発言が出たことから、ある程度意図されたところだと読み取れます。
ふとした場面でも視線を向けるクリアと蒼葉。そのような流動的な身体表現の中で培う積み重ねは、止め絵の表現を主とする一般的なAVGフォーマットを採用した原作ゲームではかえってできない演出です。
あえて原作そのままの台詞は用いずに舞台ならではの言葉では表現できない感情の機微を差し込むのも、ドマステ再演ならではの見応えを生んでいたと呼べるのではないでしょうか。
結果として原作には存在したメカボディへの言及がないのも、メカバレをこちらの想像力に担う舞台版の構成に鑑みると良い塩梅にも思えます。
メカバレ言及と視線の交え合いという、一見まったく異なる心情描写のアプローチながら、どちらに対しても共通して「蒼葉はクリアが何者だろうと受け容れている」という愛情の一貫性を自分は受け取りました。
『#ドマステ』本日はクリアルート初日です。第1幕ではギャグ成分強めのキャラが、分岐後はピュアでイノセントになるのがクリア√の醍醐味。初演では初舞台でクリアに真摯に向き合った山縣悠己氏が、再演で表現する新たなクリアを。ガスマスクの下の素顔を見にぜひ碧島へ。雨模様なので傘も忘れずに☂️ pic.twitter.com/8YSpRqgT5u
— 内田裕基💐脚本家 (@u2daa) 2023年4月30日
(初対面時の蒼葉はクリアへ警戒の表情を見せており、関係性が成熟して受容の眼差しに変化していくのもミソ)
このような演技と演出のハイブリッドが活かされるのは、メカバレや成人向けシーンの補完に留まりません。
極めつきは、クリアのファクターである歌に関しても然りです。
クリアが好んでいる行動であり機械生命体としての要でもある歌は、舞台版ではダンスで演出されていきます。そもそも、ドマステは基本的に身体表現や兼ね役でのお芝居、そしてダンスで物語を代替やメタファーとして表現する機会が多く、そのフォーマットに則ったものとなります。
といっても、メタファーに替わったからといって歌のシーンでの魅力や感動が損なわれるかと言えばそうではありません。
何せ、山縣クリアはダンスが滅茶苦茶に上手すぎるので。
直截な言い方をすれば、舞台上でのダンスが上手ければ上手いほどクリアが心を込めて歌っている証左になる歌→ダンスの比喩表現は、まさしく華麗なダンスでこちらを惹きつけるキャストのパフォーマンスとがっちり噛み合っていました。
舞台上で舞い踊るクリアからはどれほど彼が蒼葉のことを想って歌っているかが伝わるようで、特殊能力としての歌のシーンすら、それまでの満身創痍をものともせず華麗に踊る姿に蒼葉を守るクリアの覚悟を感じられます。
これもまた、キャスティングと演出の妙が見事に重なった点だと言えるでしょう。
■“山縣クリア”だからこそ得られた観劇体験:コンテクストの蓄積による多重構造
何より、本編中の「歌のメタファーとしてのダンス」を幾度も見ていると、クリアのダンスそのものに文脈が蓄積されていきます。
それらのコンテクストが美しく開花する瞬間こそ、エンディングダンスではないでしょうか。
ドマステにはエンディングにもダンスパートが存在しており、それまでどのルートにおいてもダンスによる演出が取り入れられてきたので、キャラクターの恰好いいダンスに対して突飛な感覚や殊更な違和感は生じません。
このためか、キャラクターとしての最低限のライン(常に大剣を支えて踊る紅雀等)を除いて変に韜晦することなく、キャストの方々の実力が存分に活かされるステージにもなっています。
そこでのクリアが本当に凄かった。
いや……クリア…………あの……。
マジでお前……エンディングのクリア…………本当にすごすぎ…………。
いきなり気が触れた文章を書きましたが、思い出しただけで正直な感想がこれになるので許してください。
自分は、このエンディングダンスで、乱暴にまとめれば下記のような感情の流れで心を揺さぶられました。
他ルートで終始コミカルテイストに描かれたクリアがいきなりバチバチに恰好いいダンスを披露する
↓
「うわあ!いきなりかっこよくなるな!!」
「あのガスマスクあり得ないほどダンス上手くない!?!?」
「クリアって一体何者!?クリアルートも絶対観なきゃ!!!!」
自ルートで歌の比喩表現としても採用されたクリアのダンスが恰好よさ全振りで披露される
↓
「歌のメタファーのことを考えると蒼葉の隣で踊ってるだけで含蓄が溢れる……」
「あんなに恰好よく踊るなんて本当に本当に本当に蒼葉のこと好きじゃん…………」
「結ばれて良かったねクリア…………輝いてるよクリア………………」
山縣クリア、どう転んでも見ている人間に爪痕残す気?????
といった風に、もう少し体裁の良い表現へ整えると、いずれのルートにおいても舞台のクリアはきわめて強烈な観劇体験をこちらに与えてきました。
身近な存在と結ばれる紅雀ルートを見終えた後だと、身近とは程遠い変人がいきなり正統派な恰好よさを見せてくるギャップが楽しい。切なく優しいクリアルートを見終えた後だと、打って変わってクールでキレのあるダンスで魅せるのがもう本編のような悲しい障壁を持たない示唆みたく思えて、クリアルートの終幕としてはあまりにも美しい。誰が主役のルートでも釘付けにならざるを得ないクリアの一挙一動には、際限なく魅入られるものがあります。
あまりに魅入られすぎて「東江こんな凄いもん量産しようとしてたの!?!?二秒で碧島征服できるから東江早く潰れろ!!!!」という無茶苦茶な感情さえ込み上げてきました。なぜ??
ここまで散々どこが凄かったのかの言語化を試みてきましたが、これに関しては百聞は一見に如かずなところもあるので、同演目の撮影およびWeb投稿可能時間内で撮った自ルート山縣クリアでも見てください。
そして、自分だけの心揺さぶられる体験を今からでも味わってください。
■おわりに:山縣クリアに感謝を込めて
前述した通り、自分は歴は浅いながら少し前から山縣さんの活躍を拝見しており、なおかつ銀髪キャラや人外属性が好きなためクリアのこともすぐに好きになりました。
ですが、それらの条件だけでは、今回の観劇で得た気持ちの数々は成り立たなかったと感じています。
キャストとキャラクターどちらも知らなければ成立しない、あるいは先に好きになった順番が違っても同じ感情は生まれない、もしくは紅雀ルートではなくクリアルートを先に観劇したという順番の違いでも、抱く感想は変わっていたかもしれません。
数ヶ月前に原作ゲームを初見プレイしたばかりゆえに追体験できるフラッシュバックと、絵や言葉以外の表現も用いる舞台版ゆえに新たに得られる衝撃が合わさったからこそ、今回のような体験ができました。
自分だけの最高の観劇体験を得られて、ドマステ再演を観に行けてよかったという気持ちに満ちています。
ありがとうDRAMAtical Murder。ありがとう山縣クリア。
それでは。















