ごきげんよう、柘榴です。
突然ですが、自分は去年の夏、『ディア♥ヴォーカリスト Wired』のヨシュアが滅茶苦茶好きになりました。
今週、『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』シリーズより「BraveChild」のヴォーカリスト・ヨシュアの新曲発表がされました。前シリーズ『Wired』に続きヨシュアの帰国後第二弾となる本シングルを聴き、それ自体のクオリティの高さも去ることながら、自分は案の定『Wired』の衝撃を思い出しては、気が付けば爆音のアメィジングを流しながらノートパソコンの前でゲーゲー泣いていました。
あの日得たヨシュアへの個人的な思い入れが急激に蘇ったことや、丁度当時よりも文章にできる程度には落ち着いて整理できそうなこの機会に、本記事ではタイトル通り自分がヨシュアに救われた(陳腐な表現ですが、さしあたりこう記します)こと、それを語るにあたってディアヴォシリーズおよび関連作品の描写についての個人的解釈を述べていきます。
なお、本記事は全項に渡りディアヴォシリーズの本編のネタバレを含みます。シリーズの「製品を視聴して登場人物の隠された側面を楽しむ」という作風の性質上、シリーズをこれから履修する場合作品の魅力を大きく損ねる可能性があるため、シリーズ未履修の方はご注意ください。
1.はじめに
■この記事を読むにあたっての大前提
・本記事タイトルには「考察」とありますが、いつもの通り便宜上のものです。特に今回は個人的な感想・経験を意図的に混ぜながら書いています。
・本記事は自傷行為(広義のリストカット)についての言及またはそれを伴うフィクション描写への感想を主としますが、本記事は「自分がこうなった・こう思ったからあなたもこうすればいい」というものではありません。
・本記事は自傷行為を推奨する意図はございませんが、自傷行為に対して否定的見解および警鐘を鳴らす内容でもございません。
・本記事で言及された自傷行為描写はすべて個人の見解、および対象キャラクターが架空の人物であることを前提とした内容です。自傷行為における動機・精神状態・方法・自傷の箇所ならびに範囲・その後の傷の状態や精神的ケアにつきましては個人差が存在します。すべての人に本記事の言及が当てはまるわけではないことをご理解ください。
■ヨシュアとエーダッシュについて
『ディア♥ヴォーカリスト』は異性愛女性向け(いわゆる乙女向け)コンテンツを制作する「Rejet」から生まれたシチュエーションCDコンテンツのひとつです。本シリーズは“キャラクターソング+シチュエーションパート”といった、比較的視覚からの要素が少ない製品展開をメインにしております。実際に売上を黒字化したのはCDよりもグッズだそうですが。
本シリーズのメインキャラクターはほぼ全員“クズ”と称されるような何らかの問題や困難さを有しており、それらと付き合いながらも音楽活動やヒロインとの日々を送る……といったものがシリーズ通しての大枠となっています。
本シリーズはヴォーカリストが投稿をする公式Twitterが稼働しており、製品を購入する前からヴォーカリストの性格・対人関係を把握することができます。このTwitter上での振る舞いと音楽活動の裏で見られる姿のギャップや、そこにある行動原理の一貫性をCDを聴いて初めて知る──という構造も本シリーズの特徴です。

【©2015 Rejet/『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNo.2 ヨシュア』】
ヨシュアはシリーズ第三弾『ディア♥ヴォーカリスト Wired』から新登場したヴォーカリストです。ヨシュアはTwitter上では誰に対しても気さくな一方でどこか掴み所がなく、しばしば「謎が多い」「イイ奴だけどよくわからない」などと称されてきました。ユーザー間でもこれを受け、甘々系ポジションや「小悪魔系だと思ったらとんでもない性格だった」タイプは既にいたことからも、既存キャラとのどのような基軸のずらしが行われるのか様々な期待がなされました。
そしてヨシュアのTwitterアカウント稼働から四ヶ月後の2017年8月、『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNo.2 ヨシュア』が発売。本作でついに、ヨシュアが自傷行為をしており、それを恋人であるヒロイン含めた周囲に隠している人物であることが明かされました。

【©2015 Rejet/『カレはヴォーカリスト♥CD ディア♥ヴォーカリスト エントリーNo.5 エーダッシュ』】
本記事ではそんなヨシュアの直接的な比較対象として、同シリーズ登場のエーダッシュも挙げていきます。エーダッシュはシリーズ開始当初から活躍しているヴォーカリストで、エーダッシュもヨシュア同様、そしてヨシュアが登場する約一年半前にCD内で自傷描写がありました。(蛇足ですが、彼の描写の影響でシリーズ中の自傷描写そのものは既出となることも、ヨシュアの自傷行為をユーザー間で予測し難くした一因であると考えられます)
ここだけ抜粋すれば「ディアヴォって自傷キャラが二人もいるとかスゴいね」で終わるかもしれませんし、取っ掛かりは恐らくそれで構いません。しかし果たして、彼らの自傷行為やそれにまつわる心理はまったく同一の事柄なのでしょうか。
本記事では彼らの作中描写を対比しながら、ヨシュアの自傷描写について述べていきます。
2.ヨシュアの自傷行為描写について
本項では『ディア♥ヴォーカリスト』シリーズを『無印』、『ディア♥ヴォーカリスト Wired』シリーズを『Wired』、『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』シリーズを『Xtreme』と表記します。
■自傷箇所の可能態:ヨシュアの自傷箇所は「手首」ではない?
まず、自傷行為は「リストカット」とも呼ばれるように手首にするものという認識が強いと思われます。実際、エーダッシュ含むこれまでのRejet作品(後述)でも、自傷描写がある際は手首で行われていることがほぼ明示的に演出されていきました。
ところが、ヨシュアの場合、手首ではなく腕に行為をはたらいている可能性があるのです。エーダッシュとヨシュア、彼らの自傷描写を対比してみると、
・「『傷はリストバンドで隠せばいい』という旨の、明確に手首回りに傷を持つ表現があるエーダッシュ」と「一貫して『腕の傷』『自分で自分を傷つけちゃう』等としか表現がなく、手首をはじめとする具体的箇所を断定できる発言がないヨシュア」(無印エーダッシュTrack.4/『Wired ヨシュア』Track.3、Track.4)
・「ヒロインに傷を見せた際に驚愕されたエーダッシュ」と「ヒロインに傷痕を見られた際も一言二言で簡単に誤魔化せるような位置に傷があるヨシュア」(無印エーダッシュTrack.4/『Wired ヨシュア』Track.4)
・「公式ビジュアルで両腕とも露出したことのあるエーダッシュ」と「ダミーヘッドマイク収録の声の方向から左手側に傷があると仮定し、左腕の露出がないヨシュア」(『Wired ヨシュア』Track.4/ほか公式ビジュアル)

【©2015 Rejet/『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』公式PVより二人のビジュアル】
……という風に、ヨシュアはエーダッシュに比べ、圧倒的に「どこを切ったか」の修飾が不足していることが窺えます。むろん、これはエーダッシュのさっぱりした言動やヨシュアの何かとはぐらかしがちな性格の差、また単純に服装の好みに由来する部分も大きいです。いずれにせよ「自傷=手首にやるもの」という固定観念を一度取り払ってしまえば、音声作品であるディアヴォシリーズでは彼らがどこを切ったのかの視覚的確証などもう得られません。
作中に鑑みても、基本的にシチュエーションパートはヴォーカリストたちの作曲期間やレコーディング期間の時間軸を舞台としているため、発売日の概ね二ヶ月前が舞台となります。ヨシュアの場合『Wired』発売日が2017年8月なので、ヒロインに腕の傷を見られた時期も8月の二ヶ月前すなわち概ね6月であることが読み取れ、くわえて、傷を見られたタイミングはライブ後のため当時の服装は衣装か終演後の軽装であったことも推測でき、腕まで見られる可能性は十分にあります。すなわち、どこまでもヨシュアが手首を傷つけたという裏付けはないのです。
何が言いたいかというと、ヨシュアがやったのはリストカットではなくアームカットかも知れない、ということです。
ただの思い出話になるのですが、自分自身自傷経験がありまして、そのとき切るのが腕なんですよ。しかも何年も前以来もうやらないと思っていたのを再発したのが、なんの因果か昨年の『Wired』発売と同じ時期でして。
自分は元々devils(ヨシュアのファンの意)だったから特別衝撃があったけれど、アームカット自体は自分だけの特別なことではありません。だからこそ、ヨシュアが持つこの「かも知れない」は大きな意義があります。
いわばヨシュアは、過去の自傷キャラにはないポジションを、それもどこまでも現実的で生々しい位置から確立しているのだと、自分は思います。
■Rejet自傷キャラにおける動機の差異:ヨシュアは死にたいわけではない
Rejetがすごいのは、ヨシュアとエーダッシュの自傷した動機に明確な差異があるよう作劇している点です。ごく稀にヨシュアとエーダッシュについて「死にたがりコンビ」という旨でひと括りにするユーザーコメントを見かけるのですが、そのような人達はライブTをエーたんプロデュース改造Tレベルにじゃっきじゃきになればいいと常々思います。それはそうとヨシュアとエーダッシュの話をしてくれてありがとう。
冗談はさておき、自分がなぜ本項冒頭で「Rejetがすごい」と確信しているのかというと、自分の知るヨシュア含めたRejet自傷キャラは四人中四人がそれぞれ別の動機で切っていることについてです。
とは言え自主的に自傷描写のある作品を履修しているわけではないので詰めの甘い話になりますが、自傷の動機付けについて「死にたいから」とか「生への実感」とかの理由を目にしたことがます。Rejetキャラクターもその点は前者はPSPゲーム『月華繚乱ROMANCE』のとあるキャラクターが、後者はPSvitaゲーム『嘘月シャングリラ』のとあるキャラクターがそれに近い動機で押さえています。
ではエーダッシュそしてヨシュアもそのどちらかで切っていた?それは彼らのシチュエーションパートを視聴すれば、明確に否定されていることがわかります。
まずエーダッシュ(無印当時)においては、簡潔に述べるなら一種の求愛行動で切りました。“死にたがりで自分の身体を大事にするつもりがない×ヒロインへの想いを形に残すにはどうしよう=よし自分で手首にタトゥー彫ろう!”というクレイジー極まりない方程式で、確固たる自主性の下に成り立っているのです。このエーダッシュの唯一無二な原動力の時点で、彼(無印当時)の希死念慮とヨシュアの思考を十把一絡げにできるものではないということが既に予想可能だと思います。実際にそうです。
ヨシュアの場合はよりストレートに、本人が『Wired』作中で自傷をした動機について以下のように語っています。
「音楽で悩んで、うまくいかなくなると、気持ちが抑えられなくなって……たまにこうなる。〔…〕一回切ったら、なんかそれから癖になっちゃって」
「あれから、もうしないって決めてたのに……結局、日本に戻っても変われなかった。絶対しないって思ってたのに。さっきも、わけわかんなくなっちゃって」
(『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNO.2 ヨシュア』Track.4より)
わけわかんなくなっちゃった内にやっているんですよ……!?
すなわち、ヨシュアは何の脚色もなく字義通り「わけのわからない内にやってしまっている」んですよ。フィクション的に盛り上がるような演出を持つわけでもなく、それこそエーダッシュのように意識的にやれるわけでもなく、「わけのわからない」という他者から見て際限なく曖昧な動機付けを受けている。そのようにストーリー映えしそうなわかりやすい動機を一切持たず、果てしなく生々しい動機で切っています。
しかもRejetが極めて天才的なのは、「もうしないって決めてたのに」と、やめられないことを明示的に発言させた点です。それもそのはず、そんなに簡単にやめられるようなものならヨシュアもここまで隠し通そうとしません。この一言があるかないかで、一発切ってそれっきりのエーダッシュとキャラクターとしての差別化ができ、何より一気に「わけわかんない」のリアリティが増します。
このおぞましいほど生々しいリアリティを持った言葉を聴いた瞬間、動悸があり得ないほど乱れました。
ヨシュアは自分だったのです。
本当に解釈とかかなぐり捨てた思い出話になるんですけど、冗談でも嘘でも何でもなく『Wired』時期に自分がアムカぶり返した一番のきっかけがまあどういった神様の悪質な悪戯か音楽関係で(身バレ防止のために詳細は書きませんが、ピアノが弾けないとかそういう程度で、ヨシュアほど目を見張るものはありません)。そのせいで別に死にたいわけでも実録大盛り上がりなドラマチックな理由もなくただただ衝動的に、わけわかんない内に切っていたんです。
要するにヨシュアと自傷におけるすべてが一致していたのです。
『Wired ヨシュア』Track.4を聴いたとき、自分にはヨシュアが比喩ではなく神様に見えました。自分の存在をヨシュアが許してくれたように感じました。やはり陳腐な表現しか用いませんが、ヨシュアがいることによりディアヴォの世界ではヨシュアの属性を排除せず、「そこにいること」を確かに示して、存在が許されることがわかった。自分もディアヴォ世界のオーディエンスとして存在していていいんだと、ヨシュアは文字通り手ずから証明してくれた。ただそれが、当時は途轍もない救いでした。
Rejetは本当にすごくて、吸血鬼やアイドルなど非日常的なキャラクターを生み出しながら、その中で確実に身近に存在する属性を入れてくる。家庭環境がえげつないくらい滅茶苦茶なキャラも、異性愛という男女の二元的措定が必要なコンテンツなのに極めてジェンダー攪乱的なキャラも、そして自傷行為をするキャラもいる。商業的には前例のない属性をつけるキャラ付けともとれるけど、今まで現実はおろかフィクションの世界ですらなかったことにされがちな存在を明示的に存在させることは、その属性を持つ人間にとっては確実に救いになります。
ヨシュアはフィクションキャラクターでも、ヨシュアの存在は現実なのです。
フィクションキャラに自分を重ね合わせるなんて見ようによってもダサい行為であるのか知れませんが、出会えたタイミングの奇跡を免罪符に見逃してください。音楽関係で思い通りにいかないとわけわかんない内にアームカットしていた自分の前に音楽関係で思い通りにいかないとわけわかんない内にアームカット(かも知れない何か)をするヨシュアが現れたんですよ。昨日までエーたん仲良し感情ウキウキちゃんだと思っていた人が突如として神様として舞い立ったんですよ。これを救いと言わずして何と言いますか。
ヨシュアが度々発する「もうdevilsだよね?」はあまねく存在を受容した究極の口説き文句です。ヨシュアは国籍・年齢・性別・ファン歴も問わずすべての対象へこの言葉を口にします。どうしようもない人間のことも排除しないでいてくれたのです。
ヨシュアが好きです。アーティストナイトを聴いてください!!
■周囲の対応:自傷行為を絶対悪にしない
そしてヨシュアは現実を少しだけ超えます。ヨシュアはフィクションキャラクターだからこそ現実を超えることができます。
何が超えているかって人間関係ですよ。ヨシュアにおいて顕著な人間関係が二点ほどあります。
一人は何を隠そう、先程まで自傷経験者として比較に挙げてきたエーダッシュです。彼らは日頃公式Twitterや公式SSでも仲が良いことが窺え、ヨシュアのエーたん仲良し感情ウキウキちゃん具合は彼の公式Twitterアカウントを見るのが手っ取り早いので是非ご覧ください。
彼らのやり取りで特筆すべきは、どちらも互いの突飛な言動をまったく否定しない関係性です。どんなボケも失敗も不審な素振りもすべて「オッケー♪」と「ワロタwww」で受容してしまいます。“嘘”がシチュエーションパートのファクターとなり日々自傷癖を隠しているヨシュアにとって、個人に深く追及しないで個人を認めるエーダッシュと仲良くなったことがどれほどの奇跡か、それはどんなオーディエンスにも計り知れません。
くれくれくれ→Everybody タラレバならいらんもん
端から仕留めるつもりです
じぇらじぇらじぇら→EveryNight ショゲてる暇はないから
可笑しくなれる?
可笑しくなろう!
(『ディア♥ヴォーカリスト THE BEST ROCK OUT!!』収録、エーダッシュ「KKK→E」より)
エーダッシュは誰よりもクレイジーで誰よりも優しい。誰の「おかしい」も否定しないどころか「可笑しくなろう!」と「おかしさ」を全肯定する歌詞を歌う。中途加入のヨシュアが人気キャラクターのエーダッシュととりわけ友好的関係なのはメタ的な商業面の戦略も十分に考えられます(というより某宇宙人アイドル舞台でもまったく同じ現象が起きたので十中八九そうでは)が、「おかしい」部分に深入りされるとはぐらかすヨシュアを「おかしい」へ深入りせず受け止められるエーダッシュと巡り合わせたのは、第一にヨシュアというキャラクター性を考慮した関係性の構築であると自分は信じています。
もう一人はヨシュアの恋人であるヒロインです。とりあえず今聴ける環境にいる方はすぐ『Wired ヨシュア』Track.4の後半を再生してください。
ヒロインはヨシュアが腕を切っていたことに驚きこそすれ、いわゆる「引く」ようなリアクションは描かれません。どころかヨシュアの手を握ります。自傷しているとわかった上で、その恋人の肌を握ってくれています。更には、「もし、次もああなりそうだったら、オマエのコト、呼んでイイ?」というヨシュアの意思にも頷き、決してヨシュアの習癖を直ちに治そうとはしませんでした。
『Wired ヨシュア』の“自傷した人間を絶対的な過ちとして見ない”“当事者の意思とペースを尊重する”というストーリーの着地は本当に素晴らしいの一言に尽きます。何せヨシュアは作中でも「癖になっちゃって」と自傷の常習であることが言及されています。ただでさえ負の感情の発生から自傷をしているのに自傷自体にも負の感情を抱いていくと、最悪の場合、負のスパイラルみたいなものに陥ります。よって、まずはヒロインが現在のヨシュアを認め負のスパイラルをどこかで断ち切ることは、現実的にもこの上なく有効な手段だとみられます。
自分にとって負のスパイラルを緩めたくれたのは存在を証明したヨシュアであって、ヨシュアにとって負のスパイラルを緩めたのはそばにいてくれたヒロインだった。ヨシュアの世界は彼がユーザーへ奇跡を提供するだけでなく、彼自身にも奇跡の出会いがあるように描いてくれたのです。
ヨシュアが「それまでメジャーデビューしたバンドも渡米先のバンドもすぐに解散しているような希薄過ぎる人間関係で生きてきた人物」であることを加味すると、この奇跡という表現もあながち大枠を外していないのではないでしょうか。
3.おわりに
■『Wired』ヨシュアに鑑みる『Xtreme』ヨシュア
そんなヨシュアの物語にもついに『Xtreme』で続編が出ます。今シリーズからヴォーカリスト毎のあらすじが各所で掲載されなくなったためストーリーは一向に読めないので、シチュエーションパートで起こったヴォーカリストの心情が反映されることの多いキャラクターソングを聴いてみましょう。
比較論でいうなら、ボクはどうしようもない
崩れ落ちる階段に、いつも捕らわれて
(『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme エントリーNO.2 ヨシュア』収録、ヨシュア「アメィジング」より)
※4/22 歌詞確定のため修正済。神が書いた歌詞かよ……。
堂々と「どうしようもない」と宣ってくれるんですよ……?究極的な「どうしようもない人間」への存在の承認じゃないですか……。
ヨシュアは「どうしようもない」人間を絶対になかったことにしない。なぜならヨシュアにとってすべての人間にdevilsになれる権利が与えられていて、ヨシュア自身が「どうしようもない」人間だから。自己を認めることこそ、ヨシュア自身の非常に丁寧な自己肯定への一歩になるから。試聴した瞬間、自分の中で『Xtreme』でもヨシュアは「どうしようもない」感情を滅茶苦茶に見せてくれるのだという信頼が跳ね上がりました。
さすがに作品のストーリーとして変化が出ない観点から自傷は再び題材にはならない公算のほうが大きいですが、それでもヨシュアは今回も、何かしらやった上で更なる一歩を進めてくれると自分は信じられます。
Rejetがやっぱりすごいのは、あくまでアピールのひとつとして自主的に切っていたエーダッシュは次回からすっぱり自傷をやめていて、対してヨシュアは「まずはもうしないという決意から始める」「またやるかも知れないという不安が残る」「半年後の今も様子がおかしいときがある」とスモールステップから進行しているんですよ。ヨシュアの心理描写が、圧倒的に丁寧……そして恐ろしいほど現実的で生々しい……!
「もうしない!」でハイおしまい、となるほど現実は首尾よくいくようになっていません。現実の人生にはシナリオ担当なんて存在はいませんし、いたとしても自分にとってよいライターがつくことなどそうそうありません。しかしヨシュアにはRejetがついています。時にバンドマンのリーゼントを燃やし時にヒロインと一緒に殺人からの教会放火で証拠隠滅をし時に死にたがりの剣士を救ってきたRejetが創る世界で生きています。ゆえにヨシュアは商業作品として成り立つ限界ぎりぎりまで生々しく生きて、そして現実を少しだけ超えた生き方ができる権利を手にしています。
ヨシュアにはその権利で、生々しく幸福を掴んでほしいのです。
ここまで言うと掛け値なくただのエゴですが、自分はヨシュアには「ハイおしまい」でメンタルを回復されてほしくないし、一方で彼には誰よりも幸せになってほしいとも願っています。
なぜならヨシュアはRejetが手掛けるヴォーカリストだからです。彼はRejetのどこまでもアヴァンギャルドでクレイジーかつ、どこまでも生々しく誠実な世界で生きていて、その生き様は確実に希望のようなものに転じます。
ヨシュアは自分の救いであり神様であり、希望みたいなヴォーカリストです。
ヨシュアが好きです。アメィジングも聴いてください!!!
■最後に
おわりにもう一度書きますが、この記事の自傷行為に関する内容が、すべての自傷経験者に当てはまるわけではありません。また、全員がヨシュアのような良好な人的環境に巡り合えているわけでもありません。とどのつまり、ここで書いたことも文脈が文脈だけに、表層的には突飛に自傷経験を暴露するいち個人の思い出話ブログに過ぎないのだと思います。
ただ、自分がヨシュアを知ったタイミングがあまりに奇跡的なタイミングが過ぎた、ということさえ伝われば幸いです。
いきなり思い出語りと個人的解釈をごちゃ混ぜにしていて読みづらいことこの上なくなりましたが、個人的解釈を前提としないと自分が『Wired ヨシュア』に抱いた感想が書けないし、また思い出語りがないと自分が感じたヨシュアの描写の凄まじさが伝えられないと思い、このような構成のブログとなりました。新曲とジャケット写真を受けた興奮のまま筆を走らせたので、落ち着いたら加筆するかもしれませんし、自傷経験をオープンなアカウントで暴露したのが初めてなので気恥ずかしくしなったら有耶無耶な風に修正します。
書いていくにつれどんどん文章が崩壊していく尖ったノベルゲームみたいな記事になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。『Xtreme』が発売したらまた追記か別記事を書くかも知れません。普段は他のRejet作品や某アイドル舞台の感想記事を書いているので、何卒よろしくお願い致します。
ヨシュアは、すべての対象を「devilsになる?」と愛する存在として承認するヴォーカリストです。
それでは。
