これまでの話、Battle Day0-Day86 のあらすじは、以下のリンクをご覧ください、
*******Day86以降・前回までの話*********
父が退院した。コオは、父の退院後ケアマネージャー立石と連絡を取り、父が退院後すぐ自宅に戻ることはなく、老人保健施設に短期入所していたことを知る。更に立石は莉子が父の自宅介護で必要なことを自分で決定できず、困っていることをコオに伝える。コオは今後自分の提案を、立石がプロとして莉子に提案してくれるように依頼する。莉子をキーパーソンとする大前提を先に明確にしたうえでの連携は機能し始め、コオは父の自宅介護に必要な金額の見積もりをした。
ゴールデンウイークはコオの長男・遼太が帰省してくることになり、コオ達家族は1泊の短い家族旅行を楽しんだのだが、自分たち家族だけが楽しんだことにコオは罪悪感を覚える。そしてケアマネージャーと相談し、莉子にケアプログラムを提案するために出かける。
莉子は、外で父と話したい、といったコオを拒否し、ドアの内側に閉じこもるが、コオは庭側から父に声をかける。
莉子は、コオを追い出そうとするが、コオは莉子ではなく父に話をしようとする。莉子が狂い始め、母の言葉でコオを責め立てる。それを止めない父。コオは、実家を後にする。
コオの心が壊れていく。
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駐車場で待っていた遼吾は、運転席でスマホを眺めていた。
コオは助手席に乗った。
「どうだった。」
「・・・痣。」「え?」
「痣。みて。足と・・・腕と。あちこち。莉子にやられた。」
気がつくと、あちらこちらに痣があった。それを見ただけでも、莉子が異常だったのがわかる。もともと莉子は力があまりある方じゃなかったのに。◯◯ガイの馬鹿力だ、とコオは思った。
「病院行く?」
コオは首を振った。痣くらいで病院に行くやつはいない。
車を動かし始めた遼吾に、コオは、何が起こったのかを語った。父に、伝えるのがやっとだったこと。莉子はヒステリーを起こして聞く耳持たなかったこと。狂ったように喚き散らしたことも。コオが声を震わせて話していると
「わかったからもうやめてよ!」
ひどく嫌そうに、遼吾が言った。
「・・・え?」
「もう、わかったからやめてよ。そんなまねなんかしなくたって、いいから。やめて。莉子さんがヒスるとどんなか俺だって知ってるんだから。」
コオにはそれは完全な拒絶として、聞こえた。
今まで、常にコオの傍にあった黒いドロリとしたモノ、物心ついたときからあった、黒い穴の中から盛り上がってきて、コオを捕まえようとしているなにか。それに、これに捕まったら死ぬんだ、と長い間思っていたモノ。苦しくなると、それはコオの心象風景として常に現われていた黒い、なにか。私はいつもそこから逃げ出そうとしている。時には成功する。でも、コオが、なんとか逃れでて、一息ついたとき、必ず人が死ぬ、私の代わりに。私が死ねばよかったのに。
狂ったようにコオを責め続けた莉子。死んだ母と同じ言葉で。だから、コオは二人に責め立てられたのと同じだ、と感じていた。
コオは思った以上に遼吾の言葉にショックを受けていて、それを吐き出すことでバランスを取ろうとしていたのだと思う。でも、それを拒絶されたことで一気にバランスが崩れた。
「助けて、助けてよ・・・苦しい」
コオが絞り出した言葉に、遼吾はとどめを刺した。
「誰も救われないんだよ。そんなこと言っても。」
黒い、それ、にコオの心が一気に飲み込まれた瞬間だった。
あのときの遼吾の言葉を聞いたときの、どうにもならない、何かに飲み込まれてしまったような絶望感と焦燥感を、今もコオは思い出す。何故、飲み込まれてしまったのだろう。あんな言葉で。何故、遼吾は助けてくれなかったのだろう。手を伸ばしてくれなかったのだろう。
他人をコントロールすることはできない。他人は、自分の思ったような反応を返してくれるわけではない。
他人は。
でも、でも遼吾は。
遼吾は、私の、配偶者なのに。
遼吾は、他人ではなくて、配偶者なのに。
遼吾は・・・抱きしめて、大丈夫だよ、とはいってくれなかった。
俺が付いてるから、大丈夫、と。
遼吾も、父と母と同じだ。
私の味方ではなかった。
・・・私は、一人ぼっちだ。私を会いしてくれる人なんて、やはりこの世に誰もいなかったのだ。
コオは、実家を出る前まで強固に信じていたそれ、を思い出し、その思いに身を委ねてしまった。