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ツゲにツツジを接いだそれ

感想と解釈のブログ

ごきげんよう、柘榴です。


先月26日は『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.2 Brave Child』ことBrave Child(ブレチャ)のニューシングル『秘密』がリリースされ、本日7月2日は誕生日設定公開後初のヨシュアの誕生日と、ヨシュア関係のめでたい日が続いています。
折角の記念日なので、今回はこの日に感想でも残そうと思います。とはいえ誕生日らしいことは書かずにひたすらCDの話になりますが。

なお、本記事は全項に渡りディアヴォシリーズの本編のネタバレを含みます。シリーズの「製品を視聴して登場人物の隠された側面を楽しむ」という作風の性質上、シリーズをこれから履修する場合作品の魅力を大きく損ねる可能性があるため、シリーズ未履修の方はご注意ください。






【©Rejet/Rejet公式サイトより(https://rejet.jp/works/wp-content/uploads/2024/07/DV%E9%85%8D%E4%BF%A1%E7%94%A8%E3%82%B7%E3%82%99%E3%83%A3%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E2%91%A1.jpg)】


 

 

 




1.はじめに

■この記事を読むにあたっての大前提
・本記事には「考察」という表現が登場し得ますが、いつもの通り便宜上のものです。特に今回は個人的な感想・経験を意図的に混ぜながら書いています。
・本記事は自傷行為(広義のリストカット)についての言及またはそれを伴うフィクション描写への感想を主としますが、本記事は「自分がこうなった・こう思ったからあなたもこうすればいい」というものではありません。
・本記事は自傷行為を推奨する意図はございませんが、自傷行為に対して否定的見解および警鐘を鳴らす内容でもございません。
・本記事で言及された自傷行為描写はすべて個人の見解、および対象キャラクターが架空の人物であることを前提とした内容です。自傷行為における動機・精神状態・方法・自傷の箇所ならびに範囲・その後の傷の状態や精神的ケアにつきましては個人差が存在します。すべての人に本記事の言及が当てはまるわけではないことをご理解ください。

■この記事を書くにあたって
毎度のことにはなりますが、自分は自傷経験があり、その動機・行動・時期に至るまで奇跡的にすべてヨシュアと被っていたことから、彼と出会い精神的に救われた経緯を持つdevilsです。その辺りは↓の今までの記事をご覧ください。
『ディア♥ヴォーカリスト』のヨシュアに救われること:Rejet作品の自傷行為描写における考察
自傷経験者が『ディア♥ヴォーカリストXtreme ヨシュア』に救われること:感想と考察もどき
『ディア♥ヴォーカリストEvolve』のヨシュアの新曲が私信だった:歌詞考察と自傷と承認
自傷経験者が『ディア♥ヴォーカリストEvolve ヨシュア』に救われること:感想と考察もどき
自傷経験者が『ディア♥ヴォーカリストRaving Beats!!! ヨシュア』に救われること
自傷経験者が『ディア♥ヴォーカリストUnlimited ヨシュア』に救われること

という風に毎回書いてはいるものの、正直ここまでヨシュアの自傷癖ばかりに心血注いでいるオーディエンスなんてごく少数だと我ながら思います。
あくまでディアヴォは音楽・恋愛コンテンツなので、ヨシュアの自傷経験は本来ここまでフィーチャーするものではなく、音楽や恋愛の奥行きを出すための総合的な演出のひとつと捉えるのが適切でしょう。


 



そんな矢先にこれですよ。


それTwitterで言っていいやつ!?


経緯としてはヨシュアとエーダッシュが腕を露出したビジュアルのグッズの発表があり、二人ともドラマパートとの決定的な矛盾が生じるため一種の辻褄合わせとして呟かれた……と考えるのが妥当です。
妥当なんですが……本当にいいやつ!?!?

正直ここまで直球の自傷痕の暗示がきたのもほぼ初めてで驚きましたし、ていうかヨシュアとエーダッシュ……お互いのそれ……気付いてる……?
自分はヨシュアとエーダッシュが好きな元ベーシストバンギャなので、このツイート見た瞬間このことだけでブログ書こうかと思いました。お願いだからせめてCD視聴までは到達させてほしい。

 

(ちなみに『CR69Fes.2018「Dead or Alive」』の半袖ビジュアル発表の頃はヨシュアに傷痕が残っているのか否か明言されてなかった影響か、わざわざ傷隠しをしている補足投稿がされることもありませんでした)

まさかの形でリリース前から波乱のあった今期、ドラマパートのヨシュアは果たしてどうなるのでしょうか。


2.『Headliner』におけるヨシュアと自傷に関する描写について

■自傷の演出は今期も必要?:シリーズで自傷癖を描ききる意義
ディアヴォシリーズ途中参加のヨシュアも早いものでCDリリース6回目、いわゆる“本編”と呼ばれる30分程度のドラマパートが描かれるのも今回で5回目となります。
第5期『Evolve』で寛解の兆しが見え、前期『Unlimited』では習癖がかなり安定した寛解者としての様子が描かれたヨシュア。ここまで長期の物語となると自分が発売前に気になる点はただひとつ、今期も自傷癖にまつわる描写があるかどうかです。

自分は予想にあたり、思考を巡らせる内に大きく分けてふたつの気持ちが湧きました。
すなわち「自傷しても全然おかしくない」「シリーズものとしてもう自傷は取り上げないかもしれない」です。

まず「自傷しても全然おかしくない」については、あくまで当事者意見かもしれませんが、自傷癖に寛解はあっても完治の概念はない、という持論が基盤にあります。
実際、ヨシュアは作中でも初登場『Wired』で顕れた習癖が再発である旨が示されているので、存外飛躍し過ぎでもありません。たとえ前期ですっかり自傷しない姿が描かれても、次回作品でも自傷しない保証はどこにもないというわけです。

だからといって、今後もまた自傷描写がくるかといえば、それもそれで言いきれません。
何せ、先述通りヨシュアの物語ももう5回目です。凄まじいことに今まで全て自傷癖をフックとした作劇がなされてきて、個人的には惹き込まれ続けてきたものの、商業コンテンツとして飽きさせないようまったく新しい展開に及ぶ可能性も否めません。これが「シリーズものとしてもう自傷は取り上げないかもしれない」の気持ちに繋がります。

現に、今回ヨシュアに課せられた試練は体調不良でした。

バンドメンバーとの絆も固くなりヒロインとももちろん仲良し、順風満帆な日々へ突如訪れた災難に、ヨシュアは身体症状以上に精神が参ってしまいます。
誰かに相談して即解決するわけではないためか、はたまた元来の抱え込みがちな性格が災いしてかヨシュアは独りでどんどん弱り……その後色々あって、なんとか平和的な集束を迎えました。



直後にヨシュアが発した言葉とは、










 

ヨシュア「あのまま一人だったら……オレ……きっと、ラクなほうに流されたかも……。
 自分を傷つけたら、今、この瞬間だけ息ができるようになるのを……、
 この手は、まだ……覚えて……。
 オレ、一人で抑え込む自信が……今は、ないよ……」

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.2 Brave Child』DISC1 Track.4)

 

 

 

 


そう、弱る過程で切りかけていました。







いや…………今期はこうきたか……………………。





度肝を抜かれました。改めて書きますが、ヨシュアのドラマパートは今期で5回目です。5回目でもしっかり自傷癖のフックは外さない!サイコー!!

とはいえ、初見視聴時はこのまま体調不良だけがこちらの緊張感を煽る演出になると感じかけていたので、自傷行為に及びかけたシークエンスは予想外でした。
カレの体調不良→精神的にピンチ→ヒロインが看病という王道な流れに乗っていたのも相まって、自傷の有無に注目していた自分すらここから切る展開は挟めないだろうと思いそうになったくらいです。Rejet株式会社、自傷癖の描写の引き出し無限大?

一方、それは裏を返せば、見ようによっては「今回も自傷癖を描く必要があったのか?」という疑問にも転ぶかもしれません。
これに対し、自分はヨシュアが自傷しかける描写は大切なシークエンスだったと言いたいです。

まず、今期のヨシュアの物語は、以下のヨシュアの言葉に象徴されています。

 

ヨシュア「今より、ずっと強かったのかも。
 でも、こんなオレを受け入れてくれたオマエのほうが、もっと強いよね」
〔…〕
ヨシュア「向こうに行ってからのオレは、あの時持ってた強さを削って、どうにか立ってた。
 少しずつ擦り減らして、最後には全部なくなって……。
 そんな風になっても、『たすけて』って言えなかったよ──オマエ以外には」

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.2 Brave Child』DISC1 Track.4)


ヨシュアの物語のキーワードは以前より「(精神的に)強くなること」だと呈示されていて、なおかつ今回は「音楽無しでは生きていけない」旨も色濃く混ざり合っていきました。
このふたつの概念は、ヨシュアの中ではいつだって隣り合わせです。音楽無しでは生きていけないから、ヨシュアは追い詰められたら腕を切り、一時的な安寧を得て完璧なアーティストを保とうとするきらいがしばしばありました。
だからこそ、それまでのヨシュアの生き方では両立できなかったふたつの標榜をこれから叶えていけるのか……自傷行為の有無は、そんなヨシュアの未来のバロメーター的役割を果たします。

加えて、単に自傷しかけた点のみならず、前期では訪れなかった衝動が今回再発しかけた過程込みの味わいも見逃せません。
一度すっかり寛解した姿を挟んだからこそ、この習癖が再発し得る終わりないものであること、それでもヨシュアは屈せず少しずつ強くなろうとしていることが際立つアクセントに昇華されている印象をこちらに与えてきます。

以上により、ヨシュアのキャラクター性を強調する意味でも、ヨシュアが真に彼の志す精神性を築けているか示す意味でも、今期も自傷に関する描写が挿入されたのは意義のあることだと、自分は当事者として強く思います。

懸念があるとすれば、自分は「自傷癖に完治の概念はない」という認識なので一度寛解したヨシュアが再び腕を切りかけた流れは何ら不自然ではないと思えたものの、一歩誤れば「前期ですっかり寛解していたのに今回また切りかけるなんて」のような、キャラクターのブレとして捉えられかねない点です。
とはいえ、今作は「切らない今も切った時の感覚は忘れられない」「切りかけたけどなんとか踏みとどまった」旨がヒロイン(=非当事者)に向けた心理プロセスの説明もされているので、この辺りは今後も丁寧に描写されていくと信じたいです。



■自傷の描き方における一貫性:継続的演出と新規演出のハイブリッド
さて、今期も無事(?)新しい角度から自傷に関する演出が入ったわけですが、何も表現全てが変わったわけではありません。
むしろ長期シリーズとなった今だからこそ、初期から続く演出の妙と近年加わった新規演出の引き立て合いが光ります。

たとえば、先程はヨシュアが腕を切りかけた過程を「色々あって」とかなりはしょってみましたが、これは引用が面倒くさかったとかではなく、文章化できないような細かな音声で描写されていたからです。
過去のブログでの感想でも述べた通り、ヨシュアの衝動に駆られたシーンはとにかく音のこだわりが凄い。狼狽した勢いで倒れる物の音、何かを漁る不穏な音にカッターの刃の音、ヨシュアの余裕のない呼気と、どんどん自暴自棄になっていく声色……それらが複雑に絡み合って、聴覚からしか情報を得ないコンテンツにもかかわらず場景が否が応にも浮かび上がります。
このヨシュア本編の十八番は今期も健在で、いつもなら穏やかなヨシュアの声音が追い詰められた時“あの”声色に染まっていき、次第に周囲のSEも荒れていく一連の流れは、本当に再発するのではないかと心臓が早鐘を打つには十分でしょう。

他方で、変わらぬ演出による満足感だけでは終わらないのも近年のドラマパートの魅力です。
ヨシュアに限らずディアヴォシリーズは前期よりCD2枚組の体制に改まったこともあり、近々の作品の演出には新しい試みが随所に窺えました。

特に今回顕著だったのは、バンドメンバーの登場による音声演出の幅が広がった点でしょうか。
今期はバンドメンバーとヒロインが話すレアな場面が見られた点もさることながら、単純にヨシュアと他のボイス付きキャラクターとの掛け合いが恒常化したため、従来よりも各人物に向けたヨシュアの声色の変化がわかりやすくなっています。
「心許せるメンバーと共にいるヨシュア」や「歳下のヨシュア」という、普段のそつがない風なそれよりも明るいヨシュアの話調が更に増えたことから、翻って不安定な際の悲痛な叫びの落差がより耳に残る相互作用が生まれます。


(メンバーと話しているヨシュアの声色。これがカッターを手にした頃には……)

新しい体制に合わせた演出は上手く織り混ぜつつ、自傷行為に関わる演出での「現実以上にショッキングな見世物としては描かず着実に音で惹き込む」という初期から続く魅せ方は変わっていない点も、これまでの自傷行為との変遷をより感じやすくさせているのではないでしょうか。


■レオードとノエ、ヨシュアとソータ:困難の開示描写に見るバンドの個性
ヨシュアの自傷癖を語るに欠かせないのは、前期『Unlimited』でシリーズ初の「作中時系列内で初めてヨシュアの自傷の過去を知ったメンバー」として抜擢されたブレチャのギタリスト・ソータです。
ところが、「作中時系列内で初めてヴォーカリストの心身困難を知ったメンバー」としてはソータが初めてではありません。
LUMIEREのリーダーにしてベーシスト・ノエの存在があります。



ノエも前期『Unlimited レオード』で自バンドのヴォーカリスト・レオードの身体的困難を知り、レオードの力になろうと動ける優しさを持っています。他のメンバーが比較的クールな分、仲間としての好意をもっともストレートに表現しているのも彼だと言え、その人柄の良さはソータに負けず劣らずでしょう。
しかしながら、この一見同じかに思える属性を持ったノエとソータですが、作中ではまったく異なる描かれ方をされました。

 

ノエ「耳、大丈夫? アレから悪くしてない? もし必要だったら、右側のアンプ、若干音大きくしとく」
レオード「……何の話だ。問題ない」
ノエ「なら良かった! オマエのソレを知った時は驚いたケド、毎回オーディエンスを感動させる歌を完璧に仕上げてくるんだから、オレやっぱ、オマエのコトすげーって思うよ!」
レオード「……ハ?」
シンバ「……何の話?」
トーマ「オマエ、さっきのは耳の調子が悪かったのか?」

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.1 LUMIERE』DISC2 Track.2)

ソータ「(ヒロインに対して)キミ、最近また、ヨシュアを支えてくれた?
 ……うん。キミ以外にいないと思うし、一応ブレチャのメンバーとしてお礼言わせて。
 いつも助かってます。ホントありがとう」
ヨシュア「ソータくん……気付いてたんだ」

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.2 Brave Child』DISC2 Track.2)


上記引用のように、同じ「ヴォーカリストと彼の困難を気にかけるメンバー」という構図でも、その有りようはまるで違います。
ノエはレオードのことを日常的にグイグイ気にかけているようで、それがかえって口を滑らせ、ノエはレオードの秘密を他のメンバーの前で洩らす事態を起こしました。
対して、ソータは前期で交わした習癖を口外しない約束を守り、ヨシュアを支えてくれたヒロインへ感謝を告げる時も、あくまで彼の自傷癖を知っている確証がない相手への対応として核心を突かれない言い回しをしています。

ここでなかんずく注目したいのは、関係描写の観点で見た場合のバンド差です。

今期ノエがしてしまったことはマジでやっちゃいけないことなので、さすがにベーシスト好きの自分も庇いきれないしオマエ本当にそういうとこだぞと言わざるを得ないのですが、その反面ノエの好感が下がった気は一切しません。
これは、作中で描かれた展開がそのバンドらしいと思える、描写の絶妙なバランスに由来していると感じています。

第一に、ノエは基本的に明るく言葉での感情表現が豊かなキャラクターで、LUMIERE結成のルーツもノエのレオードへの積極性の賜物であるくらいノエの素直な性格は作中でも印象的で、今回の失言はその積極性と飾らなさが裏目に出た結果とみればむしろ自然な流れでしょう。
反対に、ソータは慎重派かついざという時歳上だと感じさせる魅力を兼ね備えた描かれ方をされてきたため、ブレチャがLUMIEREのようにソータの口外によってヴォーカリストの困難が共有される展開にならなかったのも納得足り得ます。

 

シンバ「オレたちは仲間だろ。そりゃ完璧主義でストイックなのは知ってるケド、人間なんだから。足りないのがあるのは当たり前だ。
 知ったからってオレたちが幻滅するのも、ましてやバンド解散するとか天地がひっくり返ってもあり得ないっつーの」

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.1 LUMIERE』DISC2 Track.3)


厳しい言葉もぶつけ合う(それが時にトラブルに発展する)LUMIEREと、フロントマン二人が初めは遠慮し合っていた(その影響で連携が瓦解しかけた)ブレチャ。
遠慮しないLUMIEREだからこそノエは失言するも諦めず、優しすぎる人間が集まったブレチャだからこそソータは約束を守りヨシュアの少しずつの進歩を真摯に待つ。それぞれのバンドらしさを魅力的に映したからこそ真逆の展開を見せた今期は、連続リリースならではの面白味すらありました。

■ヨシュアの“秘密”は墓場まで:寛解までの過程を描くということ



上記のリリース前に公開された動画でマツが放った「隠し事ゼロなブレチャ」という発言から、言葉の綾でなく本当にヨシュアの自傷癖がバンド内で共有されていく展開も、自分はほんの少し考えてしまいました。
しかし、いざ視聴すればヨシュアの秘密は秘密のままで、あくまでヨシュアのそれは着実な積み重ねから向き合っていくものとされ続けていました。

もちろん、今後バンド内で習癖がつまびらかになる展開もあり得れば、衝動に屈してヒロインとひと悶着ある苦い展開もゼロではありません。
それでも、自分はヨシュアが掲げる強さを、同じ習癖を経た視聴者として信じています。そう思えるような今作でした。

 

ふたりが抱えた秘密を許しあう
墓場で眠ってる秘密は“ひとつ”さ

(『ディア♥ヴォーカリスト Headliner エントリーNo.2 Brave Child』収録、ヨシュア『秘密』より)

 


3.おわりに

■本編以外もサイコー過ぎた
今期のドラマパートは全体的に見たい要素が満遍なく散りばめられていたこともありそろそろ満足感を覚えてきたので、最後に本編CD以外で個人的に良かった媒体を備忘録代わりに記載しておきます。

PASH! PLUS掲載のキャストインタビュー
└永塚拓馬さんのヨシュアとソータの関係性の解釈が自傷バレの件も踏まえると凄い

②初回限定盤キャストフリートーク
└島﨑信長さんによるヨシュア本編の演出への見解がとにかく凄い

③アニメイト特典CD
└自傷とは全く関係ないけど5分過ぎた辺りから急に“味”が出てくるので聴いてほしい

特に①は今すぐ閲覧できるので今すぐ読んでください。何度読んでもサイコーになれるので。

■最後に
今回の感想も例によってあくまで自分個人の見解です。時折主語を大きくして書いている部分もありますが、決して自傷したことのあるユーザー全員の総意ではないことをご容赦ください。
改めてヨシュア、お誕生日おめでとうございます。これからもお互いどうにかハッピーにやっていこうね。


それでは。

 

ごきげんよう、柘榴です。

普段はエンタメ体験ならもっぱらCDと観劇三昧な自分ですが、最近はテレビ朝日系ドラマ『恋する警護24時』を毎週欠かさず観ています。

この通称『恋警護24』、漆原社長が正体バレしてからなんだか面白い。

そんなわけで、今回は現在放送済みの第8話までの『恋警護24』への所感を書こうと思います。 誰のことを主題にするかは記事タイトルですべて察してください。



※あくまで深読みこじつけなんでも有りの個人的解釈に終始します。もし大きく感想が異なっても、色々な解釈ができる楽しい作品なんだなと割り切ってください。

※本記事には『恋する警護24時』第8話までのネタバレを含みます。






 

 

 

 


本作品にはメインヒロインの弁護士・里夏、ボディガードのメインヒーロー・辰之助のほかにもう一人、「ラーキリッシュ」という企業の社長・漆原透吾がメインヒーローとして登場します。
漆原社長は社長の肩書きに違わない物腰の、無骨な辰之助とは対照的な優しい笑顔が特徴の人物です。これには里夏も物語初期は少なからず意識していました。

そして、彼のそばにはその秘書・河野宗一の姿があります。

 


河野は爽やかな笑顔が印象的な眼鏡男子で、その笑顔と漆原社長の業務をサポートする姿から、ラーキリッシュが好ましい企業であることを演出していきます。
一方、サポートといってもほんの短時間のシーンで、毎週の台詞も一言二言程度と他のネームドキャラに比べ出番は圧倒的に控えめです。とはいえ、毎回スーツが異なる(明るめの色で恰好いい、似合ってる、サイコー)など完全に背景には埋もれていない、いわば「モブキャラ」とまではいかない「サブキャラ」として絶妙なラインを保っていました。

そんな河野、久しくのアップの画が与えられたのは第5話のことでした。



この話ではラーキリッシュ主催のパーティーに里夏達も出席し、漆原社長が里夏へ軽くモーションをかけるも断られ……という、本作品の主軸のひとつであるラブコメ要素に動きが見られた回にあたります。

里夏に自らの気持ちを断られるという、漆原社長の今後の動向に注目が集まる作劇がなされた直後、この回の河野登場シーンとしてラーキリッシュ組の会話が挿入されました。
それが、今までのラーキリッシュ組の描写に比べて物凄く明度が低い。というか暗い。

 

(どれくらい暗いかは本編で確認してください。本当に暗いので)

これまでのラーキリッシュ組の描写が一貫して明るい室内にいた分、この突然の暗さはかなり強烈な印象を与えてきました。
今まで優良企業なイメージを与えられてきたギャップも相まって、視覚的に掻き立てられた異様な感覚が「漆原社長、今後どうなっちゃうの!?」「河野さんにも何かある!?」と心地良い不穏を煽ってきたのをよく覚えています。

しかしながら、闇夜の中で河野は漆原社長と意味深な会話を残して以来、翌週第6話ではまた爽やかな漆原社長の秘書として描かれていきました。
結局、あの異様さがどのような展開に繋がるかは第6話リアルタイム時点では読めないくらい、河野はあくまで漆原社長のいち秘書のスタンスを崩しません。


そう、徹底して漆原社長との描写しかないのです。


第6話まで観て自分が抱いた一番の感想は、「河野さん、他のネームドキャラに比べてパンチ弱くない?」でした。

前提として、自分は放送前から100%河野宗一きっかけで『恋警護24』の視聴を決めた経緯を持ちます。
得てして自然と河野に向ける期待もひとしおとなりますが、仮にも人物相関図にいるキャラクターだし何らかの形で里夏や辰之助といったメインヒロイン&ヒーローとも関わるのかな……と予想していたものの、蓋を開けたら会話シーンがとにかく無い。
同じく出番が控えめな里夏の同僚・美央には里夏とはもちろん辰之助とも会話シーンが設けられていることからも、極端な偏りが河野“だけ”というのは顕著な部分でしょう。

すなわち、第6話までの河野宗一でもっとも目を引く点は他の人物との関係描写の希薄さです。

このような描写が重なり、第6話までの河野には、サブキャラに徹してラーキリッシュの世界観を強化する、作劇の舞台装置という印象を持たざるを得ません。
とにもかくにも河野だけ他者との関わりに乏しく、他方でそれ以上の感想は持たせずに「まあ秘書キャラならこれくらいか~」な視聴の日々を送らせてきました。

そんな折、河野にもついに舞台装置から舞台へ上がるチャンスが訪れます。
本作品のもうひとつの主軸であるサスペンス要素もどんどん真実に迫り、まさに佳境と呼べる第7話のことでした。



第7話の河野の扱いはそれまでから打って変わって、次回予告映像に映っていたり、なんと放送前の予告ビジュアルにも登場するほどの大抜擢をされています。
果たして河野は、劇中でどのような役回りが用意されていたのでしょうか。


河野宗一が上がった舞台とは、つまり、



 

 

 


自分も罪を犯せという社長命令でした。



件の第7話(正確には前週の第6話ラスト)は、かつて辰之助の父を手にかけた犯人が漆原社長であったと判明する、俗的に言うなら漆原社長正体バレ回となります。
それだけでも衝撃的で面白いのですが、何が面白いって、よりによって罪の隠蔽に河野を荷担させてくるところですよ。

いや……ここで河野!?

もう少しで最終話だっていうここにきて!?


河野宗一がようやく上がれた舞台はまるで断頭台だ。陽の目を浴びたそこは罪を犯せという処刑場、バターナイフの刃が光る漆原社長を眼前に、河野は唖然とした面持ちを浮かべていました。
もうこの時点で前話までの河野の描写の100倍凝縮濃度に相当しますが、その後の里夏や辰之助の描写の数々が、相対的に河野に追い討ちをかけていくのだからまた凄い。

 

恋する警護24時(2024/02/24放送分)第07話 | TELASA(テラサ)-国内ドラマの見逃し配信&動画が見放題[恋する警護24時(2024/02/24放送分)第07話]第7話 「新たな警護依頼!?証拠はどこだ」/矢吹賢治(小野武彦)が漆原透吾(溝端淳平)に会いに行ったことを知った北沢辰之助(岩本照)と岸村里夏(白石麻衣)たちは、急いで後を追って漆原の会社へ向かう。しかし、矢吹はすでに帰った後で、漆原は涼しい顔で辰之助が釈放されて良かったと心にもないことを言う。そんな…リンクwww.telasa.jp


今までのモーションも嘘だとわかり漆原社長へ完全に冷めた里夏は、次から次へと漆原社長の不平不満を口にできる。おまけに次の場面では、辰之助に食欲旺盛な部分を褒めそやされる。こんな場面観た後に数分前の食事もできず最悪の宣告を下された河野を思い出して頭が痛くなりそうだわこんなん……。

とりわけ個人的に一番“キた”のは前者、すなわち里夏が完全に漆原社長のことを割り切っている一連の振る舞いです。
元々早期の段階で恋心は辰之助へ向かいきっていた当時の里夏のキャラクター像なら、というよりも河野以外のネームドキャラなら、それまで構築された人物関係を基に危うい判断を下す人物以外の人々へ意思を向け直すことが可能でしょう。実際、辰之助の事件捜査パートでは里夏ら周囲の人々のお陰で危険な域へ達することを免れています。
けれど、河野はそうはいかない。河野が劇中でみせた人間関係は漆原社長ただ一人なのだから。漆原社長しかコミュニティを持たない河野からは、誰かに縋るという光景すらまったく浮かんできません。
ここにきて、河野宗一というキャラクターが持つ「他のネームドキャラに比べて関係描写があまりにも少ない」という特性が存分に効いてきました。

本作品の主軸である「お互いワンマン気質だった里夏と辰之助が徐々に人的コミュニティを広げ、支え合う内に恋に発展する」という面白みの真逆の道筋で立ち止まっている河野宗一という男。
この時河野宗一が見た景色は、断頭台に首を嵌められた雁字搦めの視野でしかありません。


河野に断頭台の刃は降りてしまうのか。
毎話ラストに挿入される次回予告では、




何か焼いてる…………。

これで「漆原社長がマシュマロ焼いてる!今夜は焼きマシュマロでラーキリッシュ組とお揃いしよ!」で済んだらどれだけ良かったことか。直後のカットで河野に与えられた罪業であるところの漆原社長=犯人の証拠品も焼かれていて、もうこっちは河野が何やったか察せられて項垂れながら拍手するしかないですよ。

しかも、この期に及んで笑顔の食事描写を挿入してくるのが容赦なくて怖いのですが……河野が何したって言うんだ……(A.犯罪荷担)

というのも、件の焼きマシュマロシーン、漆原社長しかマシュマロを口にしていません。
『恋警護24』ではキャラクターが食べ物を口まで運んでいる食事描写は、元気を取り戻した里夏が団欒するシーンを始め、安寧の心境でいる時によく顕れます(反対に漆原社長の食事デートは断られています)。
転じて、どの食事のシチュエーションでもまったく喉を通らない姿しか描かれない河野の様子は、非常に示唆的に感じました。

個人的注目ポイントですが、特に焼きマシュマロする漆原社長→何も食べられない河野→仲間達で食卓を囲む里夏達のえげつない連続には驚いたので、その辺ももう一度第8話を観返すと面白いです。

  (ヒロイン達が団欒する裏で河野といえば……)

これらの河野の食事がままならないシークエンス、もうひとつの共通項も自分にはとても特異的に映りました。

第7話から河野に笑顔が消えました。

  (前話の画像の再引用で失礼します)

河野の真顔…………超~~~良い…………。

秘書らしい善性溢れる笑顔は漆原社長の正体バレ以降は霧消し、残ったものは後ろ向きな表情しかありません。それまで無愛想な辰之助との対比として印象付けられていた漆原社長の微笑みが、怯える河野の真顔との対比によって受け取らせるコンテクストを変え、一気に恐怖の象徴に反転します。
裁かれていない罪を犯した者がすぐそこで日常生活を送っている、どころか既にメインヒーローやヒロインと友好関係を築いていたと判明して押し寄せたインパクトを、河野が2週にかけてこれでもかと強調していきました。

それにしても第7話から第8話、辰之助ら警備サイドが割と無法だったりメチャメチャな立ち回り見せていたのに河野の描写は急に筆がノッていた気がして、河野が何したって言うんだ……(A.犯罪荷担)


こうして、毎週ワンシーンのみが相場の河野の活躍は、最新2話分では漆原社長が立つ舞台へ一気に陰りを差させる役割で幕を閉じました。






……かに思われたその時、




 


第8話後半、舞台がひっくり返りました。



河野に漆原社長以外の関係描写が初めて映し出されたのです。



該当のシーンは、河野が(明言はされてませんがどう見ても社長命令で)漆原社長の過去を知る一人・加賀美の口封じを試みた際、その加賀美から耳打ちをされるというものでした。
得物片手に寝首を掻こうとする限界ギリギリの状況下で、河野は初めて漆原社長以外の人物と言葉を交わす。これが一体どのような作用を見せるのか、第8話時点では杳として知れません。


というか罪を背負ってからのほうが出番と台詞量が爆発的に増えてるの、どういうこと???


河野は一体どうなっちゃうの!?!?!?





河野が初めて漆原社長以外の人物関係を得たことにより、彼の運命はどのように変わっていくのでしょうか。
筆をとっている現在は最終話の直前ですので、河野が舞台装置から極限の舞台上へ立った一連の結末を、あと数日待ち続けたいと思います。


以上、河野宗一という愛しきマクガフィンに捧ぐ、河野宗一の真顔に度肝を抜かれた所感でした。




それでは。

 

ごきげんよう、柘榴です。

今月23日は『いろいろ ドルフェス2023』へ足を運んできました。
久々のドルステアイドル達を見られる機会、約1年振りに生で見るGS382のステージ、本当に夢みたいでした。というか今でも実は夢だったんじゃないかと疑っています。
そんなわけで、夢なら夢で覚めない内に文字に残しておきたいので、今回もGS382に対する感想を書き記しておこうと思います。



※あくまで深読みこじつけなんでも有りの個人的解釈に終始します。もし大きく感想が異なっても、色々な解釈ができる楽しい作品なんだなと割り切ってください。

※三人体制時のGS382を「元祖GS382」、五人体制のGS382を「現GS382」として区別化します。特に区別を要しない場合はそのまま「GS382」と表記しています。

※一部『ジュエルステージ「オンエア!」』のキャラクターに対する言及がありますが、同タイトルについては現時点でまったくの未履修です。













■加賀深友は敗れない:ライブパフォーマンスに連なるメタ的困難の超越

 


上記ツイートは、イベント公式アカウントから発信された加賀深友の代表コメントです。GS382不動のセンターである深友は本イベントにおいて、明に暗にこうした“トップバッター”や“代表”と呼べる役割が多く、その重圧を鎧袖一触蹴散らす姿は鮮烈でした。

元々、GS382は「コールが盛んだったコンテンツで声出し禁止の状況下からデビューした」という逆境の下に生まれ、それを「コール等のファンとの交流を度外視してなお魅了できる、圧倒的パフォーマンスを繰り出す」と称せる、従来よりも複雑なダンスや歌割りによるライブ展開から超越してきたユニットです。
とりわけ、深友は舞台本編から「退学回避のためにアイドルデビューしなければならない」「チームの象徴の衣装を死守し尊厳を守らなければならない」等の困難を次々課せられており、舞台・ライブの2部制をとるアイドルステージの主人公でありながら、どちらにおいても立ち向かう試練多きアイドルとして描かれてきました。

自分が加賀深友のことを大好きなのは、こうしたあまねく困難に対して、圧倒的パフォーマンスで全てを跳ね除けてしまう強さにあります。

今回の『ドルフェス』ではなんといっても、声出し禁止の前提のもと生まれた楽曲を、声出し可能な場でも盛り上がるように舞い踊る加賀深友の勇姿がまず最強すぎました。
オープニングの『威風堂々』やその後の『禊』といった熱量の高い楽曲の中、加賀深友は撫子に向けて気高く叫ぶ。前述したような代表としての立場が多い分、『ドルフェス』では全キャラクター通して深友はかなり台詞を発する機会が多いほうでしたが、それでもなお撫子へ発破をかける深友の声はずっと耳と心に残るほど色濃いものでした。

だからといって他の要素が疎かになっていたかと言えば、そんなことなどあり得ないと言わんばかりに振る舞うのが我らがGS382のリーダーです。
トップバッターを飾ったユニット毎のステージでは、以前よりヴォーカルに定評のある深友が『まほろば』Aメロソロパートの先陣を切り、GS382のパフォーマンスの力を遺憾なく叩きつけてきた瞬間が忘れられません。コールが入ることを前提としていないナンバーのため楽曲中こそ客席から声は出なかったものの、深友の研ぎ澄まされたヴォーカルに魅了されるなり終曲したら思いきり声を出して称賛したい!という気持ちに染まり、実際に会場からは割れんばかりの歓声が深友達へ送られました。
「コール禁止環境前提の楽曲をコール前提の場で披露する」という降りかかる逆境をものともしない、どころかひと度歌い踊れば瞬く間にGS382が会場の空気を掌握する、あの圧倒の瞬間が大好きです。

 


深友が場を己の色で染める武器は、何も台詞や歌に限りません。アイドルとしての深友の十八番ともいえる、ダンスパフォーマンスでも然りです。
今回、深友の高いダンススキルがわかりやすく演出され、かつユニット中で深友のみに降り注ぐ困難も存在した演目といえば、『ジュエルステージ「オンエア!」』より登場のPrid's・輝崎蛍とのデュオダンスではないでしょうか。

 

【Prid's所属の輝崎蛍(動画一番右)】

というのも、深友の“お友達”たる山縣悠己さんと蛍役の阿部冬夜さんは2023年9月現在において同じ株式会社1616屋に在籍しており、得てして深友と蛍のデュオダンスパートは、いわば1616屋クロスオーバーとも呼べる事務所繋がりのコラボレーションにあたります。
この「同じ事務所の二人がコラボしている」という状況が厄介で、有り体に言うと、二人だけの所属タレントがついに共演したというシチュエーションが、そのミーム的面白みが優先されて真剣な観賞の阻害になり得るのです。

キャストのプロフィールを知らない視点ではまた違った感想が生まれるかと思いますが、少なくとも山縣悠己チャンネル全配信視聴済の自分にとっては、はっきり言って深友と蛍がペアになった瞬間ちょっと面白くなってしまいました。
この面白がり方は、場合によっては対象と真剣に向き合っていない軽視とも隣り合わせだと自分は考えます。キャストへの知識や情熱があればあるほどノイズが発生する、好きでいればいるほど真剣にパフォーマンスを見れないという矛盾めいた事象に苛まれているとも換言できるでしょう。
一見して同じ事務所のタレントの共演という嬉しい要素であるはずが、深友にとってはこれもまた、折角の見せ場にパフォーマンスを軽視され得る新たな逆境でしかありません。

しかしながら、加賀深友は絶対負けない。
もとよりメタ的に発生した逆境すらも己の色に染め替えてきたのが、加賀深友というアイドルです。

いざパフォーマンスが始まると「1616屋クロスオーバーだから面白い」と感じたのはほんの一瞬、深友と蛍へ本格的にスポットライトが当たるや、その圧倒的なダンススキルで真っ向から煩雑な感情がねじ伏せられました。
デュオダンスパートのトリを飾るに相応しい圧巻の景色を前に、ミーム的に面白がる浅薄な感情を持つ選択権は最早ありません。気が付けば、自分の胸中は「1616屋クロスオーバーだから面白い」ではなく「ダンスに秀でたパフォーマー二人の掛け合いだから面白い」へと変化していました。
深友と蛍のデュオダンスはそれだけの確かな求心力に満ちていて、夜公演の同じ時間は掛け値なく「今から腕の立つ二人のデュオが始まる」という期待に染まっていたのをよく覚えています。

なお、山縣さんは今日までの投稿や発言ではほぼ一貫して「深友と冬夜の共演」ではなく「深友と蛍の共演」と表現なさっているので、もしかしたらオンエア!側にもアナザーワールドを適用することを暗に推奨されている組み合わせなのかもしれません。
そうしたら1616屋クロスオーバーなのに1616屋は別に関与していないという謎の状況になって、それはそれで味わい深いですね。


深友は声出し禁止の逆境を跳ね返し、シリーズの人気キャラクター・大和京介の継承者として見られ得る立場も飛び越えて、更には軽視の目線すらパフォーマンスひとつで塗り替えていく、己が身ひとつで困難を突破してきた強くて気高いアイドルです。
『暁』ソロパートの歌詞は、彼がその生き様を体現していく毎に深みが増すように感じられました。

 

言霊に導かれて 糸の詩を紡ぐだけ
眼差しの炎は 誰にも奪えやしない
ちぎれそうな涙も やぶれそうな心も この胸に預けてくれ
震えるほど綺麗な夜明け 俺の生き様 見せてやるぜ

(GS382『暁』より)


加賀深友の心は破れない。加賀深友のパフォーマンスは逆境などには敗れない。
一度舞台に上がれば負け知らずの最強パフォーマンスをぶつけてくる深友の姿は、いかなる舞台においても絶対負けない眩しさに満ちていました。


■富蛇野仁は縛られない:多層的キャラクター性と役割を一貫すること

ここまで散々深友の歌が良かったダンスが良かったと話してきたのに急に掌を返すようなこと言いますが、自分がGS382の中でもっとも“ヴォーカルの要”という印象を覚えるアイドルは富蛇野仁です。

富蛇野仁の歌は凄い。バラードからパワーチューンまで、ゴリゴリの低音からポップなキャラ声まで何でもやってのける。キュートな第一印象からは想像もつかないほど洗練された歌唱が光り、それがGS382の楽曲の世界観ともマッチしているのが仁の楽しさのひとつだと常々感じます。
特に今回は、更に混ぜっ返すような物言いになりますが、深友とのヴォーカルのコンビネーションが楽しかったのをよく覚えています。

 

深友:流れる雲に森を映して飛び立つ鳥の群れは
仁:まだ見ぬまほろばをその胸に宿しているのか

(GS382『まほろば』より)

 

深友:空を睨め 真夏の炎天睨め ソイヤ
仁:砂を掴め 流砂に足を取られるな ソイヤ

(GS382『禊』より)


上記引用の歌割りは、いずれも五人体制以降再編成されたGS382の楽曲のものです。
こうして並べると、代表曲である『まほろば』と『禊』、そのどちらもが深友→仁という順番のソロパートを構えていることがわかります。

元祖GS382の歌割りでの音源を毎日のように聴いてきた自分には、約1年前の初披露時は違和感のほうがギリギリ勝って魅力を深くまで受け取りきれなかったこの2曲。今回、1年越しに改めて生のステージを目の当たりにし、ようやくとてつもない威力を秘めているのだと気付かされました。
深友が先陣を切り一気に場をGS382のものへ掌握し、そこへ仁の高い実力からなるヴォーカルで確実に引き込む迫力満点の構成は、いかにGS382が声出し禁止の環境に対して声を出すのも忘れるほどのパフォーマンスで突破する姿勢をとり続けてきたかが窺えます。
かねてよりバランス良く何でもこなす侑弥含めて引き込ませるステージ構築が素晴らしいGS382でしたが、こうしてより明瞭な凄まじさをぶつけられると、改めてGS382って凄いな……と再認識せずにはいられませんでした。

また、以前のブログでも書いたので重複になりますが、仁と深友の連続ソロの見せ場の元祖とも言える『まほろば』落ちサビが、五人体制となり歌割りが変わってからも彼らのソロであり続けているのが個人的には非常に嬉しいポイントです。
主人公の深友はともかく仁のパートは他のメンバーに変わってもおかしくないところですし、その上で仁が自パートを守り抜いたのが、仁のヴォーカルが正当に評価されているようで今思い返しても嬉しくてたまりません。


他方で、仁といえば抜きん出たヴォーカルとは裏腹な可愛らしい語尾アイドルとしての一面もありますが、本イベントでももちろん健在でした。
むしろ、本イベントでの仁の面白い点は、他のコンテンツを目的に来場した初見ユーザーもいるであろう中で、すぐ覚えられるようなキャッチャーさを優先せずにいつも通りの仁を貫いたところだと思います。

不思議系の言動を見せたかと思いきやバチバチにアグレッシブな歌声を奏で、虜になっている内にキャラ声的なポップな歌唱も披露して、時に妖艶な表情を覗かせ、やっぱりキュートなアイドルに着地する。一言では言い表せないアイドルとしての仁の味わい深さが下手にスポイルされずに顕れていたのは、1年越しに見るGS382としての満足感が違います。
何より、あの変幻自在でハチャメチャなキャラクター性全部が好きなので、また富蛇野仁のハチャメチャを全身に感じられたのが楽しかったです。

思えば、仁は元々あの歌唱力の高さが先に示され、後からぶっ飛んだアイドル像が出来上がってきた変遷を持ちますが、今日まで変容ではなく高い歌唱力とキュートな為人が両立する人物像を維持し続けてきました。
いかなる環境にも縛られない、仁ののびのびとしたアイドル性には必見の価値がありました。


■焼田侑弥は揺るがない:兼ね役事情に勝る人物描写の連続性

GS382の中で唯一、今回の『ドルフェス』では焼田侑弥は他のメンバーとは少し異なる事情を抱えての参戦でした。


簡単に言うと、侑弥はたまに消えます。


簡単に言いすぎたのでもう少しちゃんと書くと、今回のイベントでは侑弥の“お友達”の上山航平さんが『ミラクル☆ステージ「サンリオ男子」』との兼ね役がある都合、公演によっては全員集合の際に侑弥が不在の場面が訪れます。
この「侑弥がたまにいない」というシチュエーション、元よりメンバー欠けの公演が少なくないドルステなら慣れっこ……とは言いきれず、これまでGS382の出演機会に皆勤賞であった侑弥がいなくなるとなれば、いざ不在となった時の違和感が強くなる懸念は払拭しきれません。

ところが、向けられる不安をものともしない居住まいで、焼田侑弥はそこにいました。
何せ、たとえ殊更目立つシーンでなくとも、ふとした瞬間の輝きが半端じゃない。

 

深友「撫子ーっ! 今日はこのオレに会いに来てくれて、ありがとーっ!」
侑弥「何言ってんだ深友!」(深友を押しのける)
深友「え!?」
侑弥「今日は俺に会いに来てくれたんだよな?」
仁「いやいや違うであります!」(侑弥を押しのける)
侑弥「うわっ!?」
仁「撫子は、めぐむんに会いに来てくれたであります!」

(『いろいろ ドルフェス2023』2部公演MCより)


上記のMCにおける元祖GS382三人の小競り合いですが、短いやり取りの中で、侑弥の声色がコロコロ変化していたのが印象的でした。
侑弥は素の部分では少し臆病、一方で同級生には居丈高に応戦することもあり、そして自らのファンに対しては甘めの声音も向ける、ある種人間らしい複層的なキャラクター像を有しています。上記MCではそれらの魅力が凝縮され、かつシームレスに表出していました。
あけすけな人物描写をせずとも、こういった細やかな一挙一動が「焼田侑弥はこんなアイドル」だと自然と記憶の中に侑弥の存在を根付かせていきました。

侑弥の細やかさが光るのは何もMCだけではなく、本懐たる楽曲でのパフォーマンスも例に漏れません。
たとえば『暁』の仁ソロパートは、変幻自在な仁のキュートな部分にもフィーチャーしており、そこだけ切り取るとクールな侑弥とは一見して噛み合いが悪そうな印象を受けます。ですが、侑弥が該当パートで時折見せる仁への優しい眼差しは本編公演『暁の章』で真っ先に元祖GS382を「仲間だ」と披瀝した彼の心情と一貫しており、驚くほど綺麗に侑弥のパフォーマンスとして成立しているのがわかります。
もちろん、ソロパートやセンターフォーメーションなどの侑弥を中心とした活躍の場も目を見張るものがありますが、それと同じくらい、メインでスポットを浴びていない時にも徹頭徹尾“焼田侑弥の振る舞い”が一貫されている点も、たとえステージ上にいなくても侑弥のキャラクターが薄れずに記憶に残り続ける一因ではないでしょうか。

やや逸れた話をすると、自分は『サンリオ男子』は現時点まったくの未履修なため上山さんの演じるキャラクターのことも何も知らない状態でイベントに行ったものの、それでも上山さんのキャラクターのことはかなり印象に残りました。
上山さんのお芝居観劇初心者が勘で書きますが、上山さんのお芝居はメインの場面以外でのふとした所作でキャラクターを印象付ける手腕が物凄く鮮やかだなと、今回のイベントで一気に2役(という名の1役と友達のアイドルを)見て強く感じました。


他のGS382メンバーよりも場合によって出番が少ないハンデを抱えながら、幕引きまで露ほどもハンデを感じさせず、その存在を揺るがせなかった侑弥。
発言ひとつ、指先ひとつまで焼田侑弥の血が通ったような、細部まで洗練された彼のパフォーマンスは印象抜群の一言に尽きるでしょう。




 



え!?!?!?!?!?


焼田侑弥と上山航平氏、この地球で一番自由!?!?!?


なんでプレゼント◆5の後輩ユニットが“アナザーワールド見せてあげるから”の部分だけこの練度で継承してるんだ。本当に他人より出番少なかったで合ってる?
かつてドルステ第3弾の頃茅嶋暁と本田礼生さんのツーショット(当時唯一自身と担当アイドルが異なる肉体という世界観を有したためこの組み合わせのみ担当アイドルとのツーショが撮れる)を毎日1時間くらい眺めていた自分には刺激が強すぎて、今でも見る度新鮮に手を叩いて喜んでいます。というかそれ以外の選択肢がない。

いや凄いな侑弥……本当に時々ステージ上から消えていたのか……印象に残ってるなんてもんじゃないんですが……。

 



■破壊者の名は一橋キリコ:本編コンテクストによるイベントパフォーマンスとの相互作用

イベント後という盤外戦術をとられたらGS382で一番自由にやっていたのは焼田侑弥で優勝ですが、ステージ上に限ってであれば、個人的にささやかながらも誰よりも自由だと感じられたアイドルは一橋キリコです。

最初に驚かされたのは、GS382の代表曲『まほろば』でのパフォーマンスで、一人だけ毛色の違う要素が加えられている点です。具体的には、アウトロ最後の集合フォーメーションの直前、キリコだけが客席へ指差し投げキッスを一瞬放っています。
コール禁止の中で生まれファンサービスを度外視したような振付構成の『まほろば』で一人だけ異色のアクセントを加えるという、ここにきてGS382の既存のフォーマットを根本から壊してきたキリコの姿は、初演から元祖GS382を見続けてきた自分には激烈に映りました。


【参考:上記MVの1:28に照応する箇所】

自分が一橋キリコにおいて特に好きな部分は、とにかく想像の外のパフォーマンスを巻き起こすことです。
そもそも、キリコは舞台本編で「親に敷かれたレールを進むだけの自己を気にしていて」「深友達の姿を見て自分もアイドルになりたいと願った」という己が運命を壊してアイドルデビューした経緯を持ちます。
面白いのが、この本来ストーリーの中だけで留まる「既存のレールからの解放」という部分が、キリコにおいては現実でも似たような事象が多いところです。

最たる例が先の『まほろば』での独自のファンサービス挿入ですが、とにかくキリコは、アイドルパフォーマンス一切がどれをとっても愛らしい。そんな愛おしさが連綿と続いてきた結果、舞台本編で同級生から王子様のように扱われお高くとまっていた初期のキリコと現在のキリコでは、大分ベクトルの異なる魅力が成熟されてきたように映ります。
その証左に、公式サイドの視点を持つキャスト陣による各配信や8K上映会イベント等では「カッコイイ系のキリコ、カワイイ系の南波」という風な見解が当初目立っていましたが、愛くるしい仕草をふんだんに盛り込んだキリコ(今回は自己紹介ででっかいハートまで描いた)と後述するクール系でまとまった南波の姿を見ていると、当初のイメージは今や完全に逆転しています。
これもまた、ある種キリコらしい敷かれたレールからの大脱線ですし、既存の枠に縛られず愛を振り撒く彼を見ていると、なんだかこちらまで気持ちが込み上げてきて仕方がありません。

そのような、敷かれたレールとそこからの解放を経たキリコの半生を歌にした『暁』キリコソロパートですが、振付の刷新された『ドルフェス』版が本当に凄まじかった。

 

硝子に映る光は 向かう先を知る由もなく
削られた破片で 縁取られた世界で 生きてきたけど
生まれた場所や記憶の沼に 運命を渡したくない
優美で鮮やかな姿で
愛でられる存在でありたい

(GS382『暁─2022年に愛を込めて─』より)


パート早々度肝を抜かれたのが、上記引用歌詞の「削られた破片で~生きてきたけど」の箇所のキリコの新しい振付は、ほとんどただ真っ直ぐ歩くだけでした。
激しいダンスの多いGS382ではあまりにも異質な景色で、これほど「敷かれたレールの上を歩いてきた」メタファーを連想することもそうありません。

『ドルフェス』版『暁』キリコソロパートの更に凄いところは、ただ歩いた後に目の前を蹴破り、その後キリコの表情がパッと晴れていく一連の演出にあると思います。
それまでの憂いを帯びた微笑から、レールを蹴り壊した先で空が晴れたように笑うキリコ。普段は舞台本編なら少し嫌味な笑み、アイドルとしてなら満開の笑顔が絶えない彼からこのような笑顔のグラデーションが広がったのは、それだけで十二分の見応えがありました。

ちなみに『暁』で“目の前を蹴破る”という振付は加賀深友パートの直後にも存在するんですけど……そうだね先に困難を超越したのは深友でキリコはそれに追いついて仲間になったからね……こんなん滅茶苦茶になるわ……。

ほかにもバラエティに富んでいた点としては、この『暁』の歌唱を初披露の本編公演『2022年に愛を込めて』の頃から大幅に変えてきたところでしょうか。
初披露時のキリコの歌声には一定の力強さがあった一方、今回は当時からかなり抑えめのニュアンスが強いように感じます。
『2022年に愛を込めて』での既存のレールからようやく解放されパワーが漲っているかのごときヴォーカルも楽しかったですが、今回の祈るような歌声も、派手な容姿に隠されたささやかな願いみたいに思えて胸を打つものがありました。

 

【今回は特にアイメイクが派手なため、ささやかな仕草は相対的に際立つ印象にある】

そんなキリコの今回の本領発揮は、なんといっても客降りの時間でしょう。
今回のイベントではGS382初の客降りの時間が存在し、GS382も他のタイトルと同様、アイドル達が客席通路まで訪れます。
とはいえ、まさか800人規模のハコ全体にファンサービスを行き渡らせるのは物理的に無茶なので、目が合ったらラッキー程度の心持ちが無難なシチュエーションでした。

ところが、キリコは目についた緑のペンライトの先へ片っ端からファンサービスをしていました。

投げキッス、片手ハート、指ハート、膨れっ面……とにかく一歩進むだけで3つも4つもファンサービスを送るキリコの姿はいっそ驚嘆に値します。また、先に述べたようなバリエーションは誇張ではなく本当に同じ場所にいる間に全て実践していたので、いわゆるファンサ指示うちわをひとつひとつ読んでのアプローチだったのではないでしょうか。
キリコの玲瓏たる面持ちは傍目にも幸せそうで、撫子へ惜しみない愛情を振り撒く彼の自由を阻むものはありません。自由すぎて最終的には段取り通り移動してきたであろう南波がファンサしまくってるキリコにつっかえてました。

このように、初期の「天才・優等生」「伝統工芸王子」といった本編の肩書きや「カッコイイ系のキリコ」という公式サイドの想定と思しきイメージをまるっきり覆すようなアイドル像に固まりつつあるキリコですが、それがキャラクター崩壊だと感じたことは、個人的には一度もありません。
一橋キリコという人間の半生と祈りのコンテクストが巧みにパフォーマンスへ落とし込まれているため、殊更な違和感が一切生じていないのかもしれません。



※ここから暫くは一橋キリコに感情を滅茶苦茶に破壊された人間の戯言です※



ここまでの文章がなぜ他人事みたいな視点かというと、自分は一応深友の撫子なのでキリコにとっては本当に他人でしかないからです。
当然掲げたうちわもペンライトも深友に向けた色ですし、以前のブログに載せた加賀深友の痛バッグを提げていたため、うちわ禁止のお見送りでも傍目には深友の撫子だとわかる状態だったと思います。

キリコのことはかなり好きですが、そんな風体なのでお見送りにおいてもキリコに何かしてもらおうという高望みはせず、痛バ見て何かしら深友に絡めたリアクションをしてくれたら超ラッキーくらいの心持ちでした。



一橋キリコ、なんか笑顔で手を差し伸べてきたのですが…………。



なぜ?????????


前述通り(オープニングのキリコと南波デュオ除いて)キリコのペンライトは涙を呑んで振らず終いだったし、心当たりなんてギリごく稀に内田航さんの舞台やイベント行ってるくらいでこれがキリコに笑顔を向けられる遠因とするのは思い上がりも甚だしいし、でも確実に目が合うなり晴れやかに手を伸ばされて、キリコ???????

GS382のお見送りトップバッターにキラキラの笑顔を贈られたのは単純にとても嬉しかったんですが、嬉しかったのと同時に、「加賀深友の撫子に笑顔を向ける一橋キリコ」という概念を発生させたことに対して自分でも驚くくらい滅茶苦茶なことになってます。
『暁の章』の『いつもサンキュー』で加賀深友の圧倒的偶像の輝きに網膜を焼かれてトレードマークの笑顔を剥がされ真顔になっていた一橋キリコが果てしなく大好きなんですが(一橋キリコの人間の奥行きが見えた瞬間のためずっと好き)、翻って今回は加賀深友の輝きに染められた人間に対して堂々と笑顔を湛えているの、あの時の一橋キリコと“逆”すぎてとんでもなくないですか?????
「深友の知らぬところで深友の撫子にあの時深友に剥がされた笑顔を向ける」という加賀深友への強烈なカウンターを繰り出す一橋キリコを目の当たりにしてしまい、あの時の真顔で一橋キリコに落ちた自分は滅茶苦茶になりました。

いやそれ特定の撫子一人にじゃなくてステージ上で発信したほうが絶対いいよ……あの時アイドルの顔を剥がして真顔にさせた男の残光に物怖じせずとびっきりのスマイルを撫子へ放つ一橋キリコのその笑顔…………。


キリコ…………お前…………お前…………。


キリコ…………好きだ…………。



ちなみにGS382お見送りラストの深友には目潰しジェスチャーをもらいました。加賀深友の一番好きなビジュアル特徴が眼光なので滅茶苦茶になりました。滅茶苦茶と滅茶苦茶でサンドイッチすな。




一橋キリコの『暁』ソロパートの〆の歌詞は「愛でられる存在でありたい」であり、キリコ自身もファンへ際限ない愛を振り撒き愛に生きています。
「GS382はファンサービスよりもダンスパフォーマンス主体」という既存のユニット体制を壊し、伝統工芸の道しか用意されていない己の運命をも壊し、更には公式サイドの想定であろう初期像すら壊したキリコは、確実にイベント中誰よりも慎ましやかな自由を謳歌していました。
優美で鮮やかで愛おしい破壊者の一橋キリコが大好きです。


■『ドルフェス』は武部南波の到達点:イベントパフォーマンスによる本編コンテクストの拡張

今回のイベントで一番の注目株が誰だったかと問われれば、自分は声を大にして武部南波だと言いたいです。
南波は現GS382の中で唯一、本編後からイベント開催までの間で“お友達”であるところのキャストがアーティストデビューを経ており、得てして地力の底上げが自然と期待されてくるアイドルです。実際、ステージ上の南波はこちらの期待を悠々と越えてきました。

“お友達”の内田葵さんが歌の世界観に合わせてヴォーカルや表情を七変化させる力に非常に秀でた印象があり、それを南波も丸ごと引き継いでいるだけでもまず見逃せません。
どころか、GS382のナンバーは独自の尖った世界観が強いため、そのようなユニットの基軸と有した技能ががっちり噛み合っている南波の様は見ていて気持ちよかったです。

とりわけ『暁』の南波は頭ひとつ抜けていた。以下の短いソロパートの中に、武部南波の魅力が確かに詰まっていました。

 

そこはかとなく風に揺れる 柳の木のように
ただそこにいて行き交う言葉に 耳をすまそう
移りゆく歴史の中で
受け継がれていくものの 尊さ

(GS382『暁─2022年に愛を込めて─』より)


南波といえばパワフルでハスキーな歌声が浮かびますが、今回の『暁』では声の抑揚を始めとしたヴォーカルによる表現の幅広さが顕著で、より一層楽しめる仕掛けが各所に施されていました。
元来の歌声の持ち味を基本としながら、「耳をすまそう」では一気に透き通った発声となり、それが他者の言葉を聞き他者を支えてきた南波らしい。続く「受け継がれていくものの尊さ」では「尊さ」と謳った瞬間グッと力が込められ、南波にとって尊いものはパワーに溢れているように見えているのだと窺えます。

といった風に、今回のイベントでの南波のパフォーマンスは、武部南波という一個のキャラクターの人間性がどことなく察せられる要素が点在していました。

舞台本編では現GS382の中でもっともシンプルに人物描写をまとめられ、他のメンバーに比べればパンチのある描写があまりなかった南波(文字通りの意味ではありましたが)
それが今回、「南波はこういう気持ちで歌っているのかな」とイメージしやすい表現が従来よりもより明示的となり、なおかつ、立ち振舞い等のアイドルとしての自己コーディネートの方向性もクールで流麗なものが多く見受けられました。
『ドルフェス』における武部南波は、単体でのパフォーマンスの魅力もさることながら、当時の舞台本編の補強の側面を併せ持っているように感じられます。

そして、どんな人間性か、どんなアイドルになりたいか読み取りやすくなればなるほど、素の南波の好ましさも相乗効果で増していきました。

 

(各々が片手に水を持ちながら)
侑弥「今から俺と撫子が愛を育もうとしていたところだ!」
キリコ「ボクだよね!?」
深友「オレと撫子のお茶会だろ! 違うのか!?」
仁「違うであります! めぐむんと一緒に、オレンジジュース飲むでありますー」
南波「だーかーらっ! 喧嘩やめてって。師匠に言いつけるよ!?」
(『いろいろ ドルフェス2023』2部公演MCより)


上記は夜公演でのMCの引用ですが、メンバーに対して南波が怒鳴りました。

個人的に、この“怒鳴って注意する武部南波”の姿を見られたのが、物凄く嬉しかったです。

従来のGS382加入後の南波のMC、ひいてはそれを受けた各種イベントでは「南波が暁の代わりに叱ってくれる」「しっかりしたメンバーが南波しかいない」という風な印象や見解が主となっていました。
これに関して、良く言えば唯一無二のポジションですが、悪く言えば優等生然としているだけの仲裁役で終わってしまう可能性も自分は懸念していました。
だからこそ、怒鳴る南波の姿は嬉しいし眩しい。南波だってただのいい子ではなく怒鳴るしイライラするし勝手に喋りだしたりもする。声高に発言する南波の様相は、彼も他のメンバーと対等な一員であると証明する、ぶつかり合いながら高みへ行くGS382らしいシークエンスではないでしょうか。

こういった舞台本編の補強・強化は、南波単体で見たあれこれのみに留まりません。
相棒たるキリコとの関係描写においても同様です。

キリコと南波は本編開始時点から既に完成されたバディとして位置付けられていたためか、意外にも彼ら二人の関係描写については、殊更な深掘りをせずかなりさっぱりとしていました。
ゆえに、キリコが敷かれたレールの上に立つ自己を気にしていることを南波は知っている風であるものの、そんなキリコのことをどう思っているか、どのような心情でそんなキリコの活動をサポートし続けるか等、南波のキリコにまつわる内心は今日まで明確には描かれてきていません。

そんな中、今回のイベントでは新生フルムーンとGS382合同での『Moonlight Serenade』が披露されました。
同楽曲ではソロパートがあり、そのままキャラナンバリング順に歌わせるのではなくユニット結成を夢見ていた新生フルムーン・白金明が「あこがれ追いかけて手をのばせる日も」を、着物の染色を専攻し色に関するワードと結びつきやすい深友が「鮮やかなペンライト」を担うなど、各アイドルに照応した歌割りも散りばめられていました。
そして、キリコと南波に割り当てられたソロパートは、以下のような歌割りです。


 

キリコ:未来が怖くて思考停止する日も
南波:愛すべき日々
(新生フルムーン&GS382『Moonlight Serenade』より)



“答え合わせ”が提出されてきた…………。


文字に起こすだけでもかなりのものがありますが、ただ単に歌詞の文脈一辺倒かというと、それだけではありません。

この歌詞を紡ぐ武部南波、ここ一番の優しいヴォーカルで歌うんですよ。

単純に歌詞だけでなく、ヴォーカルの表現力でも武部南波の心情を乗せてきて、心臓が飛び出そうになるほど一瞬にして心を掴まれました。
キリコの「未来が怖くて思考停止する日も」に対する南波の「愛すべき日々」の歌声が本当に優しく澄んだ声音で、南波がキリコの後援をしキリコの苦渋の日々に付き合い続けたことをどう思っていたのか、あの時の南波は確かに言外に示していました。

正直なところ、サビ直前のソロパートというおいしいポジションに南波が選ばれたのは意外でした。なんとなく舞台本編のキーパーソンであった明や主人公のライバル的存在のキリコが抜擢されそうなイメージが浮かびますし、愛を謳う歌詞ならば尚更「愛でられる存在」を旨とするキリコのほうが“それっぽい”と感じます。
それでもなお、サビの盛り上がりに向けて愛を謳ったのは武部南波だった。それもたまたま割り当てられたとは微塵も想察させない、なるべくしてなったと思うしかない混じり気のない歌声で。ドルステというシリーズを通して度々語られる「愛」の宣誓を南波に担わせたのは意図された歌割りであると、自分は強く思いたいです。
キリコと南波、愛の塊。

あとこれはソースがInstagramのストーリーと交流イベントでの口頭のやり取りしかないせいでどこからも引用ができない事象ですが、葵さんからの発信にて「南波は今は海外で伝統工芸を広める活動をしており、ドルフェスにあたって帰国した」という設定が明かされています。
何が言いたいかというと、これを加味すると2番ソロの「離れた場所でも」をキリコが、「見ててくれた」を南波が担うのもかなり迫力があってビビリました。ネルケプランニング、キリコと南波を描写する天才?


舞台本編では伸び代を残したまま完結した南波の物語が今回ここまで拡張されていったのは、ある意味では本イベントで五本指に入るサプライズにも映ります。
パフォーマンス・人物描写共にレベルアップした武部南波まわりの演出は、彼のひとつの到達点と呼べるのではないでしょうか。






こんな感じです。

加賀深友は主演公演『暁の章』で「ここからなら見えるかな?見たことない景色!」と元祖GS382の三人での飛躍を宣誓をしましたが、今回のイベントではその景色を一緒に見させてもらっているような気分になりました。
約1年振りのGS382、まったく変わっていないどころか全員更に輝きが増していて、彼らに圧倒されてたらいつの間にかステージが終わってた勢いです。本当に凄かった……。

まだ数時間分の配信アーカイブの視聴権が残っているので、これから最後までGS382の眩しさを目に焼き付けにいってきます。




それでは。