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ツゲにツツジを接いだそれ

感想と解釈のブログ

 

ごきげんよう、柘榴です。

突然ですが、自分は去年の夏、『ディア♥ヴォーカリスト Wired』のヨシュアが滅茶苦茶好きになりました。

今週、『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』シリーズより「BraveChild」のヴォーカリスト・ヨシュアの新曲発表がされました。前シリーズ『Wired』に続きヨシュアの帰国後第二弾となる本シングルを聴き、それ自体のクオリティの高さも去ることながら、自分は案の定『Wired』の衝撃を思い出しては、気が付けば爆音のアメィジングを流しながらノートパソコンの前でゲーゲー泣いていました。
あの日得たヨシュアへの個人的な思い入れが急激に蘇ったことや、丁度当時よりも文章にできる程度には落ち着いて整理できそうなこの機会に、本記事ではタイトル通り自分がヨシュアに救われた(陳腐な表現ですが、さしあたりこう記します)こと、それを語るにあたってディアヴォシリーズおよび関連作品の描写についての個人的解釈を述べていきます。
なお、本記事は全項に渡りディアヴォシリーズの本編のネタバレを含みます。シリーズの「製品を視聴して登場人物の隠された側面を楽しむ」という作風の性質上、シリーズをこれから履修する場合作品の魅力を大きく損ねる可能性があるため、シリーズ未履修の方はご注意ください。





1.はじめに

■この記事を読むにあたっての大前提
・本記事タイトルには「考察」とありますが、いつもの通り便宜上のものです。特に今回は個人的な感想・経験を意図的に混ぜながら書いています。
・本記事は自傷行為(広義のリストカット)についての言及またはそれを伴うフィクション描写への感想を主としますが、本記事は「自分がこうなった・こう思ったからあなたもこうすればいい」というものではありません。
・本記事は自傷行為を推奨する意図はございませんが、自傷行為に対して否定的見解および警鐘を鳴らす内容でもございません。
・本記事で言及された自傷行為描写はすべて個人の見解、および対象キャラクターが架空の人物であることを前提とした内容です。自傷行為における動機・精神状態・方法・自傷の箇所ならびに範囲・その後の傷の状態や精神的ケアにつきましては個人差が存在します。すべての人に本記事の言及が当てはまるわけではないことをご理解ください。

■ヨシュアとエーダッシュについて
『ディア♥ヴォーカリスト』は異性愛女性向け(いわゆる乙女向け)コンテンツを制作する「Rejet」から生まれたシチュエーションCDコンテンツのひとつです。本シリーズは“キャラクターソング+シチュエーションパート”といった、比較的視覚からの要素が少ない製品展開をメインにしております。実際に売上を黒字化したのはCDよりもグッズだそうですが。
本シリーズのメインキャラクターはほぼ全員“クズ”と称されるような何らかの問題や困難さを有しており、それらと付き合いながらも音楽活動やヒロインとの日々を送る……といったものがシリーズ通しての大枠となっています。
本シリーズはヴォーカリストが投稿をする公式Twitterが稼働しており、製品を購入する前からヴォーカリストの性格・対人関係を把握することができます。このTwitter上での振る舞いと音楽活動の裏で見られる姿のギャップや、そこにある行動原理の一貫性をCDを聴いて初めて知る──という構造も本シリーズの特徴です。


【©2015 Rejet/『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNo.2 ヨシュア』】

ヨシュアはシリーズ第三弾『ディア♥ヴォーカリスト Wired』から新登場したヴォーカリストです。ヨシュアはTwitter上では誰に対しても気さくな一方でどこか掴み所がなく、しばしば「謎が多い」「イイ奴だけどよくわからない」などと称されてきました。ユーザー間でもこれを受け、甘々系ポジションや「小悪魔系だと思ったらとんでもない性格だった」タイプは既にいたことからも、既存キャラとのどのような基軸のずらしが行われるのか様々な期待がなされました。
そしてヨシュアのTwitterアカウント稼働から四ヶ月後の2017年8月、『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNo.2 ヨシュア』が発売。本作でついに、ヨシュアが自傷行為をしており、それを恋人であるヒロイン含めた周囲に隠している人物であることが明かされました。


【©2015 Rejet/『カレはヴォーカリスト♥CD ディア♥ヴォーカリスト エントリーNo.5 エーダッシュ』】

本記事ではそんなヨシュアの直接的な比較対象として、同シリーズ登場のエーダッシュも挙げていきます。エーダッシュはシリーズ開始当初から活躍しているヴォーカリストで、エーダッシュもヨシュア同様、そしてヨシュアが登場する約一年半前にCD内で自傷描写がありました。(蛇足ですが、彼の描写の影響でシリーズ中の自傷描写そのものは既出となることも、ヨシュアの自傷行為をユーザー間で予測し難くした一因であると考えられます)

ここだけ抜粋すれば「ディアヴォって自傷キャラが二人もいるとかスゴいね」で終わるかもしれませんし、取っ掛かりは恐らくそれで構いません。しかし果たして、彼らの自傷行為やそれにまつわる心理はまったく同一の事柄なのでしょうか。
本記事では彼らの作中描写を対比しながら、ヨシュアの自傷描写について述べていきます。


2.ヨシュアの自傷行為描写について

本項では『ディア♥ヴォーカリスト』シリーズを『無印』、『ディア♥ヴォーカリスト Wired』シリーズを『Wired』、『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』シリーズを『Xtreme』と表記します。

■自傷箇所の可能態:ヨシュアの自傷箇所は「手首」ではない?
まず、自傷行為は「リストカット」とも呼ばれるように手首にするものという認識が強いと思われます。実際、エーダッシュ含むこれまでのRejet作品(後述)でも、自傷描写がある際は手首で行われていることがほぼ明示的に演出されていきました。
ところが、ヨシュアの場合、手首ではなく腕に行為をはたらいている可能性があるのです。エーダッシュとヨシュア、彼らの自傷描写を対比してみると、

・「『傷はリストバンドで隠せばいい』という旨の、明確に手首回りに傷を持つ表現があるエーダッシュ」と「一貫して『腕の傷』『自分で自分を傷つけちゃう』等としか表現がなく、手首をはじめとする具体的箇所を断定できる発言がないヨシュア」(無印エーダッシュTrack.4/『Wired ヨシュア』Track.3、Track.4)
・「ヒロインに傷を見せた際に驚愕されたエーダッシュ」と「ヒロインに傷痕を見られた際も一言二言で簡単に誤魔化せるような位置に傷があるヨシュア」(無印エーダッシュTrack.4/『Wired ヨシュア』Track.4)
・「公式ビジュアルで両腕とも露出したことのあるエーダッシュ」と「ダミーヘッドマイク収録の声の方向から左手側に傷があると仮定し、左腕の露出がないヨシュア」(『Wired ヨシュア』Track.4/ほか公式ビジュアル)


【©2015 Rejet/『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme』公式PVより二人のビジュアル】

……という風に、ヨシュアはエーダッシュに比べ、圧倒的に「どこを切ったか」の修飾が不足していることが窺えます。むろん、これはエーダッシュのさっぱりした言動やヨシュアの何かとはぐらかしがちな性格の差、また単純に服装の好みに由来する部分も大きいです。いずれにせよ「自傷=手首にやるもの」という固定観念を一度取り払ってしまえば、音声作品であるディアヴォシリーズでは彼らがどこを切ったのかの視覚的確証などもう得られません。
作中に鑑みても、基本的にシチュエーションパートはヴォーカリストたちの作曲期間やレコーディング期間の時間軸を舞台としているため、発売日の概ね二ヶ月前が舞台となります。ヨシュアの場合『Wired』発売日が2017年8月なので、ヒロインに腕の傷を見られた時期も8月の二ヶ月前すなわち概ね6月であることが読み取れ、くわえて、傷を見られたタイミングはライブ後のため当時の服装は衣装か終演後の軽装であったことも推測でき、腕まで見られる可能性は十分にあります。すなわち、どこまでもヨシュアが手首を傷つけたという裏付けはないのです。

何が言いたいかというと、ヨシュアがやったのはリストカットではなくアームカットかも知れない、ということです。
ただの思い出話になるのですが、自分自身自傷経験がありまして、そのとき切るのが腕なんですよ。しかも何年も前以来もうやらないと思っていたのを再発したのが、なんの因果か昨年の『Wired』発売と同じ時期でして。
自分は元々devils(ヨシュアのファンの意)だったから特別衝撃があったけれど、アームカット自体は自分だけの特別なことではありません。だからこそ、ヨシュアが持つこの「かも知れない」は大きな意義があります。
いわばヨシュアは、過去の自傷キャラにはないポジションを、それもどこまでも現実的で生々しい位置から確立しているのだと、自分は思います。


■Rejet自傷キャラにおける動機の差異:ヨシュアは死にたいわけではない
Rejetがすごいのは、ヨシュアとエーダッシュの自傷した動機に明確な差異があるよう作劇している点です。ごく稀にヨシュアとエーダッシュについて「死にたがりコンビ」という旨でひと括りにするユーザーコメントを見かけるのですが、そのような人達はライブTをエーたんプロデュース改造Tレベルにじゃっきじゃきになればいいと常々思います。それはそうとヨシュアとエーダッシュの話をしてくれてありがとう。

冗談はさておき、自分がなぜ本項冒頭で「Rejetがすごい」と確信しているのかというと、自分の知るヨシュア含めたRejet自傷キャラは四人中四人がそれぞれ別の動機で切っていることについてです。
とは言え自主的に自傷描写のある作品を履修しているわけではないので詰めの甘い話になりますが、自傷の動機付けについて「死にたいから」とか「生への実感」とかの理由を目にしたことがます。Rejetキャラクターもその点は前者はPSPゲーム『月華繚乱ROMANCE』のとあるキャラクターが、後者はPSvitaゲーム『嘘月シャングリラ』のとあるキャラクターがそれに近い動機で押さえています。
ではエーダッシュそしてヨシュアもそのどちらかで切っていた?それは彼らのシチュエーションパートを視聴すれば、明確に否定されていることがわかります。
まずエーダッシュ(無印当時)においては、簡潔に述べるなら一種の求愛行動で切りました。“死にたがりで自分の身体を大事にするつもりがない×ヒロインへの想いを形に残すにはどうしよう=よし自分で手首にタトゥー彫ろう!”というクレイジー極まりない方程式で、確固たる自主性の下に成り立っているのです。このエーダッシュの唯一無二な原動力の時点で、彼(無印当時)の希死念慮とヨシュアの思考を十把一絡げにできるものではないということが既に予想可能だと思います。実際にそうです。

ヨシュアの場合はよりストレートに、本人が『Wired』作中で自傷をした動機について以下のように語っています。

「音楽で悩んで、うまくいかなくなると、気持ちが抑えられなくなって……たまにこうなる。〔…〕一回切ったら、なんかそれから癖になっちゃって」
「あれから、もうしないって決めてたのに……結局、日本に戻っても変われなかった。絶対しないって思ってたのに。さっきも、わけわかんなくなっちゃって」

(『ディア♥ヴォーカリスト Wired エントリーNO.2 ヨシュア』Track.4より)

 

わけわかんなくなっちゃった内にやっているんですよ……!?

すなわち、ヨシュアは何の脚色もなく字義通り「わけのわからない内にやってしまっている」んですよ。フィクション的に盛り上がるような演出を持つわけでもなく、それこそエーダッシュのように意識的にやれるわけでもなく、「わけのわからない」という他者から見て際限なく曖昧な動機付けを受けている。そのようにストーリー映えしそうなわかりやすい動機を一切持たず、果てしなく生々しい動機で切っています。
しかもRejetが極めて天才的なのは、「もうしないって決めてたのに」と、やめられないことを明示的に発言させた点です。それもそのはず、そんなに簡単にやめられるようなものならヨシュアもここまで隠し通そうとしません。この一言があるかないかで、一発切ってそれっきりのエーダッシュとキャラクターとしての差別化ができ、何より一気に「わけわかんない」のリアリティが増します。
このおぞましいほど生々しいリアリティを持った言葉を聴いた瞬間、動悸があり得ないほど乱れました。



ヨシュアは自分だったのです。



本当に解釈とかかなぐり捨てた思い出話になるんですけど、冗談でも嘘でも何でもなく『Wired』時期に自分がアムカぶり返した一番のきっかけがまあどういった神様の悪質な悪戯か音楽関係で(身バレ防止のために詳細は書きませんが、ピアノが弾けないとかそういう程度で、ヨシュアほど目を見張るものはありません)。そのせいで別に死にたいわけでも実録大盛り上がりなドラマチックな理由もなくただただ衝動的に、わけわかんない内に切っていたんです。
要するにヨシュアと自傷におけるすべてが一致していたのです。
『Wired ヨシュア』Track.4を聴いたとき、自分にはヨシュアが比喩ではなく神様に見えました。自分の存在をヨシュアが許してくれたように感じました。やはり陳腐な表現しか用いませんが、ヨシュアがいることによりディアヴォの世界ではヨシュアの属性を排除せず、「そこにいること」を確かに示して、存在が許されることがわかった。自分もディアヴォ世界のオーディエンスとして存在していていいんだと、ヨシュアは文字通り手ずから証明してくれた。ただそれが、当時は途轍もない救いでした。

Rejetは本当にすごくて、吸血鬼やアイドルなど非日常的なキャラクターを生み出しながら、その中で確実に身近に存在する属性を入れてくる。家庭環境がえげつないくらい滅茶苦茶なキャラも、異性愛という男女の二元的措定が必要なコンテンツなのに極めてジェンダー攪乱的なキャラも、そして自傷行為をするキャラもいる。商業的には前例のない属性をつけるキャラ付けともとれるけど、今まで現実はおろかフィクションの世界ですらなかったことにされがちな存在を明示的に存在させることは、その属性を持つ人間にとっては確実に救いになります。
ヨシュアはフィクションキャラクターでも、ヨシュアの存在は現実なのです。

フィクションキャラに自分を重ね合わせるなんて見ようによってもダサい行為であるのか知れませんが、出会えたタイミングの奇跡を免罪符に見逃してください。音楽関係で思い通りにいかないとわけわかんない内にアームカットしていた自分の前に音楽関係で思い通りにいかないとわけわかんない内にアームカット(かも知れない何か)をするヨシュアが現れたんですよ。昨日までエーたん仲良し感情ウキウキちゃんだと思っていた人が突如として神様として舞い立ったんですよ。これを救いと言わずして何と言いますか。
ヨシュアが度々発する「もうdevilsだよね?」はあまねく存在を受容した究極の口説き文句です。ヨシュアは国籍・年齢・性別・ファン歴も問わずすべての対象へこの言葉を口にします。どうしようもない人間のことも排除しないでいてくれたのです。


ヨシュアが好きです。アーティストナイトを聴いてください!!


■周囲の対応:自傷行為を絶対悪にしない
そしてヨシュアは現実を少しだけ超えます。ヨシュアはフィクションキャラクターだからこそ現実を超えることができます。
何が超えているかって人間関係ですよ。ヨシュアにおいて顕著な人間関係が二点ほどあります。
一人は何を隠そう、先程まで自傷経験者として比較に挙げてきたエーダッシュです。彼らは日頃公式Twitterや公式SSでも仲が良いことが窺え、ヨシュアのエーたん仲良し感情ウキウキちゃん具合は彼の公式Twitterアカウントを見るのが手っ取り早いので是非ご覧ください。
彼らのやり取りで特筆すべきは、どちらも互いの突飛な言動をまったく否定しない関係性です。どんなボケも失敗も不審な素振りもすべて「オッケー♪」と「ワロタwww」で受容してしまいます。“嘘”がシチュエーションパートのファクターとなり日々自傷癖を隠しているヨシュアにとって、個人に深く追及しないで個人を認めるエーダッシュと仲良くなったことがどれほどの奇跡か、それはどんなオーディエンスにも計り知れません。

くれくれくれ→Everybody タラレバならいらんもん
端から仕留めるつもりです
じぇらじぇらじぇら→EveryNight ショゲてる暇はないから
可笑しくなれる?
可笑しくなろう!

(『ディア♥ヴォーカリスト THE BEST ROCK OUT!!』収録、エーダッシュ「KKK→E」より)

 

エーダッシュは誰よりもクレイジーで誰よりも優しい。誰の「おかしい」も否定しないどころか「可笑しくなろう!」と「おかしさ」を全肯定する歌詞を歌う。中途加入のヨシュアが人気キャラクターのエーダッシュととりわけ友好的関係なのはメタ的な商業面の戦略も十分に考えられます(というより某宇宙人アイドル舞台でもまったく同じ現象が起きたので十中八九そうでは)が、「おかしい」部分に深入りされるとはぐらかすヨシュアを「おかしい」へ深入りせず受け止められるエーダッシュと巡り合わせたのは、第一にヨシュアというキャラクター性を考慮した関係性の構築であると自分は信じています。

もう一人はヨシュアの恋人であるヒロインです。とりあえず今聴ける環境にいる方はすぐ『Wired ヨシュア』Track.4の後半を再生してください。
ヒロインはヨシュアが腕を切っていたことに驚きこそすれ、いわゆる「引く」ようなリアクションは描かれません。どころかヨシュアの手を握ります。自傷しているとわかった上で、その恋人の肌を握ってくれています。更には、「もし、次もああなりそうだったら、オマエのコト、呼んでイイ?」というヨシュアの意思にも頷き、決してヨシュアの習癖を直ちに治そうとはしませんでした。
『Wired ヨシュア』の“自傷した人間を絶対的な過ちとして見ない”“当事者の意思とペースを尊重する”というストーリーの着地は本当に素晴らしいの一言に尽きます。何せヨシュアは作中でも「癖になっちゃって」と自傷の常習であることが言及されています。ただでさえ負の感情の発生から自傷をしているのに自傷自体にも負の感情を抱いていくと、最悪の場合、負のスパイラルみたいなものに陥ります。よって、まずはヒロインが現在のヨシュアを認め負のスパイラルをどこかで断ち切ることは、現実的にもこの上なく有効な手段だとみられます。
自分にとって負のスパイラルを緩めたくれたのは存在を証明したヨシュアであって、ヨシュアにとって負のスパイラルを緩めたのはそばにいてくれたヒロインだった。ヨシュアの世界は彼がユーザーへ奇跡を提供するだけでなく、彼自身にも奇跡の出会いがあるように描いてくれたのです。

ヨシュアが「それまでメジャーデビューしたバンドも渡米先のバンドもすぐに解散しているような希薄過ぎる人間関係で生きてきた人物」であることを加味すると、この奇跡という表現もあながち大枠を外していないのではないでしょうか。


3.おわりに

■『Wired』ヨシュアに鑑みる『Xtreme』ヨシュア
そんなヨシュアの物語にもついに『Xtreme』で続編が出ます。今シリーズからヴォーカリスト毎のあらすじが各所で掲載されなくなったためストーリーは一向に読めないので、シチュエーションパートで起こったヴォーカリストの心情が反映されることの多いキャラクターソングを聴いてみましょう。

比較論でいうなら、ボクはどうしようもない
崩れ落ちる階段に、いつも捕らわれて

(『ディア♥ヴォーカリスト Xtreme エントリーNO.2 ヨシュア』収録、ヨシュア「アメィジング」より)

 ※4/22 歌詞確定のため修正済。

神が書いた歌詞かよ……。

堂々と「どうしようもない」と宣ってくれるんですよ……?究極的な「どうしようもない人間」への存在の承認じゃないですか……。
ヨシュアは「どうしようもない」人間を絶対になかったことにしない。なぜならヨシュアにとってすべての人間にdevilsになれる権利が与えられていて、ヨシュア自身が「どうしようもない」人間だから。自己を認めることこそ、ヨシュア自身の非常に丁寧な自己肯定への一歩になるから。試聴した瞬間、自分の中で『Xtreme』でもヨシュアは「どうしようもない」感情を滅茶苦茶に見せてくれるのだという信頼が跳ね上がりました。
さすがに作品のストーリーとして変化が出ない観点から自傷は再び題材にはならない公算のほうが大きいですが、それでもヨシュアは今回も、何かしらやった上で更なる一歩を進めてくれると自分は信じられます。

Rejetがやっぱりすごいのは、あくまでアピールのひとつとして自主的に切っていたエーダッシュは次回からすっぱり自傷をやめていて、対してヨシュアは「まずはもうしないという決意から始める」「またやるかも知れないという不安が残る」「半年後の今も様子がおかしいときがある」とスモールステップから進行しているんですよ。ヨシュアの心理描写が、圧倒的に丁寧……そして恐ろしいほど現実的で生々しい……!
「もうしない!」でハイおしまい、となるほど現実は首尾よくいくようになっていません。現実の人生にはシナリオ担当なんて存在はいませんし、いたとしても自分にとってよいライターがつくことなどそうそうありません。しかしヨシュアにはRejetがついています。時にバンドマンのリーゼントを燃やし時にヒロインと一緒に殺人からの教会放火で証拠隠滅をし時に死にたがりの剣士を救ってきたRejetが創る世界で生きています。ゆえにヨシュアは商業作品として成り立つ限界ぎりぎりまで生々しく生きて、そして現実を少しだけ超えた生き方ができる権利を手にしています。
ヨシュアにはその権利で、生々しく幸福を掴んでほしいのです。

ここまで言うと掛け値なくただのエゴですが、自分はヨシュアには「ハイおしまい」でメンタルを回復されてほしくないし、一方で彼には誰よりも幸せになってほしいとも願っています。
なぜならヨシュアはRejetが手掛けるヴォーカリストだからです。彼はRejetのどこまでもアヴァンギャルドでクレイジーかつ、どこまでも生々しく誠実な世界で生きていて、その生き様は確実に希望のようなものに転じます。
ヨシュアは自分の救いであり神様であり、希望みたいなヴォーカリストです。


ヨシュアが好きです。アメィジングも聴いてください!!!


■最後に
おわりにもう一度書きますが、この記事の自傷行為に関する内容が、すべての自傷経験者に当てはまるわけではありません。また、全員がヨシュアのような良好な人的環境に巡り合えているわけでもありません。とどのつまり、ここで書いたことも文脈が文脈だけに、表層的には突飛に自傷経験を暴露するいち個人の思い出話ブログに過ぎないのだと思います。
ただ、自分がヨシュアを知ったタイミングがあまりに奇跡的なタイミングが過ぎた、ということさえ伝われば幸いです。

いきなり思い出語りと個人的解釈をごちゃ混ぜにしていて読みづらいことこの上なくなりましたが、個人的解釈を前提としないと自分が『Wired ヨシュア』に抱いた感想が書けないし、また思い出語りがないと自分が感じたヨシュアの描写の凄まじさが伝えられないと思い、このような構成のブログとなりました。新曲とジャケット写真を受けた興奮のまま筆を走らせたので、落ち着いたら加筆するかもしれませんし、自傷経験をオープンなアカウントで暴露したのが初めてなので気恥ずかしくしなったら有耶無耶な風に修正します。
書いていくにつれどんどん文章が崩壊していく尖ったノベルゲームみたいな記事になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。『Xtreme』が発売したらまた追記か別記事を書くかも知れません。普段は他のRejet作品や某アイドル舞台の感想記事を書いているので、何卒よろしくお願い致します。



ヨシュアは、すべての対象を「devilsになる?」と愛する存在として承認するヴォーカリストです。



それでは。

ごきげんよう、柘榴です。

 

今年のアイドルステージシリーズ(以下ドルステ)は一月に本公演『アンプラネット-Back to the Past!-』、今月二月には派生ライブイベント『E.T.L vol.214 ~ほしいのはキミのチョコだけ!~』を催すなど、早くも様々な展開を見せています。自分もどちらの公演にも行きました。楽しい。

『E.T.Lvol214』の公演はこの度インターネット生放送も決定したので、興味のある方はこの機会にぜひどうぞ!↓
 
 

さて、現行ドルステの主人公格ユニットはワケあり宇宙人ユニット『アンプラネット』ですが、そんな彼らに対して今年のシリーズから初登場した新トリオユニットが『プライムーン』。

『月』の名を冠することからもわかる通り彼らはドルステの先人ユニット『三日月』の青羽要からプロデュースを受けているのですが、何より『メンバー全員がそれぞれ三日月のメンバーと同じ名字』『「未来からきた」ということを匂わせている』という二点から、「もしかして三日月の子孫の未来人!?」という可能性がユーザー間で噂される新進気鋭のユニットなのです。

そんなわけで、“姉”を追い求める“家族”ユニット・アンプラネットのライバルポジションに“先祖”(仮定)にプロデュースされるプライムーンという新たな構図が生まれた今日のアイドルステージ。本記事では、『BttP』および『E.T.Lvol214』を振り返りながら、アンプラネットやプライムーンにおける“家族”の概念について考えていきたいと思います。

なお、本記事は『アンプラネット』シリーズの設定を既に知っている前提で詳細を省く書き方を一部しています。「それどういうこと!?」と思った方はぜひこの機会にDVD等で確認してみてくださいませ(公演DVDは通販ではイーストパーク通販Amazon、店舗販売では紀伊国屋書店の一部店舗やアニメイトAKIBAガールズステーション等で絶賛発売中です!)(本ブログの読者層に鑑みた書き方をするとガルステのドルステコーナーはRejetコーナーと同じ4Fにあります!この機会に是非寄ってみてください!※2018年2月現在のフロア配置です)

 

これまでのアンプラネットに関する当ブログの記事はこちら↓

『CHaCK-UP-Episode.0-』アンプラネットのマイプラネットについて考えようず

『アンプラネット』アンプラネットと選抜生についての個人的解釈まとめ

『アンプラネット―ボクの名は―』の衣装は「異性装」なのか~感想とヴィーに関する考察もどき~

 

【『アンプラネット-Back to the Past!-』公式ゲネプロ映像】

 

 

★アンプラネットという家族形態と『居場所』の概念

まず『BttP』のストーリーの要点は「過去を変えることで“姉”との再会を取るか/過去を変えず美波日音との関係性を取るか」「自分たちの“居場所”は何なのか」といったものだと考えます。これを顕著に演出したのが「“姉”を取り戻すためには過去を変えること・それによって美波日音との関係性を失うことも厭わない」と当初考えていた近江蒼(=セシィ)と、「過去を変えて自分たちと美波日音の繋がりはどうなるのか」と過去変容への危惧を示した黄楊いるか(=マーニィ)の思想的対立です。

セシィは今回、劇中で“融通が利かない”という明確な欠点が描かれました。作中では計画途中で柔軟に対応できなかったという小さなギャグパートですが、これは「“姉”奪還から計画の変更が難しい」というセシィのフレキシブルさに欠ける面を意味しています。すなわち、誰よりも姉を求め出生家族への執着が深い“融通が利かない”セシィは、宇宙人・アンプラネットの出生家族の繋がりに固執しているのです。

そんな彼と対比される作劇となったのがマーニィです。彼はサティという兄弟の仲でも特に縁深い“双子”との再会を既に果たしています。くわえて、弟のエリィとも多くの会話描写があるように彼とも健全な兄弟仲を築けていることが描かれ、セシィの作戦にも一石投じれる立場を自然と獲得していることも窺えます。双子と既に再会し、弟を可愛がり、兄にも意見を交えられるという十分な出生家族との関係性を享受したマーニィは、美波日音との関係性を視野に入れる擬似家族へのステップを進んでいました。

宇宙人・アンプラネットは掛け値なく四人と“姉”による出生家族ですが、アイドルユニット・アンプラネットは美波日音を交えた擬似家族です。『BttP』におけるセシィとマーニィは「出生家族へ並外れた執着を持つセシィと出生家族において既に十分に満たされ次の家族創設へ視野が広がっているマーニィ」の対比が働いており、本作における『居場所』とは、宇宙人・アンプラネットが既存の家族制度に囚われない定義で創設したアイドルユニット・アンプラネットという自己選択による“家族”の場を指していると考えられます。

その後セシィが姉と日音の狭間で出した答は「どちらも選ぶ」。「姉さんは家族で、日音くんも大切な“家族”だ」と、『アンプラネット』シリーズのキーワード「欲しいもの」にどこまでも強欲な“融通の利かなさ”から、逆説的に「“姉”か日音か」の二項対立に囚われないフレキシブルな選択を導いたのでした。

そして、そんなセシィの感情を動かすキーパーソンとなったマーニィは、新ソロ曲『今夜、夢の中で』で、以下のように歌いました。

「二人だけが知る 居場所があってもいい」
(アンプラネット『今夜、夢の中で』より)

 

自分にとっての居場所とは何か。誰を、何を以て“家族”と定義し共にいるか。『BttP』におけるセシィとマーニィの感情のぶつかり合いは、アンプラネットによる家族のかたちの再考となりました。 

 

 

★美波日音および美波家の家庭環境の構造

『BttP』ではもう一人この家族描写が掘り下げられた人物がおり、それがアイドルユニット・アンプラネットの中では唯一出生的な繋がりを持たない美波日音です。ここでは前弾シリーズ『CHaCK-UP』の登場人物や時系列を包含しながら述べていきます。

日音はアンプラネット結成前(劇中時系列で2014年秋)は内向的な性格で、留学先でも自分の意思を殺すように日々を過ごしていたことが本作で明らかになりました。そんな中で、日本にいる母や兄(=CHaCK-UPで水星人ミミタとして活動する美波旅生)と電話をした際、母親には「上手くやっている」と本当のことを隠し、弟のことを斜め上方向に気にかける旅生とは若干言葉のキャッチボールが成立していない描写がなされます。このように、美波家にはある種の感情表出における困難さが見え隠れしています。

アンプラネットはなんだかんだあれ、前述のように小さな対立構造を生めるほどには互いに本音をぶつけ合え、宇宙人としての正体や目的を知り、中には以心伝心と呼ぶ能力が備わるほど胸襟を開ける家族です。つまり本作の核となったこの二つの出生家族には、「真実や本音を言い合えるアンプラネット」に対して「母には本当のことを言えない、兄とは意思の疎通ができない日音」という、家庭環境の構造に大きな差異が生まれています

実は「本当のことを言わない・言えない美波」という物語構造は前弾『CHaCK-UP』でも採用されており、その際は日音の兄・美波旅生がユニット内で嘘や感情の爆発を見せました。『CHaCK-UP』での旅生の嘘をつく性格や感情の自己コントロールの難しさが家庭環境由来なのかは現時点で判断材料が少ないので今回はさて置き、ところが旅生は後に自らの意志で単身留学を決意するようになります。この留学が2014年冬決行な点に鑑みて同年秋に決断したものだと想定すると、故意か偶然か、劇中の日音の上記描写の時系列と一致するのです。

すなわち、今回『アンプラネット』シリーズでも旅生の話題が出たのは単なるファンサービスに留まらず、「留学という形で自分の道を拓こうとしている旅生/留学先で自分の意思を塞ぎ込んでいる日音」または(電話を切らない等)他人の話を聞かない旅生/周囲の目を穿ち過ぎている日音」という、対比による当時の日音の人物像の演出としても機能しています。

劇中では、日音からもアイドルユニット・アンプラネットとしての活動を大切にしている言動が見られます。『アンプラネット』シリーズは日音以外のメンバーの視点から物語が進行することが多いので、今後日音が持つ出生家族と新たに掴んだ“家族”への思いがどう明かされるのか期待です。あと今弾での旅生の立ち位置も。まあこれ以上美波旅生と感情の話をするのは確実に脱線するので、その辺りの自分の解釈はツイッターのほうをご覧ください。

 

 

★プライムーンは現代の家族制度を破壊できるか

本記事では「プライムーン=未来からきた三日月の子孫」という仮説を前提として話を進めます。

さて、そんな『BttP』でデビューを飾ったプライムーンこと赤河望青羽朔浅黄宵の三名はというと、三日月の青羽要と彼らの間には現在「現代の三日月(先祖?)/未来からきたアイドル(子孫?)」「プライムーンのプロデューサー/要プロデュースのアイドル」「三日月の青羽要/三日月のファン(アムール)」という関係性のトリプルスタンダードが成立しています。

『BttP』公演当初は観劇していて、へ~三日月のファンなんだ~→未来人……?気になるし名前覚えとこう→(劇場頒布のミニフライヤーで名字確認)三日月の名字!?まさか血族!?!?とまんまとそのトリプルスタンダードによるサプライズ演出に乗っかったものですが、実のところプライムーンは今後、その三本柱のどれをメインに据えていくのでしょうか。

翌月のイベント『E.T.Lvol214』でもプライムーンは登場し、MCを行うシークエンスがありました。その際、彼らは自己紹介をするでもなくティアラ(=プライムーンのファン)の呼称を言うでもなく、何よりも先に「“僕たちアムール”のために要様がお越しになりました」とアムールの視点から要の紹介に務めました。ここから、少なくともステージ上のプライムーンは「先祖/子孫」でも「プロデューサー/アイドル」でもなく「三日月の青羽要/アムール」の関係を重点に置いていることが読み取れます

つまり、彼らは血の繋がりよりもまずそれぞれの個人的な要への感情(=アイドル/アムールの関係性)を優先し、出生的な仄めかしを一切しない自己コーディネートを実践しています。「三日月に近い存在」という優位性ごと自ら全隠蔽した彼らは、三日月と制度的な家系の繋がりがありながら従来社会で想定される広い意味での家族の在りようを壊すような“個”同士の付き合いを選んでいます。

「全てを信じてついてきて 熱く千夜 燃えて一夜」
(プライムーン『エキゾチックラバーズ』より)

 

未来人であろう彼らは、恐らく現代では戸籍も、赤河・青羽・浅黄それぞれ名家としての立場も、そして制度的な“家庭”も持っていません。現に、名字についてはステージ上では一度も明かさないなどある程度の情報のシャットアウトが行われています。持てる家族制度をかなぐり捨ててその身ひとつで「全てを信じてついてきて」とデビューした彼らは、確かに“個”の力でティアラを獲得しようと歌っていました。

“子孫”のアドバンテージすら未来に置いてきた新ユニットは、これから“先祖”青羽要にプロデュースされながらどのような目的を果たしていくのでしょうか。

 

 

★アンプラネットとプライムーンの“家族”の対比

CHaCK-UPの弟分的ポジションのアンプラネットと、三日月の王子様モチーフを継ぐようにプロデュースされたプライムーン。一見すればどちらも後進的ユニットに思える彼らですが、しかし一度それぞれの結成の経緯を鑑みれば、その在りようはまったく異なってきます。

まず、アンプラネットは前述通り“姉”との再会を目的に集ったユニットであり、宇宙人・アンプラネットにとって美波日音は当初、目的を果たすための一過性の繋がりのように捉えていました。しかしながら、彼らは物語が進むにつれ、美波日音個人への感情を抱くようになります。その二項で揺れたのが今作『BttP』です。一方、現時点のプライムーンはまだ謎だらけですが、あくまでアイドルとファンという段階から接触を試みながらも、その接触の相手こそ紛うことなき“先祖”です。アイドルユニット・アンプラネットとプライムーンの結成経緯には、「出生家族(姉)に異様な執着をみせた四人(特にセシィ)が擬似家族(美波日音)まで選択肢を広げ真に一つとなったアンプラネット/広義の出生家族(要)にプロデュースされ生まれたプライムーン」という家族概念を軸にした対比構造が潜んでいます。

ところが、更に他方でアンプラネットの目的はあくまで“姉”との再会であり、対してプライムーンは三日月との血縁の可能性を(少なくとも現時点では)一切目的・動機として位置づける素振りを見せていません。ここから、両ユニットの活動方針においては「新たな“家族”と出生的な家族の関係性どちらも手に入れていくアンプラネット/三日月の血縁(?)という出生的な立場を隠して活動するプライムーン」といったもう一つの家族概念を軸にした対比の存在も読み取れるのです。
このように、宇宙人と未来人という異色だらけの事情を持ちながら、共通のテーマや対比関係を持っているアンプラネットとプライムーン。彼らの異なる家族観や思考は、『BttP』や『E.T.Lvol214』に留まらず、今後も互いが互いの目的やアイドル活動に影響をもたらしていくのではないでしょうか。
 
 
 
さて、そんな風に期待も魅力もたっぷり詰まったアンプラネットとプライムーン。
冒頭でも書きましたが、この度彼らが出演するライブイベントE.T.L vol.214 ~ほしいのはキミのチョコだけ!~』が!

 

なんと! ニコニコ生放送で生配信されます!!

 

まさかの記事更新から一時間後の開演です!!!!!

 

E.T.L vol.214 〜ほしいのはキミのチョコだけ!〜 - 2018/02/17 19:00開始 - ニコニコ生放送

 

さすがにブログ更新すぐにこの記事を読んだ方も今から観るというのも現実的じゃないと思うので、タイムシフト機能等も利用しつつ是非この機会にご覧になってみてくださいませ。

また、これも前述通りですが、公演DVDも各通販サイト(イーストパーク通販Amazon)や店舗(一部の紀伊国屋書店アニメイトAKIBAガールズステーション)等で販売しております。ガルステでは4階のオーディオビジュアルコーナーと併設された2.5次元コーナーに設置、上り階段かエレベーターなら這入って左手手前、下り階段なら正面を突っ切った奥にドルステの商品棚があります。「右手Rejet、左手ドルステ」で覚えてください(?)

なんだかダイレクトマーケティングで締め括ってしまいましたが、それほどまでの熱量を生み出すシリーズそしてアイドルユニットなのだと伝われば幸いです。

 

それでは。

ごきげんよう、柘榴です。

 

記事が長過ぎて文字数オーバーとなったので二記事分割となりました。前回の記事はこちら↓

『Rejet Fes.2018』行ってこようず前編:リジェフェスの朗読劇にFOCUS!

 

ここからは一日目公演のライブパートとカーテンコール等についてのメモと感想をしていこうと思います。前回に引き続き好き勝手言っているだけの記事なので予めご容赦ください。

 

 

【LIVEパート】

★LAGRANGE POINT「惡の華」(昼夜)

昼夜ともにトップバッターを飾るのは我らがトップアイドル・LAGRANGE POINT!いきなりラグポがきた時の「序盤ステージでラスボスをエンカウントしてしまった」感は異常。勝てる気がしない。

イントロはCD版より長めに編集されていたものの、それでもラグポは待ってくれない。「惡の華」は台詞から始まる曲なため、キラくんのワイルドな声が轟いたと思えば「……そんなに、知りたいのかよ」とシャイ様のお声が続く。そこから畳みかけるように激しいビートがイントロを支配!早くも会場中を叫ばせラグジュリエットへと奮い立たせた。

Aメロソロパート「予定調和には、もう飽き飽きさ 何かを壊さなければ、届くはずもなく」でキラくんは歌いながらも重心を下げ客席へ挑発するように視線を向ける。そしてシャイ様もキレのあるパフォーマンスで魅せる。ファンサービスというにはあまりに攻撃的過ぎるダンスと歌声に、こちらも攻撃するようなレスポンスとサイリウムの振りで応えるしか選択肢はない。

ラグポは王子様ユニットだからといって王子様系にありがちなキラキラ系はまるで歌わないんですよ。彼らはこの「惡の華」のように反旗を翻すゴリゴリのロックサウンドを殴りつける。Bメロは歌詞も「たとえ、誰かのものだったとしても 手に入れたくてしょうがない」更に振付も自分のものだと引き寄せるようなもので、そのインパクトはあまりにも強い。一方、「昏睡したくて」「四の五の言えず」を交互に歌うサビ前は緊迫感溢れるサウンドの中でキラとシャイが互いのほうを向き腕を伸ばす!“お姫様”へ苛烈なまでのエスコートをした挙句に限界状態のようなサウンドではパートナーを見合う、この尖りに尖った信頼関係もラグポの見どころでありラグジュリエットの叫びどころです。

サビからは、それまでは物語のようにバラバラの振付だったのが息の合った揃いのダンスへ変容!キレのよい腕の演技は時を刻む針のよう。個人的にラグポは腕の振付が魅力であると思っているので、「カタストロフィ」や「破竹の愛」の際のように今回も特徴的な腕の振付があったのは嬉しかったです。

ラスサビ前の台詞パートは「もう」「やめられない」「とまらない」でまたも互いのほうを向くキラとシャイ。かと思えば投げキッスはしっかり会場へ。このコンボに客席からは歓喜の叫び声の雨霰。それでもやはりラグポは待ってくれず、ラスサビのキレのあるダンスと熱のあるデュエットで限界の先まで会場を魅了していく!破壊的に躍動する二人のロックでした。

 

【©2015 Rejet/ちなみに衣装は『LagjulietⅡ』のこのコーデ※お二方とも靴はヒールです】

 

★LUMIERE レオード「iNiTiaTiVe」(昼)

昼公演のセットリストにおいて続くはレオ様のステージ。ラグポからのルミエという怒涛のセットリスト、客を生きて帰す気がまるでありませんね。実際、興奮と叫び過ぎの息切れで現実に呼吸の暇さえない。

今年のナンバーは昨年七月リリースの新曲「iNiTiaTiVe」。静けさの中に落とされる冒頭サビ~サックスの音と疾走感の溢れるイントロの流れは一気にオーディエンスの心もアゲるばかり。そんなルミエールサウンドに合わせ、レオ様の歌唱も神秘的な雰囲気を纏うものからエモーショナルに駆け抜ける場面まで物語のように色を変える。特に、サビ「「愛」という感情をつかみ 抱き寄せて さあ、感じたまま 叫んだなら」の際の、CDとは明らかに違うライブならではのパワフルな声!まるで七月よりも更にレベルアップしたのだと言わんばかりの、「感じたまま叫んだ」ような歌声でした。

ラスサビ前のコールは事前推奨があったとは言え、本当にレオ様の歌に被せてやっていいの……?と直前まで実行すべきが悩んでいたのですが、件のパートが迫る間奏中に、

「(コールパートは)みんなも一緒に歌ってくれ」

とまさかのレオ様自らの宣言があったお陰で、思いきりノってきました。そして、

「Hold on to your heart everybody. Just bring it on don't give it up.」

\Hold on to your heart everybody!!!!!!! Just bring it on don't give it up!!!!!!!/

私は基本的に別バンドのオーディエンスをやっているので恐らくディアヴォ世界線でもルミエのライブはフェスを除き行ったことがないと思う(?)のですが、それでもこの「iNiTiaTiVe」では本当に、フェスなのに「ルミエの単独ライブに行ってきた感覚」に襲われました。すべてがレオードその人に魅了された空間へ立ち会った時の、うまく言葉にはできない充実感と非日常とハイが混ざった感覚。確かに言えるのは、会場に主導権を握っていたのは彼だったということです。

ラスサビの「現れるよNew Days」でのレオ様の歌声はパワーマックスに叫び歌う!歌詞に偽りなく叫び現れイニシアティブを執る、レオ様らしい流麗さと力強さが合わさったライブでした。

 

★Veronica モモチ「LION」(昼夜)

昼公演はスタレボ勢を除く先輩アーティストの中では昨年に引き続き実質トリ、夜公演では昨年のセトリも踏まえ「モモチ=後半登場」だと油断させたところでの中盤に不意打ち登場。破格の歌唱力を持つ天才・モモチのライブが現実で起こりました。

妖しげなイントロが流れ「LION」がくると気付いた時、会場は一瞬にして歓喜の悲鳴と紫のサイリウムの光に包まれる。そこに現れたのは「みんな~!お待たせっ」とモモチ!明るい声色ながら「みんなのコト、食べちゃうぞ?」と小悪魔的に呼びかける彼の一声一声に、客席は歌が始まる前からボルテージを最高潮に向かわせていく。

A~Bメロではモモチが舞台上を練り歩き、ヴェロニカ色の照明の下で前列のお客を見遣る。挑発的で扇情的な彼の動きは、前列だけでなく後方席で見てもドキドキさせられるものがありました。

サビ「声 枯れるほど 求め喘いでるNight 前のオトコのプライドは消えて」でがなるモモチと「迸る汗は 大地へと 輝いてる空」\New Generation!!!!!!!/と事前情報通りコールをキメるオーディエンスで会場の熱もマックスに!ライブパートのモモチは、チアーズにファンサービスをするキュートさともカノジョに向ける冷淡さともまた違う、Veronicaヴォーカルとしての‟毒っぽさ”みたいなものがたまらない。

オーディエンスになって間もない自分でも、あの「どれだけ本性クズとわかっていても歌は本気で最高」という圧倒的な空気感は容易く感じ取れます。モモチの歌声はそれほど凄まじい。

落ちサビでは「この プライドを 崩せる」\Are you ready!!!!!!!/とステージの熱気に客席は思わずコール!ラスサビ「ただ、生き残れ 誰にも見えないFight」でもモモチは吠えるライオンのように勇ましく歌う!CD版と歌い方に変化をつけてくるのもモモチの飽きっぽさが作用しているようで彼らしい。

そしてアウトロ。CD通りなら後はモモチを見ながらサイリウムを捧げるだけ──と思いきや、モモチの喉からは美声が鳴りやまない!後奏でも歌っているのは正真正銘このライブ限定の演出で、今年も変幻自在のヴェロニカステージには翻弄されること必至です。

 

★南那城メィジ「Hello!! CrazyWorld」(昼夜)

リジェフェスでは恒例となったメィジのステージは、今年も黄色一色に染まったサイリウムがガンガン振られます。

パワフルなメィジのラップに気分をアゲられ、サビの要所「気ガ狂ウ運命 Hold on 愛ニ塗レテル Splash」を聞かせた瞬間に反射的にサイリウムを握る手に力が込められてしまう。爽やか・幻想的な世界観の歌が多い今回のセットリストでは、この手のゴリゴリの曲調が一層際立つのは確か。

サビ直前前の静けさ~サビに至り一気に色を一味も二味も変える「Hello!! CrazyWorld」のメロディラインは何度聴いても癖になる。更に落ちサビ「止められない、確信犯 キスの先はCrazyworld」「One more chance、ヒトリじゃAh 生きられないね?」ではしっとりキメ、そこからのラスサビ「鳴り止まない、鼓動の果て オマエが欲しいのさ」は再びボルテージを激しく高めていく!そして再び「気ガ狂ウ運命 Hold on 愛ニ塗レテル Splash」をメィジは力を滾らせ歌い上げる!メィジの漲る強さと俺様な頼もしさが融合したライブでした。

 

★波多野渉「KING & QUEEN」(夜)

恐らく今フェスでは唯一キャラ名義以外の曲でのライブ参戦。ダンデビ映画の主題歌でもある一曲を、リンド役の波多野さんが明るく爽やかに歌い上げます。

少しダークな調子の挿入歌も多い従来のダンデビシリーズのような楽曲がくると思っていれば、「KING & QUEEN」の軽快なイントロには驚くこと間違いなし。リンドの色にちなんで一面に広がる赤いサイリウムカラーも、このステージでは他キャラのような刺々しさは感じず希望に満ちた光に映る。ポップチューンと波多野さんのクールな低い声はなかなかどうして相性が非常によく、歌われる度にこちらの気分を心地よく高揚させてくれます。

サビで「悪魔も見惚れるSMILEを見せてよね」と高らかに歌われれば客席のボルテージも急上昇。また、本人名義CDでも作詞はばっちり岩D(Daisuke Iwasaki)であるため、ダンデビに準じている世界観の歌詞もひとつひとつが聞き逃せない。特に、「君が選んだ光の中 守りたい ふと、振り返れば 切なさが重なる」は生で歌われるとぐっとくるものがありました。自分は“リンド以外のキャラをメイン攻略したユーザー”なので、個人的にこの視点からこの歌詞を聴くと深読みしたくなってしまいます。きっとリンドメインに攻略したユーザーにはまた違った文脈に聞こえるのではとも考えていますが、とにかくサイコーな曲ですね。

「そばに(いるから) どこに(いたって)」はコーレスポイント!スクリーンにはご丁寧に左記と同じような字幕がつけられていました。お陰で客席も着実にしっかりコール!楽しい雰囲気の中で、波多野さんの歌声に聞き惚れられました。

 

★アロン「T or F」(昼夜)

初参戦のコプハーからは、ミステリアスなイントロの「T or F」をお披露目。独特のメロディラインとアロンの大人の色気ならぬ兄の色気を帯びた歌声にもう虜。緑のサイリウムが幻想的に揺れる中で、アロンの低い声が響き渡ります。

照明もキャラカラーである緑を基調としながら、時折赤色のライトも混じるのが刺激的な世界観を印象づけていく。特にサビはそれが顕著で、ギラギラとした光の中で舞台にあるのは蠱惑的に歌い上げるアロンの姿。

間奏はなんと生の台詞パートが魅力!「こんな気持ちは初めてだ」とこちらをドキリとさせる台詞から、間奏の締めは「この世界は狂っているんだ!」と狂気的に宣う。一瞬照明が真っ赤に染まるのもぞくっとするいい演出で、一言一言に客席が湧きたちました。

そのままラスサビまで突入し、最後までアロンの歌声と世界観に一役買った演出の相互作用で、ステージに一気に惹き付けられました。

 

★PURA.net「キラメキプロローグ」(昼)

PURA.netとグロリアスのライブは、朗読劇のかくれんぼ対決の結果を反映して公演毎のメインが決まる。こちらはPURA.netが勝利したルートである昼公演の曲。

爽やかな曲調に合わせてリジェフェスを盛り上げるのは、前回のお披露目ライブから一年経たPURA.netにはお手のもの!ユニットカラーの黄色のサイリウムが客席中に灯ると、キラキラとした楽曲と共に四人が歌い踊る。ハンドマイク等の制限がないため両手に自由を利かせパフォーマンスをする姿は、アンフィシアターの広い舞台ではよく映えます。

「明日を目指す、誓う、僕がいる 夢よ、空を渡っていこう」と歌いあげるとともに、PURA.net(の声優さん)の皆が考えた振付は四人が踊れば恰好よく、客席には親しみやすく振りコピしやすい。公式動画である昨年バージョンのライブと見比べても、客のノせ方がレベルアップしているように映りボルテージも心地よく上昇します。

Cメロでは鈴がソロパートを担当。鈴の透き通った歌声は、星をイメージしたようなキラキラサウンドにベストマッチしていました。そこからのラスサビへの盛り上げも正統派ど真ん中。最後まで会場一体となって楽しめるステージでした。

 

★グロリアス「俺色の星空」(夜)

夜公演のライブパートも終盤かというところ、大胆に舞台中央のセリを使って現れたのはグロリアス!バンドユニットの名に恥じないロックチューン「俺色の星空」をアンフィシアターにかき鳴らします。

原作通りのスカイブルーの衣装はダンスの度にひらりと揺れ、それがグロリアスの激しい動きやパフォーマンスとがっちり噛み合っているのがすごい。個人的に初めてグロリアスのアイドル衣装を見た時は「バンドユニットでこういう系統にいくんだ~」くらいにしか思っていなかったのですが、まさかこんな相乗効果が秘められたとは。

直前に歌ったモモチ(※ラグポとの声優的兼ね合いからかモモチとルディは出番が近くなる模様)の「LION」が誘惑するように睨むライオンならば、‟百獣の王率いるユニット”ことグロリアスはまさに獲物を喰らう獣の群れ。目線ファンサをするポージングが今にも喰らってしまいそうな重心低めの態勢なのが実に勇ましい。

それと同時に、時々スクリーンにふっと抜かれるルディの‟歌っているときの表情”がとんでもなく綺麗なんですよ。ルディのぶっきらぼうな繊細さと力を込めてロックを歌う姿勢が混ざって最強に見える。そんな彼はサビのここ一番のパートで「風切っていつだって 歩いてゆく」と高らかに歌い上げるし、恒常カードと同じ決めポーズをするなど細部まで油断ならない瑞樹に、堂々とした低い声がユニットの歌声のバランスをぐっと引き締めるハヤテも見逃せない。新コンテンツ・新ユニットだからといってどんなステージでも容赦なし、印象鮮烈な一曲でした。

 

★スタレボ☆彡「Horoscope」(昼:PURA.net→グロリアス、夜:グロリアス→PURA.net)

昼夜共にラストナンバーは、スタレボの主題歌である「Horoscope」!

ユニット毎に編曲がなされている楽曲(俗に言う“課題曲”)であるためどちらの音源を起用するのかと思えば、ラスサビ前後で音を変える一聴で二度おいしい仕様。たとえばPURA.netメインの昼公演では、ゲームOPに採用されたバージョンだけに非常に耳に馴染みながらも期待感膨らむメロディが奏でられる。アンフィシアターの広い舞台で全身にスポットライトを浴びながら、四人がキラキラサウンドに乗せて会場を煌めかせました。

また、これも座席の場所に恵まれての感想ですが、昼公演版「Horoscope」ラスサビ前、自分の前の通路にグロリアスの瑞樹がスタンバイしにきました。彼が現れた時の自分の列の驚く空気、ひとつ前の列でグロリアス色のサイリウムを振っていたお客が真後ろの瑞樹に気付いた時の表情、そして前列も後列も余裕な態度で目線とバキュンを飛ばす瑞樹の不敵さ。まだ照明もあたっていないような頃、ラスサビ前「Horoscope」にはそんなことが重なり合っていました。

そして、ラスサビ直前になればグロリアス版の「Horoscope」へ!正統派なPURA.netとは打って変わって、グロリアス版「Horoscope」はやはりパワーの滾るロックアレンジ。特にサビで一緒に腕を突き上げるコーレスポイントがあるのは無骨な勇ましいグロリアスがアレンジした音だからこそ。そのまま最後は七人全員で中央ステージに勢揃いし、圧巻のパフォーマンスを見せてくれました!

 

【カーテンコール】

★新作発表コーナー(昼夜)

まずはこの二つを見てください。

 

 

というわけで、ピタドルは新作シチュエーションCD発売&スマフォゲーム化決定、ディアヴォは四期決定&ライブ開催告知!他にもピタドルはスタレボのアプリとの楽曲コラボがあるそうなので、そちらもぜひチェックしていきたいところ。

ていうかどちらの作品とは言いませんが、二推しの自担たちがPVで滅茶苦茶ニコイチにされてません?商業的な面で生き残ってくれるか不安だった自担の片方も続投だっただけで嬉しいのにすごくペア感出されるとか。あーそーゆーことね完全に理解した←(乙女向け作品の主旨が)わかってない

まあそんなテンプレコピペはさておき、新作決定なのは紛れもない事実です。今後も追いかけていきたいですね。

 

★代表者コメント

今年も時間的都合から、カーテンコールの挨拶は各作品の代表一名がコメントする形式。

夜公演、ディアヴォチームからはジュダ役斉藤さんが代表を務めることに。ところが、開口一番隣のモモチ役豊永さんに「モモチは?」と訊いたかと思えば「歌ったのモモチだけ?」「昼はレオードで、夜がモモチ?(※実際は昼公演では二人とも歌っている)」とふわふわと質問を続ける。後のコメント内容から恐らくライブと楽曲のことへ繋げようとされたのかなと察することができますが、そのマイペースムードは断ち切られず頭にハテナ、最終的に斉藤さん自ら「ディアヴォーカリストです!」と力技でその話題を締めていました。ベクトルは違えど妙にモモチへ無茶ブりマイペースなジュダっぽかったです。笑

同じく夜公演のピタドル代表、ひいては同公演のコメントのトリはアルト役沢城さん。自称“一日ショップ店長”ということで会場グッズを紹介。

沢城「えー、このプロミスリングをー……」

と仰った瞬間共演者方の「シリコンバンド!!!」の総ツッコミ。実はこのくだり、同公演のOPでもやっています。

沢城「そうでした。シリコンバレー?」

で再び「シリコンバンド!!!」。中には「ていうか、12ヶ月知らないのにシリコンバレーは知ってるのかよ」とツッコミが飛び、その日の公演は無事終幕致しました。

 

 

 

こんな感じです。

何に驚いたって、一昨年や昨年のリジェフェス記事より明らかに感想記事が長くなったってことですよ。

それくらいRejet作品にドハマリしているのかなと自分で思いつつ、これからも各作品を応援していきたいところです。

なお、本日のうちわ晒しのコーナーはお休みです。

 

それでは。