*********************
これまでの話
Battle Day0-Day135 のあらすじは、以下のリンクをご覧ください、
登場人物は右サイドに紹介があります、
Day136-あらすじ
父は再び脳出血を起こしており、ICU入院となった。コオは、父と同居していた妹の莉子は当てにならない、と見切りをつけた。
コオは病院のケースワーカーと話をつけ、自分を連絡先の一つに入れてもらった。
父・莉子のことに加え、夫と通じ合えず孤独感に苦しみ、壊れていくむコオ。
離人症らしき症状がでていたが、コオは泣きながら働き続ける。
コオは、父と面会時に、莉子はパイプオルガンで仕事をしていくつもりだ、と聞いていぶかしく思う。また、
金銭的に恐ろしく莉子が甘やかされていたことを改めて知る。
支えのないままに家族と暮らすことに疲れ切ったコオは職場近くに一人引っ越し、
1日がかりの面会で、父の気持ちを聞き出すことにする。そして、初めて莉子は精神的に病んでいないのか、
と父に問うが、父はそれはない、といった。
****************************
コオが鬱状態の時に、当時両親も、妹も、全くコオを気遣うことなどなかったが、莉子にはどうだったのだろう。もしかしたらコオに対して莉子が投げつけたような言葉を、莉子がどこかから受けたのかもしれない。あるいは、もっとひどい言葉も。
かつてコオに投げつけた『そんなの、誰だって悩みは仕事にあるんだから、そんなこと言って辛いアピールしないでよ?』という言葉。それを投げつけた記憶があるからこそ、莉子は外に向かって ”辛い”と言えないのではないだろうか。
(それは…自業自得でしょ)と思わないわけでもない。可哀そうだとも思わないし、ざまあみろ、と心のどこかで思っているというのが本音だ。ただ、そのせいでまたコオ自身が苦労させられるのはごめんだから、表立っていう気はない。
「お姉ちゃん、頼みがあるんだけど。」
「・・・なあに?」
「これ。お姉ちゃんの買ってきてくれた、写経のセットなんだけど、意味が分かって書く方が書き介があると思うんだ。」
父は、写経セットを持ち上げてみせた。薄い下書きのある般若心経の文字を、水を筆先につけてなぞっていくものだ。筆は水を付けるだけで、まるで墨のように黒い字が書ける。父は倒れて以来、なかなか字を書くことができなかったので、リハビリ代わりにコオがもってきた。
「だから…般若心経の解説書を、優しいやつを買ってきてくれないか?」
これは、素晴らしくいい兆候だ。前向きだし、今まで、文字を読んでも頭に入ってこないとしか言わなかった父が、本を読みたいという。コオは元気に頷いた。
「もちろん。吟味して買ってくる。眼鏡とかもいるんじゃない?」
「莉子ちゃんに、拡大鏡持ってくるように頼んでくれないか。全然…来ないんで、なかなか頼めないんだ。」
「電話したら?」
「じゃあ、お姉ちゃん、テレホンカード買ってきてくれないか?莉子ちゃんは頼んでも買ってきてくれないんだ。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
莉子は全然来ない。連絡用のテレホンカード一つ渡していない。文字を読むのに必要な拡大鏡も持ってきていない。
(莉子は全く何を考えているのか, さっぱりわからない。)
莉子が父を気遣っているようには、もはやコオには全く思えなかった。